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瀬野
2024-08-25 20:29:46
9513文字
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ビマヨダ
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風神の子と凶兆の子による狂騒曲②
ビマとヨダナが何故かくっつく話。
https://privatter.me/page/66c37082ee748
の前日談。
面倒くせえ状況だな。
カルデアに喚ばれ、かつての宿敵の顔を見た瞬間、ビーマはそう思った。
ぶっ殺したいが、今度ばかりはそうはいかない。白紙化された人理の救済という目的を掲げたカルデアは、反英霊だろうと悪逆の輩だろうと使えるものは何でも使うという状況だ。マスターたる少年には「使う」という意識はないが、彼と違って権謀渦巻く宮廷や、血で血を洗う戦場をよく知るビーマはそう捉えた。なのでぶっ殺したい程憎い男でも、一応は味方として受け入れることにした。それでも腹立つものは腹立つし、やっぱりもう一度ぶっ殺したい。不意に沸き上がる衝動を堪える日々を想像して、ビーマは苦々しい顔で嘆息することになった。
実際に過ごしてみると、当初の予想とは異なり、顔を合わせることなく平穏に一日を終えることも少なくなかった。むしろ会わないことの方が多いといえる。ビーマが厨房に立っている時は、誰かが教えているのかドゥリーヨダナは食堂に来なかったし、ドゥリーヨダナの好みそうな場所
――
主に賭場や友人の部屋
――
にビーマが近寄ることもなかったからだ。周りも因縁の組み合わせの取り扱いには慣れたもので、口にはしないが面倒事に発展しないようにそれとなく心を配っているのも大きい。
が、同じ陣営にいるのに完全に関わらないのは流石に無理な話で、編成に組み込まれることもあれば、運悪くストーム・ボーダー内で相対する時もある。
前者の場合、マスターの手前私情より役割を優先し、精々が口喧嘩程度で収拾する。
だが後者の場合どうなるかというと
――
。
「
…………
うわぁ
……
まじかあ
……
」
ビーマとドゥリーヨダナが廊下で一触即発の雰囲気だったので、二人揃ってシミュレーターに押し込んでおいた。と、レオニダスから報告を受けたマスターは、様子を伺いに現場へと赴くやいなや呆然となった。
空と平原が広がるだけのシンプルな世界は、その中心にいる二人組によって辺り一面抉れていた。もしも都市の形を取っていたならそこら中瓦礫で埋まっていたであろうし、森であれば目に付く限りの木々は薙ぎ倒されていたであろう。それ程までに激しい打ち合いを充分やったというのに、渦中の二人は未だに武器を離そうとしない。
シミュレーションルームの出入り口近くで棒立ちしているマスターの耳には、槍と棍棒がぶつかり合う音、拳が骨ごと肉を砕く音、架空の大地が悲鳴を上げる音などが聞こえている。落ち着いたら二人を連れて食堂で仲直り(強制)のお茶会をさせようと思って足を運んだのだが、自分の考えは甘かったのだとマスターは思い知った。
「やっぱりカルナやアルジュナたちにも来て貰えば良かった
……
」
連鎖的に火種が灯るかもしれないと、あえて同行を依頼しなかった己の愚を悔やんだ。報告を受けてから二時間は待ったのだが、それもまた甘い見通しだった。
マスターが途方に暮れていた時、ビーマとドゥリーヨダナは正しく互いしか見えていなかった。人理だのサーヴァントだのといった事情は、打ち合うこと二合目の時点で両者の頭から消えていた。
こいつをぶちのめす。
二人を動かす道理はそれだけだった。
ビーマが全力で槍を振り下ろすとドゥリーヨダナがそれを受け流し、ドゥリーヨダナが脇を狙うとビーマが力任せに弾き飛ばす。それを幾度も幾度も重ねて、拳も足も時には頭突きまでも交わし合ってなおも止まらない。鎧は罅割れ、半分近く砕けているが、魔力で編み直すことも出来ない。どちらも満身創痍で傍目には酷い状態であるが、宿命の相手を前にした戦士達にとっては些事であった。
