2024-10-13 00:22:46
8647文字
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ハッピー・シャリアピン・ソース~Re:fill

シリーズ前作『ハッピー・シャリアピン・ソース( https://privatter.me/page/66e01ffaee66c )』の直後というか続きのお話です。
流れ的に入らなかったシーンをいくつか補完するだけのつもりだったのが、実質的に前後編くらいのボリューム&内容になってしまいました。
単独でも読めないことはないかと思いますが、若干わかりにくい箇所があるかもしれません。

ムビナナ&8周年特ストより後の時間軸(話には関与しません)を想定して書いています。
シリーズは自分内で了モモを書く時の世界線として切り分けています。

 好きの反対は無関心、という言葉をどこかで聞いたことがある。
 だったら、オレの目の前で角突き合わせてるふたり、無関心の対極にあるふたりは、ひょっとしてひょっとしたら。

「無いね」
「無いよ」

「え~……
 異口同音に言われてしまい、オレは口を尖らせた。
 けれど、声をハモらせ、オレ越しに視線を絡み合わせた(秒でそっぽを向いた)ふたりは、もっとずっと口を尖らせていた。いや、どっちもそういう表情をするタイプじゃないんだけど、してないけど。
 了さんは目を鋭く細めて唇を歪ませたし、ユキは眦を上げて口もとにぎゅっと力を入れた。ふたりのする表情で、これらは実質とんがり口と同じだってことを、オレは知ってる。

 ◆     ◆     ◆

 夜空の下、高層マンションのスカイテラスには、生温い風が吹いていた。まだほんのりと火薬のにおいが混じっているような気がする。海岸へと視線を向ければ、真っ黒な砂浜に、後片付けの作業中らしい明かりがちらちらと動くのが見えた。
 花火大会のエンディングスターマインが終わって、しばし経つ。光と音の余韻に浸りながら、残ったお酒をだらだらと飲んでいた。
 ゆったりとしたラタン調のガーデンソファに、オレを挟んで、右隣に了さん、左隣にユキ。成人男性三人が並んで一列に座っているのは、絵面的にちょっとシュールかもしれないけれど、海に上がる花火を見るには、こちら側に座った方が都合が良かったから。……という理由で、オレが了さんとユキのどちらと並んで座るかの選択を迫られずに済んで、正直、ほっとした。
 テーブルのうえには食べ終えて空っぽになったオードブルの容器が重ねられ、その横にこれも空になったアルコールの瓶と缶がいくつも置かれている。了さんが手配したケータリング・オードブルは流石のクオリティで、サラダプレートやピクルスのアソートなど、野菜も充実していた。ユキはヤングコーンの塩麴ピクルスがお気に召したらしく、無言でうさぎさんみたいにひたすら齧っては咀嚼していたのがとってもラブリーだった。
 海辺に建つマンション(ちなみに、以前の付き合いとは繋がりのないデベロッパーの物件だから、と先回りして言われた)のスカイラウンジのテラスで、食べて飲んで、花火を眺めて。気心の知れた相手となら、さぞかし楽しい集まりだろうと思う。
 いや、オレにとっては、ふたりとも気心の知れた相手だ。料理は美味しかったし、花火は綺麗だったし、じゅうぶんに楽しくはあったのだけれど、なにしろこのふたりときたら。
「以前、役作りのために読んだ資料にあった。もとの言葉は『愛に対立するものは無関心』だよ。ノーベル平和賞を受賞した作家の、重い言葉だ」
「へえ。英国の教育者の著書に記されたのが十数年ほど先んじているはずだけど、あれは誤植だったのかな? 出版社にクレームを入れなくちゃ」
……そのさらに前、十九世紀末にバーナード・ショーがほぼ同じニュアンスの台詞を書いてる、って付け足すところだったんだけど。先に教えてあげたほうが良かった?」
「さすが役者さまだ。実在の人物の警句と戯曲の登場人物の台詞を一緒くたにするとは、素晴らしい感性だよ、千」
 オレの頭越しに、やたら教養に溢れた言い合いがねちねちと続く。論の追い立てに饒舌な了さんと、酒が入ると口数が増えるユキという組み合わせでの酔っぱらい会話、どうにもこうにも収拾がつかない。
「もう、ふたりともわかったよ、わかったから。ヘンなこと言ってすみませんでした!」
 で、結局オレが収めるというのが、この短時間で様式化されつつあった。
 わざとらしいため息をつきながら顔を手で覆い、実は緩んでいる口もとをこっそりと隠す。仲良くケンカ、ってどこかの猫とネズミじゃないけれど、このふたりの場合ふつうに「仲悪くケンカ」しているのに、妙に会話が噛み合ってしまう。傍で見ているとちょっぴり愉快でもあり、思いがけない嬉しい発見だった。
 オレと、了さんと、ユキ。
 三人で始まった花火観覧の会は、もうじき終わる。オレをあいだに挟んで、予想通りの角の出し合い突っつき合いと、予想外の呼吸の合い方で交わされる薄氷を踏むような会話の連続は、なかなかスリリングでありつつ、ひょっとしてひょっとしたらと思わせてくれて、オレとしては掛け値なしに楽しい時間を過ごした。
 了さんとユキも、そうだったら良いんだけれど。……だとしても、自覚はなさそうだし、たとえ自覚したところで絶対に認めてはくれなさそうだ。

