瀬野
2024-08-20 01:19:14
3973文字
Public ビマヨダ
 

風神の子と凶兆の子による狂騒曲①

デキてる前提のビマヨダ
ヨダのどこが好きなのとマスターに問われて「どこだ?」って考えるビマの小話。
※露骨過ぎない表現の濡れ場あり。R-15(なろうの規約を参考)

「ドゥリーヨダナの好きなとこってどこ?」

 そんなことを訊ねたのはマスターで、その声には嫌味の色は含まれておらず、素朴かつただの思いつきから来る疑問だということは明らかだった。そのため問われた側であるビーマも然程真剣に考えず「さぁ、どこだろうな」と返した。大した回答を得られなかったマスターも大人しく引き下がった。
 たったそれだけのやり取り。昼下がりの食堂の一角、少し遅い昼食の合間の、どうということはない会話。
 それを今この瞬間――ドゥリーヨダナとの閨の最中に、ビーマは思い出していた。

(このトンチキクソ王子の……好きなとこ、ねぇ……

 質問した理由については不明だが、なぜそのような疑問が生じたかは当事者ながら理解出来る。ビーマとドゥリーヨダナは揃ってカルデアに召喚されてからというもの、人前では下手すれば殺し合い一歩手前のやり取りしかしてこなかったのだから。そんな二人が実は恋仲だと知れば、何故にと思うのは致し方ないことだろう。実際アルジュナには何度も問い詰められ、諭された。その都度ビーマは「大丈夫だ」と言いきかせてきたが、そろそろはっきりと理由というものを説明した方が弟の精神衛生上よろしいかもしれない。

……ムカつくところならいくらでも言えるんだがなぁ)

 息を整えるフリをして、己が組み敷いている身体を視線で舐めまわす。
 ビーマのものとは趣の異なる紫の髪の毛は柔らかく、絹糸の如き艶があり、間接照明の橙色に染まっている。白いシーツの上で波打つそれは幾重にも絡み合い、汗ばむ首筋、浮き出た鎖骨に纏わりついて素肌の縁を彩っていた。スーリヤが目を閉じている間しか纏わない装飾だ。
 晒された喉仏の周りを親指で撫でると、掠れた嬌声が漏れ出て、ふるりと蠢く感触が下半身から伝わってきた。つい先程内側だけで果てたばかりの身体は実に鋭敏だった。触れる前から直後に来るであろう刺激に反応している。
 ビーマは手のひら全体をつかって喉から胸へと撫でていく。一番肉が盛り上がっている箇所を揉みしだくと、呼応するように剥き出しの肩がびくびくと跳ねた。抵抗するほどの余力はなくとも、瞳にはまだ覇気の残滓が残っており、苛立たし気にビーマを睨みつけた。ビーマの脳髄から尾てい骨にかけて甘い痺れが走る。

(面は良いんだよな。面は。俺には腹立つ顔か、アホ面しか見せねえが……

 いくらビーマとて、神が手ずから作った造形物にケチをつける気は毛頭無い。好みかどうかさて置き、外見だけで言えば美しい部類であることは認める。それに、鍛錬を積み重ねた末の姿を現世に投影した肢体はまごうことなき戦士のものだ。人の身でありながらビーマと張り合うまでに武の術を磨いた事実は否定しない。
 されど人間、肝心なのは中身だ。そしてその中身が問題なのだ。と、子供の時分より散々思い知らされている。それ故にいくら容貌に心揺さぶられようと、陥落することはけしてないとビーマは誓って言える。
 マスターが食堂に訪れる少し前に昼食を取っていた男の顔が脳裏に過ぎる。仮にも高貴な身分であったことには違いないのに、子供のように口元に食べカスをつけながらナンを口いっぱいに頬張る姿は、なんとも気の抜ける様相だった。ビーマと共に厨房に立っていたブーディカが「可愛らしいね」と笑ったのに対し、ビーマはつい「あいつが何やった奴か知ってるか?」と言いそうになって、すんでのところで飲み込んだ。ビーマとドゥリーヨダナの因縁、ひいてはマハーバーラタの語る歴史は大凡カルデアの皆が知るところである。その上でブーディカは現在目の前にいる男への素直な感想を述べたに過ぎない。そこまで思慮を巡らせ、ビーマは黙して鍋を振るうに徹した。

(可愛らしい……か。何の蟠りもなければ、気軽に言えるもんだな)

 思考が散漫になりだしたビーマはドゥリーヨダナの胸をまさぐる手を止め、徐に上半身を前に倒してドゥリーヨダナの首筋に顔を埋めた。うなじの生え際に鼻を寄せ、一つ深呼吸をする。汗の匂い。ビーマはもう一度深く息を吸った。汗に混じって血の匂いがした。
 舌で首筋の皮膚を検める。鋭い牙で幾度も穿たれた痕があった。ビーマの仕業だ。肌を重ねる時、ビーマは必ずドゥリーヨダナを噛んだ。下腹部からせり上がって来る衝動のまま、この世で最も憎たらしい男の肉体に歯形を残すのだ。ビーマに捉えられた哀れな偉丈夫は、歯を立てられる度、痛みと屈辱に身を捩る。獣だ、野蛮な奴だと喚き散らして、やがて自ら腹をしとどに濡らす。
 宿敵の痴態を思い出し、ビーマはまた一つ痕を増やした。罵詈雑言は飛んでこない。ビーマの耳朶に絡みつくのは、言葉になり損ねたあえかな喘ぎだけだった。
 ビーマは噛みついたまま、腰を前後に強く振った。咄嗟に逃げを打とうとする身体を、ビーマは豪腕で抱き竦める。左肩に爪を立てられたが、子猫よりもか弱い力では半神の体はびくともしない。それでも抵抗は終わらず、反対の手がビーマの鬣のような髪を掴み、遠ざけようと引っ張った。その結果より一層激しくなる快楽の衝撃に、ドゥリーヨダナの気は遠退きかける。

