ねもとぬん
2024-09-27 00:28:21
12060文字
Public HSR:ブトチュリ
 

【ブトチュリ・完成済】Dom/Subユニバース(11/16更新)

仮題①『ダーリン、マイスウィートチョコレート』
仮題②『これただのプレイだし全然エッチなことしてないから』

Switchのアベンチュリンが対市場開拓部で共同戦線を組んだDomブートヒルとの会話中にうっかりスペースに入ってしまった結果、仮パートナーになって甘々褒め殺しASMRされる話(予定)です。
R18なしのゆるいイチャイチャです。嘘じゃないです。

※未推敲なので文章のクセとか多分ヤバい
※食べ物を手ずから食わせる・マウストゥマウスで与える場面が出てくる(予定)。苦手な場合は注意!
 シーツにこぼしたりとか見映え的に汚い状態にはなりません。


 ブートヒルは、アベンチュリンという男についてそう詳しくない。
 エヴィキン人の末裔であることは知っていた。軽薄な賭け人に見えてその身に復讐の焔を燃やしていることはあの宴の星にて目の当たりにした。そして共犯関係を結んでからは、辛苦に耐える冷静さと好機を逃さない蛮勇を併せ持つことを思い知らされた。
 彼の計略の中には、カンパニーに対して身を量り売りするようなものも多くあった。不快感を抱いたこともあったし、正気を疑ったこともある。それら全ての成果が、なんてことない様子でブートヒルの前に開帳される。オレには到底できない、なんて畏怖の念がある種の尊重に変わったのはつい最近のことだった。
 だから、「バース性を使った接待や賭け事をしたことがある」と聞いても、へえ、まあそういうこともあるんだろうな、くらいの感想しか抱かなかった。
 彼はSwitchだが、専らDom側を担当しているらしい。お客の求めるプレイに応じるのも大変だ、なんてぼやきを聞くのもしょっちゅうだった。
 ブートヒルは知らなかったが、なんでも共感覚ビーコンにはDomのコマンド専用の単語が登録されているらしい。アルガン・アパシェで言う『命令形』とは別のもので、これを発すれば共感覚ビーコンを接種している相手にはコマンドとして認知されるのだそうだ。これによってDomが誤って発した『命令形』による事故、つまるところDomとSub双方にとって不本意なサブドロップを防止することができるのだという。ただしDom側はプレイの際にそれぞれの単語を覚える必要があるらしく、やれ『kneel』だの『come』だの『strip』だの、Domは対応に苦慮するとアベンチュリンが言っていた。だよな、普通に座れとか来いとか言えばいいよな。ブートヒルは同意しながら、今日もぼやいているアベンチュリンに新しい酒を頼んでやった。

――それでさあ、そのマダムが言うんだよ」

 カウンター席で隣に座ったアベンチュリンは片目をすがめて、いびつな笑いを作った。
 
「『あたしがスペースに入るまで首を絞めて』ってさ。無理に決まってるだろ、そんなもの! こっちはお客様相手なんだから万が一のことがあったら大変なことになる!」
「やべぇな!」

 ブートヒルは爆笑した。

「確かにSubでもそういう趣味のヤツはいるが、接待でそれをやらせんのはちと刺激が強ぇな。で、マジでやったのか?」
「いや、しょうがないからコマンドでなんとかしたよ。『Don't breathe』って言ってね」

 ブートヒルはかすかな不快感が背筋を通り抜けたのを感じた。
 サイボーグになっても、ブートヒルにはうっすらとバース性の気質が残っていた。Domとしての反応が、他者から向けられたコマンドに反骨心を覚える。

「あぁ、すまない。コマンドになってたか」
「気にすんな」

 グラスに口をつけて、内心の敵意をアルコールで散らす。この身体になって以降欲求は消えて久しいが、アベンチュリンのコマンドの強さはわかった。

「アンタがSubからモテるわけだな。元奴隷の勝ち組、常勝のギャンブラーに好き放題プレイしてもらえるっつーわけだ」
「プレイといっても、僕は全然気持ちよくないんだけどね……

