【Δドラロナ(30年後)】From addiction to liars with love

30年後Δドラロナがわちゃわちゃ喧嘩する話。
転化後Δドなど捏造山盛り。Δヒマ、ヒヨなど。

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悦楽編
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の続きです。





「小兄」
「ん? ああ、ありがとうヒマリ」
 差し出されたのは昔ロナルドがここで過ごした際に身につけていた寝巻きだった。サイズは大丈夫だろうかと広げてみると、何とか着れそうだ。それに随分古いものだろうに綺麗な状態で保管されていたらしい。洗濯したばかりの柔らかいそれを受け取ってもう一度礼を述べる。
「ベ」
「うん? ああ、ベッドの準備もしてくれたのか」
「ん」
 こくりと頷く妹にロナルドは苦笑いをする。久しぶりに会うどころかロナルドが突然この城を訪れたことにヒマリは何のリアクションも見せなかった。まるでそれを予見していたのかとすら思えるが、考えてみればロナルドはこの可愛い妹が何かに酷く動揺したりする姿を見たことがない。
 国内に留まらずあちこちに城を持つ兄と妹の居場所がロナルドにだけは直感で分かっていた。その感覚はぼんやりとしたものだったが昔からあるもので、いつだってロナルドには兄と妹のいる場所が分かる。だからこそ、ロナルドはこの時期にヒマリがこの城で過ごすことを思い出し、間違いなくヒマリがここにいるという確信をしてここを訪れていた。
「で?」
「ん?」
「ど」
 会わない間にますます無口と無表情に拍車がかかった妹はどうやら「どうしてここに来たのか」と尋ねたいようだった。ロナルドはここに来るまでの間に考えていた幾つかの「言い訳」を思い浮かべる。
 たまに家族の顔が見たくなった、とか、新横浜にいる仲間のところに行くついでに寄った、とか。理由は幾らでもあったし、そのどれもが別に嘘にはならない。
……ヒマリは最近どうしてたんだ?」
……
「俺は、ほら。ドラ公を……ドラルクの事を転化させただろ。それから引っ越しとかもしたんだけど……その……
「小兄、あっち」
 ヒマリが袖を掴んで引き、扉の方を示した。この城はあちこちにあるものの中でもヒマリが一等気に入っている城で、ロナルドも何度か訪れたことがある。指さす方向を見るに、どうやら向こうのリビングの方へ行こうと誘っているらしい。
 時刻はすでに丑三つ時を回っており、あと数時間後に夜明けが訪れる頃合いだ。
「話す」
「眠くないのか?」
 こくりと頷くヒマリが、ちょっと笑ったように見えた。





