観世九皐会 十月定例会【第二部】
矢来能楽堂
2024年10月13日(日)15:30開演
狂言「狐塚」小唄入
太郎冠者:大藏彌太郎
主:小梶直人
次郎冠者:大藏章照
後見:高木謙成
能「俊寛」
俊寛:遠藤和久
康頼:小島英明
成経:奥川恒成
赦免使:殿田謙吉
従者:吉田信海
笛:藤田朝太郎
小鼓:幸 信吾
大鼓:佃 良勝
*・*・*
この日は家でのんびりする予定で(笑)観能の予定はなかったのですが、先日、歌舞伎座で観た尾上菊之助丈の「平家女護島ー俊寛ー」の記憶が鮮明なうちに、お能の「俊寛」も観てみたいと思ったので、急遽行ってきました。こんなタイムリーなこと、なかなか無いからね。
今までは演者目的で公演を選んでいたケド、演目目的で行ったのは初めてじゃないか??🤔
でも狂言が彌太郎さんだったから、それも後押しになったかな。立合狂言会で拝見した時に、とても上手いなァと記憶していたので、あの芸がもう一度観れるなら、、、という気持ちもありました😌
狂言「狐塚」小唄入
【あらすじ】主人から、狐塚の田へ群鳥を追いに行くよう命じられた太郎冠者と次郎冠者。夜になり休んでいると、二人を労いに主人がやってくるが、 冠者たちはこの主人を狐が化けてると思い込んで縛り上げてしまう。
*・*・*
初見で見た時は茂山家だったか。和泉流ではまだ観れて無いのですが、大蔵流の特殊演出『小唄入』の小書きが入ると、和泉流狂言の『鳴子』と似たような内容になるので既視感はありました(笑)。尚、和泉流の狐塚では太郎冠者ひとりで狐塚に向かう模様。
前日に山本家の狂言を観てきたので、改めて思うのだが、大蔵流はお家によって芸風の個性が全然違うな、と。和泉流も家毎の特徴はありますけど、大蔵流に比べると流派としてのまとまりは、まだある方だと思います。
大藏家は、なかなか観る機会がないのですが、改めて拝見してみて、彌太郎さんは上手いな、と再確認。てかちゃんと目で演技が出来る方なんですね。表情を見ているだけで狐塚の様子が浮かんできたので、こちらの想像力を掻き立てる芝居をしてくれるなァと✨
そして次郎冠者を務めたのは、調べてみたら息子さんだったんですね。しかも15歳とのことで、こちらも大人と変わらない、とてもチャーミングさがあって上手くて驚きました。将来有望ですなァ✨
ということで、とても質の高い狂言が観れて満足満足☺️✨
にしても主人のご厚意を無に返す冠者の二人🤣
思い込みは危険なので気を付けよう🫡
能「俊寛」
時の権力者・平清盛の失脚を企んだ罪で流刑になった俊寛(シテ)と、康頼(ツレ)と、成経(ツレ)。その中でただ一人だけ赦免されなかった俊寛の絶望を描いた作品。
『平家物語』を素材に作られた演目で、これに脚色を加えたものが浄瑠璃になり、歌舞伎にもなりました。
実際に観た歌舞伎では、海女の千鳥という女性を加えることで、ドラマティックに描いており、舞台仕掛けも壮大でした。
歌舞伎【平家女護島ー俊寛ー】あらすじ⬇️
https://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/1158/
その舞台を事前に観ていたからイメージしやすかったのもあったと思うのですが、その元ネタとなったお能を観て感じたことは、あのシンプルな能舞台と演者だけで俊寛の絶望と孤独感を見事に表現しており、豪華な舞台装置が無くても演劇として成立させてしまう能の凄さに、改めて感動しました
…!😆✨
元々、お能というのは悲劇を描くのが得意なので題材的には合ってるのと、何となく能ならではのシンプルさというのは想像していたんですけど、その想像を遥かに超える説得力を感じて、観に行って良かった
…ッ!と思いました😆✨
お能では赦免使(ワキ)が乗る船を橋掛かりに付けるのですが、そこに赦免された二人とワキとアイが乗り込んでいるのに対し、俊寛はただ一人、本舞台に取り残されます。
夢幻能では、本舞台がこの世で、揚幕の向こうがあの世で、橋掛かりはあの世とこの世を結ぶ存在な訳ですけど、現在能となる今作では本舞台が孤島で、橋掛かりが海で、揚幕の向こうが都な訳です。
能舞台の構造を上手く効果的に演出に使っていて、脇正面から観ていて、俊寛が孤島から絶対に出られない、超えられない壁を感じました。また本舞台の広さが、俊寛の孤独や絶望感を観ていて増幅させるんですよね🥺
能舞台って個性的なカタチをしてるけど、どんな場面にもヘンシン出来るそのオールマイティさに、あっぱれ!やっぱり能楽(堂)って面白い
…ッ!😆✨
また通常の能では、生きている成人男性を演じる時は能面を付けませんが(直面)、この『俊寛』では専用面があり、その窶れて老け込んだ表情の面からも、俊寛の過酷な運命がひしひしと伝わってきます。能面とは不思議なもので、演者が付けると血が通ったように様々な表情を魅せるのです。
赦免状に自分の名前を何度も探す仕草や、自分だけ船に乗せてもらえない姿からは、孤独や焦り、絶望と悲しみが、グサグサと胸に突き刺さってきました(心が痛い🥺)。時には本当に泣いてるようにも見えました。
シテを務めた遠藤和久師の熱演(オーラ)もお見事でした👏👏👏
生々しいくらいに人間の煩悩を描いた作品ですけど(特に能の方は)、それは誰しもが持ってるものだからこそ、惹かれるものがあり、浄瑠璃や歌舞伎にも発展していったんでしょうね。
今回は比較することで、能の魅力は何処にあるのか、歌舞伎の魅力は何なのか、見えてきた部分があるし、改めて自分はお能が好きだと思ったので、今後も推しの公演に限らず、いろんなものを観ていきたいと思いました。
錦秋十月大歌舞伎 昼の部の感想⬇️
https://privatter.me/page/66fe80da344e5
過去の観劇日記はコチラから⬇️
https://privatter.me/user/mijuppa
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