 プレイをしたところで仕事が減るわけじゃないし、とアベンチュリンは投げやりな言い方をした。

「結局あのマダムもろくな情報は握ってなかった。そろそろ戦略を変えるべきかな」
「かもな。市場開拓部の仕事で得をした連中となると、若い成金野郎とか投資家連中とか……ああいう手合いか? 新しいモノ好きなら、オスワルドの仕事に興味があるかもしんねぇぞ。さっき言ってたプレイ相手、マダムとか言うくらいなんだからそこそこの婆さんだろ?」
「婆さんってほどじゃないよ。たぶんジェイドよりは上だろうけど」
「だいぶじゃねぇか?」
……それ絶対ジェイドの前で言わないでくれよ」

 ブートヒルは改めてアベンチュリンの顔を見た。目の周りの皮膚が薄暗く落ち窪み、頬のあたりは骨の形が浮いている。

「アンタ、ちっと休んだ方がいいんじゃねぇか」
「ハハッ、そういうわけにもいかないよ」

 アベンチュリンは苦笑いした。
 
「まだ全然オスワルドの尻尾をつかめてないんだ、休んでる暇なんてないさ」
「そりゃあアンタがいてくれれば助かるけどよ、アイツがカンパニーを辞めねぇ限り追っかける手立てはあんだろ」

 オスワルドを見つける方法はいくらでもある。カンパニー内部に深く食い込んでいるアベンチュリンさえいれば。
 逆を言うとアベンチュリンが倒れれば、目論見はご破算になる。
 ブートヒル単身では限界があるのは分かりきっていた。この男のバックアップは必要不可欠だ。

「カンパニーの制度でできんのかは知らねぇが、どっか適当に時間取って休め。寝るなり、何か好きなモン食うなりしろ。アンタはそれができる程度にはやってくれてるし、オスワルド探しは確実に進展してる。羽目を外したって誰も怒りゃしねぇよ」

 踏み込み過ぎかもしれないと思いつつも、あえてブートヒルはそう言った。
 アベンチュリンという男には何かと虚勢を張る癖がある。弱音を吐かず、己の傷や弱点は徹底的に隠そうとする。部下たちはもちろん、カンパニーの同僚やあの石膏頭に対してもその調子だというのだから呆れざるを得ない。
 だからブートヒルとしてはいつも、「復讐のために必要だから」という枕詞をつけて、ささやかな愚痴を聞いてやったり泥酔した時に介抱してやったりしていた。
 ブートヒルとしてもアベンチュリンに倒れられては困る。復讐のためという言葉自体は嘘ではない。
 嘘ではないのだ。
 ……彼が『幸運』さえなければただの家族想いの青年だっただろうことも、そして未だに失った家族を想っていると気づいてしまったことも。
 ある日ひどく酔ったアベンチュリンに肩を貸してやった時、朧げな眼差しで「ねえさん」と小さく呼ぶ声を聞いてしまったことも。
 それがブートヒルのわずかに残った、生身の何かを揺らしてしまって、柄にもないことをしてしまっているだけなのだ。
 
 横目でアベンチュリンを見る。アベンチュリンは妙にぼんやりとした目つきで、手元のグラスを揺らしていた。

……そうかも」

 珍しく、アベンチュリンは素直に同意した。
 ブートヒルはおや、と思いつつも追及は控えておいた。余程疲れているのかもしれない。具合が悪いとアルコールが回るって言うしな、そう思って彼の手からそっとグラスを取った。アベンチュリンは全く抵抗しなかった。

「アンタ、今日はもう酒はやめとけ。食いモンだけにしようぜ、な?」
……うん」
「よし、いい子だ。なんか頼むか。アンタ確か甘いの好きだったよな? ここなら確か……あー、チョコとチーズの盛り合わせか。こいつにするか?」
「うん」

 アベンチュリンは伏し目がちに頷いた。
 冷えた皿に乗った生チョコレートとチーズが給仕される。ブートヒルは皿をアベンチュリンの前に押しやった。

「アンタ、今日も栄養バーしか食ってねえだろ。だから酔っぱらってんだ。なんか腹に入れた方がいい」
……

 アベンチュリンはぼんやりした目つきで皿を見つめてから、改めてブートヒルを見た。
 ブートヒルは昔、娘の面倒を見ていたときのことを思い出してしまった。それで、ちょっとした悪戯心も含めて、小さなフォークでチョコレートを突き刺してアベンチュリンの口許にやった。

