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瀬野
2024-09-08 14:43:25
9325文字
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ビマヨダ
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風神の子と凶兆の子による狂騒曲④
時系列は
https://privatter.me/page/66d5e7b9aa27aのちょい後。
ヨがビにちょっと歩み寄る。
1
2
「ドゥリーヨダナ~周回のお時間ですよ~」
マスターがドゥリーヨダナの部屋の扉をトン、トン、とノックする音が、早朝の静かな廊下に木霊する。
「廊下にはオレとマリーンの一人しかいませんよ〜」
マスターの後ろでモップ掛けをしているネモ・マリーンが「いませんよ〜」と復唱した。
「周回メンバーはいつメンですよ~」
再度ノックすると、ようやく扉が少しばかり開いた。隙間から外を伺うように、部屋の主がキョロキョロと廊下を左右に見回す。
「本当のようだな」
「こんなことで嘘つかないよ」
安堵した様子で姿を見せたドゥリーヨダナの一言に、マスターは思わず苦笑する。彼はドゥリーヨダナが何を警戒しているか知っているので、あえてそれ以上は触れず、さっさと用件を切り出した。
「今日の目標は英雄の証百個だよ!」
「わし様を過労で殺す気か!?」
「頑張ろうね!」
「目を合わせんか!」
「よーしレッツゴー!」
「お前行く前から精神崩壊してないか!??」
あはははと乾いた笑いを上げながら遠くを見詰めるマスターと、その様子に若干引き気味のドゥリーヨダナは連れ立って管制室に向かう。
彼らの後ろ姿を、霊体化を解いたビーマが静かに見ていた。
カルデアの時計で午前七時から始まった素材回収のための遠征は、日付がもうすぐ変わる頃合いになって終わった。目標数に届かなかったマスターは意気消沈しており、必要最低限の魔力で散々連れまわされたサーヴァント達の顔にも疲労が浮かんでいる。
手早く成果報告を終えると、ぞろぞろと管制室を出る。先頭に立つマスターはがっくりと肩を落とし、一日分の徒労を嘆いた。
「結局半分もいかなかった
…………
うううぅ〜
……
」
「ノルマの設定が厳しすぎるんですよ。せめてもうちょっと現実的な数字にしませんか?」
背中を丸めて溜息とも呻きもつかぬ何かを漏らすマスターの姿に、同行していたアルトリアも思わず半眼になり、慰めの言葉も自然と手厳しめになる。マスターの心身が心配になる程の目標設定は皆が諫めるものであり、フォローする声は上がってこない。マスターは拗ねたように呟いた。
「だって最近はまとまった時間がそんな取れないし
……
気付いたら証が底尽きてるし
……
もう俺が折り紙とかで作った奴じゃ駄目かな
……
?」
疲労により斜め上の考えに陥るマスターに、傍らで会話を聞いていたドゥリーヨダナも憐みの目を向ける。
「駄目だろ」
「一部のサーヴァントは喜んで受け取ってくれそうですけどね。意味があるかはともかくとして」
「くっ
……
オレがエミヤみたいに投影魔術使えたら
……
こんなことには
……
!」
もはやツッコむまいとして皆が押し黙る中、ぐうぅぅぅうと間の抜けた音が鳴った。それはマスターの腹から聞こえてきた。
一拍置いてマスターがと照れ笑いを浮かべながら、サーヴァント達へ振り向いた。
「
………………
聞こえた?」
その場にいる全員が頷いた。
最後尾にいたパーシヴァルが微笑みながら食堂に行こうと提案した。
「食事をするには遅い時間だが、マスターには栄養補給が必要だ。明日のためにもね」
