ふみかぜ@壁打ち
2024-07-28 22:46:29
9791文字
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【嘘ドラロナ】ささやかな甘味と日記書く指先【webオンリー展示再録】

嘘ドラロナWebオンリー『常夜の月は夜明けの夢を見るか』展示小説の再録です。(クロスフォリオでも引き続き同一の内容を公開しています)
ほのぼの寄りでシリアス薄め、CP要素は匂わす程度です。
1ページ目:束の間の休息にて、ドがおやつを作ったりロが日記を書いたりする話。
2ページ目:何やかんや上手くいったXX年後、ドがインタビューに答えたりロがご飯を食べたりする話です。ご都合主義OKな人向け。


 ――そのインタビューは、20XX年X月X日、新横浜某所にあるオフィスビルの一室にて収録された。
「と、そんな感じで彼は日記を残しておりました。もちろん状況が状況ですからあの事務所を放棄する際にパソコンの所在も不明となっていたのですが……出版社に転身したオータムがどこから見つけ出したのか、パソコンと復元したデータを持ってきましてね。そこからロナルド君の作家業が始まったという訳ですな」
 吸血鬼らしい西洋の貴族服を着た痩躯の男が微笑み、低反発のクッションが敷かれたパイプ椅子に腰かけたまま記者の質問に回答していく。
「ええ、私も喜んで監修を引き受けましたよ。当時の記録を残しておくことは我々吸血鬼にとっても人間諸君らにとっても非常に有用だと思いましたし……何より、彼との凄絶で飽きる暇もない日々を後世の者たちが知らずにいるのは勿体ない」
 言いながら、男は己の胸に右の掌を当てる。記者が手にするカメラが、衣服に隠された影――心臓だけを綺麗に摘出したような形の空洞――へピントを合わせた。
「そろそろ締めですかな? えー、さて。皆さんに長らくご愛読頂いた『ロナルドウォー戦記』もいよいよ最終章となります。ロンドンから新横浜へ舞い戻った退治人ロナルドと”竜大公”の決着は如何に……まぁ、この作品はノンフィクションなので結末は多くの方が知る通りになりますが。どうかロナルド君が文章に込めた想い、諸君らに少しでも届けば彼も浮かばれることでしょう。どうか、最後の一文までお見逃しなく」
 最後に男が宣伝メッセージを告げたところで、インタビューの全予定が終了する。立ち上がり、この場にいるスタッフに挨拶と労いの言葉をかけて部屋を辞そうとする男を、インタビューの進行を勤めていた記者が呼び止めた。
「おや、どうかしましたかな? 何か聞き損ねたことでも、」
 次いで投げかけられた言葉に男は僅かに目を瞠り、直後に柔和に細めて唇を意味深な笑みの形へ変える。
「退治人ロナルドは今どこに、ですか……言われてみれば、彼が表舞台から姿を消してそれなりに時間が経ちましたね」
 ひい、ふう、みい、と指折り数えて男は天井を仰ぐ。「三十年、いやもっとか」と軽く呟いた男は、神妙な表情を浮かべている周囲に対して、場違いな程に明るい笑顔を見せた。
「なぁに、今も何処かで人助けでもしているのでしょう。彼の新作が世に出される日も、そう遠くないかもしれませんなぁ?」