「死ね! ビーマァ!!」
「ほざけドゥリーヨダナ!」
風神の加護で加速された槍の穂先が、ドゥリーヨダナの心臓を狙う。持ち手部分の金具で刃を受け止めた刹那に身を翻し、返す刀で頭上に棍棒を振り下ろす。ビーマは左の籠手でそれを受け止め、迫る巨躯の鳩尾に手加減なく回し蹴りを入れた。ドゥリーヨダナから堪え切れなかった呻き声が漏れる。後方に飛ばされたが、縺れそうになる足を気合で支え、倒れることなく踏みとどまった。
俯けた顔を上げた時、既にそこにはビーマの姿なかった。すぐに上へ顔を向けると、擬似的な青空を背負い天高く跳ね上がった宿敵の姿があった。反射的に棍棒を掲げる。一秒と経たずにまた得物がぶつかる。
ドゥリーヨダナは一旦距離を取ろうと、槍を押し返す反動に合わせて後ろへ跳躍した。ビーマと離れたことで視界が広がり、周囲の情報も脳に流れ込んで来たことで、ドゥリーヨダナはようやくマスターの存在に気付いた。
「おまっ
……
いつの間に!?」
「余所見してんじゃねえっ、アホ王子!」
だがマスターに背を向けているビーマは未だドゥリーヨダナしか目に入っておらず、もはや竜巻と称せる風を纏って突進する。
二人が今いる位置とマスターが立っている場所は、距離的にあまり良くは無かった。素手で殴り合うだけなら問題は無いが、飛び道具を使えば流れで当たる可能性は高い。竜巻なんて下手をすれば巻き込んでしまうだろう。その証拠に、マスターはビーマが起こした風の圧にバランスを崩しそうになっていた。
「こんの阿呆ビーマ!
……
ッくそ!」
口で止める暇はないと判断したドゥリーヨダナは棍棒を構え直し、なるべくマスターからビーマを遠ざけるため更に後ろへ下がる。それを逃げととったビーマは、顰め面で槍を横に凪いだ。刃よりも先に暴風がドゥリーヨダナを襲い動きを制限する。足に風が纏わりつき、上手いこと距離を取ることが出来なかった。そこへ槍が襲う。
バキィッ
――
と、一際派手な音がなった。
槍を受け止めた棍棒が叩き折られた音だった。
砕けた棍棒の破片はビーマが起こした竜巻に巻き上げられ、彼方へと去って行く。いくつかに別れた内の、最も大きな、棍棒の端の部分であったものが、シミュレータールームの入口付近に立つマスター目掛け飛んで行った。
マスター、と逼迫した声で呼ばれた。
顔を上げると、自分へと向かってくる何かの塊が見えた。
(あ、これヤバい奴)
――
嵐の時は風そのものだけでなく、飛来してくる物にも気を付けるようにね。
マスターになってまだ日の浅い頃、キャスターだったダ・ヴィンチに教えられた内の一つを思い出す。思考が異様にクリアで、周囲の時が非常にゆっくりと流れる感覚になる中、マスターは身を守る体勢をとった。
「
………………………
?」
想像し得る限りの痛みを覚悟していたマスターだったが、いつまで待ってもそんなものは来なかった。
不思議に思いつつ目をそっと開けると、視界に半分程砕けた黄金の胸当てが飛び込んできた。そろそろと視線を上に動かすと、痛みに表情を歪めた男と目が合った。
「ッ
――
、ドゥリーヨダナ、大丈夫!?」
何があったかなど聞くまでもない。自分を庇い、代わりに飛来物をその身で受け止めたであろうサーヴァントへ、マスターは声色に焦りを滲ませながら問いかける。ドゥリーヨダナは左肩を抑えたまま黙っていた。
二人の元へビーマも駆け寄って来る。急に目の前から消えた宿敵の姿を探したビーマは、その時ようやくマスターがシミュレーター内にいることに気付いた。そしてドゥリーヨダナの様子と、つい先ほど戦闘中に起こったことから、事態を正しく認識した。
「すまん、マスター! 怪我は無いか?」
ビーマから戦いによる興奮はすっかり消え去っており、今はただマスターの身を案じるサーヴァントの姿になっていた。落ち着いたその様子に、マスターは内心ホッとする。
「オレは大丈夫。ドゥリーヨダナが守ってくれたから」
マスターの視線の先を追って、ビーマはドゥリーヨダナを見た。ドゥリーヨダナは顔を伏せて、ビーマには一瞥もくれない。