「おい、こんなんでくたばる気かよ」

 ビーマがドゥリーヨダナの様子に気付き、ようやく顔を上げた。

「いつもの馬鹿みてえな威勢はどうしたトンチキ。カウラヴァの旗頭が聞いて呆れる」

 ドゥリーヨダナの肩口に額をぐりぐりと擦り付けながら、ビーマは熱の篭った溜め息を吐くと共に、今にも抱き潰されんとする男を煽る。ビーマの身体の一部はまだ、ドゥリーヨダナの中にいたがっている。張り詰めてビーマを苛むそれを、宥め落ち着かせるまでは夜を越せそうにない。
 宿敵の発破に誘われてか、閉じかけていたドゥリーヨダナの瞼が億劫そうに持ち上がる。眉間に皺を寄せ、震える手でビーマの頭を押しやった。

「ははっ」

 ビーマが堪えきれずに笑う。
 ドゥリーヨダナは顔を背けた。
 ビーマがすかさず顎を鷲掴みにして自分へと向けさせた。

「口開けろ」

 命じたところで素直に言う事は聞かない。ビーマは勝手知ったるとばかりに親指を唇の隙間に差し込み、強引に口を開かせた。ビーマが舌舐めずりをして見せると、ドゥリーヨダナは不躾に捩じ込まれた親指の付け根を思い切り噛んだ。それを合図にして二人の唇が重なる。無遠慮だが乱暴ではない舌使いに、顰められていたドゥリーヨダナの眉は緩やかに解けていく。

(そういや……さっきまで何か考えてたな)

 顔の向きを変えるために唇を離す刹那に、ビーマの思考が昼間の問いかけに立ち戻る。

(ああ、そうだ。こいつの好きなとこ、好きなとこ……

 薄く開けた瞼の隙間から、深い口づけに陶酔する瞳を盗み見る。普段の悪辣さを完全に剥ぎ取られ、押しつけられ続ける悦にも無垢に身を委ねる宿敵の顔は、カルデアに召喚されてから知ったものだった。知らずに死んだ過去がかつてあったことを思い、数奇なものだと他人事のように思う。この背に憎き宿敵の手が縋りつくなど、生前の自分に言えばアルジュナよりも酷い渋面をするに違いない。

……まあ、知っちまったなら、もう後には退けねぇよな)

 退く気などさらさら無いが。

「おい、トンチキ」

 自身もようやく欲を吐き出したところで、ビーマは腰の動きを止め、余韻に悶え喘ぐドゥリーヨダナに向かって問いかけた。

「お前、俺のどこに惚れた?」

 ドゥリーヨダナの目が大きく開かれる。
 じわじわと顔が朱に染まり、眉尻がギッと吊り上がった。



「お前なんか全っっっっっ部大っ嫌いだバーーーーーーカッッッ!!!」





 翌日、夕食の当番であるビーマは、夕方の少し前には厨房に入っていた。
 材料の下拵えを黙々と行っていたところ、小腹を空かしたマスターが軽食を求めて人のいない食堂に現れた。

「ほらよ。晩飯前だから食い過ぎるなよ」
「ありがとう。ビーマ程じゃないけど、俺だって育ち盛りだから平気だよ」
「ははっ、そうか!」

 マスターはやや大ぶりなサンドイッチをカウンターで受け取ると、その場でかぶりついた。

「そうだ、マスター。昨日の昼に聞かれたことなんだが」
「ん? 俺ビーマに何か聞いたっけ?」
「俺がドゥリーヨダナのどこを好きなのかってやつだ」
「ああ! ごめん、あんまりプライベートなことには立ち入らないようにしてるんだけど、二人の場合はなんというか……つい……ごめん」

 ビーマが気を悪くしたかと受け取ったマスターが申し訳なさそうに頭を下げる。謝ってもらおうなどと毛頭考えていなかったビーマは、目の前でしょげかえる少年を豪快に撫でた。

「全然怒ってねえし、傷ついてもいねえから気にすんな! 昨日はあんまり真面目に答えなかったからよ、あの後改めて考えてみたってことを話したかっただけさ」
「そうなんだ」

 ビーマが嘘を言っていないことはすぐに伝わり、マスターの表情から憂いはなくなり、代わりに好奇心がありありと浮かんでいた。恋愛話に興味津々というよりは、仮にも恋人同士であるのに喧嘩の絶えない二人の仲が改善されることへの期待がそうさせていた。

「それで、分かったの? ドゥリーヨダナの好きなところ」
「ああ。……まあ強いて言えばって程度だがな」
「どこどこ?」

 カウンター越しにビーマを見上げるマスターに向けて、ビーマは人好きのする笑みで言い放った。



「あの喧しい色男が俺の下で生娘のように静かになる瞬間は、癖になるな!」



 思いも寄らない回答に固まるマスターの背後で、顔を真っ赤にしたドゥリーヨダナが棍棒を振り上げていた。