「ほら、食えるか?」
……ん」

 からかい半分の行為だった。
 こんなことをしたら、いつものアベンチュリンならすぐ正気に戻る。こら、何やってるんだ? と真面目な顔で言ってくるか、乗っかるふりをしていつもの不敵を取り戻すか。せいぜい自分で食べるよ、なんて言われると思っていた。
 なのにアベンチュリンはおとなしく運ばれたチョコレートを口に含んだ。もぐ、と咀嚼する感覚が、フォーク越しに触覚センサーへ伝わる。
 怯みを押し隠して、アベンチュリンの口の中からフォークを静かに引き抜いた。蛍光色の派手な瞳が銀色を追ってさまよう。
 こいつ、なんか盛られてねぇだろうな。
 アベンチュリンの顎をつかんで、こちらを向かせる。うっすらと赤らんだ頬、酩酊と陶酔が宿った表情。唇にはチョコレートがついたままだ。
 ふっとアベンチュリンの表情が緩んだ。目を細めて、笑う。ブートヒルの冷たい掌に頬を寄せて、嬉しげな表情を浮かべる。
 ある可能性が頭を過った。

「アンタ……
……?」
「いや、勘違いだったら悪ぃんだけどよ」

 ブートヒルはそう断ってから、問うた。

「アンタ、今、スペース入ってねぇか?」
……

 アベンチュリンは、ブートヒルが何を言っているのかわからないといった様子でぼんやりとした顔をしている。
 ブートヒルは額に手をやった。どうやらとんでもないことをしでかしてしまったらしかった。

 *

 幸いにして、アベンチュリンがサブドロップする様子はなかった。質問をすれば「うん」と「ううん」くらいは返すし、隣で支えれば歩くこともできる。
 酔っぱらいを介抱する振りをして、なんとかプレイができそうでかつある程度のセキュリティが担保されているホテルにアベンチュリンを連れて行った。
 部屋に着いたあと、彼をベッドに座らせてまず水を飲ませてやる。拳一つ分の隙間を開けて座った。

「アンタ、まだスペース続いてんのか?」
「わかんない」

 わかんない、と言いながら、うーっと首筋を寄せてくる。華美な香水の匂いを感じた。
 続いてんな、こりゃ。
 ここまでスペースが長続きするなんて普通はありえないだろう。ケアもしていないなら尚更だ。
 ブートヒルにはDomとしての責任がある。彼を引き戻さなければならない。

……一回アンタを正気に戻す。話はそのあとだ。いいな」
「うー……?」

 アベンチュリンはむずがるような声を出した。
 ブートヒルはもう少しスペースに浸らせてやりたい、という気持ちを押し隠して、アベンチュリンを引き寄せた。顔が見えないように己の肩に彼の額を押し付ける。

「アー、そうだな……『アンタはよくやってる』?」

 耳元に囁く。
 Subスペースのトリガーは、おそらく酒場でブートヒルが発した言葉だ。アベンチュリンを労わるようなことをいくつか言ったから、その一部がコマンドとして作用してしまったのだろう。
 アベンチュリンの肩から力が抜ける。それを見計らって、言葉を続ける。

「『アンタはいいヤツだ』。『アンタのお陰でオレたちは確実に目標に近づいてる』。『アンタはちょっとくらいなら休んでもいい』。『羽目を外したって、誰も怒りゃしねぇ』……
「う…………
「よし、気持ちいいか。『気持ちいいな』? ――んじゃ、『好きなだけ浸っとけ』。『戻ってこれそうになったら戻ってこい』」

 アベンチュリンの息が穏やかになり、やがて規則正しい寝息に変じた。
 ……そういや「休め」って言ったな、オレ。
 ブートヒルはアベンチュリンの脚を伸ばしてベッドの上に転がし、ジャケットを脱がせて服のボタンを緩めてやった。
 アベンチュリンはおよそ一時間後に目を覚ました。数回瞬きして周囲の状況を探ったあと、顔を赤くする。

「よう」

 ベッドに掛けて銃弾を噛んでいたブートヒルが挨拶すると、アベンチュリンは戸惑った様子を見せた。

「な……なに、さっきの……?」
「何って」

 ブートヒルは弾丸を飲み込んで、リボルバーをしまった。

「Subスペースだろうが」
「スペースって、でも、僕……
「アンタSub側になったことねぇだろ。多分それが原因じゃねぇか? 定期的なプレイはしてねぇのか?」
「してる、けど……
「それはいつもの取引のヤツだろ。でもアンタはずっとDom側じゃなかったか? Sub側が満たされてんなら、プレイもしてねぇのにスペースに入るわけがねぇと思うんだが」