 ×     ×     ×

 事の発端は、オレがうっかり「今年の夏は花火を見そびれた」なんて言ってしまったことだった。しかも、了さんとユキ、それぞれに。
 自分に課した決まりごととして、このふたりに同じ話題は振らないようにと気をつけていたはずが、なぜか口が滑ってしまった。何でだろう。そんなに花火が見たかったのか、オレ。
 雑談に流したオレの何気ない言葉を、どうしてだかふたりとも心にしっかりと留めて、花火観覧のプランを立ててくれた。そのこと自体はすっごく嬉しい。
 ――それが同じ日、同じ時間、同じ花火大会へのお誘いでさえなかったら、最高にハッピーだったのに。

 とは言うものの、オレのスケジュールの空きと、打ち上げ花火の開催日。限られた日にちと時間を擦り合わせて捻じ込んだのだから、ダブルブッキングは必然だったのだろう。
 声をかけてくれたのは了さんが先だった。花火とともに、タワマンのスカイラウンジ貸し切りというスペシャルなセッティングをしてくれたことが嬉しくて、有り難くて、二つ返事でオーケーした。九月だし、少し甘めの夜を過ごせるかな? という期待含みで。
 そうしたら直後にユキからも誘いを受けてしまい、頭を抱えたけれど、正直に了さんとの先約があると言ったら、なんと三人での花火見物を提案されてしまい。これもう驚いたってレベルじゃなかった。オレと了さんの関係を一応は認めてくれているものの、了さんへの悪感情は隠そうともせず、名前を口にするのも嫌がるようなユキが。
 さらに驚いたのは、恐る恐るユキの申し出を伝えたら、了さんもまた当たり前のように承知してくれたことだ。
 ……ユキには話さなかったけれど、実のところ了さんからは「朝まで時間と場所を取ってあるから」と言われていた。なのに、ふたりの夜から三人の夜への変更をあっさりと受け入れられちゃって、釈然としないというか、なんというか……別に、いいんだけどね。別に。

 ユキの提案、了さんの承諾。オレも、覚悟を決めるしかなかった。
 どんな空気になるやら、見当もつかないけれど、雲行きが怪しくなったらオレがあいだに入って、サンドバッグ……もとい、緩衝材になればいい。なるしかない。とにかく金属バット事案だけは回避しないと。
 そんな決死の覚悟を決めて、今日の日を迎えた。のに、仕事のトラブルでオレだけが遅刻してしまってめちゃくちゃ慌てた。しかし到着してみたら思ったほど険悪な雰囲気でもなくて、安心するやら、拍子抜けするやら。あやしみつつもスカイラウンジに腰を落ち着けて、三人で花火見物を始めたんだけど、もう、このふたりときたら。

 花火を眺めながら、音楽コラボでRe:valeの曲をもっと使って欲しいよね、いやŹOOĻの曲のほうが似つかわしい、広く親しまれた曲に勝るものはないでしょ、刺激的な曲調が最適にして至高だろう、とか。

 料理を味わいながら、ローストビーフにはやっぱりホースラディッシュソースだね、いやグレービーオニオンソースに決まってる、彩りと味の変化には絶対こっち、色あいの調和と風味の落ち着きが優先だ、とか。

 意地を張り合い、自説を譲らず。険悪なのに当意即妙な会話は、悪いけど、聞いているぶんには相当に面白かった。
 ――ふたりとも全部の意見の語尾に「だよね、モモ?」とつけてくるのがなかったら、もっと気を楽にしていられたんだけど!
 揉めたり、宥めたり、つかみ合い一歩手前になったり。まあ、いろいろありつつ。