彼の足元には風に乗って飛ばされてきた棍棒の破片が落ちていた。へし折られた断面は針山のように刺々しい有り様だった。万が一にもマスターに当たっていれば、流血沙汰は避けられなかっただろう。
「そうか
……
。悪かった、お前がいたことに今の今まで気付かねぇで。
……
おい、ドゥリーヨダナ、黙りこくってどうした。まさか打ち所が
――
」
「
……
い」
「ん?」
「ドゥリーヨダナ? アスクレピオス呼んできた方がいいかな?」
「い゛っっっだぁーーーーーーーーっくない!」
俯けていた顔を勢いよくあげながらドゥリーヨダナが叫んだ。心配して顔を覗き込んでいたマスターが思わず後ずさりをする。
「わし様は最強で最優のサーヴァントであるからして、これしきのことなーんでもないわ!」
ドゥリーヨダナは忌々し気に折れた棍棒を魔力に還すと、ふんと鼻息荒く腕を組んでビーマを睨みつけた。呆れたと言わんばかりにビーマが鼻で笑う。
「
……
そうかよ。でも勝負は俺の勝ちだ。得物壊されたんだからな、お前」
「わし様は負けとらーーーん!!!! あ! れ! は! マスターがいるにもかかわらず風神の加護を振り回す貴様を、マスターから遠ざけるためにわざと隙を作って誘いこんだのだ! というかお前もお前だ、マスター。使用中のシミュレーターへ入るのに、何故共の一人もつけておらん。敵陣でないとはいえ、何かあったらどうする。というか実際危なかっただろうが」
突如矛先を向けられたマスターが力なく項垂れる。
「すみません
……
」
元はと言えばドゥリーヨダナ達が喧嘩なんてするからでは、とこっそり思いはしたものの、確かに一人でふらっと来てしまったのはいけなかったと、マスターは素直に反省の意を示した。その肩をビーマが慰めるように叩く。
「過ぎたことは仕方ねえ。すぐに気付かなかった俺達の方が悪い。とにかくマスターに怪我がなくて良かった」
「ありがとう、オレも今度からは気を付ける。それはそれとして、今回の喧嘩の原因は何? 編成の仕方とかで二人がぶつからないように出来るなら考えるけど
……
」
マスターからの問いに、ドゥリーヨダナが明後日の方へ目線をやりながら答えた。
「心当たりが多すぎてわからんなー」
「嘘じゃん。絶対わかってるじゃん」
「心当たりが多いのはホントですぅー」
「で、何が原因なの? ビーマ」
「あっ、こらマスター!」
ドゥリーヨダナは素直に口を割らないと判断したマスターは、ビーマを名指しした。指名を受けたビーマは少し逡巡する様子を見せたが、ビーマを喋らせるまいとする隣の男をヘッドロックで抑え込み、口を開いた。
「ま、隠すことでもねえしな。何、ちょっとした賭けというか
……
」
「賭け? ビーマが?」
ビーマの返答にマスターが驚く。マスターの言いたいことを察したビーマはバツが悪そうに笑った。
「まあ流れで
……
勝った方が相手の言うことを一つだけきくって感じの他愛もないやつだ」
「それだけであそこまでやるんだ
……
」
話に聞くクル・クシェートラの決闘の再現かとも思っていたマスターは、ビーマが口にした内容に拍子抜けした。
使命、矜持、信念、自らの存在意義
――
そういったものを血の糸で身命に縫い付けて生きた者が英霊達だ。特に相手が相手だけに、その意のまま振舞うよう強制されることは、是が非でも拒絶したいことなのかもしれない。それこそ命をかけてでも。
マスターはそう思うことにして、とにかく本来の目的を果たすことにした。
「本気の殺し合いとかじゃなきゃいいよ。もう少し加減はして欲しいけど。じゃあ賭けはビーマの勝ちってことで、二人とも医務室でオレと一緒にお茶菓子タイムね」
「おーいおいおいおいおいマスター。それはちと聞き捨てならんが?」
ビーマの拘束から抜け出たドゥリーヨダナが不満げに眉尻を上げた。
「二人とも周回や微小特異点に行った後よりボロボロじゃん。魔力も足りてなさそうだし、ちゃんとアスクレピオスに診て貰ってください。大丈夫、注射はされないよ。多分」
マスターはぐずる子供を言い聞かせるような口調で諭した。
ドゥリーヨダナは口をへの字に曲げた。