 アベンチュリンが沈黙する。ブートヒルは続けた。

「ダイナミクス性の欲求を満たせねえと不調が起こるのは知ってるな? アンタに倒れられちゃ困る。で、ここで一個提案があるんだが……
……うん」
「パートナーにならねぇか」
「パートナー……

 アベンチュリンは眉をひそめて、「それって、DomとSubで結ぶ契約上のセックスフレンドだよね?」と言った。首を振る。

「違う。あー……いや、そうだな。少なくともオレの故郷では違う意味だ。ようは、DomとSubがお互いの欲求を解消するために結ぶ契約関係みたいなモンだ。ガキに見せらんねぇようなことするかどうかはお互いに意思決定して決める。オレも昔、そういうの抜きで時々プレイをしてる相手がいた」
「相手って?」

 アベンチュリンの目にはうっすらとした警戒が浮かんでいた。
 彼にとって、パートナー契約は性的な関係や望まない支配を伴うものらしい。無理もない。元奴隷の身では、ダイナミクス性の負の側面に触れることも多かったのだろう。
 このままではパートナー契約の必要性を理解してもらえない。
 ブートヒルは心中で家族に詫びを入れた。悪いな。愚痴とかじゃねぇから許してくれよ。

「オレの妹だ」

 ため息にも似たノイズと共に、ブートヒルは白状した。

「勘違いすんな、マジでそういうのは一切ねぇよ。……オレの義理の親に引き取られてきたチビだったんだが、どうもDomにヒデェ目に遭わされてたらしくてな。ちょっとしたことですぐにサブドロップしちまうから、オレが定期的にコマンドで面倒見てた」

 引き取られてきた当初の妹は、周囲に怯えてばかりいた。ニックもグレイもNormalで、対処ができるのはDomのブートヒルだけだったのだ。
 ブートヒル自身もまだ子どもだったが、大きな音が鳴るだけで怯える妹を放っておくこともできず、ささいな家事を『お願い』しては褒めることを繰り返した。妹はやがてブートヒルや家族に慣れ、笑顔を見せるようになっていった。

……っつーわけだ。だから、恋人同士みたいなのはナシで、ダイナミクス性と付き合ってくっつう意味でのプレイならできる自信はある」
「へえ」

 アベンチュリンは意外そうな様子だった。ブートヒルはなんだか情けないような気持ちになった。
 そんなに意外かよ、オレに家族がいたって話が……

「とにかく!」

 語気を強め、アベンチュリンに向けて人差し指を立てる。

「オレが言いたいのはな、サブドロップもスペースも、信頼してねぇ相手の前で出て来る分には危険なのに変わりねぇってこった。もしもアンタが繁華街の道端でサブドロップしてたらどうなるかわかるだろ?」

 パートナー関係を結ぶつもりがないとしても、Sub性の制御は必要だ。Subスペースに入ることは、自由意志をDomに奪われるのと同義なのだから。

「自覚はねぇんだろうが、アンタ、プレイするって意識もなしにスペースに入っちまうのは相当だぜ。もし相手がオレじゃなかったらどうなってたと思ってんだ?」

 相手がカンパニーの敵だったら? 市場開拓部や、オスワルドの手先だったら?
 カンパニーの高級幹部ってやつはそんなリスク管理もできねぇのか、と詰め寄る。
 アベンチュリンは苦い顔をして両手を挙げ、降参の意を示した。

「わかった、わかった。確かにこの取引は得の方が多そうだ……君とパートナーになろう。ただ、僕が嫌なことをしてくるようならすぐにこの話はなしにするから、そのつもりで」
「んなこた分かってる。つうかそうしろ」
「いいかい、本当にやるからね。僕はこういう取引でイカサマやだまし討ちをされるのが本当に嫌いなんだ。最悪の場合、君との協力関係も白紙にする」
「あーあー、わかったわかった! ったく……何事にも相性ってやつはあるからな。その場合は自分で相手を見つけるこった」

 ま、オレが見た限りでは心配なさそうに見えるがな……と一人ごちて、ブートヒルは何気なくアベンチュリンの頬に手を伸ばし、ふに、と揉んだ。
 アベンチュリンは顔をしかめたが、ブートヒルの冷たい手がその頬やら頭やらをわしわしと撫で始めると様相が一変した。唇が緩み、視線がぼやける。ブートヒルが頷いて手を離すと、アベンチュリンははっとした様子を見せた。

