ふみかぜ@壁打ち
2024-07-28 22:46:29
9791文字
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【嘘ドラロナ】ささやかな甘味と日記書く指先【webオンリー展示再録】

嘘ドラロナWebオンリー『常夜の月は夜明けの夢を見るか』展示小説の再録です。(クロスフォリオでも引き続き同一の内容を公開しています)
ほのぼの寄りでシリアス薄め、CP要素は匂わす程度です。
1ページ目:束の間の休息にて、ドがおやつを作ったりロが日記を書いたりする話。
2ページ目:何やかんや上手くいったXX年後、ドがインタビューに答えたりロがご飯を食べたりする話です。ご都合主義OKな人向け。

 時は牛の四刻。正午を過ぎて間もなく、未だ太陽が上っている筈の日本列島の空は吸血鬼が拡げた夜のヴェールに覆い尽くされ、丑三つ時と変わらぬ暗闇で塗り潰されていた。
 新横浜にある廃ビルのとある階、人間達の駆け込み寺であり吸血鬼にとって目の敵に等しい吸血鬼退治事務所のドア前。左手でノブを掴み、右手に拳銃を構えた赤い服の男が、ゆっくりと扉を開ける。彼は周囲の気配を慎重に探り、いつ給電が止まるかも分からない電気のスイッチを入れた。
――、」
 ちかちかと明滅し、何とか無事に点いた天井の明かりで照らされた事務所の中を人間の青年がぐるりと回っていく。そのすぐ後ろ、顔を覆う髪から大きな片目だけ覗かせた小さな人型メビヤツがついて行き、次いで両腕にアルマジロを抱いた痩躯の吸血鬼が数歩分だけ空けて続く。
 事務所スペースの応接テーブルから事務作業用のデスク、居住スペースのリビングからキッチン、予備室、トイレにバスルームまで一通りチェックした青年は、小さく息を吐いて銃口を下ろした。
……ひとまず、大丈夫そうだな」
 振り返った青年の背後、天井を眺めていた吸血鬼も軽い頷きを返す。
「うむ、同胞が隠れ潜んでいる様子もない。ロナルド君、今の内に一息入れようではないか」
「ヌー」
 細い腕に抱えられていたアルマジロが明るい声で同意する。それを見て、硬い表情をしていたロナルド青年の目元がいくらか和らぐ。彼は拳銃を一旦ホルスターに入れると、隣に立つメビヤツの頭を優しく撫でた。
「だな、少し休もう。ドラルク、俺は装備のメンテしてるから何かあったら呼べよ」
 そう言ってメビヤツを伴い、事務所スペースへ引き返す退治人ロナルド。対して吸血鬼ドラルクは僅かに眉を顰めたが、軽く肩を竦めるに留めてキッチンへ向かうことにした。

「やれやれ、休むと言いつつ戦闘準備とは。困った人間だねぇジョン」
「ヌー……
 事務所側の方を見てアルマジロのジョンが心配そうに鳴く。そんな優しい使い魔の甲羅を優しく撫でながら、ドラルクは小さく笑んだ。
「まぁ彼はさておき、我々は気分転換に料理を楽しもうではないか。ちょうど良いものを貰ったことだしね」
「ヌン!」
 ついさっき下等吸血鬼掃討の謝礼に頂いたリンゴ一個とサツマイモ一個を調理台に置き、何を作ろうか考えを巡らせる。吸血鬼の支配に抗う人間たちは食材の確保に難儀しており、この事務所にも十分な蓄えがあるとはいえない。今回貰い受けた物もジョンやロナルドらにとって貴重な栄養源だ、無駄にせず調理したいところである。
「ふーむ、砂糖はまだ余裕があるしガスも生きている。ここはシンプルに煮るとするか」
 リンゴの皮を剥き、くし形にしてから銀杏切りする。サツマイモの皮は残し、そのまま輪切りにして水にさらす。後は鍋に水を入れて適量の砂糖を溶かし、リンゴとサツマイモを入れてガスコンロの火にかけるだけ。十五分もあれば完成するだろう。
 沸騰してきたところで中火から弱火に切り替え、鍋に蓋をして暫く待つ。その間に一回り小さな鍋を隣のコンロに置き、一パック分の牛乳を弱火で温めておいた。
 リンゴとサツマイモの甘煮にホットミルク。本当ならもっと品数を増やしたり凝ったものを作りたいところだが、資源に限りがある現状はこんなものだろう。
――よし」
 丁度良い頃合いで火を止め、甘煮を大きめの皿に盛ってホットミルクをマグカップ四個に注ぎ入れる。
「ヌヌヌヌヌヌ」
「あぁ、ありがとうジョン」
 ジョンが持ってきてくれた御盆に出来上がったものを乗せ、事務所スペースへ向かう。ドアを開けると、応接用のソファに座り、テーブルに敷いた新聞紙の上で拳銃やナイフ等を手入れしているロナルド、ドアの前に立って警戒の態勢を取っているメビヤツの姿があった。
「ほら諸君、いい加減息抜きしたまえ。ロナルド君は迅速にそこを片づけるように」
「あ? ん……何かいい匂いがする」