「はい……はい、分かりました……
 肩を落としたドラルクがスマホをテーブルに置いて近付いてくる。うあー、とか、やだーなんて変な声を漏らしながら洗濯物を畳んでる俺の背中に抱きついて来てグリグリと頭を擦り付けてきた。
「親父さん、なんだって?」
「やっぱり行かなきゃならないっぽい……
「そっか。まぁ仕方ないじゃん」
 ドラルクが転化して一年ちょっとが経って、新横浜から離れたところに住み始めた俺たちだったけど、少し前からドラルクにしょっちゅう電話がかかってくるようになった。
 電話の主は主にドラルクの親父さんで、どうやら、家の仕事を手伝って欲しいという話らしい。ドラルクは染み付いた仕事癖から何度か頼みを引き受けていて、時々出掛けることが増えていた。
「今度はどこに行くんだ?」
……欧州方面かな」
「そっかぁ」
「ロナルド君も行こうよ」
 腰に回された腕の力が強められる。肩口に尖った顎が乗せられ、鼻先が耳裏を掠める感触に思わず体が震えてしまい、畳んでいたワイシャツを取り落とした。
「こら!」
「ごめんごめん」
 全然悪びれていないドラルクがへらりと笑う。転化してからのドラルクはどこか気が抜けたような顔をすることが多くて、それについ俺の方まで気が抜けてしまう。昔の、仕事をしてた時の険しい顔が懐かしい。
……俺は行かないほうが良いんじゃねえの?」
「そんなもの私がどうとでもするよ。今までも、これからも」
 ドラルクが吸対を退任してから随分久しいが、辞めた今もそのまま俺の監視任務を続けていた。それはもう三十年以上続けられていて、殆ど形骸化されたような役割ではある。けれどドラルクはそれに随分拘っているようで、例え名ばかりであってもその仕事を誰にも渡す気が無いようだった。
……行かねえ」
……どうしても?」
「どうしても」
 腹を弄る手を塵にならない程度の力でぺちんと叩いて避けさせる。後ろでまたうーっとドラルクが唸って、伸ばした髪が引っ張られた。
 俺だって自分の立場についてはよくよく分かっているつもりだ。ドラルクが三十年以上の間、俺を守って来てくれていたこと。どうやら俺の死ねない体質は俺自身が思っていた以上にとんでもない代物で、それをドラルクは生涯「研究対象」としないようにあの手この手ではぐらかしているらしい。
 ドラルクの上司だったやつに言われたことがある。ドラルクのしていることは「神秘の秘匿」なのだと。その言葉が俺自身にかかる言葉であることを実感することは今でも出来ずにいるけれど、吸対やそれに関わるあれこれを聞き齧っていれば嫌でもその重大性を理解せざるを得ない。
 だから俺は、せめてもと考えた。こうしてドラルクが転化して寿命を伸ばしてまで俺と一緒にいてくれることを選んだ以上、ドラルクと共にいる間は表立って行動することを止めよう、と。死んで蘇る畏怖い吸血鬼になることは諦められなくても、それを少しくらい先延ばしには出来る。
 始まりがあれば終わりがあるはずだ。俺が新横浜に初めて来た日にいたドラルク隊の奴らや退治人たちも、何人かは死んだ。吸血鬼としてそれをまともに見届けた時はすごく堪えたし、こんなふうにいつか仲間たちが死んで、ドラルクが死んで、俺だけがこの世界に置いていかれることを想像して頭がおかしくなりそうだった。俺は、身近な死を目の当たりにしてやっと自分のことを理解出来たのだった。
……どうかした?」
 ダンピールの気配探知が無くなった今でもドラルクは俺の機微に敏感だ。むしろ前よりもずっと目敏くなったかもしれない。俺は「何でもねえよ」って答えたけれど、ドラルクは納得できないみたいだった。
……やっぱり断るよ」
「ダメだろ。ちゃんと仕事してこい」
「だって」
 俺よりもずっと吸血鬼らしい吸血鬼になったドラルクは少し意固地だ。俺が親吸血鬼になったからかもしれない。昔はちょっと離れたところから遠慮がちに手を伸ばしていただけだったのに、今はどうしても離したくないらしかった。理由を聞いたら「だって、こうなれ 転化すればもう君は私のものだし、私は君のものだ。私には君を縛る権利があるし、君には私に縛られる義務がある。君は私の親になったんだもの」なんて無茶苦茶なことを言っていた。多分その時はブラッドワインが入っていたのもあるかもしれないけど。
「待っててやるから行ってこいよ」
 そう言って俺はドラルクを宥め透かして、その背を押して外の世界へと出してやった。





……小兄、うそつき」
「うっ……いや、そんなつもりは……
 ヒマリのじっとりした視線に耐えられず、ロナルドは視線を彷徨わせた。
 確かにロナルドは待っていると言ってドラルクを見送った。それなのに、今こうして、あんな置き手紙をしてここに来てしまっている。
 あれ以来、ドラルクは当主代理として働くことが増えて、スケジュール管理をする秘書もつけられていると聞く。どうやら昔馴染みらしいが誰かは聞いていない。
 一月のうちに帰ってくることが数日のこともあって、けれどその間もロナルドはずっとあの屋敷でドラルクの帰りを待っていた。送り出す時は少し寂しかったし、帰ってくれば嬉しい。ドラルクはまるで昔のように疲弊して帰ってきて、また少しすると泣き言を漏らしながら出かけて行く。まるで、あの新横浜での日々が再現されているようでもあった。
「で?」
 ブラッドワインを傾けるヒマリが尋ねてくる。どうやら話の続きを所望しているらしい。兄の結婚生活など聞かされて面白いのだろうかと不安だったが、続きを求めてくるくらいには興味があるようだ。
……それで、ちょっと前に軽く喧嘩しちゃってさ」
 ふんふん、とヒマリは待ってましたと言わんばかりに食い付いてきた。火の付いていない暖炉を囲むように並べられたソファーで、肘掛けから身を乗り出してまで続きを求められれば話すしかない。
「帰ってくる度に、もう行きたくないって駄々こねるからそれ宥めてたんだけど、そしたらドラ公が……私と私の仕事どっちが大事なんだって」
……ふふ」
 余程面白かったらしい。ドラルクの醜態をドラルクのいないところで話すのはマナー違反にも思えて、少し申し訳なかった。ロナルド以外の前では、随分とかっこつけたがる性分でもあるから尚更だ。
「どっちが、なんて無いんだけど、でもてっきり俺は宥めてやってればアイツが満足すると思ってたし、ドラ公もそうしたいんだと思ってたから……
 ついロナルドは忘れてしまっていたのだ。確かにドラルクはやりたくないことは何がなんでもやらないし、やりたいことしかやらない奴だ。けれど、同時にやりたい事が山ほどある欲深いやつだと言うことを、すっかり忘れていたのだ。





