せつが
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7/21伊剣ワンドロワンライお題「向日葵」

ひまわりとセイバーの目は似ていると気づいた伊織のお話。
今度はセイバーが頑張ってちゃんと伊剣になる。
慶安4年のひまわり事情はなんちゃってだが、魔術師で商店やってるドロテアならあるかもしれないと思って読みねぇ。
儀が進んでるんだかそうでないんだかわからない、みんなゆるく仲良しハッピー時空です。
ドロテアの「ミスター」呼びは、いいよね。



「これ、あげるわ」

 ドロテアはそういうと、小さな巾着を差し出した。
 口が絞られた袋は中が見えず、当然ながらなにが入っているかはわからない。ただ膨らみ具合からすると、軽いものがそれなりの量入っているとは推測できた。

……貴殿からなにかを贈られる由はないが」

 巾着とドロテアを見ては問い ただす。
 魔術師からのいわれのない贈り物だ。そうですかと受け取るほど伊織もぬるくはない。身構えるのも致し方なしというものだ。

「そう警戒しなくても大丈夫よ。中身はただの花の種。うちの商会が売り出そうと考えているのだけど、あなたがたを見ていたら、試し先として悪くはないかと思って」

 次に会ったときは所感を聞かせてちょうだいと、ドロテアは伊織の手に巾着を握らせる。
 次のひと言を伝えれば、目の前の男は断らないとの算段があった。

「おそらくあの子、喜ぶんじゃないかしら。その種、食べられるのよ」

 頑張って育てなさいな、ミスター? ドロテアはそうつけ加えると、長いまつ毛で囲まれた菖蒲あやめ色の目をゆっくりと細めた。


 ◇◇◇


 所要がありひとり品川を訪ねていた伊織は、思いがけなくドロテアに声をかけられた。聞けば商談のために訪れているのだという。
 ドロテアの魔術研究にかかる費用を支えるのは、実家の商いからあがる莫大な利益である。
 魔術の研究には兎にも角にも銭がかかる。先立つものがなければそれすらもままならぬゆえ、儀を進めつつ商いにも精をだすのが当然。それすらできぬようでは、貴族などと名乗れやしないと云わんばかりであった。
 そこでどういうわけか、この種を押しつけられたのである。
 
 浅草に帰宅したのちセイバーにことの仔細を話せば案の定、
 
「魔術師からほいほいと物をもらうとは、不用心がすぎるのではないか?」
 
と物言いがついた。
 当たり前である。同盟を組んだ鄭なら知らず、敵対しているドロテアからの品とあっては、なんらかの罠があると考えるのが妥当というものだ。
 
「云ってくれるな。無理やり握らされたんだ。まぁこの件についてはそう心配はいらん気はしている。ドロテア殿の商売に関する話のようだからな。商人は商いに不利になることはやらんだろう」
 
 巾着を開くと種が入っている。量は両手に軽くひと山ほどであろうか。花が咲くと聞いてはいるが、未だ日の本にはない花と云っていた。
 楕円に近い形の、長さは三分ほどの平たい種である。色は黒い。種には縦に白い縞が入っていて、強い匂いはなかった。
 セイバーはひと粒手に取ると、しげしげとなにかを探るように眺める。

「うむ、おかしな魔力はないようだが、きみ、本当にこれを育てる気なのか?」

 正気かどうかを問うてる顔である。
 伊織とてなにも頭から信じるつもりはない。現にかようにセイバーに伺いをたて、魔力を感知してもらっているのだ。

「魔力は感じないのだろう? ならばやる。育てる」
「こうなると云っても聞かないものなぁ。しかたがない。でもどういう風の吹き回しだ? きみ、花なんぞに興味はないだろう?」

 セイバーは大きなため息をついた。
 頭が固いわけではないのだが、一度ひとたびこうと決めたら動かない男である。話が出た時点でこうなるであろうとは思ったのだ。
 だが疑問はあった。どういう理屈で、花を育てる気になぞなったのか。
 珍しこともあるものだと、ものの流れで尋ねてみたところ――
  
