欠席に丸がついた結婚式の招待状を見られてしまった。幼い瞳には、古いアルバムから滑り落ちてきたそれが何だか分からなかったらしい。ただ俺は「じいちゃんの結婚式の招待状だよ」とだけ言った。幼子はその時だけ俄然興味を持ってそれを覗き込んだが、すぐに飽きてまたアルバムを捲る作業に戻った。大人しい子で、ここに来るたび本を片っ端から読み漁って、最近とうとう読み尽くしたがそれでも飽き足らず、気付けば俺の古いアルバムを捲っていた。本の形をしていれば何でも良いようだ。
長かった髪を切り落とす女性、なんてのは失恋のシンボルとして手垢の付いたものだが、自分の場合は前髪を上げることがそれに相似した。ただそれをやったのが、失恋した時よりずっと後、あの男が死んだ後だったのは良くなかった。
ある日ふいに、電話をしようという考えが浮かんだ。もう何十年も会っていないのに、どうして今さらそんなことを思ったのか。深く考えないまま昔の知り合いに片っ端から連絡を取った挙句、ほんの数日前に亡くなったことを知った。俺が妻に先立たれるよりも前のことだ。今思えば虫の知らせというやつだったのだろう。
葬式には行けた。ずっと独身で、最期は家で脳卒中で突然死だった。自分が死んだ後のことは抜け目なく手配してあったようで、大した混乱も起きなかったらしい。
葬式に出た次の日から、俺は前髪を額の前に垂らすのをやめた。
もういい歳なのに若作りのような感じがするからやめようか、とぼんやり思ってはいたのだ。ただきっかけが無かった。だが、葬式から帰ってスーツを脱いで風呂に入って寝て(妻はもう寝ていた。夕食は外で済ませていた)、次の日の朝に洗面所の鏡の前に立った俺は、自然にワックスを昨日より多く手に取った。その頃にはもう、髪に白いものが混じり始めて久しかった。頭の形に沿って前から後ろへ撫で付けながら、もっと早くこうするべきだった、と思った。俺が失恋を自覚したのはあの日、欠席に丸の付いた招待状が送り返されてきた日だった。
静かに紙を捲る音を聴きながら、胸を撫で下ろした。歳をとっても小心者の心臓が、ばくばくと少々危険な音を立てている。この子に聴かせられるような話ではないのだ、あの招待状にまつわる話は。文字通り、墓場まで持っていかなければならない。
黒髪の、自分に少しだけ似ている目元をした幼な子がページを繰る傍らで、俺は考えを巡らせる。もし墓の下があるのなら。手袋を投げつけるみたいに手紙を奴の足元に叩きつけて、引き出物の一つでも貰っていけと恨み言を言うのだろう。
あの最後の夜に指輪を外してみせるだなんてくだらないパフォーマンスで誤魔化すことを、彼は咎めなかった。おかげで俺は、長いこと自分の失恋に気付かなかった。そのことを、身勝手に詰るのもいいだろう。
そしてあの男は決して謝らない。賭けてもいい。その時は、前髪だって下ろしてやろう。
そうして気付いた。あの招待状
――伏せられた裏面の宛名に「バーソロミュー・ロバーツ」と書かれたあの手紙を、棺桶に入れてもらう方法を真剣に考えなければならない。俺のところにお迎えが来るまでに。
bgm
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