「どうして今更私のことを突き放そうとするんだ」
 金混じりの赤い目が俺を見据えてくる。ドラルクのこんな顔は十数年ぶりに見た。確かあの時は——
「そんなつもりねぇよ」
 久し振りに帰ってきたドラルクがストレス発散に作った食事を囲んでいる中でのことだった。先のどっちが大事なんだ、なんて言葉まではまだちょっとした冗談じみたものが混じっていたが、それに対する俺の返事を境にそれすらも消えてしまっていた。
「でも、お前はやりたいことやったらいいだろ。俺と暮らすのなんて、これから先もずっと続くんだし」
 先の返事をもう一度繰り返す。だってそれは、本心だ。ドラルクは好きなことをしたらいい、していて欲しい。その方がずっとドラルクらしいから。
 俺から視線を外し俯いたドラルクはグラスをテーブルに置いて、小さく、苛立たしげに溜息を吐いた。
「聞き方を間違えたようだ。——君はどうしたいんだね」
……俺?」
 そんな事を聞かれるとは夢にも思わなかった俺は、突然途方に暮れてしまった。
 だって俺はもう自分がやりたいことなどすっかりやり尽くしたと思っていた。残ってるのはたった一つ。死んで蘇ること、ただそれだけ。
 
 ——本当に?
 
