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ミイ
2024-10-23 21:29:02
5748文字
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静なつ
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ハグの日
ハグの日、なんていう理由があれば、いつも自分の中で押し殺している「抱きしめたい」という想いを、表に出すことができるのかしら、と思いながら書いていました。
1
2
「静留」
「なつき。急にどないしたん? 連絡もいれんと」
四月から通い始めた大学も夏休みに入り、自主課題をこなすなどして一人過ごしていた午後。突然インターホンが鳴って出てみれば、そこにいたのは学園の高等部か、自宅にいると思っていた彼女だった。高等部も休暇中だから、バイクでどこかに行っているかもしれない、とは思っていたけれど。
「
…………
上がってもいいか」
特に約束もせず、自分の都合のつく時に静留のところにやってくるのは、出会った頃からなんら変わらない。他の誰にも懐かない子犬が自分にだけ懐いてくれるような。そんな優越感を、静留は今でも覚えてしまう。
「もちろん。先に言ってくれたらおいしいお菓子も用意しといたんに」
「
………………
」
「なつき、どないしたん? もしかして具合、良くないんやないの?」
普段なら静留の冗談になんやかんやと返してくるなつきが大人しいのが気になって、静留は眉を曇らせた。
あんなことがあっても、なつきは時々こうやって会いに来てくれるし、話もできる。普段過ごす場所が変わったから、あまり会えなくなるだろうと思っていたのに、会う頻度はそれほど変わらず、むしろ増えたくらいだ。それだけで幸せだと思っていたのに、それだけで十分だと思わないといけないのに、また一歩、踏み込もうとしてしまう。これは誰にも、静留本人にも止めようがない。静留に、また思い詰めた顔をしているこの子を、放っておくことなどできないのだ。
「なつ
……
っ!」
「静留」
何が起こったのか、すぐにはわからなかった。ただ触れたところが熱くて、自分とは違う甘い香りが、鼻腔に強く香る。
抱きしめられているのだと気づいた時には、静留の体温はすっかり上がりきってしまっていた。
「
……
今日はハグの日だと命が騒いでいてな。わざわざ私の家まで来て
……
そ、そのことはいい。前は、その、お前の方から、だったから」
「
…………
っ!」
なつきが、静留を抱きしめる腕に力を込める。嬉しさよりも困惑の方が勝ってしまっていてなつきに応えることはできず、静留の腕はだらりと下がったままだった。あの時も「甘やかす」なんて言っていたくせに、結局何もできなくて。ただ、そばにいることができる立ち位置に甘んじて、励ますことすらできなかった。
それなのに。
「
……
なつき、覚えててくらはったん?」
「
…………
あの時、目を覚ましたらお前がいてくれたのが、嬉しかったんだ。
……
あったかくて、安心して
……
少し、落ち着けた。あの頃の私は、ずっと
……
余裕がなかったから」
「でもなつき、うちは、なにも」
「今は静留の気持ちは分かっているし、あの時は、私は何も知らないで、お前に甘えてばかりだった。だから
……
少しでも返せるようにと、思って」
暑い。熱い。あつい。
きっと、なつきにも伝わってしまっているだろう。自分の熱が、鼓動の速さが。夏の暑さのせいか、それとも本当に暑いのか。目の前がくらくらと回る気がして、何かに縋らないと、倒れてしまいそうで。
「お前は自分が何もしてないと言うし、自分の気持ちをまるで、
……
罪、みたいに言うが、私はそうは思わない」
「お前がいてくれたから、私は今、ここにいられるんだ」
「だから、お願いだ静留。
……
抱きしめてくれないか? 私のために」
そんなこと言われたら、断れるわけ、ない。
きっと分かっててなつきはこんな言葉を選んでいる。どうして、どうして自分は彼女と同じになれなかったのだろう。どうして友達で、我慢できなかったのだろう。あのままでも、なつきの一番近い存在でいられたはずなのに。
……
壊したのは全部、自分だ。それなのになつきは、また自分のそばにいてくれる。それがなぜなのか。静留は怖くてずっと、聞けずにいる。
「
……
堪忍な、なつき」
「謝ってほしいわけじゃ」
「なつき、うち、なつきのこと」
絞り出した声が、小さく震える。ちゃんと伝えたいのに、喉奥が引っかかってうまく言葉にできない。
そんな自分を、なつきは優しく抱きしめて、あやすように背中を撫でてくれる。そんな温もりに甘えてしまって、鳴咽が漏れ出してしまう。視界が歪んで、ぽろりと頬を滴が伝っていった。なつきの前では涙を流すことなんてないと、思ってたのに。だってそんなことしたら、めんどくさいって嫌われるんじゃないかって、ずっと、怖くて。
