シノハラ
2024-10-17 18:45:06
6585文字
Public 穹レイ
 

セレモニーの後に遭遇して初めてちゃんと話し込む穹レイ

スクリューガム大好きクラブ突発オフ会
※1.6を通らずとも階……宙アップデートお知らせメッセージが届いて混じりっけなしの「誰?」ができると知ってそういうルートを捏ね続けています

前の話は以下
https://privatter.me/page/6710dd36be6d3

 調和セレモニーが終わって、祭りの後の余韻に満たされた夜が訪れていた。とはいえ、ピノコニーの夜なんて照明の美しさを表現する以上の意味なんてあまりないのだけれど。
 ただ、朝から入り浸っている場合は、夜を合図に夢から目覚めて本来の食事を摂ると良いとは聞いている。夢の中でも食事はできるが、当然ながら胃は膨れないので生命活動に支障が出るらしい。穹もセレモニーが始まる前から夢の中にずっといるので、本当はそろそろ起きた方がいいのは分かっている。
 実際、列車の皆はもう少しと渋る穹を置いて夢から目覚めてしまった。起きたら絶対腹ぺこだよ、となのかに軽く脅されていて、穹だってそうなるだろうとは思っている。
 けれど、突然自分達の所有物になった暉長石号とかいう名前の立派な飛空船を置き去りになんてできなかったのだ。実のところ階差宇宙の件でスクリューガムに呼ばれた時からあちこち見てはいたのだが、あれは客としてだったので船長を名乗れるようになった今は見て回れる範囲が全く違う。
 セレモニーの客もいなくなって落ち着いた船内の見取り図をスマートフォンに表示して歩き回っていると、ぽこりとメッセージの通知欄が表示される。丹恒辺りが気を回そうとしてくれていたのかと思ったが、差出人の欄にはスクリューガムの文字があった。
 メッセージの画面を表示すると、調和セレモニーが無事執り行われた事と暉長石号がナナシビトの所有物になった件についての祝いの言葉が並んでいる。一件の騒動を収束させる形になったセレモニーの内容は宇宙の方々に情報が行き渡ったらしい。
 気遣いめいた言葉の数々に礼を述べると、まだ概要程度しか知り及んでいないもののと付け加えた上でたっぷりと穹を労ってくれる。それからスクリューガムはピノコニーのファミリーから承諾を得て、暉長石号に階差宇宙のシステムを展開していたと話を進めた。
 暉長石号の所有権がナナシビトに移った今、スクリューガムは階差宇宙のテスト場所を借り受けて支障がないか再度問う必要がある。つまるところ、彼は自分の趣味を継続するために穹に許可を求めたかったらしい。
 二つ返事で了解すると、取っつきやすい印象のスタンプが一つ返ってくる。それから彼らしい言い回しのお礼と、セレモニーのためにも一時的に停止していたシステムをこれから再起動する旨が送られてきた。
 了解と返したメッセージには既読がついただけだったので、話はここで終わりらしい。それから再び見取り図を開こうとして、穹は小さく声を上げてスマートフォンをスリープモードにした。
 システムの再起動をするということは、もしかしたら彼は今この船の中にいるのではないだろうか。多方面の意味で軽々しく人に話す気になれないチャドウィックの件以降、本物の彼には会えていなかった。今日こそは列車に上手く招待してやろうと決意しながら、穹は階差宇宙が起動するはずの広間を目指して走り出す。
 階段を広間の階段を一つ飛ばしで駆け下りると、足音を気にしていたらしい人物と視線が合った。穹がイメージしていた色のトーンより一段は明るい青を基調にした服を着込んだ男を見て、思わずぱちくりと瞬きをする。
「レイシオだ」
「そういう君は穹だな。こんばんは」
「こんばんは」
 律儀に挨拶をしてくるレイシオに挨拶を返せば、よろしいとばかりに頷かれた。階差宇宙のシステムの在り処を示すモチーフはまだ広間に起動しておらず、ぽっかりと空間が空いている。
「階差宇宙は僕がこれから起動する」
「さすがパートナー」
「くどい」