「セイバー、この花の種はな、食えるんだそうだ。なかなかに美味で、うまく育てればたいそうたくさん取れるらしい。持ち歩きができるおやつを、たんと用意できるな?」


 ――明日にでもさっそく種をまくことにした。


 ◇◇◇

 
 翌日はありがたいことに天気もよく、種まきをするにはおあつらえ向きの陽気となった。
 なんでも水捌け、日当たりの良い場所がいいらしい。
 どんな花を咲かせるのかはお楽しみと秘密にされてしまったが、日の本にはまだない花ゆえ目立ってはことだ。
 とはいえ、植える場所なぞ長屋の裏庭ぐらいなもの。人が来ないことを祈って植えるしかないと、できるだけ条件に沿うところに、もらった種のすべてをまいた。
 堆肥と水を与えれば、あとは芽が出るのを待つだけである。
 野良仕事あとに麦茶を飲みながら涼んでいると、心地よい風が吹いた。軒下にぶら下がる風鈴がちん、と小さく音を立てる。
 
……えもいわれぬ堆肥の匂いよ……
「大きく育てるためだしかたなかろう。これも養分だからな」
「わかっとる!」

 それから毎日、せっせせっせと水をやり、程なくして2枚の小さな葉が地中より顔をのぞかせる。
 そこから先は早かった。あれよあれよと背丈が伸びて、あっという間にセイバーの背を越えそうである。種の多くが芽を出したせいか、ともすれば竹林のようですらあった。
 そのころだったか、朝と夕方とで蕾の向きが違うと気づいたのは。
 どうやら陽の当たるほうを向くようで、気づいたセイバーはたいそう興奮気味で報告にきたのであった。

 それからしばらくして蝉も鳴き始めた時分。
 蕾も膨らみほころびはじめ、中が見えそうになったある朝、それはそれは大きな花が咲いていた。

 人の顔ほどもある大きな花で、丸い円を描くように並んだ花びらは、鮮やかな山吹色である。大輪の花という言の葉が、これほどまに似合う花もなかろうと思えた。
 中心に向かって色は濃くなり密集し、花びら状のものは確認できなくなっていく。
 そんな花が数多く咲き誇っているのだ。すでに花の周りには匂いを嗅ぎつけた虫たちが、蜜を集めるべく働きに精をだしている。
 色も作りもどこか鼓草つづみぐさに似ている気はするものの、地面近くに咲く鼓草とは比べるべくもなく背丈が高い。今では伊織の背すら越している。
 そのため花を見ようと見上げれば、空の様子も目に入る。
 水面を溶かし込んだような青空に、綿毛のような雲がゆっくりと流れていく。清夏の空だ。
 雲は厚くその白さを濃くし、空の青との対比に花の山吹色が加われば、そのまばゆさに目をすがめるほどだった。

「イオリ見よ! この大きさを! なんとも生命力にあふれた迫力のある花ではないか! こいつはよい! よいな!!」
「いや、しかしこれはなんとも大きく……育て方を間違えたか?」

 伊織はしきりに首をひねるも、セイバーはおかまいなしに花の周りをうろうろとしては、感嘆の声をあげている。
 初めて見る大輪の花とその高さを、つぶさに記憶せんとすばかりである。

 その楽しげな様子を目で追うと、ふとセイバーと目があった。セイバーはそのまま花を見ては葉をさわりと、やりたいことに戻っていく。
 だが伊織はその目を見たとたん、確かめたいことができてしまった。

