racmon
2024-08-24 11:02:49
6821文字
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他人パロ(タイトル未定)

他人パロ

追加していく予定
タイトルは考え中……✍️



 ──17時からバイトやから。
 俺はそう言って駅の方向へ踵を返した。彼といるのはとても楽しかった。心地良くも、どこか日常とは違っていて、このままでは離れがたくなってしまいそうだった。自己紹介もまだしていないが、今更そんなのは可笑しい。連絡先を訊くなんて、発想すらありはしない。早いところ切り上げるべきだった。まだ時間に余裕はあったが、我ながら懸命な判断だったと思う。それなのに──。
「やぁ、ほんまええ天気やなあ」
 俺たちは駅のホームのベンチに並んで座っている。彼は缶コーヒー片手に、線路の真上に割れて見える青い空を覗いた。のんびりとおだやかな風が吹く。平日の昼過ぎで人もいない。俺は次に来る準急待ちで、彼はその後の鈍行に乗るそうだった。
「雲ひとつないいうのはこういう空やな。なあ盧笙くん」
 名前を呼ばれた。自己紹介は──学生証を見せたときか。その目敏さに脈が跳ねる。もしかしたら、連絡先を訊けるかもしれない、そう思わずにはいられなかった。
「ああ、うん。あの、もしよかったら──」
 向かいのホームに車両が滑り込んできた。俺はこういう星の元に生まれたんだと俯く。
「俺めっちゃ雨嫌いやねやんかあ」
「そうなんや……
「好きってひともなかなかおらんやろけどな」
 言いかけた言葉は当然彼に届いているはずもなく、俺はぼんやりと相槌を返した。
「俺ぁ小説の主人公にでもなったんかいうぐらい、ここぞってときに絶対雨降ってんねん」
「そういう表現、あるなぁ」
 一度出した勇気が突風で吹き飛ばされて、いっそ諦めもついた。これで最後かもしれない、彼の話をよく聞いておこうと思った。
「俺今こそフリーでやってるけど、一応養成所受かっとってん」
「へぇ! そうなんや! 辞めてもうたんや?」
 俺は大きく驚いた。彼には大袈裟に見えたかもしれないが、本心からの声と表情だ。俺も過去、お笑い養成所の入学試験を受けたことがあった。試験中にちょっとした騒ぎを起こして、呆気なく落とされてしまったが。
「おーすぐ辞めたった。おもろい奴、一人もおれへんねんもん」
 そんときも雨やった、彼はぽつりと呟いた。
「いうてもみんな芸人の卵やろ? 最初はそんなもんちゃん?」
 笑いの才能がある彼に、間違っても「俺も受けたデ! 落ちたけど!」なんて、恥ずかしくて言えるはずもない。準急列車が到着するアナウンスが流れる。俺が立ち上がり前に出ると、彼もまた俺の半歩後ろまで進んだ。彼はコーヒーを飲み干すと、物憂げなため息をついた。
「まあ実際、俺らの代はレベル高かったとは思うわ。落ちたん一人だけやったって聞いたし」
「ほななんで──」
「それでも、俺が相方にしたいやつはおらんかった」
 彼はまた空を仰いだ。その前髪がぶわりと靡く。列車が来てしまった。俺は惜しい気持ちを抑え、列車の縁に足をかけた。彼はフッと笑って、俺に最後の言葉を聞かせる。
「俺の運命の相方は、36期で唯一落ちたそいつやったんかもしれんわ」
「え、俺だけやったん?」
「は?」
 一度乗り込んだが、前のめりに振り返った。彼はポカンと口を開けている。
「36期ていうた?」
「うん」
「俺、受けて、あかんかった。そんとき」
 俺もそこに名を連ねるつもりだった。他にも落第仲間がいると思っていたが、よほど俺は審査官の好みではなかったらしい。発車のベルが鳴り、俺たちは車窓越しに間の抜けた顔を見せ合った。特に彼の表情はすごかった。瞳の色を初めて見た。眉をアーチ状に引き上げて、顎が外れるほどに口を開けたまま、運ばれていく俺を見送っていた。
「ええ……?」
 あの夜の彼のイメージが、音を立てて壊れていく。もはや爽快な気分でさえあった。あの白膠木簓が、知らずとはいえ俺を探していたなんて。一度ベッドを共にし、今日は半日も一緒にいたが、今この瞬間にはじめて彼を近くに感じた。