 一番初めのやりとりにしてはやたら親しげに送られてきた階差宇宙のバージョンアップのお知らせの会話を蒸し返せば、あからさまに不愉快そうな視線を向けられた。あれからも少々やりとりをしたはずなのだけれど、そこから感じた印象とは随分と離れているように思えてならない。日中に会ったときも随分と素っ気なかったし、オンとオフの差が激しいタイプなのかもしれなかった。
「それに別にこれはパートナーと呼ぶべきレベルで関わっていなければできないことでも何でもない。今の僕はただ近くにいたから頼まれただけのガキの使いで、手順書さえあれば君にもできる」
「いや、このページ数でそれ言うのか?」
 はじめこそ手渡されたタブレットをふうんと言いながら受け取ったのだけれど、ビューワーアプリの端に書かれている総ページ数に今度は穹が眉間に皺を寄せてしまった。ガキはそもそもこんなページ数の説明書を読まない。なんならソシャゲのたった二ページのチュートリアルだって読み飛ばすくらいだ。
 最初に寄越してくれたアップデートの資料を全部読もうとすれば一琥珀紀かかるなんて言っていたのを穹はなんとはなしに思い出す。自分向けにまとめてもらった部分だって相当な分量だったので、情報量の取り扱いについては感覚が狂ってしまっているのかもしれない。
「ほとんどが自動化されているから、黄色いラインが引かれている部分以外は基本読み飛ばして問題ない。他の部分はエラー発生時のリカバリのための復帰フロー用だ」
 突き返そうとしたタブレットを手のひらで押し返されて反射的に抵抗しそうになったが、彼の腕の筋肉量を見て観念した。チェックボックスにチェックが入っている項目はすでにレイシオが行った工程なのだろう。
 溜め息を一つ吐いてからレイシオを見て、やっぱり彼が何も言わないのを確認してから覚悟を固めて一つ一つ手順をこなしていく。ファイルの実行や、クラウドサービスのIDの設定、その結果の保存。説明の通りにやれば良くはあるのだが、どこかで手順を見落としてしまいそうで緊張してしまう。
 その一部始終をレイシオは黙って見ているだけだった。一度だけ、心配の通り穹が見落としてしまった確認観点を彼は指差しだけで指定した。反射的に礼を述べてから、そもそもこれは彼の仕事でなかったかと思い至る。後ほどスクリューガムに告げ口をしておこう。
 何十以上の工程を全て終わらせた後、最後に起動した処理が完了するのを待つ。たっぷり五分はかけた後、見覚えのあるモニュメントの欠片が突如視界の内側に舞い込んだ。
 それはぐるぐると緩やかな曲線で軌跡を描きながら、勝手知ったる形を組み立てていく。光の尾を引きつつ完成していく階差宇宙は膨大な手順を踏んだ穹を労うように、美しい姿を見せてくれた。
……お疲れ様。これで起動完了だ」
 レイシオに声をかけられて慌ててタブレットを見ると、指摘の通り起動完了のウィンドウが立ち上がっている。確認のボタンを押してからレイシオにタブレットを返すと、今度はあっさりと受け取ってもらえた。
「綺麗だった。いや、今も綺麗だけど、あんなふうに起動するんだな」
「君も知っているだろうが、これは凡人の世界を演算するための装置だ」
 タブレットの電源を落としたらしいレイシオが視線を階差宇宙に移してから、最初にスクリューガムが説明していた内容を繰り返した。彼らが紡ぐ言葉から機能は理解しているものの、自分が階差宇宙の中であれこれしている事がどんな計算に役立っているのか穹は知らない。
「それを美しいと思うなら、君は人の世を美しいと思っているんだろう」
「そうなのかな。よく考えたこともないけど」
 自分の記憶を得るようになってさほど時間は過ぎていないが、それでも穹には良いことも悪いこともあった。善意にも触れたし悪意にも触れてきた。助けられたことも、殺されかかったこともある。だから、あっさりとそうだと答えるつもりにはなれなくて、適当に言葉を濁してしまった。
「君に自覚がなくとも構わない」
