るいざき
2024-09-06 02:35:00
6621文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

狼はかごとなる

エピローグ

 

「失礼します……!」
 幼くたどたどしいノックの後、病室のスライドドアが開かれた。手持ちの中でもまだボロけていない服を見繕って、青い造花の束を手に孤児院の少年──キリは、アーシルと共に少女マグノリアの元を訪れた。
「キリちゃん!久しぶりねえ、お見舞いに来てくれたの?」
「マギーのママ、怪我は?」
「正直まだ痛いけど、マギーがお世話してくれるから元気よ。……ほらマギー、キリちゃんと先生が来たわよ、どうしたの?」
「く、来るなんて聞いてなくて……っ!」
 ふたつのベッドのうち、ひとつがカーテンを引かれたままなにかもそもそと蠢く音がする。時折ごちんとどこかに身体をぶつける音も聞こえて、アーシルが苦笑する。
「着替え途中だったかな?ごめんよマギー」
「そういう意味でもなくて!!はあもう、どうしよ……っ」
 うん?と男二人顔を見合わせ、縋るようにママへ目配せすると。ひそひそと彼女は声を潜めた。
「今ちょっとね、髪の毛が……。だからセンチメンタルなの」
「髪の毛?」
「あ、そうか……
 アーシルはその目で見ているが、キリはまだ実情を知らない。大方寝癖か何かだろうと、キリはカーテンに近寄り言葉を掛ける。
「ねえマギー。俺、その。もうマギーが死んじゃったんじゃないかって凄く心配したんだ。だからちょっと顔見せてもらえないかな?」
「だ、ダメ!やだ!」
「ぇえ?!そんなぁ!」
 大袈裟に肩を落とす少年に、先生と母は微笑ましそうに笑う。
……笑わない?」
「俺の寝癖のこと笑ったこと謝ってくれんなら」
「ごめんなさい、謝る。……だ、誰にもこの事言わない?」
「言わないよ、たぶん」
「たぶん…………まあ、いいよ。……勝手に見れば……
 お許しが出たところで、キリはそっとカーテンをつまんだ。するとベッドに腰掛け不貞腐れるパジャマ姿の少女と目が合った。
……え、つるんつるん」
……ッ、このデリカシー無し男!!」
「うわっ暴れんなよ!怪我とかねえのかオメエ!!」
「あるけどこの怒りを納めるには殴るしか無いんじゃ!!──っあ」
 鬼の形相で飛び出し振り被る少女だったが、やはりデバイス増設の余波は大きいらしい。ふらりと体制を崩してキリに凭れる形となる。
「は、離して……
……ごめん、離さない」
「はあ?!ちょっと、キリ──」
……いいよ、ハゲてても。シスターに編み物教わって、帽子作ってくるからさ。ゆっくり待っててよ」
「っ、なに、へへ。泣いてやんの、キリのくせに」
「おかえりって言いに来たんだよ、俺は……!」
「ばか、ばか、こっちまで泣けてくるじゃん!……あ〜〜っ!」
 ひし、と抱き合って少年少女は泣きじゃくる。その様子を見守っていたアーシルも母親も、ずびと鼻をすすってパーカーの袖口を濡らしていた。
「あらあら、うふふ」
……どんな姿でも、迎えるという約束をしていたんです。彼は」
「そうなのね……そう。嬉しいわ」
 すっと目を細めた母は、そうして両手で顔を覆って。「こっちにおいで子どもたち」と、両手を広げて彼らを抱き寄せた。