 気がついていた。趣向の凝らされたオードブルには、オレの大好きなお肉と、ユキの大好きな野菜が、ふんだんに盛られていた。多分、きっと、もしかしたら。ユキの参加が決まって、オプションメニューを追加してくれたのかもしれなかった。
 今夜の了さんは、言い合いはしても、冷笑はしない。ユキも、仏頂面はしていても、断絶オーラを出して黙り込むことはしない。
 オレにとって特別な人、オレを大事にしてくれる人が、右に座っている。左にも座っている。
 遠く広がる海を見れば、黒い水平線を照らす花火の大輪。

 大好きな人と、大好きな人と。
 美味しくて、綺麗で、ハッピーな時間。

 ×     ×     ×

 楽しい時間には、いつか終わりがやってくる。
 明日の仕事は、オレは午前中ゆっくりめ、ユキは午後からのはずだった。せっかくの午前オフ、ユキは八時間睡眠を確保したいだろうから、花火見物の人の波が収まったあたりで送っていかなくっちゃな。了さんをぼっちで残していくことになるけれど、肩透かしさせられたお返しってことで、後片付けは押しつけてしまおう。
 ゆるゆるとそんなことを考えながら、缶ビールの最後の一滴を舌に落としたとき、ソファの左側から微かな振動が伝わった。視界の端、ユキが緩慢な動作でスマートフォンを取り出す。通知だけ眺めて、小さくため息をつき、またポケットにしまった。
……迎えが来たみたいだから、僕はそろそろ。お先に失礼するよ」
「え?」
 思いもよらない言葉に、空っぽになった缶を握りしめて身体ごとユキの方を向く。
「迎えって、なに、誰、どこに? 今日はもう仕事は終わりでしょ?」
「空き缶、潰れてる潰れてる。モモの居残り仕事中に連絡があって、アレンジの差し戻しが来たんだ。花火の後は交通機関が溢れるだろうから、移動手段の手配を頼んでおいたんだけど、サブマネくんが車を出してくれたみたい」
「えええ、何それ先に言ってよ! そっか、じゃ、オレも一緒に」
 ひしゃげた缶をテーブルに置き、立ち上がろうとしたオレの肩をユキが手で抑え込んで座らせた。なんで? って目で問いかけたら、呆れ顔とともに、今度は大きなため息が降ってくる。
「いいから、モモはゆっくりしていなさい。今日のところはスタジオでのひとり作業になるから、僕だけで進めておく。一段落ついたら、相談に乗ってもらうかもしれないけれど」
 そう言ってユキはソファから腰を上げ、身支度をしながら、ちらりと了さんの方に目をやった。オレたちのやりとりを黙って聞いていた了さんが、ユキの視線を受けて僅かに頬を歪ませ、ゆらりと立ち上がった。その動きで、了さんもだいぶ酔っているな、と気がつく。
「エントランスまで送ろう。人を出入りさせるときは僕自身が立ち会うという約定になっているからね」
「わかった。じゃあモモ、また明日」
 一方のユキは、思ったほど酔いは回っていなさそうだった。さっさと歩いてスカイテラスの階段を降り、海に背を向けてラウンジの出口へと向かう。半歩遅れて了さんも後に続き、ふたりともに出ていった。
 あっという間だった。残されたオレは、予想外の展開に唖然というか呆然としてしまい、座り込んでいた。十秒か、二十秒か、しばし経ってはっと我に返り、ほろ酔いで熱を持った額をぺちんと叩く。
 オレだけ、ここでただ待っていてもしょうがない。ちゃんとユキのお見送りをして、それから、了さんの手間を労ってあげよう。
 スマホだけ手に持って、よいしょとソファを立ち、ラウンジを出た。

 ふたりを乗せたエレベーターは、とっくに行ってしまっている。スカイラウンジに停止するペントハウス用エレベーターは二基。ボタンを押して、一階に止まったままのもう一基を呼ぶ。了さんとユキを乗せたエレベーターと、オレを迎えに来るエレベーター。それぞれに高速で下へ、上へと移動して、宙の何処かで交差するのだろう。
 ひとり立ち尽くしてエレベーターを待ちながら、さっきのユキの言動について、改めて考える。
 了さんとずっと喧々と言い合っていた名残りか、口調はすごくぶっきらぼうだった、けれど。「モモはゆっくりしていなさい」と言ったときだけは、むずがゆそうな、苦笑を含んだような、それでいて優しい声をしていた。多分、きっと、もしかしたら。気を遣ってくれたのだろうか。
 ――ふたりの夜を、過ごせるように。
 頬が熱くなってきた。オレも案外、酔っているのかもしれない。