 人類が夜明けを迎えて数十年が過ぎた今も、あの頃の名残や戦いの傷跡は日本列島の各所に残されていた。例として、吸血鬼の支配から逃れた人間たちが作った避難シェルターが挙げられる。吸血鬼の破壊行動に耐えられるように頑丈で食料の貯蔵にも適した施設は、今では災害時の避難所として使われたり、はたまた存在を忘れられたまま放置されていたりと、それぞれ明暗分かれる余生を送っていた。
 埼玉県伊奈架町の郊外に広がる森林にも、存在が忘れかけられた類のシェルターが残されている。新横浜から電車を乗り継ぎ移動した吸血鬼ドラルクは、日付が変わった頃にそこへ到着した。ドアのダイアルロックを慣れた手つきで解錠した彼は、マントを翻し颯爽とした足取りで中へ入っていく。
 かつて数十人が生活していたシェルターを使う者は、現在は数えるほどしかいない。その数少ない者であるジョンとメビヤツは、近所の人間と吸血鬼の交流イベントにゲストとして呼ばれ、今晩は留守にしていた。
 シェルターの地下一階に並んだ部屋のうち、一番奥に設けられた部屋の扉を開ける。ほとんど物が置かれていない空間の中、隅に設置された折りたたみ式ベッドに横たわっている男がいた。寝ている内に癖がついた銀色の髪が、電気を点けずとも吸血鬼の視界には明るく映っている。装備を外し、着古したジャージを寝衣にして目を閉じている姿は、昔と比べて随分とリラックスした様子であるものだ。十分な食事を摂れるようになって肉付きもかなり良くなっている。寝息に合わせて上下する胸板に手を添えると、自分が与えた心臓の鼓動が伝わってきて自然と笑みが浮かんだ。
「ロナルド君」
 ベッドの傍に立ったドラルクは男の名前を呼び、銀色の髪を手櫛で梳く。寝汗で額に貼りついた前髪を上げてキスを落とすと、閉じられた瞼がぴくりと震え、やがて静かに男の目が開いた。
 混じりけのない青色の虹彩。かつて大戦前を知る老人が「我らが失った空の色」と称した理由が、夜と昼のサイクルが廻るようになった今は分かる気がする。
「ん……ドラ、ルク?」
「おはよう。いい夜だね」
「おぅ……おはよう」
 上体を起こして欠伸を漏らしたロナルドは、軽く腕と背を伸ばして眠気を散らすとすっくと立ち上がる。壁に掛けたハンガーに干してある赤い退治人衣装に着替える様子を一瞥した後、ドラルクは彼が立ち上がった拍子に床へ落ちた毛布をベッドに戻しておいた。
「調子はいかがかな? 今日は昼に起きている気配がしたが」
「あー、特に問題ないぜ。冷蔵庫の作り置きもちゃんと食べた」
「ほほう、それは何より。今はどうだね、何か食べたいものは?」
「へ、あぁ、そうだな……オムライスとか、バナナフリッター、とか?」
「起きて早々食欲旺盛で何よりだ。ふむ、チキンライスの冷凍がまだあったな。少しだけ待っていたまえ」
「おう……ありがとよ」
 一階へ移動してシンプルなキッチンスペースに移動し、ドラルクが冷蔵庫から卵や牛乳といった材料を取り出し調理を開始する。ロナルドはテーブルの席に着くと、最近持ち込んだポータブルテレビのスイッチを入れた。ニュースのレポーターが太陽の光射す空の下、最近トレンドとなっているスイーツを紹介している映像が流れている。
「そういや、昼の間にお前のインタビュー記事を見たんだけどよ。何だよ最後の」
「うん? 何だ、とは?」
「とぼけんなよアホ。なーにが、新作が世に出される日もそう遠くない、だ。予定もないのに、勝手に煽りやがって……
「当たらずとも遠からずだろう? フクマさんからも完結後の新展開を提案されていたではないか」
「まだ引き受けるとは言ってねぇよ! なのにあんなこと言われちまったら、やるしかなくなっちまうだろうが……!」
 心底参った様子で頭を抱えるロナルドの姿を見て、ドラルクが軽い調子で笑う。フライパンの上に広げられた卵液が、熱で小気味よい音を立てていた。
「私は悪くないと思うがね。この機会に合わせて、ロナルド君も顔出し解禁すればいいじゃないか」
……気軽に言うよな、吸血鬼」
 テーブルに頬杖をつき、呆れたような顔で溜め息を吐くロナルド。表情こそ険が取れているが、その精悍な顔立ちも青い目もピアスを片方に装着した丸みのある耳も、吸血鬼の天敵たる象徴に相応しい銀の髪も、永遠に夜が続いた当時と決して変わるところがなかった。
◆◆
 ――そう、何も変わっていない。それこそがロナルドが戦いが終わった後、『ロナ戦』の初版が発売されて間もなく世間から姿を消した最大の理由だった。
 命をドラルクの心臓で繋いでいることを除き、ロナルドの身体は人間と評して差し支えないものだ。銀に触れたりニンニクを食してもダメージを受けることがないし、真昼のよく晴れた空の下で歩いても多少肌が日焼けする程度。血液を栄養として欲することはなく、米や肉に野菜といった食材を糧としている。
 しかし、一点。ロナルドの見目が戦いの当時と変わりない、二十代前半の青年の姿である点が最大の問題だった。
 見た目も内側の骨肉や臓器も老化しないというのは、人間としては有り得ない異常現象だ。ロナルドも自身の変化のなさに危機感を覚え、然るべき施設で検査を受けたが、「吸血鬼化の兆候なし、人間のまま老化が止まっているが原因は不明」という頭の痛い結果が得られるのみだった。
……まだ、悲観しているかね?」
「今はそうでもねぇよ。吸血鬼と契約した時点でどうなってもいいって覚悟してたし……ただ、思ったより長生きしてることに戸惑ってるだけだ」
 ――高等吸血鬼の血液には、別種の生物との契約時に飲ませて使い魔化させる力が宿っている。決して主従の契りではないものの契約を交わし、ドラルクの心臓で全身に血を循環させ続けたロナルドが吸血鬼と命と時間を共有する身体に変じた可能性は、決して否定できなかった。
 吸血鬼から昼の世界を取り戻した退治人の一人が、吸血鬼の使い魔に等しい存在に成り果てた。その事実を人々がどのように受け止めるかを恐れ、退治人ロナルドは表舞台から姿を消した。今は過激思想の吸血鬼を密かに退治する傍ら、日本各所のシェルターを転々とする生活を送っているのである。
 現代は少しずつ、人間と吸血鬼に深く刻まれた溝は埋まりつつある。吸血鬼の戸籍や転化に関する法制度も段々と改善され、異なる種族が共生する環境が整えられつつあった。
 もしもロナルドが今の姿を世間に晒したら、この良き変化に水を差してしまわないだろうか。そんな不安がずっと付き纏い、何十年もの間この隠遁生活を続けている。ドラルクたちを自分のエゴに付き合わせているのは申し訳なく思うが……
「まぁ、本当にどうするかはロナルド君次第さ」
 そんな言葉と共に、大きなオムライスが乗せられた皿がテーブルへ置かれる。固めに焼かれた卵と前衛的な模様を描くケチャップの香りが食欲を誘う。次いで置かれたバナナフリッターも、綺麗に揚げられたバナナに粉砂糖とチョコソースがかかって美味しそうだ。
「君を舞台へ引き上げて我々の偉業を言い触らして回るのも実に面白いだろうが、私は誰にも縛られず好きに趣味を楽しめる今の生活が気に入ってるよ。君も同じならば、まず目の前の美味しい料理を食べることに喜ぶがいい」
……そうだな。いただきます」
 頷き、スプーンを手に取りオムライスを食べ始める。かつては滅多に口にすることが叶わなかった料理が、誰の襲撃を警戒することもなく日常的に食べられるようになった幸福を、今日もまた噛み締める。
 絶望を越え、戦いが終わった後も、きっと目の前の吸血鬼が真に死ぬ時までロナルドの人生は続くのだろう。
 それが、誰に語られることなく自分たちの中に葬られていくとしても。