 見舞いを見届けたアーシルは、ツィイーと待ち合わせる樽小屋へと足を向ける。先のテロになど負けぬといった商人根性は街を幾度となく興し、もう既にその災禍を感じさせない人だかりで商店は埋め尽くされていた。
 カロン、と軽やかなドアベルは被災を免れたらしく、今日も客人の来訪を知らせてくれる。賑やかな店内に灯るランタンは暖かな色味を二基となったシーシャの硝子に照らし出す。円形ソファの酒飲みにひとつ断り、来店のしきたりとしてひとのみ口に含んでその煙を天井へ向けて吐く。
「や、アーシル」
「お待たせ、ツィイー。調子は?」
「ピンピンしてるよ。──マム、これもう一杯ちょうだい!」
「私も同じものを。」
 ツィイーが待つカウンター席へ、アーシルは隣に腰を下ろす。
「はいよ、卸したての超逸品、しっかり味わうんだよ」
 かつて差し止められていた酒類の流通が戻り、一度は破壊されたショーケースは元通り……いやむしろ酒の種類を増やして新装開店していた。未曾有の内紛を掻い潜った友に乾杯、チリンと小気味よい音を立て、ふたりで喉を鳴らす。久方ぶりのアルコールは心地よく身体に染み渡り、ふうっと息をつくと、くすりとツィイーがアーシルの目元を指さして笑った。
「随分泣かされてきたみたいじゃん。ぱりぱりになってるよ」
「え、うそ」
 ごしごしとパーカー袖口で拭うアーシルを、なんだか穏やかな表情で見守る彼女にふと見蕩れる。なに、と上目遣いになる彼女に、いや、と視線を机上の酒へ戻した。
……このまま、平和になれたらいいのにね」
「そうだな。……でも、まだ私たちにはやる事が──」
 つん、と唇に指先が宛てがわれる。「アタシの前でその言葉遣いやめな」彼女はくいっと酒をひとくち含み、ほうと上気した頬で微笑んだ。その右目から頬にかけては、未だ色濃く刻まれた傷跡が赤く浮き上がっていた。
……目立つ?これ」
「お酒を飲んだせいじゃないかな。普段は気にならないよ」
「ははっ、気にしないのはアンタくらいだよ、アーシル」
 頬杖、溜息、まとめた黒髪を解いて、彼女は右腕をカウンターに預けて半身アーシルへ向けた。
「この傷、さ。ベイラムのとこで付けられたって言ったじゃん」
「ああ」
 苦々しくアーシルは顔を歪めて、グラスを持つ指先に力を込める。その手に彼女の細い指が触れ、撫でて宥めた。
……誰にも言ってないこと、まだあるんだ」
「え?まだどこかに怪我を?」
「怪我、言い得て妙かもね。……耳貸して」
 酷く強ばった表情のツィイーに促され、アーシルは顔を寄せた。そっと耳元に寄せられた唇、その言葉を一言一句逃さず聞き届けた彼は、目を見開いた。
……ごめん、アーシルには……言っておきたかった。」
…………
「ふはっ、ほんとごめんな、そんな顔させるつもりじゃなかった。嫌だろこんなの、いきなり言われてさ。……酒が不味くなるよね。……言いたかったことはそれだけ、じゃあ──」
 そそくさとスツールから立とうとするツィイーの手首を、アーシルは掴んで引き留めた。
……なぜもっと早く言ってくれなかったなんて、言わないから。……ツィイー」
 すとん、と彼女を再び座らせて、彼は彼女の肩に両手を置く。
「よく話してくれた。辛かったよな。……それなのに俺は、自分の迷いばかりを君に相談して……。馬鹿だよな」
「馬鹿じゃないよ、馬鹿正直なだけだろ。なあ、泣くなよ、また目の周りがぱりぱりになっちまうぞ?……ここじゃよくある事だろ?」
「君がそんな目に遇ったことを『よくあること』になんてできない!」
……はぁ、やっぱり馬鹿かもな……
 長い髪に表情を隠して、ツィイーは俯く。躊躇いがちにアーシルの手を取り、ふたり突き合わせた膝に繋いだ手が落ちる。
……全部忘れさせてよ、アーシル」
「ツィイー……
 いじらしく、傷んだ爪を荒れた指先が撫でる。
「アンタじゃなきゃ、嫌だ」
 酒場の喧騒に消え入りそうな囁きを、アーシルは確かに聞き届け。繋いだ手を引き寄せ立ち上がった。
「ほら、使いな」
 グラスの横にチャリ、とアクリルチャーム付きの鍵が寄越される。マムは頬杖ついて片目を瞑り、ひらりと手を振った。
「あたしの奢りだ。そのうちまた飲みに来な」

 ふ、と涙目に微笑み。軽やかなベルの響きひとつ、ふたりは路地へ消えていった。