 そういう淀みが彼に伝わったかは分からないが、それでもどこか満足そうなままの眼差しが穹に向けられる。その瞳を見返すうちに、いつもメンテナンスのために階差宇宙の傍に浮いていたロボットが視界の端を通り過ぎていった。
「しかし、思いのほか寡黙だな」
「そう?」
「この中でずっと一人で喋っていただろう。黙ると死ぬのかと思っていたんだが」
 ほとんど話したなかろうにと思った矢先に、レイシオが階差宇宙に穹の視線を誘導しながら告げてくる。なるほど、どうやらスクリューガムが解析しているログを見たらしい。
「データ提供をしただけみたいなこと言ってなかったか?」
「意見はもちろん、データを提供するにも選定するのに情報が必要だろう。無益どころか有害な外れ方程式を入れていいというならそういうスタイルもやむなしだが」
「絶対嫌」
 そうだろうともとレイシオが頷いて、そのまま自分の問いへの回答を求められた。階差宇宙の中で、即座に返事をしてくれる人なんていないのに、それでもぺちゃくちゃと話し続ける理由。彼からの問いには二つの回答を用意する必要があった。
「あれはラジオみたいなものだからできるけど、俺は基本的にコミュ障なんだ」
 一度何の気もなしに話しかけたら、スクリューガムからコメントがあった。なんだかそれが楽しくて、日記めいた内容をあれやこれやと喋り続けていたのだ。
 少なくとも穹はスクリューガムを気心の知れた相手だと思っていたし、相手のリアルタイムの反応がないとなると自分のペースで好き勝手できて気楽だった。誰かと対話しているのであれば、あれほど穹はぺちゃくちゃと話してはいられなかっただろう。あれを全くの第三者に聞かれていたと思うと少々気恥ずかしい。
「おや、似た者同士だな」
「それだけ喋っておいて?」
「喋れる事がそのままコミュニケーション能力の品質を保証するわけではない。君は自分の行動をラジオみたいなものと言ったが、僕のこれもそういう側面があると表現して間違いはないだろう」
 レイシオは自身を悪しきざまに評価してあからさまな自虐をしているはずだったが、淡々とした物言いだったせいでそのままあっさりとスルーしてしまいそうになる。多分、そういうものかと頷いて終わりにしてしまっても、彼はちっとも気にしなかったのではないだろうか。
……でも俺はお前と話しているのは悪くないと思う」
 それでもそのままにしておきたくはなくて、少々苦労して穹は彼をフォローする言葉を選び出した。フォローではあったが、全くの嘘でもない。少なくとも穹は彼と話をしていて気まずさのようなものを感じてはいなかった。
 そんな穹のちょっとした努力はそれはどうも、と淡泊な相槌と礼儀的な感謝で流されてしまった。ちょっと無駄な徒労だったと感じたものの、コミュ障を自称する相手なのだからそれくらいは許容するべきなのかもしれない。
「今度うちの列車にも来たらいい」
「星穹列車?」
 登録前に一度だけ必要になる乗車券を差し出したものの、レイシオは穹の手元を見ただけだった。ヘルタもスクリューガムもなのだが、何とか宇宙の類に関わる人物はどうしてか列車に遊びに来させることができない。この男もそうなのだろうか。
「そう。全部残っているわけじゃないけど、古いアーカイブもある。学術的な好奇心を満たすなら、列車自体も楽しいんじゃないか? 姫子――ええと、動かなくなった列車を直した人なんだけど、姫子にも分からない所があるらしいから」
「なるほど、『アキヴィリの心臓』が見つかっていないのか」
 一瞬何のことだか分からなくて首を傾げそうになったすんでのところで、穹は姫子の声を思い出した。目が覚めて、この宇宙の事を一つも分からないまま星穹列車に乗ると決めた頃に、姫子が色々と教えてくれた時に出てきた言葉だった。たしか、星穹列車が星間跳躍をする原動力に使われているのではないかという噂があるとかないとかだったか。
「アキヴィリの心臓は二つもないって」
「確証があるのか?」
「ええと、姫子が言ってただけで、詳しい理由は聞いてない」
