mishiadd
2024-10-20 18:14:54
4547文字
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【10/27無配】Re:インプリンティング・ラヴァーズ

【10/27スパーク無配】『インプリンティング・ラヴァーズ』後日譚。「さすがに嘘ついて唇を奪ったのは自分でも人としてどうかと思う」とまたしてもタケルがひとりでどったんばったんしてるやつ。
インプリンティング・ラヴァーズ:https://privatter.me/page/670232f98ab89

「イオリ。――私は、きみのことが好きだ」

シミュレーターの紡ぎ出す満開の桜の樹の下で、喉の奥に溜まった涙に濡れた声でタケルがそう告げて。



――「うん」、と。



伊織が、ただ「うん」、と。

頷いて――呆然とした目で伊織を見ているタケルに向かって、まったき曇りなき眼で、少しもふざけてなどいない真顔で、ただ生真面目な声音で言ったのだ。






「わかった」、と。










ひとりで焼き魚定食をつつきながら、タケルは呆然としていた。
香ばしく焼いたさんまの旨味だけがつらつらと喉を通過していく。機械的に魚の身を箸でつついては一定の速度で口に運ぶ。――呆けていても食べることをやめないのはさすがタケルというべきか、さしものタケルでさえ食事を万全に楽しめない程の衝撃だったというべきか。

――「わかった」ってなんだ、「わかった」って。

つまりそれはどういう意味だ。「わかった」らなんなのだ。タケルが伊織を好きであることを伊織は了解して、それで――伊織は?

伊織はタケルをどう思っている

あの流れであれば当然、言ってもらえるものだと思っていたのだ。
伊織は、「最初からやり直そう」と言ってくれた。タケルの嘘を、ひとつずつ本当にしていこう、と。――夢の続きを、タケルは、ここで、伊織と見てもいいのだと。
だから――

当然、言ってくれるものだと思ってしまった。「セイバー、俺もおまえが好きだ」、と。



そこまで考えて、はたと思い至る。



――伊織にそう言ってもらえる理由が、特にない



タケルの箸が止まる。白米に箸の先を埋めたまま、まるで体が硬直したかのように動かない。



いや、むしろ――



そもそも生前の伊織がタケルをまったくそういう目で見てくれなかったことからすべては拗れたのだ。であれば、座に刻まれた宮本伊織自体にはそう言ってくれる動機など端からなく。
そして、今ここにいる伊織に対してタケルがしたことといえば、


「かつて私たちは恋人同士だったのだ」などと人の記憶がないのを利用して最低の嘘をつき、


事実無根の嘘を次々と吹き込んでタケルに対する態度をいいように操作した挙句、




――唇を、奪った。




ぼき、とにぶい音がしたのでタケルが慌てて自分の右手を見る。握った二本の箸が中腹から真っ二つに折れていた。
だらだらと、額に冷や汗が浮いているのを感じる。我ながら、よくそれ以上は思い留まってくれたと思う。もしやらかしていたら今頃カルデアから出奔せざるを得なかっただろう。さすがに、伊織に合わせる顔がない。

今更ながら――本当に、今更ながら、なのだが。



冷えた頭で――タケルは、今更になって、己がやらかしてしまったことの重みを、ひしひしと実感し始めていた。







――というような状況の中で、だ。

どのツラ下げて――とは思いながらものこのこと結局は伊織の長屋を訪ねてきてしまうタケルもタケルだが、あっさりと彼の入室を許してしまう伊織も伊織だった。まるでいつもと変わらぬ様子で、やっぱり畳の縁に腰かけながら、いつぞやの封神演義の続きを読んでいる。ひとり分程度の間を空けて、その横に並んでタケルが腰を下ろした。

そういえば、そもそも最初の嘘をついたのもこんなときだった、とタケルは思う。まったく無防備で無頓着な伊織に、タケルが勝手にやきもきして――そう、もとはといえば、そもそもは彼を護らねばと思って吐いた嘘だったのだ。……それが――

涼しげな面差しで、紙面の文字を追う伊織の横顔を見遣る。ぱらり、と彼の指先が頁をめくる音が静寂の中に響く。ゆったりとやや伏せられた、濃い睫毛に縁どられた重い瞼が瞬く。内容に夢中になってしまっているのか、色素の薄い唇がうっすらと半開きになっている。――そこから覗く、仔リスのような白い前歯に目が吸い寄せられる。
――のを、慌てて視線を引っ剥がしてそっぽを向いた。

我を忘れてあの唇を貪っていたのだ。伊織に会うたびに――しまいには、場所さえもわきまえず。
「虫よけに」と思って吐いた嘘の結果、自分が最悪の害虫に成り下がってしまっていたのだから救えない。ぱらり、と再び頁をめくる音がする。じわり、と自分の中で小さな熱が灯るのをタケルは自覚する。思い出してしまったのが非常にまずかった――つい数日前まで狂おしいほどに吸いついていた、あの柔らかく濡れた唇。

卑劣な嘘の末に得たものだったとしても、その罪悪感ごとタケルの思考をすべて蕩かしてしまうほどにあの唇は甘かった。なにより、不慣れな伊織が懸命に応えてくれようとするのがいじらしく、やがてタケルの真似をして愛撫を返してくれるようになると、彼への愛おしさで胸がはち切れるようだった。タケルの愛撫で伊織が控えめに反応を返してくれるのが嬉しく、深追いして何度も伊織の息をあげさせた。やがて呼吸の足りなくなった伊織の意識が朦朧として、うっとりと目を細めて耽溺しているのを彼の長い睫毛が頬に触れるような間近で見て、まるで口づけ以上のことをしているような気にさえなった。

