せつが
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8/18伊剣ワンドロワンライお題「スイカ」

セイバーにおいたばかりする宮本伊織がすいかに負ける話。
無自覚イチャコラがやりたかった。
向日葵とふんわり話がつながっていますが、知らなくても読めます。
すいかはまだ広まっていない説で書きました。
伊織が食に対するコメントいいますが、口の中で起こったできごとの報告書を読んでいる、そんなつもりで書いています。
本編舞台だがふるゆわハッピー時空と思って読みねぇ。


「若旦那からこれをもらった」

 そう云い濃緑色の瓜のようなものを抱えてセイバーが帰宅したのは、夏の日盛りのころだった。
 ちょうど午の刻あたりをすぎたころで、お天道さまは天のいっとう高いところより、燦々と光を注いでいる。
 裏庭では長雨ながめまえに植えた山吹色の花が見ごろを迎え、夏風に吹かれてはさわさわと音を出していた。木々からは忙しない蝉の声が鳴響く。

「なんだそれは」
 
 部屋の主である宮本伊織は、その面妖な瓜を見て眉をひそめた。
 見たことのない瓜だ。セイバーはこれを若旦那からもらったという。
 いったいどういうことなのかと、事情のひとつも尋ねたくなった。
 
「なんだ、そう文句をつけるな。きみだってなにともわからぬ花の種を持ちこんだではないか。これでおあいこだぞ」
……たしかに」
 
 云われてみればそのとおりすぎて反論しようもない。
 裏庭に咲き揃った大輪の花は、先日伊織がドロテアより種を譲り受け咲かせたものだ。これを持ち込んだ時はセイバーから正気を疑われたものだが、此度は逆の立場となっている。
 ならぬという道理などどこにもなかった。

「スイカ、という食べ物だと聞いたな。なんでも外つ国では解熱効果があるだのと、夏の食べ物として広まっているらしい。まぁあれだ、なかなかに甘くて美味いのだそうだ」

 セイバーが甘くて美味いと口にしたとき、猫のように目が光る。そのぴかりとした光は金茶色の瞳をくるりと周ると、瞬きのに消えてゆく。心なしか頬も緩んでいる気がした。
 そのさまと言の葉を聞いて、伊織はさてはと思いが至る。これはそう、若旦那になにか頼まれものでもしたのだろうと。きっとその駄賃とやらで、もらってきたのに違いない。
 
「やってはならんとは云わないが、加減はしてくれ」
 
 伊織は小さなため息つく。
 ことセイバーが問題を解決しようとすると、なにかと実力行使になりがちである。それゆえ不安を覚えたのだ。
 とはいえすんでしまったことだ。今更どうともしようがない。

「して、そのすいか……といったか。それはどうやって食べるんだ? おまえのことだ、それに釣られて若旦那の頼みを聞いたのだろう」
「それがな、こうすると美味だというのだ――
 
  
  
 それから数刻経ったいま、井戸水で冷やしていたすいかを半月に切りわけ、縁側にて食している。
 すいかは包丁を入れると鮮やかな紅赤が現れ、そこには白や黒の種とおぼしきものが散っていた。
 その紅赤の部分をがぶりとんでみれば、しゃくりとした歯触りとともに口内には水気が広がる。同時にほのかな甘みが伝わり、鼻にはすっと香気が抜けた。
 その歯触りと水気の多さはなんとも爽やかだ。

「甘みのある汁がこぼれるほど出るな。喉の渇きさえ潤せるとは。なるほど、これは夏向きの食べ物というわけだ」
「美味い! 癖のないさっぱりとした食べ心地だ。歯触りは梨に近いがあれよりも軽くて、うんと汁気が……あっ、うわっ?! イオリ、疾く袖を捲ってくれ!」
「おい?! いや待てセイバー!」

 焦ったセイバーは縁側から立ち上がると、衣を汚さぬよう腕を突き出し助けを乞うた。
 すいかの汁が手をつたい腕まで垂れたのだ。『わー!』だの『あー!』だの、切羽詰まった声がしきりにあがる。その隙にもつたう汁は増していき、いまにもこぼれそうである。
 伊織は慌てて手拭いを取り、垂れた汁気を拭ってやるとようやく静かになった。
 