「医者など怖がる歳ではないわ。その前の言葉について言っとるんだ。賭けの勝負はまだついとらん。つまりわし様は負けてない」
「でも棍棒折れちゃったし
……
」
「ふん! 棍棒など無くとも、こう! でだな」
ドゥリーヨダナが拳を握って振り下ろす動作をする。やる気をアピールする宿敵を、マスターとのやり取りを傍で見ていたビーマが制した。
「いいだろ、もう。マスターが止めろって言ってんだ。それに
……
」
ビーマは槍を消すと、そっとドゥリーヨダナに近寄り、彼の腰に右腕を回した。思いも寄らない行動に驚き固まるドゥリーヨダナに構わず、ビーマは抱いた腰をぐっと引き寄せる。密着したことで、ドゥリーヨダナの耳にはビーマの吐息の音がひどく大きく聞こえた。
「俺が勝ったところで、お前にも都合がいい話じゃねえか」
「んひぃっ
……
!?」
耳元で低く囁かれ、ドゥリーヨダナが甲高い悲鳴を上げた。堪らずビーマの拘束から逃れようとするものの、腰に回る腕はびくともしない。それどころか、徐々に指がドウティの下へと潜っていく。軽く爪先で生身の肌を引っかかれ、ドゥリーヨダナの腰がひける。
先程までとは別種の身の危険を感じたドゥリーヨダナは、マスターに視線で助けを求めるが、肝心のマスターは唐突に始まった妖しい雰囲気に戸惑いSOSに気付いていない。
場は着実に混沌を極めて行くが、ビーマは一切躊躇することなく話を続けた。
「今から俺が言うことをちゃんと聞けよ。ドゥリーヨダナ
――
」
ドゥリーヨダナの視線がビーマへと向く。
精悍な表情で、口元には薄く笑みを浮かべていた。
(ずるい
……
やはりずるい男だ
……
こいつは
……
)
対照的にドゥリーヨダナの顔は歪む。
(生きてる間に、そんな顔、俺には一度も見せなかったくせに
……
)
けれども目を逸らすことはしなかった。
ビーマの瞳に映るドゥリーヨダナの表情はひどく悔しそうで、しかし仄かに期待を浮かべてもいた。
「『俺に、お前の望みを叶えさせろ』
――
わかったな?」
「
…………
ここはカルデアだ。土地も、王位も、民も、お前には何一つ用意出来んだろうが」
ふん、とビーマが鼻で笑う。
「“俺”がいるだろ」
威風堂々と言ってのけたビーマは、返事も承諾も待つことなく、その手に捕らえた宿敵の唇を奪った。
マスターは居た堪れない気持ちでいっぱいだった。
シミュレーターに入れられたビーマとドゥリーヨダナの様子を見に来てみれば、想像を遥かに越えた勢いで戦っていたかと思えば、突然目の前でキスシーンが始まった。しかも深いやつだ。親と一緒に見ると気まずくなる類の。生々しい水音が頭上から聞こえてくる。
しかけたのはビーマの方で、ドゥリーヨダナが受け入れているような形だ。ドゥリーヨダナは単にされるがままという訳ではなく、何とかビーマから離れようとしている。だがドゥリーヨダナが藻掻けば藻掻くほど、ビーマはがっしりとホールドを強くした。
二人の唇の間に、時折ちらりと蠢く舌が覗く。見てはいけないと思いつつ、マスターはその動きを凝視していた。かける言葉も喉から出て来ず、ひたすらに時間が過ぎるのを待った。
やがて、どちらからともなく唇が離れ、長い長いキスが終わった。
「
…………
馬鹿ビーマ」
ドゥリーヨダナが口元を強く拭う。
「お気に召したようだな、トンチキ王子」
ビーマはにやりと笑った。
「あ、あのー
……
ちょっと、いいです、かね
……
王子様方」
不穏さと甘さをない交ぜにした空気を作る二人に対して、マスターがおずおずと声をかけた。ビーマとドゥリーヨダナが同時にマスターへ顔を向ける。息の合った動きにまたドギマギしながら、マスターが意を決して訊ねた。
「その
……
お二人ってもしかして
……
恋人同士、とか、だったりします
……
?」
その言葉に顔を赤くして言葉を失ったのがドゥリーヨダナで、少し考えてから肯定したのがビーマだった。
「あー
……
いまからな。いまから」
「え、いまから?」
「そうだ。いまから俺とこのクソボケロクデナシ王子は恋人って奴だ」
マスターは展開について行けず、沢山の疑問符を抱えていた。
(生前は最期まで相いれなかったのでは?)