「僕君の妹さんじゃないんだけど」
「そうだな。今わかった」
「君ねぇ」
「アンタの方がスペース堕ちが早いからな」
「君ねぇ……!」

 そういうわけで、二人のパートナー関係が始まった。
 大したことではない。いつもの情報交換のための待ち合わせ場所が、アベンチュリンが指定するホテルかホテル付きのバーに変わっただけだ。話が終わって予定が合うならホテルの部屋に入り、ブートヒルがリードする形でプレイに入る。
 アベンチュリンは最初、ひどく緊張している様子だった……というか、プレイの前から毛を逆立てている状態だった。酒を飲んでも全く酔わず、ブートヒルがいくら話しかけても態度が硬い。
 良識的なDomだったならもっと慎重にことを進めるのだろうが、生憎とブートヒルは細かいことを考えるのが嫌いだった。
 幸いにして、アベンチュリンのSub性が求めるプレイに関しては最初からアタリをつけていた。

「よし、始めるぜ。セーフワードは何にする?」
「『姉さん』」
「オーケー。前々から言ってた通り、プレイ中に嫌だと思ったらすぐセーフワードを口にしろ。速攻で中断するからな」
……これ、毎回聞くけど、意味あるのかい」
「ベイビー、普通のDomならプレイごとに確かめるもんなんだぜ」

 ホテルの一室にて、ブートヒルは己が座したベッドを片手で叩いて上がるように促した。
 靴を脱いでベッドに上がったアベンチュリンの頭に手を伸ばし、セットされた金髪を軽くかき混ぜる。アベンチュリンは唇をもごつかせた。

「ちゃんと上がれたな。『いい子』だ」
「こんなこと、誰だってできる……
「誰だってできることをしたら、褒められちゃいけねぇのかよ」

 素直な感想を述べると、アベンチュリンはうつむいた。
 ブートヒルはアベンチュリンの両耳に触れ、軽く目の下から頬の皮膚を親指でなぞった。プレイの前に化粧を落としたからか、顔色が悪く見える。

「アンタ、またメシを適当に済ませやがったな」

 ……アベンチュリンとパートナーになって以来、ブートヒルもいろいろと一般的なパートナー間のプレイについて調べてみた。どうも一般宇宙では相手を最初に跪かせ(『kneel』と言うらしい)、それを褒めるところから始めるプレイが多いらしい。
 ――気に食わねぇな。率直にそう思った。
 ブートヒルは傷ついたSubの面倒を見てきたDomだった。同じ目線に立ってやりたい、相手を労わってやりたいという気持ちが強い。
 足元に跪かせるなんざ悪趣味だ。近くにいて、大事にしてやりゃいい。腕の中に抱きしめて、アンタは特別なんだと言ってやりゃあいい。

「ちゃんと食えっつったはずなのに、どういうつもりなんだ、こいつは。ええ?」

 ごく軽いふざけたような口調でなぶると、アベンチュリンは顔を逸らして、「……ごめん」と呟いた。
 言いつけを破ったことは悪いと感じているらしい。しおらしい様子は『躾』が進んでいる証だ。ブートヒルは上機嫌になった。

「悪いと思ってんなら、躾が要るのもわかるな?」

 ブートヒルはサイドテーブルに掛けられているビロードを取り払った。
 集合場所がホテルになったのはもう一つ理由がある。ルームサービスでブートヒルの好みの躾を用意してもらえるからだ。
 これはブートヒルたっての希望だった。元々ホテル代は腐るほど金を持っているアベンチュリンが出すことになるわけだし、このくらいは大したことはないだろう、という言い分で。

「いつものお仕置きだ。ちゃんと味わえよ」

 サイドテーブルの上、紙レースを敷いた銀の盆には、二本歯のフォーク、それから一口大のカットフルーツやプラリネ、菓子類が並んでいる。
 無論、アベンチュリンの好物かつ胃に収まる程度の量しか用意させていない。食い切れなかった時はブートヒルが平らげればいいと思っていた。
 最も。

「何が食いたい」
…………りんご」

 この調子なので、当分その必要はなさそうだが。
 アベンチュリンは小さな声でそう言うと、恐々とブートヒルを見て……ブートヒルが全く気にも止めず、「ほら、こっち来いよ」と手招きすればおずおずと近づいてくるようになっていた。
 カットされた林檎をフォークで突き刺し、目の前に差し出す。

