シノハラ
2024-10-17 18:47:34
2502文字
Public 穹レイ
 

階差宇宙の前で初対面を果たす穹レイ

※1.6を通らずとも階……宙アップデートお知らせメッセージが届いて混じりっけなしの「誰?」ができると知ってそういうルートの穹レイについて捏ねています

続きの話は以下
https://privatter.me/page/6710dca27d512

 多少なりとも口出しをしていたシステムが無事稼働して、定期的にログが送られてきたら実物を見たくなって当然だろう。出張の最終日の翌日が休日で、ピノコニーへの定期便が出ている星にいたのも好奇心に拍車をかけた。
 かの天才が生み出したシステムのおおよそは理解しているつもりであるし、実物とは言え外側から見て今更何かが得られる訳ではない。ただ単純に階差宇宙がしっかりと動いているところが見たい。そういう酷く情緒的な衝動がレイシオをピノコニーに向かわせたのである。
 暉長石号の中の開かれたエリアにある階差宇宙は美しい姿をしているが、スクリューガムが作成したシステムとして関心を抱いているのはオムニックばかりのようだった。レイシオがしばらく遠目に眺めている間に通りすがった有機生命体はその見目を気にはするものの、長い間足を止めるようなことはない。
 有機生命体と無機生命体は分け隔てなく暮らしているようでいて、やはりはっきりとした溝がある関係なのだとこういう瞬間に意識してしまう。その対象の生まれによって興味関心の差が出てしまう事。スクリューガムの課題を思うのであれば、きっとこの現状は彼にとって好ましくはないのだろう。そんなものは種レベルで考えずとも個人単位でも当然ながらある事で、それこそが可能性の芽であるという見方もできなくはないのだが。
 展開されている階差宇宙のほとんど真下まで来ると、急に周りの音が遠くなった。スクリューガムが天蓋と表現した領域に入ったのだろう。その領域は外からは矛盾のない映像として再現されているだけで、内側に何があるかは立ち入った者にしか分からない仕組みになっている。
――――
 つまりそこに誰がいるか、レイシオにも立ち入るまでは分からなかったのだ。無人だと思い込んでいた手前、足下に蹲っていた少年にレイシオは思わず息を呑む。蹴り飛ばさずに済んだのは運が良かったとしか言いようがない。
 見覚えのある髪の色をした少年がびくりと痙攣して、思わずしゃがみ込んで確認をしたところ彼が抱え込んでいたらしいプーマンと目が合った。悲壮感のある視線と微かな鳴き声が聞こえてきて、どうやら少年以外の人間に気がついて助けを求めるために動いたせいで少年の体が揺れたらしい。様子を見るに、合意で抱きかかえられている訳ではないようだった。
 当の少年はスクリューガムが送っているログに記録されている少年であるようだから、精神は階差宇宙の中にあって夢の中にありながら夢を見ているような状態になっているのだろう。器用なことをさせるものだと思いながら、悲痛な鳴き声を上げ続けるプーマンの上から少年の腕を退けてやる。
 身を捩りながら少年から抜け出したプーマンがぴゃっと逃げ出すのを視線で追いかけていると、支えがなくなった少年の体が大きく傾いだ。そのまま倒れてしまわないように腕を引いて、少し考えてから自分の足に身を預けられるようにしてやった。
 スクリューガムの設計によれば脳波をシステムに転写してもここまで骨抜きにはならないはずだったのだが、模擬宇宙から同じシステムを使っているはずの彼には慣れが生じてきているのかもしれない。その傾向が精神面の安全に影響がないか検討する必要があるだろうが、ひとまずはスクリューガムに背もたれのなだらかなソファを導入するように提案してやるべきだろうか。
 そんなことを考えながら階差宇宙を見上げているうちに、居心地が悪かったのか少年が擦り寄るようにして頭の位置を変える。それからまるで本当に寝ているかのようにふわりと小さなあくびをした。
 その仕草もあくびも、ログから受けた印象とは大分乖離しているように思えた。遠方から送られてくるログの中で階差宇宙の中を駆け回る彼は頻繁に中空を見上げながら、まるでその先に誰かがいるかのように一方的に話し続けていたのだ。最初こそ階差宇宙が精神に支障を生んでいるのかと思ったが、こちら――というよりはおそらくログを見るだろうスクリューガムに対してぺちゃくちゃと話しているつもりらしい。
 最近どこそこに行ったとかこういう人に会っただとか、そこで食べたものがどうだったとか、雑談めいたものが大半だった。その合間合間に先ほどのイベントは良かったとか、この調整は好まないとかフィードバックが定期的に行われる。
 たった一人のテスターをスクリューガムが随分と気に入っているようには感じていたが、これほど懐いてくれているのであれば可愛くも感じることだろう。今後の開発に役立つよう、しっかりと階差宇宙の感想を述べてくれるのもありがたい。
 彼の提言を元に少々手を加えるべきだとレイシオもスクリューガムに提案しようと思える程度には内容も悪くなかった。大学で授業のミニレポート辺りを見ていると強く感じるが、有意義な感想を述べるにはそれなりの能力が必要なのだ。彼の来歴を聞く限りそういう手法を学ぶ機会はなさそうに思えたので、生まれ持った才能なのだろう。
 何かを作り上げる者として、そういう人物を好ましく感じるのはもう職業病のようなものなのだ。だからご多分に漏れずレイシオも騒がしさには多少辟易しながらも、彼の言葉に耳を傾けながらログの解析結果に目を通すことが多かった。
 そういう少年が静かにしていると、どうにも不思議な気分になってくる。彼はようやく居心地のいい姿勢を見つけたのか、最初よりずっと体の力を抜いてレイシオの足に寄りかかっていた。重たさと一緒にじんわりと少年の体温が伝わってきて、レイシオはその質量そのものに意識を移す。
  銀鼠の髪がレイシオのズボンの生地にくしゃりと擦れるのを見てから逃げ出したプーマンの動向を窺ったが、プーマンはもう自分達の近くに戻ってくるつもりはないらしい。少し眺めたら本屋にでも寄ってさっさと帰ってしまおうと思っていたのだけれど、とレイシオは小さく溜め息を吐く。夢の中で床に転がっていた程度で体が痛くなるなんてことはないが、自分が支えを逃がした手前置き去りにして帰るのは少しばかり忍びなく思えてならなかった。