スサ
2024-10-13 00:45:38
10104文字
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【鬼水】龍はかえらず(仮)

実は神様だった水木さんがかぐや姫のように神界に連れ去られたのを取り返しにいこうとする幽霊族親子の話、を以前書きたいところだけ書いたのですが、それをちゃんと1本の話にしてスパークに発行しようと思っています。微妙に修正などしつつ…。1ページ目がだいたい前回書いたところ(をちまちま加筆修正)、2ページ目はあらたに書いている続きになります。今は父が出張っていますが、父は友情です。最終的にきたみずになる。



 瞬間、時が止まったようだった。鬼太郎はまだ、どこかで、水木はきっと自分をわかってくれる、と思っていた。けれどその視線を見れば、水木の中に鬼太郎の面影が、思い出があるかは怪しかった。
 動揺にあえぐ息子を、しっかりせい、と肩に手を置いた父が窘めた。彼の声は──今まで一度も聞いたことがなかったはずの人の姿をした時の声は、なじみもないはずなのに、なぜか心に染み入った。この声を知っている、と思って。
「水木よ。まぁたわしのこと忘れてしもうたか。おぬしは本当に忘れん坊じゃなあ」
 揶揄うような口調に、その美しいひとは微かに顔をしかめた。不快に感じている。それがよくわかる。そういえば、水木もあれで意外と素直な性格をしていた。誰にでも素の顔を見せていたわけではないだろうが、鬼太郎や目玉のおやじの前では、彼はころころと表情を変えた。おやじにからかわれて怒っているようなところも見た覚えがある。
「じゃが、この子のことは覚えとろ? おまえのかわいい鬼太郎じゃぞ」
「と、とうさん
 いきなり何を言い出すんだ、と鬼太郎は父を見上げたが、飄々としてつかみ所がなく、なんと諫めればよいかわからなかった。
「まさか忘れてしもうたか? まったく、情けないのう~!」
 はあ、と大げさにため息をつき、これだから全く、と首を振るのは挑発か嫌味以外の何物でもないだろう。鬼太郎はハラハラしたし、自分が出汁にされているようで、正直ちょっと面白くなかった。
 だが、そう思ってはっとした。先ほどまでは雰囲気に飲まれていた。だが今はそうではない。父がそれを狙っていたかどうかまではわからないが。
 白い着物、いや、貫頭衣に近い、古い形の衣に身を包んだ水木が、ゆるく丸まっていた体をまっすぐにし、水の中で立つようにして幽霊族の親子を見た。正面から、まっすぐに。
 その様子は神々しい程に美しい。しかし、それに恐れ入るようなかわいげは、どうやら父親の方にはなかったらしい。息子の方は、息を呑んでしまったが。
「ふん。悔しかったら思い出してみんか。おまえが思い出さなんだら、わしが鬼太郎をひとり占めじゃ!」
 は、はあ? と思わず鬼太郎は小さく声を出したが、むぎゅっと抱き上げられたかと思うと、かなり強引に頬ずりされた。首が痛い。なんだこれ、と目がうつろになりかけた鬼太郎だったが、海の中が急に騒がしくなってきてぎょっとした。騒がしく、といっても、音がするわけではない。波というか、渦というか、水に流れが出てきたのだ。
「父さん、
 注意を促そうとした鬼太郎だったが、勿論実父はそんなことにはとっくに気づいていた。水木、だった者の感情の乱れがそのままこの水流の乱れを引き起こしているに違いないと。
 さてもう一押し、と思った所で、困ったことが起こった。
『何奴じゃ』
 頭の中に直接響くような声に、さしもの幽霊族も動きを止めた。水木がいるのよりもっと海面に近い場所から、何かの声、波動のようなものが伝わってくる。目をこらしてもすぐには何も見えなかったが、しかしよくよく見れば、その部分の海水が不思議な形に盛り上がっているようにも映った。
『末の君をかどわかしにまいったか、陸のあやかし』
 男とも女ともとれる、不思議な揺らぎのある声。冷静で、敵意というほどのものもないが、好意はまるで感じ取れない。その上刺すような視線がいつの間にか親子を取り囲んでおり、水木と親子を包囲するように、魚の群れが集まってきていた。種類も大きさのまちまちで、本来であれば食うか食われるかの関係であるはずの小魚と巨魚もいた。
「なんじゃあ、今宵は刺身に焼き魚に煮魚かの、鬼太郎や。真鯛にアイナメ、金目もおるわ」
 動揺をかけらも見せず、白髪の父は胸を張った。鬼太郎は幾分呆れた顔をした後、声がする方をじっとりと睨みつけた。執念の感じられる眼差しだった。
「かどわかしたのはそちらの方だろう」
 なに、と海中の空気がざわめいた。水木は何も言わない。ただ、じっと鬼太郎を見つめている。その顔は先ほど父にむっとしていたのともまた違っていて、何か、気になることがあるような、そんな。