「ほら、『食え』」

 唇の合間から、舌と、白い歯がのぞく。
 しゃり、と白い歯がブートヒルが差し出したフォークを咥え、そこから少しだけ力を込めて、引き抜く。
 その生き物としての感触が、急所を差し出されているという感覚が、暗に示される信頼が、ブートヒルの理性をぐらつかせる。
 オレはこいつから信頼されている。オレはこいつを手懐けている。
 ……そして、ブートヒルは何でもない顔で、それを脇に押しやる。

「ちゃんと食えるじゃねぇか。『イイ子』だ」

 彼が食べ切ったのを見計らってフォークを置き、顎を撫でてやる。アベンチュリンはほう、と息を吐き、目を細める。
 ――ったく、『躾』っつってるくせに、『ご褒美』の時と同じくらい顔がトロトロになっちまうのはなんなんだろうな、このカワイ子ちゃんは。いいけどよ。
 なんてブートヒルが思っていることも、アベンチュリンは知らなくていい話である。



 ブートヒルは甘やかすのが好きなDomだ。
 相手が開放的になって己に身を預けていると嬉しいし、幸せな気分になる。
 躾もいいが、強いものはしたくない。
 普段の振る舞いから誤解されやすいのだが、Subからは信頼と甘えが欲しい。

 アベンチュリンという男は、尊敬できる人間だし、尊重されるべき人間だった。
 辛苦に耐える冷静さと好機を逃さない蛮勇、己を量り売りするかのような計略。奥底に隠されたプライドの高さ、思い切りのよさも気骨があっていい。
 更には、ブートヒルの前でSubとしての信頼と甘えを見せてくる。
 ブートヒルは甘やかすのが好きなDomだった。改造によってダイナミクス性の欲求による影響はかなり薄くなっていたが、生来の嗜好は残っている。
 だから、都会的な華美さを持った顔つきや洗練された立ち振る舞いとか、何だか微妙に面倒な性格とか、いざとなれば良くも悪くも自力でどうにかしてしまう胆力とか。
 ダメ押しとして、己の家族や小さな子どもにだけ覗かせる優しさとか、おそらく素の性格に近いのだろう好奇心の強さや明るい性根なんかも、うん、うーん、いい、悪くない、むしろすごくいい、だってどうせオレの前では甘えてくるし、なんて思ってしまうのである。

 ブートヒルは復讐の片手間に、あるプランを練り始めた。
 巡海レンジャー以上にデタラメな相棒、究極のギャンブラーにして十の石心、何かあったら絞首刑まっしぐらのこの男を生き延びさせる。
 アベンチュリンが望んでいるかどうかは知ったことではない。死んだら終わり、命あっての物種だ。
 生きてさえいればどうとでもなるし、もしかしたら彼の胸の穴を自分の代わりに埋められる誰かさんも現れるかもしれない。
 ブートヒル自身が生き延びてその穴にすっぽり収まれれば最上だろうが、いかんせん復讐が第一だ。
 ともかく、今は共犯者としての立場、そして仮パートナーとしての関係を存分に利用してやろうと決めていた。アベンチュリンに安らぎや癒しを与えてやれれば、多少は介入の余地も増えるだろう。

 今日は打ち上げだった。アベンチュリンが大手柄を上げたのだ。彼の情報によってブートヒルは市場開拓部の新たな惑星への侵略行為を阻止し、またアベンチュリンは裏工作によってその惑星の利権をそっくり戦略投資部のモノとした。
 カンパニーは例外なく嫌いだが、アベンチュリンの影響力が増すのは悪くない。市場開拓部に一泡吹かせてやった結果がそれなら、うん、なかなかいい。
 そんな祝いの場で酒を入れたアベンチュリンが機嫌良く笑いかけてきて、「君にもお礼をしないといけないな。何か欲しいものはある?」なんて言ってきたのも、すごくいい。
 とはいえ、物資やら先立つものは「余った」とか「何かの足しに」といった名目でもらっている。何ならこの酒代だってアベンチュリンの奢りだ。
 そうなってみるとブートヒルが欲しがれるモノといったらひとつしかない。
 