 ◆     ◆     ◆

 高速で地上へと運ばれ、一階のエレベーターホールに降り立つ。
 真新しいホールには、鈍く光るエレベーターがずらりと並んでいた。低層行き、中層行き、高層行き、そしてスカイラウンジのあるペントハウス行き、と行き先の階層ごとに複数基ずつある。
 エレベーターホールとエントランスロビーは、ガラスのドアで仕切られていた。本来は自動ドアなんだそうだが、まだセンサーを動かしていないとのことで、来たときから開きっぱなしになっている。
 細長いエレベーターホールを抜けて、開かれたドアの先、エントランスへと歩いていくと、微かに人の声が聞こえた。了さんと、ユキだ。無人のコンシェルジュカウンターの横に立って、なにか話をしている。

――みりん風調味料を?」
「最初の頃はね。安くて買いやすかったから。でも、ここ数年は本みりんで作っている。そっちのほうが味は近くなると思う」
「なるほどね。ご親切にどうも」
「別に、お前のためじゃない。美味しい料理を食べさせて、幸せな気持ちに、ハッピーにする。僕が望むのは、それだけだ」

 漏れ聞こえた会話の内容に、へにょりと力が抜けた。
 みりん、だって。普通に料理談義なんかしてるじゃん。ほんと、意外なくらい共通の話題が多いふたりなんだよな。
 花火のときの楽しい気持ちが甦ってきて、声をかけようと大きく息を吸い込んだとき、オレの名が耳に入って、思わず呼吸を止めた。
「おかげさまで、僕のもとでモモは幸せで楽しい日々を過ごしているよ。誰もがみな幸せになれる、絵に描いたようなハッピーエンドの世界だ」
 遠目にも分かる笑顔で、何言ってるのかな、了さんってば……
「いやちょっと。ハッピーはいいけど、エンドは駄目。十年先も二十年先も隣で歌い続けて、モモをハッピーエンドに連れていくのは僕の役目だ」
 遠目でも分かる真顔で、何言ってるのかな、ユキったら……
 っていうか、どういう流れだよ、これ。ふたりとも、すごく、あの、嬉しいけど、すごくすごくオレが出ていきづらい感じに話を展開してくれちゃってて、半端に足を踏み出しかけたまま、途方に暮れてしまう。
「思うだけならご自由に。だけど、今のモモは、十年二十年を待たなくても、とっくにハッピーエンドに辿り着いている。僕と一緒にね」
 きっぱりと言い切った了さんに、少なからず驚いた。
 了さんはオレが、オレたちが、幸せな結末のなかにいるって、ちゃんとそう思ってくれているんだ。これまでのあれやこれやを思うと、身体の奥からじわり温まるように、しみじみと感慨深い。
 ――けれど、ただ素直に喜ぶことが出来ないのは。

 ハッピーエンド、という言葉を口にするたび、了さんの表情は仄暗さを増す。
 自嘲の色濃い笑み。無常の浮かぶ瞳。諦めたような、というより、諦める覚悟を、手離す覚悟をあらかじめ抱いているような、そんな顔をする。

 疑り深い狐さん。いつになったら信じてくれるんだろう。

 夜空を彩る星じゃなくても、夜空の色した葡萄になら、手は届いている。あとはただしっかりと掌の中に握りしめて、齧りついて、離さなければいいだけだ。
 オレはもう、とっくに、その覚悟は出来ているのに。

「今生のモモは、僕とのハッピーエンドを迎えたけれど。来世では、千がハッピーエンドにしてあげればいい。次は譲ってあげるよ。Re:valeの千が如何にしてバッドエンドを回避するか、お手並みを拝見させてもらおう」
 滔々と喋り続ける了さんの言葉を聞きながら、思わずため息が出た。今生だの来世だの、バッドエンドだの。やっぱり、めちゃくちゃ酔っている。でなきゃこんな、いろんな意味で痛々しい与太話を持ち出すわけがない。これ以上へんな方向に話を広げてしまう前に、オレが出て行って止めてあげた方がいいだろう。と、意を決して、今度こそエントランスロビーに足を踏み入れかけたとき。