(いまでもクソボケロクデナシだと思ってるのに恋人に?)
(ドゥリーヨダナの望みを叶えることが、あのくどい程濃厚なキスだった?)
だがマスターとして過ごした時間が、異常事態に対する耐性を彼に与えていたがために、ひとまず全ての疑問を飲み込んだ。それにいくらマスターとサーヴァントの関係とはいえ、あまり個人的な感情面に踏み込み過ぎるのはよくないと考えた。下手に関わると面倒だと思ったと言う方が正確ではある。
「
……
まあ、二人が仲良くしてくれるなら、それに越したことはないからオレとしては問題はないんだけど
……
」
それでもこれだけは言わなければ、とマスターはキリっとした顔つきで告げた。
「それ以上のアレコレは、自室でお願いします!」
医務室にもちゃんと言ってね、と最後に言い残してマスターはシミュレーターから出て行った。
「
……
マスターめ、何が自室でお願いします、だ。何を考えとるのだ、あいつ、は
……
」
苦虫を噛み潰したような顔でマスターの言葉を反芻していたドゥリーヨダナが、突然足の力を失いその場に倒れそうになる。膝が床に着く前に、ビーマが腰を支えて体勢を整えてやった。
「お前のやせ我慢もたいしたもんだな」
「うるさい
……
馬鹿」
ドゥリーヨダナはだるそうに溜息をついた。
数十分程前にマスターを庇った時、棍棒の断面の尖った部分がドゥリーヨダナの肩を抉っていた。傷自体は急いで塞いだが、血が結構出たことと、元々減っていた魔力を余計に失ったことから、意識を保っているのも限界だった。それでも立ち続けていたのは、あたかもビーマに倒されたかのような不名誉な姿をマスターの眼前に晒したくない、という意地故だった。皮膚と粘膜両方の接触による魔力供給で少しは持ち直したものの、その場凌ぎはここまでだった。
「俺の部屋に運ぶぞ」
「
……
いやだ」
「自力で歩けねえ奴に拒否権はねえよ」
「
…………
くそっ」
ビーマがドゥリーヨダナを横抱きで抱え上げる。全身でビーマの体温と魔力を感じ、ドゥリーヨダナは悪態をつきながらも脱力する。頭を筋骨隆々の肩に預けると、泥のような眠気が訪れた。
「
……
ああ、最悪だ
……
ビーマなんぞにこのような
……
」
「黙って寝てろ。恋人にくらい、素直になれ」
「
……
おれは、おまえの
……
あい、なんか
……
」
やがて穏やかな寝息が聞こえて来た。
ビーマは己の腕の中で眠るドゥリーヨダナを見つめる。
「寝顔はガキの頃と変わんねえな」
シミュレーターに放り込まれる前、ビーマとドゥリーヨダナは廊下で偶然顔を合わせた。最初は互いに見なかったことにして通り過ぎようとした。だが角を曲がる寸前、ビーマは先日ドゥリーヨダナと共に向かった微小特異点でのある出来事を、ふと思い出して立ち止まった。
人の記憶を元に幻影を映し出す敵と対峙した時、ビーマの前に現れたのは子供の姿のドゥリーヨダナだった。幼気な幼馴染の幻へ武器を振るうことに、躊躇いなど微塵もなかった。なんなら生前もそのようにしていたら、あのような戦争は起きなかったかもしれないとさえ思った。だがその幻影は、ビーマの心に小さな小さな棘を刺した。その理由は子供のドゥリーヨダナがビーマに向ける瞳にあった。
愛して欲しい。
切実な願いを籠めて、じっとビーマを見つめていた。