 分からないと言ったのと同義の回答にお話にならないとばかりに溜め息を吐かれて、レイシオの手が持ち上げられる。てっきりその手は先ほどタブレットを押し戻したように乗車券を押しやるために動くのかと思ったが、意外にも穹の手の内にあった券をするりと引き抜いた。
「少なくともそのナナシビトの話を聞かない限り、『アキヴィリの心臓』と呼ぶに相応しい動力源を見つけられない理由も分からないままだ」
 言動が一致しないのではないかと言う思いを隠せない穹の眼差しを受けて、レイシオが呆れた口調のままで自身の行動の理由を説明してくれる。どうやら、彼は星穹列車そのものに興味を抱き、姫子の解説を必要としているらしい。その役目はどうやったって穹には請け負えなかったので、適役を選んでもらえるのは正直ありがたかった。
「こんな簡単にスクリューガムも受け取ってくれたらいいのに」
「袖にされたか」
「いや、なんかこう、誘うまで辿り着けないっていうか……
 上手く説明ができないのだが、どうにもきっかけが掴めないのだ。今は願い出るタイミングではないなと思ってしまったり、別れるまで綺麗さっぱり失念してしまったり。今回みたいに気合いを入れて会いに来たつもりが本人がいなくて空振りするなんてことも普通にある。
 スクリュー星とやらの支配者であり、無機生命体と有機生命体の関係の転換点である人。そうしてそれだけに留まらず両者の架け橋たらんと活動を現在まで続けていることを思えば、よほど話術が巧みなのだろうとは思う。
 その巧みさでそっと距離を置かれているのだとしたら少々悲しいが、彼がはっきりとノーを突きつけてくるまでは穹は様々なアプローチを試すしかない。コミュ障を自覚しているのにそんなことをさせないでほしい。
「随分と急いでくるから階差宇宙がよほど気に入っていると思ったが、スクリューガム目当てだったか。いたのが僕で残念だったな」
「そんなことはない、けど……
 残念とまでは言わないが、期待していた手前目論見が外れたのは否定できない。思わず言い淀んでしまった穹を見ても、レイシオが腹を立てる様子はなかった。それどころか、少々面白そうに目を細められる始末だ。
「多忙に多忙を重ねているような人物だ。彼が君をどう思っているかに関わらず、君の要求に応えられなくとも仕方がない。それに、ここはもう君達の物になったんだろう。ここに彼が来るのも、星穹列車を訪ねるのも意義にさして差はない」
……元々ここにいただけじゃん」
「彼の公務に差し障りがあれば理由を付けて他所に移すだろう、という話だ。どうやらあれはそのつもりがないらしい。君達ナナシビトと交流があると公に知られても構わないと彼が考えているということは考慮に入れた方が良い」
 レイシオが続けた内容は個人的な交流というよりも、もっと広い意味の――たとえば外交とか呼ぶべき話であるのは穹にも理解できた。つまるところ、気安くもありながらスクリューガムがある一定のライン以上に歩み寄ってくれないのは、スクリュー星の王様として星穹列車のナナシビトとどこまで付き合いを深めるべきか今なお検討中だからなのだろう。
 穹からすれば自分達なんて人畜無害だと思うのだけれど、ナナシビトという存在が特殊な部類であるらしいのは最近しばしば感じる機会がある。その特殊性を気にしていると言われてしまえば、穹だって理屈としては理解できた。
 けれど、それは理屈の上の話でしかない。
「そんなんじゃ慰められないからな」
「そんなつもりもない。君とスクリューガムの間にあるただの事実の列挙だ」
 意外そうに僅かに眉を上げたレイシオが勘違いをしてもらっては困るとばかりに穹に主張する。口調を聞くに思うところがあったと言うよりは、単純に事実に反するままでは良くないと思っている雰囲気があった。驚くべきことに、どうやら彼は納得させるつもりはあっても穹を慰める気はさらさらなかったらしい。
 彼自身が言った通り、本当に似たもの同士なのかもしれない。そんな感想を思い浮かべる頃にはなんとなく毒気というか、恨めしい気持ちは抜けてしまって、代わりに今後の階差宇宙では目の前の彼に向けても話をしてやろうと言う気持ちが湧き上がっていた。