「うん! 皆も行こう。サーヴァントには不要かもしれないけど、一人で食べるのは味気ないから。いてくれるとすごく嬉しい」
「マスターがそう言うなら。チョコレートがあったら私も食べたいなー」
パタパタと小走りに去っていく若者二人の背を眺めながら、ドゥリーヨダナがやれやれと肩を竦める。
「現金な奴だの〜」
「食欲があるというのは良いことだ。ドゥリーヨダナ殿も参ろう。食卓は賑やかな方がいい。ことマスターにとっては、それもまた励みになるだろう」
「むぅ
……
」
ドゥリーヨダナは思案顔になる。パーシヴァルの誘いが嫌ということではなく、見たくない顔と遭遇するかもしれないという思いが彼の足を止めていた。
先日、ドゥリーヨダナはマスターの前でビーマに大恥をかかされた。
マスターに私闘の理由を訊ねられ適当な嘘をついたかと思えば、唐突に口を吸われ、抵抗も空しく宿敵に好き勝手される姿を年若いマスターに見られたのだ。屈辱でしかない。
――
俺に、お前の望みを叶えさせろ。
――
“俺”がいるだろ。
脳裏にあの時のビーマの言葉が反響する。
ドゥリーヨダナはここ最近、毎日のようにビーマのことを考えては、臓腑を抉るような恥辱と憤懣に苛まれていた。
ビーマに心乱されるのは今に始まったことではない。子供の頃から幾度も地団駄を踏んできた。
だがそれはあくまでクル族の王子として、為政者として、そして何より戦士として立ち向かった末の結果であり、よもや色恋沙汰によるものなどではない。それだけでなく、あたかもドゥリーヨダナの方がビーマに乞い願う立場であるかのような物言いが気に食わなかった。
(叶えさせろだと? 施しを受けろと言うのか、よりにもよってお前に!)
生まれてすぐに死を望まれた。親以外の大人には凶兆の子だと蔑まれた。抱えた感情は綺麗なものばかりではなかった。それでも自分で自分を踏み躙らず、正しい者たちに抗い続けた己の人生は、けして侮られるものであってはならないのだ。
「ドゥリーヨダナ殿?」
呼びかけにハッとして顔を上げれば、パーシヴァルが心配そうな顔でドゥリーヨダナを見ていた。
「ご気分が優れないなら休んだ方がいい。マスターには私から言っておこう」
「
……
いや、ほんの少ーしばかり考え事をしていただけだ。わし様は今ものすごく酒が飲みたい気分だからな。マスターの夜食に付き合ってやろうではないか」
「わかりました。私も少しであればお付き合いしよう」
ドゥリーヨダナは努めていつも通りに振舞った。パーシヴァルはそれが演技であることに気付いていたが、無闇に踏み込むことはしなかった。一歩引いたその距離が今のドゥリーヨダナには丁度良かった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛腹が立つ~~~~~。何故わし様があんな野生の阿保クソ馬鹿ゴリラに振り回されねばならんのだ。おいマスター、あいつ今からぶっ殺しに行かんか」
「却下で」
「そーんな連れないことを言うでぬわぁい! わし様とお前の仲だろう? ん?」
「それとはこれとは別っていうかぁ」
「大体なんなんだあいつは! 生前はわし様のことを敵としか見ておらんかったくせして~~~~! 今更あんな顔であんなこと言ったところで、かっこいいなんてずぇ~~~~ったい思わんからな~~~~~~~!」
「タスケテ
―
」
マスターの向かいで酒を飲んでいたドゥリーヨダナは、マスターが夜食を食べ終える頃にはすっかり悪酔いしていた。アルトリアはパーシヴァルがすぐに逃がしたが、マスターはあえなく捕まってしまい、ビーマに対する恨みつらみを延々と聞かされている。筋力A+の腕に肩を抱かれ、マスターは逃げ場を失っていた。
「ほらドゥリーヨダナ殿、水を飲んで」
「ぬぅ~~~~」