 怪訝そうに顔を上げたロナルドが、吸血鬼の手に持つものを見て虚を突かれたように瞬きする。こちらが声をかける直前まで作業に勤しんでいた手が止まっている隙を逃さず、足早に傍に寄ったドラルクは甘煮を見せつけながら言葉を重ねた。
「町を駆けずり回って、流石に腹も空いたことだろう? さぁさぁ、食物繊維とカルシウムを美味しく摂るがいい」
 手を洗ってくるように促し、テーブルに並べられた武器類を端に除けていく。ドラルクの有無を言わせない行動に渋い顔をしたロナルドだが、一緒に食べようと誘うジョンに負けて腰を上げた。メビヤツを手招きしてリビングの奥へ引っ込む彼を見送り、甘煮を盛った皿とフォーク、ホットミルクの入ったマグカップをテーブルにセッティングしてソファへ着席する。小柄なジョンはテーブルの上に乗り、行儀良く二本足で立ってロナルドたちを待った。
 間もなく戻ってきた二人が腰を下ろしたのを見て、真っ先にフォークを持ったジョンが合図をする。
「ヌヌヌイヌン!」
「っと、いただきます」
……!」
「うむ、どうぞ召し上がれ」
 砂糖で煮込まれ艶がかったリンゴの銀杏切りをフォークで刺したジョンが、まずは一口。
「ヌー、ヌイシー!」
 可愛らしく喜びの声を上げ、続いてサツマイモの輪切りを取るアルマジロ。その様子を見て、ロナルドもそろそろとリンゴの一欠片を確保し、口に放り込んだ。じっくり、味を確かめるように噛み、飲み込んで小さく息を吐く。
「美味い、な」
 感慨深げに呟いたロナルドの隣、サツマイモを少しばかり囓ったメビヤツも大きな片目を瞬きして頷いてみせた。
――、」
「メビヤツも美味しいってさ」
「それは何より。日持ちはせんからしっかり食べ切るようにね」
……おう」
 ロナルドはぎこちなく頷いた後、遠慮がなくなってきた様子で甘煮を食べ続ける。ドラルクは上がる口角をマグカップでさり気なく隠しつつ、青年の綻んだ顔を眺めていた。日頃肩肘を張っている人間が、ドラルクの作った料理で緩んだ表情を見せるというのは悪くない気分だ。外に出ている間は仲間や自分自身を鼓舞するため、あるいは人々を励ますために精一杯の笑顔を作るばかりの――そういうところも、全く好ましくないといえば嘘になるが――ロナルドが、こうして拠点で束の間の休息を取っている中で自然な笑みを浮かべた時。自分の中に形容し難い、強いて言えば畏怖欲が満たされるような充足感が湧き上がってくるのをドラルクは自覚しつつあった。
 果たして、喉元までせり上がる、ホットミルク一杯では飲み下せそうにない感情の正体は何なのか。いくつか導き出せる回答は有していたが、当面の間ドラルクにそれを言語化する気はない。
 ――仮に。全てが決着した先で尚、ドラルクの隣にロナルドが立っていたら。その時の自分は言葉にしてみせるのだろうか。
「ヌイヌヌヌヌ!」
「ごちそうさま」
「、――――
「はい、御粗末様」
 でもまぁ、今は空になった皿に手を合わせて「美味かった」と笑う姿を見るだけで十分だろう。お楽しみは、いつかの明るい未来に取っておこうではないか。
◇◇
 ささやかな食事会を終えた事務所には飾り気のないワークデスクが入り口と向かい側の、ブラインドに覆われた窓を背にした位置に置かれている。
「んん……
 静かになった部屋でデスクに着いたロナルドは神妙な顔で、世代が十年ほど古いノートパソコンと向き合っていた。カタカタ、カタと黒い手袋に覆われた指が硬いキーボードを叩く。元から入っているメモ帳ソフトに文字を打ち込んでは消し、一文を書いては句読点を付ける前にまた消す。一見して無意味にも思える、実のところ彼自身にも意味があるのか分かりかねる行動を繰り返していると、リビングに通じる扉が軋んだ音を立てながら開いた。
「やぁやぁロナルド先生、進捗いかがですかな?」
「死ね」
 食器を片づけにキッチンへ行っていたドラルクが戻って来るや否や投げてきた冷やかしの言葉に、反射的に悪態を返す。進捗、という言葉を聞くと全身に怖気が走る感じがするのは何故なのだろうか。別にロナルドは作家活動などやっていないというのに。
「ジョンとメビヤツは?」
「向こうで眠っているよ。メビヤツは渋っていたが、ジョンが寝かしつけてやっと目を閉じてくれた」
「そうか……
 小柄な身体で物言わずロナルドたちを守ろうとしてくれる騎士を思い、そっと息を吐く。ビームを何度か撃たせた分だけ消耗しているだろうし、今だけでも休んでもらいたい。
「君も早いところ向こうのソファで横になりたまえ。その間、特別にこの私が見張ってやろうではないか」
「雑魚の見張りなんて何の役にも立たないだろ」
「ふふん、見くびって貰っては困るな。私ほどの弱さともなれば、何か少しでも気になることがあれば即座に君を揺り起こして盾にすることに躊躇しないぞ」