もっとも、この行為は伊織とタケルのいた江戸ではほぼ性行為と同義だったというから、あながち間違った感覚でもなかったのかもしれなかったが。



もぞ、とタケルが身動ぎをする。心持ち、伊織から更に少しだけ身を離した。首筋にじわじわと赤みが広がるのに気付かないふりをして、伊織も気づかなければいいと思った。

ぱらり、とまた頁をめくる音がする。それから、ぱたん、と本の閉じる音がした。――え、と必死に伊織から顔を背けたまま、タケルが不審に思う。

「セイバー」

呆れたような伊織の声が背後からする。恐る恐る振り返ると、その声音から想像した通りの表情をした伊織が、「仕方がないな」とばかりに肩を竦めてセイバーを見ていた。

「そう硬くなって縮こまられては、こちらが落ち着かん」
――だって」

反射的に言い訳をしようとして、口を噤む。それから、苦し紛れに拗ねたように小さく唇を尖らせて言った。

……きみこそ、なんとも思わないのか。……その、私と――私なんかと、ふたりっきりで、こんな――



ふたりの他には誰もいない、密室で。



「特には」

あっさりと伊織が言い、「話は終わったな」とばかりに再び本を開こうとする。さすがに驚いたタケルが手を伸ばして本を閉じさせる。

「『特には』!? きみ、あのなあ――

なぜ私がこんなことを言わなければならないのだ、と内心憤りながらも、タケルが声を荒らげる。

「きみは、私に嘘をつかれていたのだぞ!? あんな、きみの弱みにつけ込んだような卑劣な嘘――
「そうだな。うん。――『嘘は善くない』な。……反省しろよ?」

ん、と真顔のまま軽く首を傾げて顔を覗き込まれる。一瞬毒気を抜かれて呆けるが、軽くあしらわれたのだと気付いて「真面目に聞いてくれ!」とタケルが悲鳴のように叫んだ。

「きみは――私の、最悪の嘘に――
「言ったろう。このカルデアで、『悪意のある嘘なぞに晒されることがあるものか、と」

はた、とタケルが言葉を失う。伊織を見ると、兄のように穏やかな顔で微笑んで、タケルを見ていた。

「おまえの嘘に、悪意はなかっただろう? だから、別にいいよ」
――きみは」

ぶす、とタケルが頬を膨らませる。ぷくう、とまるで熱した餅のように両の白い頬が膨らんだ。

「きみは残酷だ。……きみばかりが綺麗なままで、きみの優しさに赦してもらった私は、自分勝手にとても嫌なことを考えている」
「どんなことだ?」
……きみが……

ぷい、と拗ねたようにそっぽを向いたのは、半分以上がこの期に及んでこんなくだらないことを口にしているその居たたまれなさを隠すためだったのだろう。

誰にでも、そうなのかと。――もしこの嘘をついたのが、私じゃなくて他の誰かだったとしても――

そう、たとえば――ユイだったとしても。

「きみは、あんな風にあっさりと嘘を信じて、あんなふうに恋人として振る舞って――



あんなふうな口づけをするのかと



きょとん、とした顔で伊織がタケルを見る。「ううむ」と少しだけ考えるそぶりを見せたあと、「かもしれん」とあっさり言った。
タケルが「んな」と猫が尻尾を踏まれたような声をあげる。だが、「んん」と伊織が更に悩むような顔をして小首を傾げ、それからタケルを見て言った。

「なぜそんなことを気にするのだ」
「なぜ!? なぜって、そんなの、だって」

うまい言葉の出てこないタケルに、こともなげに伊織が言った。

「だって、そんなことはもう起こりようがないだろう。もしも、なんて」

伊織が、無垢な表情のまま――まるで、インプリンティングされたばかりの生まれたての雛のような純粋な顔で、小さく首を傾げて言った。

その嘘を最初に俺についたのはおまえだろう。それはもう、どうあっても変わりようがない。その結果、俺の最初の恋人はおまえになった。それももう、今後なにがどうなろうと決して変わらない。
であるならば、仮定して考えるだけ無駄だろう。そんな、ありもしないもしもの話は」
――あ」

伊織が、タケルの目を見つめている。透き通った夜にぼんやりと浮かぶ望月が揺らいで、タケルを見つめている。一度、二度、長い睫毛が瞬く。――言った。

「俺は、何も覚えていない。だから、俺には今のことしかわからない。今の俺にはおまえと恋人同士だったことがある、ということしかわからない。だから多分――

とん、と自分の胸元を、軽く指の先で叩いた。

「今はまた空席のここに、いつかまたおまえが座ることはあっても。――他の誰かが座ることは、ないのだと思う」



呆けて、タケルが伊織を見る。照れもせず、自分が今何を言ったのかも碌にわかってなさそうな真顔のまま、涼しげな眼差しで伊織がタケルを見返す。ん、と伊織が小さく首を傾げる。目を見開いたまま黙りこくってしまったタケルが心配になったようだった。
やがて、瞬きも忘れたまま、タケルがぽつりと言った。

「そうか。――そういうもの、なのかもしれぬ。……そういうもの、か」






――早い者勝ち。






ただ、目を開けて――



最初に目にした眩いものが、あなたきみだったから。



ただ、それだけ。






お互い、そういうものなのかもしれぬ。イオリ」
「うん? うん」

不思議そうにとりあえず頷いた伊織にタケルが笑い、言った。

「ならば、私は焦る必要はないのであろうな。――今度こそ、本当にしよう。きみに、『おまえが好きだ』と言ってもらえるように」
「うん。……言いたくなったときに言うよ。そうであることを、おまえは望んでいるのだろう?」
「ああ」



タケルが伊織の手をとる。ただお互いに見つめ合い――どちらからともなく、笑った。






『Re:インプリンティング・ラヴァーズ』・了