「セイバー、こっちへ来てくれ」

 手招きをしてそう呼ぶと、なにごとかとセイバーがやってくる。
 花の前に立たせてみたが、どうにもうまく比べられない。

「なんだ?」
「ふむ。セイバー、ちょっと抱えるぞ」

 そう断りを入れると腰を落とした。
 セイバーの足の付け根を両腕で抱えこみ、掛け声とともに勢いよく立ち上がる。

「うわっ! イオリ! おい!?」
「おっと。セイバー、少し体を離してくれ。これでは前が見えん」

 いきなり抱え上げられたセイバーは抗議の声をあげ、落とされないよう伊織の頭にしがみつく。
 おかげで伊織の頭はセイバーの袖で隠れてしまい、これでは見えぬと、離れてくれるよう願った。
 離れてゆくセイバーの温みを惜しみつつ、伊織はここで、セイバーの顔を花とを見比べることができたのだ。

 花のそばにセイバーの顔がある。
 金茶色の双眸が瞬き、伊織をなにごとかと見下ろしている。
 明るい陽の もとで見るその目は、金色に煌めいていた。瞳の中心に向かって色は濃くなり茶の色を増してゆくものの、色はけっして濁らない。
 まるでそこへと、光のすべてを収集していくようで――

「ああ、やっぱり。この花とおまえのは似ているな」

 月の冴えすら凌駕する、かような剣を振るいしセイバーなれど、陽のもとの瞳はなんと命の輝きに満ちていることか。
 伊織はここに、琥珀の瞳に新たな一面を見出したのだ。

 セイバーを抱え上げながら、伊織は白い歯を見せて笑った。
 晴れわたり雲ひとつない青い空を彷彿させる、屈託のない笑みを浮かべたのだ。

 セイバーはそんな伊織を見下ろして、なにも云えなくなってしまった。
 宮本伊織は、思いのほか様々な顔を見せる。
 セイバーもかたわらで、あれやこれやと見聞きしてきた。けれど、此度の笑顔には咄嗟に言の葉が出てこなかったのだ。
 重い前髪からのぞく目は楽しげに瞬き見開かれ、深藍ふかあい色の瞳は好奇の光をたたえている。素敵なものを見つけ喜びに弾んだ目だ。
 
 きみののほうがよっぽどと、セイバーは胸の内でこぼした。
 だいたいこんな、宝物を見つけた童のような顔を向けられるなんて。

(まったく、なんて顔をしているんだ、きみは)

 腹に一物抱えたこの男に、一時いっときでもこんな顔をさせられるならいくらでもと、身を投げ出したくなってしまう。

「きみはまたそういうことを云う。おい、ほかでもそんなことを云っているのではあるまいな?」
「どういうことだ?」
「そういうことを云うと、あらぬ誤解を招きかねんということだ」
「よくわからん。誤解されるのか?」
「ああもうよい! いいからこのまま歩き出せ」
 
 セイバーは伊織の肩をばしりと叩くと、歩くように言い募る。
 その剣幕に押されるまま、伊織はセイバーを抱えて歩き始めた。
 
「ほぉー、これはなかなか楽しいものだ。背丈の高い者には世の中がこう見えておるのだな。うむ、吹く風も心地よい」
 
 花の周りであったり長屋の棟の周りであったりを、セイバーを抱えてうろうろと歩いてゆく。
 担ぎ上げながら伊織は、カヤにもかようなことねだられたと思い出した。
 なるほどこれは、幼子にやる『高い高い』というやつだ。
 しかしいま抱え上げるは年のころはほぼ成人の、人の身体を持つ者である。
 ひととおり周ったあたりで、ついに伊織は音をあげた。
 