パーシヴァルが厨房から水の入ったグラスを持ってきて、ドゥリーヨダナの手に握らせる。だが酔っぱらいの手つきは覚束なく、大変危なっかしい。マスターに水がかかる可能性を考え、パーシヴァルはグラスを持たせるのを止め、ドゥリーヨダナの口元に直接持っていった。口に流れ込んできた水に意識を持っていかれ、少し腕の力が緩んできたところでマスターがすかさず拘束から逃れた。
「抜けたー! ありがとうパーシヴァル。すぐにカルナかアシュヴァッターマン呼んでくるから、申し訳ないんだけど、もう少しだけドゥリーヨダナのこと見てて貰っていいかな」
「お任せを。酔った者の介抱は慣れているからね」
「すぐ戻ってくるから!」
それだけ言うとマスターは素早く食堂を出て行った。
残されたドゥリーヨダナは水を飲み干すと、絡み相手をパーシヴァルに変えてまたぐだぐだと管を巻き始める。
「これは酒ではないではないかー円卓の。わし様の酒はどこだ~」
酒は既にパーシヴァルにより片づけられており、テーブルの上には水差ししかない。不満を溢すドゥリーヨダナを、隣に座ったパーシヴァルが苦笑しつつ宥めた。
「今日はここまで。貴方は些か飲み過ぎだ」
「
……
飲まんとやってられん時というのがあるだろう」
「確かに
……
何かに没頭することで、頭を占めている主な問題を忘れることは誰しもが一度は経験するだろう。私も覚えはある」
「
………
真面目だな~お前は
……
」
ドゥリーヨダナはテーブルに突っ伏し、酒臭い息を吐き出した。
「何かあったのなら、話だけでもお聞きしよう。私でよければだが」
「そうするようマスターに頼まれたか?」
パーシヴァルの申し出にドゥリーヨダナが懐疑的な目を向ける。
生きた時代も土地も異なる彼とまともに話すのは今日が初めてだ。嫌う道理は無いが、さりとて共通の話題がある訳でもなく、性格的な相性はどちらかと言うと合わない方である。世間話程度は付き合うが、内面に踏み込むような間柄ではない。自分を有利な立場にするための行動や思考が当たり前のドゥリーヨダナからすれば、パーシヴァルの親身な言葉は何か裏があると捉えるのが自然だった。仮にそれがマスターからの指示であってもだ。
ドゥリーヨダナの疑念を理解したパーシヴァルは、ゆったりと首を横に振った。
「いいや、これは個人的なおせっかいだ。それに私くらい関係が薄い方が、却って話せることもあるだろうと思ってね」
「
…………
」
逡巡の後、ドゥリーヨダナはパーシヴァルから顔を背け、ぽつりぽつりと話し始めた。
「お前だって
……
墓場まで持って行ったものを無遠慮に他人の前で晒されたら、死にたくもなるだろう?」
「
……
」
「その上、墓を暴いたのが最も知られたくなかった相手なら猶更だ」
「
……
ドゥリーヨダナ殿」
思っていたよりも追い詰められているドゥリーヨダナの様子に、何を言うべきで言わざるべきかとパーシヴァルは迷う。口を閉ざして困った顔をする彼を見たドゥリーヨダナは薄く笑んだ。その表情は普段の振る舞いからは程遠く、この男もこのような顔をするのかと、純粋な驚きをパーシヴァルに抱かせた。手のひらに落ちた泡雪のような微笑みに思わず見入ったが、それはまさに溶ける様に消え失せ、感情の見えない顔で吐き捨てるように呟いた。
「
……
戯言だ、忘れろ」
ドゥリーヨダナはテーブルに預けていた体を起こし、水差しに残った水を全てグラスに注ぎ、一気に飲み干した。
「
……
私には、貴方の思いが理解出来るなどとは言えない。それは正しく貴方だけのものだ」
戯言にしては思いが籠り過ぎている、というのがパーシヴァルの感想だった。ドゥリーヨダナが何を死ぬその時まで隠していたのか、パーシヴァルには何も分からない。けれどそれが彼にとって非常に重要なものだったのだろうことは、先程の表情を見ていればよく分かった。
「強いて言うなら
……