――は?」

 低く鋭い一音節が、しんと静かなロビーを貫いた。
「おまえ、そんな気持ちでモモと一緒にいるのか」
 氷のように冷たい声。物陰で聞いているオレの背筋まで凍りそうだった。そして、この距離でも分かる。了さんへと向けられたユキの眼光は、凍てつく刃よりもなお鋭利に光り、抉るように見据えていた。
「次? 僕に譲る? ふざけるな。だったら今すぐにでも連れて帰ってやる」
 怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。逆鱗レベルの怒りだった。
「おまえが今、今はおまえが、モモをハッピーにしているんだろう」
 了さんの表情が動いた。微量の驚きと、僅かなたじろぎとが、目の奥に見える。
 純粋で激しい感情の発露と、生来の美貌による荘厳さとで、ユキの本気の怒りにはとてつもない威圧感がある。怯んだりはしてはいないものの、いくぶん気圧され、呑まれてしまっているようだった。
 黙然としたままの了さんに、ユキがたたみかける。
「だったら、未来永劫ハッピーにするんだ。現世だろうと来世だろうと、何度繰り返そうと、渡さない、譲らない。僕にも、誰にも。それくらいの覚悟を見せてみろ」
 語尾にまで怒りを滲ませつつ、託宣のように告げて。ユキは深く長く息を吐き、ふとしたように顔を上げた。
……って、あれ。なんで煽ってるんだ、僕。むしろこれ、励ましちゃってない? なんで僕がおまえを。どういうこと?」
 了さんもまた深く息を吐き出した。だいぶ酔いが覚めたみたいで、小さくかぶりを振り、苦い味を口いっぱいに含んだような顔で笑う。
「それを僕に言われてもね」
 もっともなご意見だった。ユキは小さく舌打ちをした。
「まあいいや。来世なんてあっても、なくても、僕はモモと出逢うから」
「へえ。随分と自信家だね」
 了さんのまぜっかえしを完全にスルーして、ユキが言葉を続ける。
「だってモモは僕のギフトだ。何度繰り返したって、きっと僕はモモを得る。モモに、与えられてしまう」
 けれど、とユキは言った。
「お前にとっては、モモは、――だろう。だから、自分から動かないと、手には入らない。手に入れたいのなら、ちゃんとして」
 そこでまたユキはあれ、と首を捻った。
「だからなんで励ましちゃってるの、僕」
 それを聞いて、了さんが笑った。知らないよ、と言いながら。

 ◆     ◆     ◆

 少し経って。電話を受けたユキが、マンションの外へと出ていった。花火の後の道路が予想以上に渋滞し、迎えの車の到着が遅れていたらしい。
 見送り、しそこねちゃったな。ぼんやりとそう考えていたら、手のなかのスマホが震えた。反射的に画面を見る。
「へっ?」
 了さんからの着信だった。慌てて目を上げると、ユキを送り出した了さんが、エントランスをくぐって戻って来るところだった。スマートフォンを持った右手は下げたままで、耳には当てていない。
 立ち尽くすオレを見て、唇を歪めるように開き、電話回線を介さずに了さんは言った。
「立ち聞きとはいい趣味をしているね、モモ」
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど、出て行きにくくって」
 我ながら言い訳じみた言い訳だな、と内心で思っているうち、了さんはさっさとオレの前を通り過ぎて、エレベーターホールへと入っていってしまった。慌てて後を追うと、ペントハウス行きよりも手前、高層階用エレベーターの前で立ち止まっている。
「了さん、行き先フロア間違ってない? スカイラウンジにはこっちの――
 そう言って進もうとした腕を、思いがけず強い力で掴まれる。驚いて振り返ると、耳もとに囁きが落ちてきた。
「言っておいただろう。朝までの時間と場所を用意したって」
 夜の静寂に積もるような、低く穏やかな声。
 こんな声で。

 ゲストルームを取ってあるから、なんて言われてしまったら。

……もう、なんだよ、それ。不意打ち。了さんってばさ……
 エレベータの扉が開く。手で押さえてオレを招じ入れながら、了さんは静かに笑った。秋の夜に涼しく光る、月のような瞳で。
「九月だからね。プレゼント、貰おうと思って」
 それだけ言って、手を離す。扉は音もなく閉じていった。

 ◆     ◆     ◆

 プレゼント。
 了さんは、ちゃんと手に入れてくれるだろうか。
 九月だから。九月じゃなくても。
 現世も、来世も、いつまでも。


 ねえ、知ってる?
 オレはもう、とっくに、覚悟してるんだよ。



 〈Fin〉