「セイバー、そろそろ下ろしてもいいか? さすがに重い」
 
 見れば首やこめかみからは汗が滴っている。
 天気のよい夏の日に、人を抱えて歩けばさもあらんというものだ。
 
「はははは! 鋼の剣を2本振り回しているきみでも流石に厳しいか。うむ、下りはするがしばし待て」
 
 セイバーはそう云うと伊織に向き合い、目を瞑るようにうながした。
 
「目を? こうか?」
「よいか、絶対に目を開けるでないぞ」
 
 そうつぐると伊織の頬に両手をそえる。

「開けるなよ、絶対にだぞ」
「わかったわかった。開けないから疾くしてくれ」
 
 度重なる念押しにかまうことなくセイバーを急かした。とにかく重いし暑かったのだ。
  
 するとセイバーの翠髪から香る、竹林にも似た清々しい匂いが鼻を掠めるではないか。
 そう感じたとたん唇に、ふに、となにかが押し当てられる。
 柔らかな感触を伊織に残したそれは、なにかを思ういとまもなく離れてしまう。

 伊織は、今の柔らかなものがなにであったのか、とてつもない早さで理解した。理解したがゆえに信じられなかったのだ。
 
 セイバーから口づけてもらえるなんて。
 
 目を開ければそこには、己を見据えるセイバーが見えた。
 先ほどまでは涼しげな様子だったその顔は火照り、汗をかき、耳まで赤い。
 ともすればいつものように俯き目を逸らしそうではあるのだが、そこをこらえるように眼差しを向けてくる。
  
「その、私も頑張ってみたのだ! あれだ、あれ! 仲を進めると約束したからな!」
 
 どうだ! とやけくそ気味にしでかしたとことの由を云う。
 セイバーとて生前は妻帯の身。だのにこの男相手には、どうにも調子が出ないでいる。
 それを待つと、この男は云ったのだ。そして自分は努力をすると答えた。
 だからそう、してくれるのを待つばかりでなく自分から、口を吸うてもよかろうと、少しばかり努力した結果がこれである。
 
「セイバー」
「なんだ!!??」
 
 行きかがり上、噛みつかんばかりに答えを返してしまったが、対する伊織は怖いくらいに表情がない。
 これはどういう反応だとよくよく様子を伺えば――
 
「セイバー、今のをもう一度頼む」
 
などと云い出したではないか。
 
「だっ、駄目だ駄目だ! さっきの一度だけだからな!」
「そこをなんとか」 
「やらん!」
「後生だから。頼む、セイバー」
 
 これにはセイバーも面食らい、慌てて拒絶を返した。だが思いのほか伊織がしつこい。
 さすがこうと決めたら動かない男、などと感心している場合ではなくなった。ここをなんとか切り抜けねば、再び口づけせねばならなくなる。
 このまま再度口づけすれば、触れ合うだけではすまされないと、そんな思いも頭をかすめた。
 そしてセイバーは気づいてしまった。先ほどから伊織の腕に、次第に力が入っていくことに。
 
「イオリきみ!? さてはこのまま下ろさないつもりか!?」
「どうかな? いや下ろすぞ。下ろすとも」
 
 そうと云いながらもさっぱり下ろす気配がない。
 先ほどまでは重い重いとぼやいていたくせに、今は疲れなんぞ知らぬように抱き上げられている。
 そして下ろさないままセイバーを、上目遣いにひたと見つめたまま一向に視線を逸らさない。
 いつもなら見上げる立場のセイバーには、これがどうしてなかなか効いた。
 
(ぐぬ……またこういう顔を!)
 
 先に目を逸らしたほうが負け、という予感があった。
 ゆえに負けじと、セイバーもじっと見つめ返すのだが……
 
――ん?」
 
 伊織が首を傾げた。
 こてん、と傾げる音すら聞こえてきそうな仕草である。
 セイバーがこの要求に答えぬことなどありはしない、迷うことなどどこにある、と云わんばかりのこの態度。
 
(こ、この男!!)

「きみ、さてはわかってやってるだろう!? きみってやつは、本当に! 本当に!!」
 
 セイバーの大きな怨嗟の声があがるも、それを聞くのは、咲いた花と空ばかり。
 此度の幽霊長屋の攻防戦がいかな結末を迎えたのか、ことの仔細はどこにも記されていないという。