シノハラ
2024-10-18 00:37:08
2455文字
Public レイシオとスクリューガム
 

階差宇宙の拠点の話をするスクリューガムとレイシオ


 階差宇宙の定期進捗報告会のために自身の研究室で投影を開始すると、途端に扉を一枚隔てた向こうがやけに騒がしい空間に放り出された。どうやら、いつもの彼の研究室ではないらしい。
 甲高い笑い声が部屋の外を通り過ぎて行って、レイシオは思わず眉を顰める。その眼差しのままスクリューガムを責めるつもりで視線を投げると、彼はレイシオの不快感を汲み取ったらしかった。
「申し訳ありません。ちょうど今、システムの構築拠点を決めるために下見に来ていたのです。協力者がアクセスしやすい場所を選ぶなら、選択肢はあまり多くはありません」
「それには同意するが……
 とはいえあんまりに喧しすぎる。部屋を一つ借りているようだが、商業施設のど真ん中なのではないかと疑ってしまうほどだ。そういう場所も研究対象になるためレイシオだって身を置くことはあるし、今回のテーマを思えばある意味適切なのかもしれないが。
「ですので、結論:暉長石号の一角を借りることにしました」
……暉長石号?」
 思わず彼が上げた施設名を拾い上げてしまいながら、レイシオは緩めかけていた眉間の皺をより深く刻んでしまった。つい最近商売を通り越して政治の舞台の一つになった、あの飛空艇の名を言うにも事欠いて挙げたのか。
 星穹列車のナナシビト達はピノコニーの株を一部保有し、先ほどスクリューガムが挙げた暉長石号を譲渡されている。今後ピノコニーが根無し草でもあるはずの彼らの数少ない滞留地になるのは想像に難くはないだろう。
 もちろん列車の中に作れるのであれば一番楽ではあるのだが、敷地と消費電力を考えれば全く現実的ではなかった。効率的にデータを収集しようと思うなら、レイシオだって候補に挙げたかもしれない。
 けれど、レイシオにスクリューガムほどの影響力があるならば、絶対に選ばなかった。彼らが得た報酬はピノコニーにおけるナナシビトの貢献の証しである一方で、彼らはパワーゲームに巻き込まれただけだった。
 カンパニーは様々な人々の関心を逸らすように彼らに富を分け与え、同時にナナシビトとの関係を深めようと目論んでいる。ピノコニーのファミリー達はナナシビトの独立性と公平性に期待し、彼らの拠り所の一つを明け渡した。いつか、カンパニーがピノコニーを完膚なきまでに食い荒らす瞬間に、彼らは選択を迫られることになるだろう。
 あそこは、暉長石号はそういう場所になってしまったのだ。そういう所にスクリューガムは拠点を置き、頻繁な出入りを図ろうとしている。
 一つの星どころか、一つの種族のアイコンとも言える人物がそこに足跡を残す意味を――スクリューガムが、かの皇帝が分からぬはずがない。レイシオがそんなこと指摘する必要すらないはずだった。
 レイシオが生まれるずっと前、彼は一つの種族の境遇と地位をその手腕で引き上げた。スクリューガムというひとはかつてそういうことをして、今もそれを保ち続けている支配者なのである。
 たとえ彼が作り出した階差宇宙が極々個人的なプロジェクトであったとしても、そこに立ち入る行為がいかにカンパニーとファミリーを刺激するか彼が予測していないはずがなかった。それどころか、まだレイシオが検討できていない部分まで、とっくの昔に理解しているに違いない。何しろ、そういうことを検討して実行してすることこそが、彼の本来のライフワークそのものなので。
 大分未来のナナシビト達を先取りして、レイシオは正に今選択を迫られている。スクリューガムはレイシオが自らの判断の意味を理解した上で、彼の外交に対しての見解を述べることを期待していた。肉眼ではほとんど区別が付かない映像の向こうの彼を睨みつけ、レイシオは苦々しい気分になる。
 かつて、レイシオはスクリューガムを皇帝と表現した。その際に彼の身分を意識しなかったわけではない。とはいえそれに、自分が巻き込まれることになるとは露とも思っていなかったのだ。
 ひょっとしたら、スクリューガムがレイシオをあれほど強引に自らの趣味に引き込んだのはこの瞬間のためだったのかもしれない。そんなことを考えながら、レイシオはあからさまな溜め息を吐いた。思ったよりも大きく響いたそれには、自身のアホらしい感想に対する呆れも混ざり込んでいた。
 この研究が始まったのはピノコニーの計略が表面化するよりも大分前のことで、あそこまで情勢が危うくならない限り他星の王の個人的な研究施設がこれ程意味を持つことはない。これは単に、彼にとって渡りに船だっただけだと判断するのが適切だろう。
「カンパニーから何かアクションがあって、君が多少なりとも有用な場面だと判断したら僕の名前を出してくれていい」
 スクリューガムはレイシオからそう答えられる事をある程度期待していたのだろう。さほど驚く様子もなく、彼はほとんどいつもの調子に僅かに労う様子を織り交ぜて礼を述べて来た。
 レイシオは小さく舌打ちをして、してやられたと瞬きというには少々長く瞼を落とす。この判断をきっかけに、カンパニーからレイシオに何らかの探りが入るのは想像に難くない。面倒だが仕方がない、レイシオはスクリューガムにそう思わせられたのだ。
「暉長石号だが、なるべく静かな場所を選んでほしい。いずれ僕もそこに行かなくてはならないんだろう?」
「こちらは随分華やかな場所で確約はできません。ですが、努力しましょう」
 そうだろうとも、とレイシオはあの賑やかな空間を思い出す。セレモニーの開催時ということももちろんあったのだろうがスタッフルームに続く廊下のような場所ですら、中心部の騒めきから逃れられなかった。
 行くなら夜を狙った方が良いだろう、とレイシオは彼の努力の結果をあまり期待せずに決心する。あそこがレイシオとも交流がある彼らの領域となるならば、多少の融通は利くはずだ。
「よろしく頼む」
 その声音からレイシオの思考を読み取ったのか、電波越しに彼が小さく笑うのが聞こえた。