震える手を、伸ばす。ああ、でも。
こわい。
そんな静留の感情を知ってか知らずか、なつきは急かさずに、静留を待ってくれていた。肩口を涙が濡らしていくのに気づいても、何も言わずに抱きしめたままで。静留がぐすっと鼻を鳴らした時にはかつて自分が母親にしてもらっていたように、とんとん、と優しくあやすように抱き寄せて、背中を叩いて。
そうしているうちに、少しずつ静留の腕がまた、動き出した。ほんの少しずつ、自分の方に向けられる。今すぐにでも引きよせたいのを我慢して、なつきは大切な人が自分から、手を伸ばしてくれるのを待っていた。
「
……
なつき」
「静留」
「なつき」
静留は何度も、愛しい人の名前を呼んだ。初めて人前で出すような甘えた声に、自分の方が驚いていた。
そしてようやく、届いた。自分よりも少し高い体温。筋肉質で引き締まった体。こんなに近くになつきを感じたのは、初めてかもしれない。
「
……
なつき?」
自分を抱きしめるなつきの力が、強くなった。心地よくて温かいもので胸がいっぱいにあふれて。さっきまで迷っていたのが馬鹿みたいに思えてくる。
「静留。私はお前のことが好きだ。ずっと、そばにいてくれてありがとう。
……
お前のおかげで、私は大切なものを失わずに済んだ」
「うち、は
……
うち、は」
そんな言葉を、もらってもいいのだろうか。自分はなつきを傷つけたのに。
「
……
お前がお前を許さなくても、私はお前のことが好きだ。それだけは、分かっていてほしい」
「
……
なつき」
いつだってなつきは、うちが欲しい言葉をくれる。優しく微笑んで、うちが大好きな顔で笑ってくれる。それがどれだけ、幸せか。満たされてしまうか。なつきはきっと知らない。
なつきのぬくもりに身を委ねて、静留は体を預ける。
離れない。離さない。このままで、いたい。そんなわがままな想いを、なつきは受け入れてくれて。
静留の吐く息が落ち着くまで、なつきはただただ、静留を抱きしめたままでいてくれた。
◯◯◯
「静留のこんな顔、初めて見た」
「え?」
ようやく落ち着いて鼻をかんでいたとき、なつきがぽつりとつぶやいた。
「ずっとそばにいたと思っていたが
……
私はなにも知らなかったんだな」
「
……
うちも泣く、思てませんでした。というか見せもんやあらしません。見んといて」
きっと顔も目も赤くなってる。絶対に可愛くない顔を抱きつくことで隠せば、なつきはいたずらっ子みたいな声で楽しそうに「いやだ」なんて返してぐいっとわざわざ覗き込んでくる。
「
……
もう、なつきのいけず」
「いけずで何が悪い。
……
こ、恋人のいろんなところを知りたいと思うのは、当然のことだろう」
「は?」
「え?」
今、なんて。恋人? 誰と、誰が?
静留の反応に、なつきが困惑するように眉を顰める。あー、だのうー、だの呟いた後、なつきはおそるおそる、といった様子で言葉を紡ぎ出した。
「私たち、付き合ってるんじゃないのか?」
「
……
そんなん、知りませんでしたけど」
「だ、だって静留、言ったじゃないか。私が付き合ってくれって言ったら「ええよ」って」
「
……
それ、この前の
……
ややこしいわ。あん時二人で出かける約束してたやないの。そっちのことかと思てたわ」
「じゃ、じゃあ私だけ、だったのか
……
?」
さあっと青ざめた顔は、初めて見るくらい情けなくて、だけど愛おしさの方が混ざってしまう。確かにあの日から、なつきから触れられることも多いと思てましたけど
……
勘違いしたらあきませんって、自分に言い聞かせてたさかい。まさか本当に、なつきが。
「
……
無理、しとるんやないの?」
「お前、私のことなんだと思ってるんだ?」
また、初めての顔。訝しげな顔も、心外だ、とてもいいたげな顔も全部、かわいいと思ってしまう。
「私はお前に同情して付き合ってほしい、なんて言ったわけじゃないぞ」
「お前がお前を否定するのはやめてほしいし私じゃ止められないのかもしれないが、私の感情まで勝手に決めつけるな」
キッパリとした物言いに、もう何も言えなくなってしまう。自分の逃げ道が、塞がれてしまう。ああ、やっぱり、敵わない。
「
……
堪忍な、なつき」
「全く。
……
それで、その
……
ど、どう、なんだ」
「どう?」
「私はお前の恋人になれて嬉しいと思っていたが
……
勘違い、だった、から。もし静留がいいのなら、私は」
「うちの気持ちはずっと変わらへんよ。何があっても」
静留は無意識のうちに微笑んでいた。なつきの前で努めてしていたあの笑顔は影を潜め、目元を緩め、幸せそうな色を、その紅に宿して。
「うちはなつきのこと、愛してます」
目の前でぱああっと太陽みたいに輝いた顔が可愛くて、愛おしくて。こみ上げてきた感情に抗わず、静留は溺れてしまいそうなくらいの喜びを受け入れる。そして今度はやっと自分から、愛しい恋人の腕の中に飛び込んで、力いっぱい抱きしめたのだった。
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