「胸を張って言うことかよ」
 こちらの嘲りを込めた視線など意に介さない様子でデスクの傍へやってきた吸血鬼は、無遠慮にパソコンの画面を覗こうとしてくる。
「おい見んな」
「いいじゃないか、減るものではないし。希少な読者は尊重したまえよ」
「俺は作家じゃねぇし書いてるのは小説じゃねぇし、別に読んでくれと頼んだ覚えもねぇ、よ!」
 乱暴にノートパソコンを閉じれば、その音に驚いたようでドラルクの耳の先が塵と化す。そのまま砂山になることはなかったが、ついさっき宣言した通りの脆弱さにロナルドは思わず息を吐いた。やっぱりこいつに見張り番など無理だろ。仮眠を取るにしても、せめてジョンたちが起きてからにしよう。
「あー死ぬかと思った。ロナルド君、精密機械を乱暴に扱うんじゃないよ。同胞の手が入っておらずツクモ化もしていないパソコンなんて、次にいつ手に入るか分からないだろう?」
「うっ、わーってるよ……くそ」
 そもそも覗き見しようとしたのが悪いのではないか。パソコンに申し訳ない気分になりながらも釈然としないロナルドの背後で、窓にかかったブラインドの隙間から星空を一瞥したドラルクが「それにしても」と話の矛先を変えた。
「ロナルド君、意外と続けているんだな」
「あ? 何がだよ」
「それだよ」
 ぴんと右手の人差し指を立てたドラルクが、ロナルドの腕の下にあるノートパソコンを指す。
「日記。毎日ではないにしろ、ここで時間を取れた際は何かしら書いているよね」
……まぁ、な」
「しかも物語調に書き上げ、中々読ませる文章に仕上げている。筆が遅いのが玉にキズだが」
「るっせぇ。勝手に見やがって……
「パスワードを安易な並びにする方が問題だと思うがね? 誕生日とか靴のサイズとか、文字にしたかと思えば最近食べたレーションの味にしたりとか。これじゃあ、私としても破り甲斐がないというものだ」
「死んどけ」
 舌打ちし、今日中にパスワードを考えられる限り複雑なものに変更することを決意する。こちらの機嫌が右肩下がりなのをさして気にした様子がない吸血鬼は忍び笑いしながら軽い足取りで歩き、応接用のソファへ腰を下ろした。
「まぁまぁ、私は嬉しいのだよ。環境のせいもあるだろうが、どうもロナルド君は吸血鬼退治以外のことにとんと時間を使おうとしないから。趣味なり日課なり、日常的な行いを続けることは喜ばしい」
「日常的、ねぇ……
 自分を取り巻く世界が残酷な非日常に変わり果てて随分と経つ現在、何とも空々しい響きを持つ単語だ。それでも珍しくドラルクが揶揄を含まない口振りで楽しそうに言うものだから、ロナルドも虚勢を張ったり卑屈な言葉を返すのを躊躇ってしまう。十秒近く沈黙した後、ぽろりと口から出てきたのは誰に言うつもりもなかった話だった。
「俺なりに……何か、残したいと思って」
「ほう?」
「いつか、いつか今の世界が変わって、また夜が明けるようになった時……出会った人たち、吸血鬼たちが確かに生きていたことを知って欲しい。未来で、これを読む誰かが何の気兼ねなく楽しめる世の中になって欲しい。だから……続けられているんだと、思う」
「やっぱり読んで欲しいんじゃないか」
「お前にではねぇよ」
「やれやれ、素直でないな。……ふふ」
 立ち上がったドラルクが再びロナルドの傍までやって来る。意外なほど穏やかな笑みを見せた吸血鬼は、白い手袋を嵌めた骨張った掌でロナルドの手の甲を掬い上げ、黒い手袋越しに指の腹へ口づける。
「ならばロナルド君、夜が明けるまで死ぬまいな。そこに書き連ねたデータを印刷して本にし、店頭で平積みにしたいのだろう?」
……そ、こまで高望みはしてねーよ。元から死ぬつもりもない」
「ならさっさと寝ろ。うっかり過労死でもしたら目も当てられん」
「っ……わかったよ」
 額を人差し指でとんとんと突っつかれ、鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような顔をしたロナルドは知らず詰めていた息を吐き出す。ドラルクは戦闘能力こそ皆無だが洞察力は認めるところもある高等吸血鬼だ。何かあった時に迷わず自分を起こすなら、少しの間だけ番を任せてもいいだろう。
 リビングへ通じる扉のノブを掴んだところで、ふと思い立って背後の吸血鬼を見遣る。
……なぁ、ドラルク」
「うん?」
「本にするなら、お前も手伝えよ。そっちにしか分からないことだってあるだろ」
――うむ、よかろう! このドラルクの記憶と知性を拝借すること、光栄に思い五億年感謝するがいい」
「やっぱいらねぇや」
 そんな他愛ない遣り取りをしながら、彼らは一時、心身を休めていく。
 再び戦場へ赴き、絶望を乗り越えるために。