あれは人の記憶の影法師だとカルデアの技術顧問は述べていた。だとするならば、あればビーマがかつて見たものなのだろう。けれど当のビーマにはとんと覚えが無かった。ドゥリーヨダナは子供の頃にはもうあの性格で、いつだってビーマに対しては敵愾心や嫉妬心といった、長じて悪となる心しか露わにしなかった。弟妹や友に向ける愛情も、自身を頼りにする者らへ向ける温情も、一度たりとてビーマが受け取ったことはない。その筈だった。
一つ可能性があるとしたらそれは、本当はビーマも受け取っていたのに、そうと気付いていなかったということかもしれない。幻影のドゥリーヨダナは子供だった。ならばそのドゥリーヨダナが見つめていたビーマも子供だろう。ビーマは当時の自分を思い返し、ドゥリーヨダナが怒りや妬みの奥に隠した恋心に気付けただろうかと考える。
「
……
無理だな」
答えはすぐに出た。生来物事をそう複雑に考える質ではない上に、女を抱いたこともないあの頃の己に、相反する感情の全容を見抜けるとは到底思えない。もしかすると兄なら気付いていたかもしれない。けれど終ぞ口にすることはなかった。なら生前の自分たちには本当に不要なことだったのだろう。争うことこそ神の総意だったのだから。
ビーマは来た道を振り返る。ドゥリーヨダナはまだ廊下の中ほどにいた。窓の向こうの景色を眺めている。白い外光に照らされる横顔は凪いでおり、いま何を考えているかは分からない。ただあれほど穏やかということは、万が一にもビーマのことではないだろう。ビーマは無性に浪を立ててやりたくなった。
「ドゥリーヨダナ」
名を呼ぶと振り返る。たったそれだけのことだが、ビーマの心の中の何かが少し満たされた。
「何だ、まだいたのか」
嫌そうに口をひん曲げた顔を見て、ビーマは思わず先日の幻影と比較した。見目だけなら愛らしい少年が、何をどうすればああなるのだろうか、と。
「お前今わし様を見て失礼なこと考えただろう」
「一つ聞かせろ」
「おい、無視するな、阿呆ビーマ。
……
わし様は忙しいのだ、とっとと済ませろ」
ビーマは幻影が齎した感情を整理するため、淡い紫の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「お前は
……
今でも、俺の愛が欲しいか」
ドゥリーヨダナは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
時間をかけてビーマの言葉を咀嚼し、やがて全てを飲み込み終わった時、ドゥリーヨダナの瞳は燃えるような怒りに染まった。そして衝動のままに殴りかかった。
そこをたまたま通りかかったレオニダスが諫め、言葉で解決しそうにないならとシミュレータへと連れて行った。そしてマスターが現れるまで思う存分暴れたといわけだ。マスターに話した賭け云々というのは、秘めた想いを暴かれて逆上したなどと、恥を晒すような真似はしたくなかろうと適当にでっち上げたものだ。だがドゥリーヨダナの願いを叶えてみるかと思っていたのは嘘ではないし、恋人宣言も今のところ取り下げるつもりはない。
サーヴァントの生は泡沫のようなものだ。ならばこの時だけでも、あり得なかったもしもの生を試してみたかった。
初めは面倒だと感じたこの状況が、今では千載一遇の奇跡のように思えていた。
その後、ぼろぼろのドゥリーヨダナを抱いたまま自室に入ろうとしたところをカウラヴァの二人に見つかり、もうひと騒動起こることになる。
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