2024-10-15 21:57:38
1663文字
Public 小説
 

××は三回

つきあってる了モモ。了さん視点、夜の隘路を往くエレベータ―にて。

了モモwebオンリーのカウントダウン企画に合わせて書いたものです。「あと三日」で「あと三回」のカウントダウン、という趣向でした。
ささやかな仕込みとして、webオンリーで展示したお話の後に、そのまま繋げて読むことが出来たりします。
『ハッピー・シャリアピン・ソース~Re:fill( https://privatter.me/page/670a94467a8d0 )』

 高速で動いていくエレベーターの階数表示を、ただ見上げていた。
 木目を模した鋼板の壁で閉ざされた籠の中には、僕と、モモ。他には誰も居ない。
 目立たぬように埋め込まれて監視カメラが設置されているのは、このグレードのマンションのセキュリティとしては当然のことで。
 だからか、モモは近寄ってこない。僕も近寄らない。あと半歩の距離を保ったまま、ふたり無言で立っている。
 真新しいエレベーターだ。駆動音は殆ど聞こえない。しんと静かな夜の中、耳の奥だけが気圧の変化に塞がれ、喉を詰めていく。
「高層ビルとかでさ、限られた停止階以外、通過する階数表示が見えないエレベーターってあるじゃん?」
 モモが沈黙を破った。僕の隣で、うつろいゆく光の数字を見上げたまま、何処か茫漠とした横顔で。
「辿り着くまで、あとどれくらいなのかわからなくて、期待にドキドキするのと、不安にドキドキするのと。ふたつの気持ちの片方を選べたらいいのになって、いつも思うんだよね。了さんはどっちがいい?」
 期待と不安の、いずれかを選ぶならば。
……モモは、どっちなの」
「オレ? オレは、不安にドキドキするほうがいいかな。そのぶん、到着する前に覚悟を決められるし。それで、いざ辿り着いてみたらすごく嬉しい場所で、やったー! ってなるかもしれないじゃん」
 覚悟、という言葉を使った。
 五年の不安と覚悟の果てに、モモが辿り着いた場所のことを考える。奈落を昇った王者の椅子、新生のゼロアリーナで高らかに為された宣言を。代わって奈落に突き落とされた、哀れな狐を。
「僕はどっちも御免だね。不安のままに待ち構える時間の分だけ、苦痛は増す。期待とともに待ち構える時間の分だけ、失望は増す」
 高層を目指し、昇るエレベーター。それでも星には届かない。
「いっそ背を向けてしまえばいい。鏡の国で、過去へと向かって生きる白の女王のように。そうすれば、減りゆく数字に心を乱されることもない」
 目隠しをしたまま、耳を塞いだまま、喉を詰まらせたまま。見えないカウントダウンを望む者もいるのだ。
……オレは、謝らないよ」
「へえ。知ってるけど」
 謝らない。
 最近のモモの、不可解な口癖だった。そう言いながら、たとえば今日の待ち合わせの遅刻にも、軽々に手を合わせ、頭を下げながら、気安い調子でごめんごめんと言っていた。『謝る』『謝らない』のラインが何処に引かれているのか、正直、掴めずにいる。
「謝らないけど、かわりに、楽しいカウントダウンをもっとやろう。これから、たくさんやろう」
 そう言ってモモは、少しだけ頬を緩めた横顔で、またエレベーターの階数表示を見上げた。光りながら変幻する数字の動きは、停止階へと近づくにつれ緩慢になっていく。
 ゆるやかなカウントダウン。あと三階。
「ああ、そう。だったら――こんなのは?」
 不意打ちで顔を寄せ、耳もとに囁きを落とす。そのまま首筋へ、埋めるように唇を寄せると、モモは大仰に身体をひねって避け、後退って壁際へと逃げた。
「ちょっと了さん、カメラ、監視カメラあるでしょ」
「不都合なことを、なかったことにしてもらうのは得意なんだ。ご存じのとおりね」
「またそういう、その、そのネタやめなって言ってるだろ!?」
 吠えたてる声を聞いて、不思議とやたら気分が良くなる。そのまま壁際に追い詰め、腕で塞ぎ閉じ込めた。
 昇る籠の中にふたり、僕の腕の中にひとり。
 モモが小さく身じろぎをして、顔を上げる。何故か頬が赤く染まっていた。ゆらめく瞳は、階を刻む数字ではなく、僕を見上げている。僕を映している。
 甘い色の虹彩がなお甘く潤んでいるのは、期待か、不安か、それとも。

 ――カウントダウンは、あと三階。あと三回。
 減速するエレベーターの重力に押されるように、ゆっくりと顔を近づけていく。
 僕の腕に閉じ込められたまま、モモは、もう逃げなかった。

 ふたりの時間に辿り着くまで、カウントダウンは、あと××。


〈Fin〉