 ドラルクがまた顔を上げて、俺の表情を伺ってくるその視線には、そんな言葉が乗せられているようだった。
 だって、だってさぁ、と俺の唇から幼い言葉が漏れ始めて、手に持っていたカトラリーを皿の上に置いた。
 けれど、それ以上を口にすることが何故かできない。だってもう俺はやりたいことをやり尽くしたから。お前のことを転化させて、これからもずっと一緒にいられる。俺はもうやりたいことはやりきったんだよ。だからもう——
 その言葉がどうしたことか、声にして出すことが出来ない。喉奥にある筈のそれを掻き出すみたいに口を開いて、けれど出てきたのは意味をなさない音ばかりだった。
……君は時々嘘吐きだな。約束も、そうやって放り出そうとしている」
「っ、嘘なんか言ってねぇし、放り出そうとなんてしてねぇよ」
「声に出していなくても分かるよ。私は君に吸血鬼にしてもらったんだから」
 そう言ってドラルクは席を立つと、疲れたからもう寝るよ、と言って部屋から出ていってしまった。広いダイニングテーブルに並ぶ食事はほとんど手付かずだ。皿に置いたフォークを手に取って、目の前の皿に残ったものを突き刺し、口に運ぶ。
 少し、しょっぱい。前と味が違う。転化してからドラルクは食事を取らなくなったから、そのせいかもしれない。味見が必要なのだ。
 そんなことに今更気が付いた俺はすぐに席を立って、ドラルクの姿を探す。広い家が少しもどかしい。前の家ならすぐにドラルクが何処にいるかなんて分かったし、何より俺が探さなくたっていつでもドラルクの方から見つけてくれていた。
「ドラ公」
 寝室に行って、ベッドの上に膨らみを見つける。しかし、俺が呼びかけたっていうのにそれがぴくりとも動かないのが、何だか無性に腹が立ってきた。
「ドラ公っ!」
「っぐぇ!」
 ぼふんっとでっかいベッドを大きく揺らしながら乗り上げ、その膨らみに馬乗りになると中から潰れた蛙みたいな声がした。掛物を引っぺがすとドラルクの慌てたような顔が見えた。
「無視すんな!」
「わ、わかったから……待ってくれ! 身体が崩れてるんだよ!」
 勢いよく乗っかった衝撃で、体の半分くらいが塵になってしまったらしい。俺が腰を浮かしてやると直ぐに再生が始まって、掛物の下で形が作られていく。ああビックリした、なんて胸を撫で下ろすドラルクをじぃっと見つめた。
……はぁ、悪かったよ。ごめんね」
 そう言って身体を起こしたドラルクは、俺を開いた足の間に座らせて手を取る。手の甲を親指で優しく撫でられて、強ばっていた肩の力が抜ける。また、先を越されてしまった。
「何でお前が謝るんだよ!」
「は?」
「俺が謝るために来たのに! 先に謝ってんじゃねぇ! 撤回しろ!」
「り、理不尽……
 俺は至極真剣にそう言ったのに、ドラルクの奴はそれで気を抜いたような顔つきになって、終いには笑い出してしまった。
「何笑ってんだよ」
「いやぁ、何というか……変にグズった自分もおかしいし、それを宥めに来る君もおかしいしで……
「お前がグズグズしたり駄々こねたりするのなんて昔っからだろ」
「前とは何か違うんだよ。何だろうな、これ。反抗期?」
「オッサンの反抗期とか、目も当てられねぇけど」
「そこは可愛いもんだって言うところだろ!」
 それで何だか俺もおかしくなって、二人で一頻り笑った。ツボに入って涙まで出てくるくらい。
 しばらく笑って、それから落ち着いてきたところでドラルクが俺を抱きしめて顔を伏せた。
……きっと見つけるから、諦めないでくれ」
「分かってる」
 ドラルクの背に落ちてる伸びた髪ごと俺も抱き締め返すと、まだ何か言いたげだったドラルクは結局その言葉を飲み込むことにしたらしい。代わりに俺の胸に深々と吐き出された溜息がかかった。
 ドラルクはずっとずっと、俺の死ぬ方法を探してくれていた。あっちこっちに飛び回るのもその為なんだろう。ドラルクは自分の立場を使って、色んな吸血鬼の殺し方を調べ尽くしている。
 寿命を伸ばしたところでずっと一緒にいられる訳じゃないと、言葉には出したことは無いけれどお互いに分かっていた。
「分かってる? 本当に?」
「分かってるってば」
……本当に?」
「うん。やりたいことも、ちゃんとやる」
 ドラルクが俺の気持ちを分かるように、俺もドラルクの気持ちが少し分かる。別々で、バラバラでいることがコイツは凄くもどかしいんだ。でも境界がないと、こうやって抱き合う心地良さだって無いんだから仕方がないだろうって、俺は思っている。
 なんて可愛い奴だろう。俺の子。俺だけの、ドラルク。死ねない俺に向ける執着がどれだけコイツを苛んでいるのか。それが愛しくて堪らないんだって言ったら、やっぱり怒られるかもしれない。
「それで、君のやりたいことって何?」
「うん? ……んー、そうだな。次にお前が帰ってくる時までに考えておく」
……ふぅん」





 酒精が気持ちよく回ったのか、そのままソファーに丸まって眠ってしまったヒマリに毛布をかけ、ロナルドは部屋を後にした。
 もうすぐ夜明けが近い。真っ暗な廊下を通り抜けて、玄関ロビーへ差し掛かったところで分厚い木製の扉が叩かれる音が響いた。ロナルドはそこから少し早足になって扉へと向かい、両開きの片方をゆっくりと押し開けてやった。
 自分のやりたいことって考えた時に、真っ先に浮かんでしまったこと。それがこうして叶ってみると、これ以外のことでは絶対に満たされない器が、いっぱいになって溢れかえる。
「迎えに……、きたよ……
「うん!」
 ぜいぜいと息を切らしてるドラルクに、勢いよく抱き着く。ほんの一秒かそこらだけだったけど、その抱擁を塵にならずに受け止めて、自分をまたこうして捕まえてくれた恋人に、百点満点をあげたいとロナルドは思った。
「このまま帰ろうぜ!」
「は!? もう朝だが!? それにご家族は……
「夜のうちに話したから、大丈夫」
「いや、死ぬ! 私朝日出たら死んじゃうんだけど!」
 必死でマントを引っ張り止めようとしてくるドラルクに、ロナルドはきゅっとその手を掴んでその顔を見つめる。
 
「だって俺、早く帰って、お前とイチャイチャしてぇんだもん……ダメか?」
……………………わかった」
 
 まだこの甘え方は、有効らしかった。


🌊WB