「じゃあ、アンタの一晩を寄越せ」
「えっ?」
「アンタ、いつも朝になる前に帰っちまうだろ。たまには時間かけてプレイすんのも悪かねぇ」

 アベンチュリンは目を瞬き、それから眉をひそめ、口元に手を当てた。ブートヒルはもう一度「アンタが嫌なことはしねぇから。な?」と重ねてやった。
 ちょうど明日は休みだけど、というアベンチュリンに、「じゃあ今夜でどうだ」と返す。アベンチュリンは尚更当惑した。

「んだよ、イヤなのか?」
……そうじゃないけど」
「じゃあいいだろ。オレだってアンタとのプレイは楽しんでるんだ。アンタも欲求を解消できるし、それが一晩続けられるんだから、お互い悪いことなんざねえだろ」
「そうかもしれないけど……君とは、いつも、予定を合わせてプレイしてるだろ?」
「そりゃ、そうだが」

 今日はあくまで打ち上げという話で、プレイをする予定はなかった。
 そりゃあ、僕だって、嫌じゃないけど。そう言いながら、アベンチュリンは口ごもる。
 ブートヒルはアベンチュリンとの距離を詰め、ほとんど腿を押し付けるようにした。

「こういう慌ただしいのは、なんというか」
「ワンナイトする行きずりみてえだなって?」

 あえて率直で下品な言いぐさをした。アベンチュリンはああ、ううん、と呻いて目を逸らした。
 その顔つきに拒絶の色がないことを見て取って、酔っぱらいの絡み酒のようなそぶりでアベンチュリンに近づいた。
 耳元に唇が触れそうなくらいに顔を寄せ、右腕で肩を抱く。アベンチュリンはぴくりと身体を揺らしたが、抵抗しなかった。

「いいか……

 ブートヒルは至極低い声で囁いた。
 アベンチュリンのピアスが揺れる。目の前の首筋から、かすかに汗の匂いがした。

「アンタには選択肢がある。一つは、オレを振り払って店を出ていくことだ。止めやしねぇ、共犯関係にも影響は出さねぇ。アンタの好きにすりゃあいい。もう一つは……

 アベンチュリンの懐から勝手にスマートフォンを取り出して、バーカウンターの上に滑らせる。

「そのスマホを取って、ホテルに予約を入れるこった。アンタなら、この時間からでもどうとでもできんだろ……?」
「っ……

 彼の顔を覗き込み、揺れる瞳を見据える。
 当惑と途方に暮れたような目つきは、プレイ中にもよく見せる顔だった。ブートヒルがもたらす快楽に戸惑い、理性で堪えようと必死で試みるも、本能に打ち勝つことができず震えながら身を委ねてしまう、その直前くらいの……
 ……頭をやられてしまっている自覚はあったのだ。
 この改造された身体で、そんな情念を他人に持つことになるとは。当初は混乱したものの――なにせサイボーグ化にあたって、そういう性愛に関わる厄介ごととはすっかりおさらばしたつもりでいたので――むしろ自身の変化を、余裕を持って面白がってさえいた。

 だから。
 その時ブートヒルを動かしたものは、断じて、共犯者に対しての同情だとか、Subに対しての庇護欲とかではなかった。

 ブートヒルは初めてルール違反を犯した。つまり、衆人環境下で、アベンチュリンに対して意図的にコマンドを使った。

「『選べ』よ、アベンチュリン。アンタはどっちにベットするんだ……?」

 アベンチュリンが動揺して身を引く前に、その左手をするりと捉える。
 指先が、跳ねる。それを知っていて、カウンターの上にぐっと手のひらを押し付ける。浮き出た関節をなぞり、五指の合間に指先を滑らせる。
 ブートヒルの手の内で彼の手はもがいたが、鋼鉄の指がぐ、と手袋と素肌の合間に潜り込むと、抵抗はひどく弱々しくなった。
 ……こういうとき、こちら側に必要なのは待つ余裕だ。相手に必要なのは、己に言い訳をする時間。
 教えてくれたのは、目の前の商人だったけれど。

 彼の視線が、ゆら、と耐えられなくなった様子で逸れる。右手が、震えながら携帯に伸びる。

「いいんだな?」

 追い打ちとばかりに確認すると、アベンチュリンはぶるりと身を震わせて頷いた。
 今日はご褒美の番だな。
 ブートヒルは機械の指先でアベンチュリンの手を掻き撫でて、ぼんやりとそう思った。自分の唇が無意識に笑みの形を描いていることには気づかなかった。

<続く>