暴かれたものが、何のため、誰のために秘めていたかによるということだ」
「
……
」
ドゥリーヨダナは相槌一つ打たず黙っている。視線もパーシヴァルから逸らしたままだ。
話してもいい、ということだと解釈してパーシヴァルは続ける。
「王や国、あるいは民や平和という形のないもの
……
いずれにせよ自分以外の大事な何かのためであったのなら、槍を使うこともあるだろう。反対に、ただ己の都合だけでしかなければ
……
暴かれたことに対して、内心ホッとしてまうかもしれない。場合によっては相手に感謝すらも」
「
…………
」
「自分のための隠し事や嘘というのは、時に自覚している以上の負担を己へと強いるもの。方法がどうあれ白日の元に晒されるということは、自縄自縛から解放されるということでもある。無論、何事も時と場合によるが
……
」
「
……
流石、聖なる槍に選ばれた男は言うことが違うなぁ。ならばお前の目には、わし様は自分で自分を縛ることを望む好き者に映っているか~?」
「あくまで私ならそう思う、というだけさ。参考になれば幸いという程度の話に過ぎない。さっきも言ったが、貴方の心は貴方だけのものだ。まあ、マスターのためにも『死にたくなる』のは我慢して頂きたいが」
「それくらい心得とるわい。言葉の綾だ」
バツが悪そうに髭を撫で、酔いが覚めたと嘯く。つい口を滑らせたことを忌々しく思った。泥酔に見せかけることも取り繕うことも億劫になり、一転して真面目な語り口になる。
「
………………
俺
は、お前たちのようにはいかん。そういう風に出来てはいない」
「それは、」
「勘違いはするなよ。これは悔恨などではない。俺はドゥリーヨダナとして生きた全てを肯定している。
……
悔しいことも悲しいことも大いにあったが、それでもだ」
ドゥリーヨダナはパーシヴァルの言葉を遮り、彼の顔の正面に向かってビシッと人差し指を向けた。
口を閉ざすのはパーシヴァルの番だった。まさかドゥリーヨダナが自分に対して内面を垣間見せるとは思っていなかったため、驚きが勝り返事が出来なかった。
黙ったパーシヴァルを気にする素振りもなく、ドゥリーヨダナの独白は続く。
「それに
……
」
腕を組んで椅子に身を沈ませると、天井を仰ぎ見た。深夜のため照明は二人がいるテーブルの上だけ点けている。白い人工的な灯りが、さながらスポットライトのようにドゥリーヨダナを照らす。
「ドゥリーヨダナ
が
ビーマ
を愛してはならなかった
。
それは不要な感情だった
。
……
俺達の定めでは、なかった
……
」
「
……
?」
食堂に沈黙が降りる。
ドゥリーヨダナが寂しそうな顔で何を言ったのか、パーシヴァルは分からなかった。翻訳礼装を所持しているマスターが近くにいないため、異国の、それも古代の言葉を即時に理解することは困難だった。だがパーシヴァルは、
(今のは私に聞かせるためではなく、ドゥリーヨダナ殿の心中を整理するための吐露だったのだろう)
そう結論づけ、聞き返すことはしなかった。
(それに、彼の本心を聞くべきは私ではないようだ)
パーシヴァルは徐に立ち上がり、空になった水差しとグラスを手に取った。
「ドゥリーヨダナ殿が守り通したものが何であれ、それはあくまで生前での話。過去を否定する必要はないが、カルデアでならもう少し我儘になってもいいのではないだろうか」
「
…………
ほぁ?」
きょとんとするドゥリーヨダナを見て、パーシヴァルは愉快そうに小さく声を上げて笑った。そして水差しとグラスを持って厨房へ入って行くのとほぼ同時に、食堂へカルナがやって来た。
「マスターに頼まれて迎えに来た。
……
何かあったか、ドゥリーヨダナ。間抜け面だぞ」
「お、おう
……
カルナ。心配は無用だ。まあ
……
少し意外なことをそこの騎士に言われてな、流石のわし様も虚を突かれただけだ」