「ふー、どうなることかと思った。ありがとうイオリ……って、きみ……ふくっ、あはははは!」
「なんだ。人の顔を見て笑いだすとは」

 突如笑い出したセイバーに、伊織はなにごとかと眉根を寄せる。

「あはは! すまんすまん。いやでも、くくく! あのな、きみの口元にな、黒子ができたのだ。なかなかに色男だぞ。ふふふ」
 
 食べかけのところを慌てて対処にあたった伊織の口元には、すいかの種がぽつりとひとつ。
 いつもならかようなことなどない男だが、セイバーの催促に慌てたようで、未だ気づかぬままである。
 珍しいその様子にセイバーは気をよくし、指を伸ばして拭ってやった。

 そのひやりとした指先に、伊織はなにがあったか気づいたようで、口元を手でおおい目元を赤く染めていく。
 
「その、世話をかける」
「ん? うん?」
 
 セイバーはそこで、はたとしでかしたことに気がついた。
 ごく近い距離で伊織を見上げ、その口元を見つめて指で触れた。
 思わせぶりな距離ではある。が、ただ世話を焼いただけだ。
 ただそれだけ、それだけであるのだが、どういうわけか当の伊織がたいそう照れる。
 
「なぜそこで照れる?! こちらまで恥ずかしくなってきたではないか!」
「すまん。その、思いのほか悪くはなくてだな――
 
 伊織の赤はじわりと散って、今では耳まで茹っていた。

 普段、セイバーのあれやこれやに付き合って、面倒を見ているのは伊織である。 
 先ほどのすいかの汁についてもそうだ。どちらかといえば世話を焼かれているのは己のほうだ、とセイバーは感じている。うっすらとだが。
 いつもの伊織は冷静で思慮深く、穏やかな青年だ。浮ついたところもなく、見た目も比べて体躯がよい。自分の世話は自分でできる、成人した男である。
 そんな男が、自分に世話を焼かれてまんざらではないなどど、照れて頬を緩ませるのだ――
 
 セイバーの唇は引き結ばれて、きゅっと力がこもってしまう。
 なにせこの、時たま見せる伊織の姿にめっぽう弱い。
 これを見ると胸の奥底が甘い音を立て、決まって心も体も、どこかいうことを聞かなくなってしまうのだ。
 
 先ほどから伊織の視線は、セイバーにそそがれている。
 あれだけ照れていたのだから、目をそらせば少しはましにもなろうというもの。だのにずっと、深籃 ふかあいの瞳を離そうとはしなかった。
 伊織は物事をじっと見る。これは伊織の核につながる性質だ。生き方だともいっていい。
 だが、こんなふうになにかの予感 ・・・・・・があるときは、一枚ずつ纏うものを剥がされていくようで――
 反応ひとつをも見落とすまいとするその眼差しに、見られているほうも堪らず熱を持ってしまう。
 
「セイバー」
「だっ、だめだぞ。なにを云いだすかわからんがとにかくだめだ」
 
 いつもいつも、言い寄られては受け入れてしまうのだ。けれど続けばさすがに癪に障る。思いどおりにならんこともあるのだと、わかればいいと突き離した。
 深藍色の視線から逃れるよう、明後日を向き伊織を見ない。
 それにいま、己の手には初めて食べた、美味いすいかが収まっている。こいつを無碍にすることはまかりならんと、腹の虫が囁くのだ。

 だが敵もさるもの。そのくらいでは引いてはくれぬ。

「セイバー、こちらを見てくれ」
「みーなーい。その手には乗らん」
「そう云わずに」
 
 いつもの調子で云い募るが、流されぬと決めたセイバーの守りは堅い。
 否と云われれば引き下がるが伊織の常だが、そもそういう場面は多くはなかった。募ればセイバーが折れるからだ。 
 ゆえにいまはいけるとふんで、顔を寄せつつあるだのだが――
 

「だめだといっとろうが」

 
 細い指が持ち上がり、むきゅ、と鼻を摘まれる。
 目の前にはくふふと瞳を細くした、愉快そうなセイバーの笑顔があった。

 先ほどまでのなにかの予感はあっという間にどこかへ消えて、そこにあるのは気心しれた距離感と、幼な子がするようなやりとりだった。
 だが、このやりとりも存外楽しくて――
 
「セイバーあのな、これも悪くはない」

 たちまち火照った指先は、勢いよく鼻を離した。