「僕たちから、その人を奪ったじゃないか、僕の、お義父さんを、水木さんをっ」
 びしっと、弾劾するように人差し指をさし、鬼太郎は言い切った。そこで、ぴくりと水木の体が震えた。小さく気泡が上がる。声は聞こえなかったが、水木の表情が揺らいだのは確かだった。
「そのひとを返せ!」
 鬼太郎のその声は、渦を巻いていた水流の乱れをぴたりと止めた。魚たちも動きを止め、遠巻きに下がっていく。あたりは異様に暗く、鬼太郎の周りだけが明るい。明るいというか、ばちばちと火花が散っているようにさえ見えた。水の中だというのに。
「せがれ、怒ると怖いんじゃぞぉ」
 ぼそりと他人事のように父がこぼした。懐手をして、まったく腹が立つくらい余裕の態度だった。
 だが相手としても、突然現れた妖怪の親子に大事な海神の預かり物を渡すわけにはいかない。
 一度は収まった水流が、一気に激しく荒れ始めた。小さな魚たちは巻き込まれ、万華鏡の柄のように翻弄される。とりあえず便宜上水木とする、しゃべらない若い神は、少し焦った表情であたりを見回す。目に見えて顔色が悪くなっていく。神が汗などかくものかと思うが、額には脂汗が浮いているようにさえ見え、だが、それに気づいたのは、鬼太郎だけだったかもしれない。少なくとも海のものたちは誰も気づいていないようだった。
 鬼太郎はだっと水を蹴って一気に水木のそばまで泳いだ。さすがに水木も目を丸くしたが、そのまま勢いを殺さなかった鬼太郎に抱きしめられ、体を硬くした。動揺が腕を、手を通して鬼太郎に伝わってくる。
『小僧! 離れろ!』
 その段になり水木を守っているらしい何者かが声、または思念を荒げたが、離れるわけがない。堅い貝やトゲのある魚、毒があるかもしれないクラゲなどが鬼太郎にぶつかってくる。物理攻撃でくるのか、と妙に頭の冷めたところで鬼太郎は考えた。
「いやだね」
 鬼太郎は短く拒んだ。これしきのことでやっと見つけた水木を手放すわけがない。例え、本人が鬼太郎のことを覚えていなかったとしても。これが、妄執に過ぎないとしても。
 と、きつく抱きしめていた水木の体が微かに震えた。何が、と彼を見つめた鬼太郎は、息をのんだ。その顔には表情があった。さっきまでとは明らかに何かが違っている。そう、特に、その眼差しが──
うちの子に何をする」
 ぼそりと水木の口から言葉が、ここにきて初めてこぼれた。鬼太郎はそれを聞いて、息が止まるかと思った。自分が抱きしめていただけの体が、意思を持ち、鬼太郎の背中を優しく抱き返してくれる。
 涙は勝手にこぼれた。
 水木さん。水木さんだ。ぼくの、みずきさん
 胸にしがみつくように抱きついた鬼太郎を、水木、は守るように抱きしめた。その様子に、あたりは不意に静まり返る。幽霊族の男だけがのんびりと、かつどこか勝ち誇ったような顔で、ことの成り行きを見守っている。
この子は、俺の、大事な子だ」
 顔を上げた水木が、とうとうそう言った。悲鳴のような波動があたりに満ちる。波動、そうとしか表現できない。ああ、と嘆く声のような、思念のような、なんと申し開きをすれば、とか、この者達を消してしまえば、とかそういった思念も聞き取れた。
やれやれ、物騒じゃのう」
 はあ、とため息をついた白髪の大男は、その場の誰からも今警戒を向けられていなかった。何をする気もないようにのんびりしているのだから無理もない。だが、勿論何もする気がないわけなどなかった。
「鬼太郎、水木を頼むぞ」
 お互いをかばい合う母子のように抱き合う友と息子に向け、父は穏和なまま言葉を紡ぐ。反応したのは、あたりを取り巻く有象無象を入れても鬼太郎だけだったが。
 息子は父の意図を汲んだものか、水木の体をそれまでより強く、ぎゅっと抱きしめた。そこに、父は飛び上がり、胸に手を当てると容赦なく体内電気を起こしてお見舞いした。海水は電気を通す。鬼太郎のちゃんちゃんこが広がり、鬼太郎と水木をぐるっと囲い込む中、近くにひしめいていた魚たちは電流を避けきれずにひっくりかえった。鬼太郎の父──こと、ゲゲ郎はにいっと笑った。愉快そうな、悪戯が成功した顔だ。
「貴殿らにも言い分があろうが、こちらにも言い分はある。水木はわしらの縁付きじゃ。今日の所は水木だけもらってゆく」
 はっはっはと笑い、怒りの気配に沸騰しそうな海域を抜け出すべく男は急速に海面を目指す。その頃には息子はとっくに友を抱えて先に浮上しようとしていた。さすが我がせがれじゃ、と男は満足げに笑った。大きく力を使いすぎたので、海面まで自分のこの仮初めの体がもつかどうかは未知数だったが、まあ、なんとかなるだろう、と楽観的に考えるのだった。