「そうか。酔っていると聞いたが、立てるか?」
「問題ない。帰るぞ」
「ああ」
ドゥリーヨダナの足元がしっかりしていることを確認すると、カルナは厨房へ視線を向けた。そこではパーシヴァルが食器を片づけていた。カルナはパーシヴァルにも声をかけた。
「マスターも部屋に帰らせた。お前にもう用はない。世話になった」
「了解だ。これが済んだら私も休むよ」
笑顔のパーシヴァルに見送られ、ドゥリーヨダナとカルナは食堂を出た。
戸口を潜る際、カルナは出入口の周囲をきょろきょろと見回した。だが廊下には何の気配もない。
「
……
去ったか」
「ん? 何か言ったか、カルナ」
「何でもない。行こう」
カルナに促され、ドゥリーヨダナは歩き出す。覚えのある風の匂いがした気がしたが、気のせいだと思い直して夜の廊下を進む。
翌日。
前日の周回が深夜まで続いたこともあり、マスターは昼近くまで寝ていた。今日の予定は溜め込んだレポート作成作業の消化である。図書館に缶詰となる前に腹ごしらえをしておこうと足を運んだ食堂の前で、マスターは珍しい人物を見つけた。
「ドゥリーヨダナ!」
「ん? ああ、マスターか」
丁度食堂に入ろうとしていたドゥリーヨダナの元に、マスターがぱたぱたと小走りで近寄る。ドゥリーヨダナの後ろにはカルナとアシュヴァッターマンが控えており、それぞれがマスターと挨拶を交わした。
「ビーマが厨房にいる日に来るなんて珍しいね。もしかしてカチコミ!?」
「おいおい、出会い頭に人をヤクザ扱いするでない」
「近しいものではあるような
……
」
「おーいカルナー、弁護士を呼べぃ」
軽口を交わす二人に、すれ違う者たちからくすくすと笑う声が聞こえきた。その中にパールバティ
―
がいることに気付いたアシュヴァッターマンが、やや気恥ずかしそうにドゥリーヨダナに耳打ちした。
「おい、旦那。ここ人が通る所だからよ」
「おお
……
それもそうだな。気は進まんが、入るか
……
」
「武器出したら駄目だよ」
厨房の方を見て表情を険しくするドゥリーヨダナに、マスターは今度こそ真面目に釘を刺した。マスターの懸念を察し、カルナが安心させるようにマスターへ微笑みを向けた。
「案ずるなマスター。これはカチコミではない。ガネーシャ神曰く『スチルシーン有りのイベント』だそうだ」
「え、待って。どういうこと?」
カルナの発言で困惑するマスターを他所に、ドゥリーヨダナはずかずかと食堂に入って行く。すぐ後ろをアシュヴァッターマンが追いかける。
ドゥリーヨダナはまっすぐ厨房へ進むと、食堂との境にあるカウンター前で立ち止まった。厨房の中をぐるりと見回し、最奥に見つけた宿敵の名を呼んだ。たまたま近くにいた職員が「え」と驚きの声を上げた。
厨房の中も突然のことに手を止めて様子を窺っている。先日ビーマとカウラヴァの戦士二人が起こした居住区内での騒動は、この場にいる誰もが知っていた。ドゥリーヨダナが直接何かした訳ではないものの、喧嘩の原因の一つであることもまた承知していた。件の騒ぎからはまだ一月も経っておらず、警戒しても仕方のないことだった。
「おいビーマ。聞こえているだろーが。無視するな馬鹿。ビーマ。阿呆。あんぽんたん」
周りが注意深く見守る中、ドゥリーヨダナは子供のような悪口をぽんぽんと投げかける。カウンターに背を向け鍋を火にかけていたビーマは、それを無視し続けていた。だが厨房の仲間たちからの視線まで気付かないふりは出来ず、大袈裟に溜息をついた後、観念して鍋をエミヤに託した。
カウンターの傍まで近寄り、先程から自分の名を呼んでいる男と対峙する。真正面から顔を見るのは随分と久しぶりな気がした。
「うるせぇぞ、トンチキ。仕事の邪魔すんじゃねぇ」
ドゥリーヨダナの後ろでマスターが首をぶんぶんと横に振っているが、構わずいつもの喧嘩腰の姿勢を貫いた。
実のところ、ビーマは少し浮足立っていた。何せ初めて自分が厨房に立っている時にドゥリーヨダナが食堂に姿を現したのだ。ビーマの持つ奉仕欲がひょっこり顔を出し、手料理を食らわせたいと。しかしそのことをおくびにも出さない結果、傍目にはクレーマーに睨みをきかせる店員のような図になってしまっている。
対するドゥリーヨダナも、実は心臓が早鐘を打っていることを意地でも悟らせまいとしていた。心音がうるさ過ぎて自分の声がよく聞こえなかった。にもかかわらずビーマの声は骨まで染み入ると錯覚する程だ。悔しすぎてドゥリーヨダナの血圧が鰻登りである。
「おい。急に黙るな。というか何しに来た」
「ぅ
……
そ
……
れは、食事、に決まっとるだろうが!」
「ならさっさと注文しろ。こっちは忙しいんだ」
「わし様だってクッッッソ忙しいが!?」
「
……
旦那ぁ、目的を忘れてないか?」
一向に話が進まない二人を見兼ねたアシュヴァッターマンが重たい口を開いた。ビーマが顔を見せてからは怒りを抑えることに専念していたが、あまりに幼稚なやり取りに何とかしなければという思いが強くなってしまったのだった。
アシュヴァッターマンに窘められたドゥリーヨダナは、少しばかり押し黙った後、ギッとビーマを睨みつけた。ビーマも反射的に睨み返す。が、その後のドゥリーヨダナが発した言葉に、その目は大きく開かれることになる。
「何でもいい
……
お前が作った奴を出せ」
「
……………………
は?」
ビーマの反応を悪い方に受け取ったドゥリーヨダナは口端をひん曲げ、眉間に深い皺を刻んだ。
(あ、しまった)
臍を曲げたとビーマが気付いた時にはもう、ドゥリーヨダナは背を向けていた。
(逃がしてたまるか!)
待って、待って、ようやく来たのだ。
この機会を無駄にするものかと手を伸ばす。
「待てっ、このバカ!」
「ぐえっ!?」
襟を後ろから掴まれ、喉を絞められる形になったドゥリーヨダナが蛙のような声を出す。ビーマが腕を引いたため、ドゥリーヨダナの体はカウンターに半ば乗り上がってしまう。太い腕が首に周り、完全に固定されてしまった。
「俺の作った飯食いに来たんだろ? なら吐くほど食わせてやるから待ってろ」
「はっ、吐いたら食う意味ないだろーが!」
「マスター、悪いがこいつ足止めしといてくれるか」
「卑怯だぞ! おのれビーマ!!」
急に名指しされたものの、マスターは二つ返事で「いいよ」と答えた。ドゥリーヨダナは角度の問題で見えていないだろうが、マスターからはバッチリ見えていたからだ。ひどく嬉しそうなビーマの笑顔が。
アシュヴァッターマンもマスターが協力するならと、不承不承ながらもさり気なく逃走経路を塞いだ。カルナもそれに倣う。
形勢不利と見たドゥリーヨダナは観念して大人しくなった。
「
……
今日だけだぞ」
「言ってろ。一発で胃袋掴む」
ビーマの腕が離れる。
厨房の奥へ戻ろうとするビーマを、今度はドゥリーヨダナが引き留めた。背は向けたまま、ビーマの上着の袖口を掴んでいる。
まだ文句を言う気かと黙って待っていると、やがてビーマにだけ聞こえる声量でドゥリーヨダナが呟いた。
「昨夜の話
……
聞いていたか?」
袖口を掴む手が震えている。
ビーマは少し考えてから、何のことだ、と返した。
「俺は、お前が真正面から言いに来るまで待つつもりだぜ」
「
……
ふん」
ドゥリーヨダナの手が離れる。
そのままマスター達と共にテーブルが並ぶエリアへと歩いて行った。
その日、カルデアに召喚されてから初めて、ドゥリーヨダナがビーマの手料理を食べた。
「味は良かった」
それだけ述べて去って行く恋人の背を、ビーマは満足そうに笑って見ていた。
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