【化菫】包み隠していた幼さ

ふせったーで書いたのをやや清書した化野くんがようやく念願を叶えたのも束の間、菫子さんに見せたくなかった面を晒してしまいしょんぼりしょぼぬんするもタダでは起きない、なんかノリと勢いのやつなお話。
※裸(広義)描写がありますがナニはないです。
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他愛のない会話を交わし、ユニットバスの縁に腰掛けさせた菫子さんを見上げる。
浴槽内に膝を付き漸く頭の天辺から爪先まで僕の手によって洗われた姿に口角が無意識に上がる。この日をどれだけ待ち侘びていたか。弾力のある太腿を撫ぜ、ふくらはぎ、足首に踝と、最後は丸く可愛らしい爪が並ぶ足の指一本一本を残さず白い泡を纏わせた。
既に洗い終わっている箇所を隠すようむっちりとした太腿を閉じている菫子さんの顔からありありと滲む、死ぬほど恥ずかしいが我慢しているのが其れは其れは健気でたまらない。何か言いたげにもごもごするへの字口、眉間に皺を寄せ紅潮した顔を逸らし、睫毛が震えるほど固く目を瞑っている。
五感の内何かひとつを無くせば、その分他が補うべく敏感になるというのに──、見ないでやり過ごすそんな子供騙しに頼るなんて土台無茶な話ですよ。

「終わったか?」

訊ねる声音も何処か幼さを感じる。
やおら腰を上げた気配を察した菫子さんが上目遣いで僕を見上げ、濃い紅茶色の瞳に映り込む自分の姿はこれ以上ないくらい満足げなものだった。

「無事滞りなく」

そうか。小さく安堵に彩られた菫子さんの言葉は、やっとこの緊張感から解放されると物語っていた。
縁に置き物と化していた手が緩んだのを見計らい、先程まで彼女の身体を泡だらけにしていたボディースポンジを握らせる。
菫子さんの意思に関係なくスポンジを握らせた手を両手で包み込み動かせば、彼女の顔と目線がそれを追うように動いた。

「では、今度はあなたが僕の身体を洗って下さい」

何かが終われば何かが始まる。ひとつ満たされれば新しい飢えが産まれる。
ソープ塗れの肌同士が触れ擦れあう音色の官能さ。泡沫が弾ける繊細な声を際立たせる初心な反応。力加減を間違えれば呆気なくぬるりと逃げてしまう柔い手を握り続ける。
スポンジ越しに僕の胸元を触れさせた途端、菫子さんの火照りが首元から肩にまで範囲を拡大させた。
驚きと戸惑いが入り混じった菫子さんの目が湿った熱で揺れ動き、反射的に僕の身体を押したのはいいものの泡で滑り逆に彼女の身体が仰け反ってしまった。
ユニットバスを隔てるカーテンが豪快に巻き込まれ数個留め具が外れる音と共に菫子さんの悲鳴が狭い浴室内に木霊した。

「菫子さんッ!!」

バランスを崩し浴槽の外に倒れ込む彼女を庇う。大きな音を立て二人揃って冷たいタイル床に伏し、僕の手が名誉の負傷負ったが菫子さんの後頭部に大きなたんこぶをこさえる事態は免れた。
心底胸をなで下ろした僕は身を起こすなり息を飲み込んだ。眼下に広がる一糸纏わぬ菫子さんの艶やかな肉体。視覚はおろか今し方まで手で触れ確かめた肉厚の感触が意図的に押し殺していた感情を呼び起こす。
未だ意識が朦朧としている彼女の目は虚ろ、やおら此方を見遣る眼差しの色気に鼓動が大きく高鳴った。馬乗り状態で指先に決して乗せてはならない潤いを帯びた熱を宿らせ彼女の首筋をなぞった。なぞってしまったのだ。
刹那、その熱の意味を知った菫子さんの目に生気が戻り弾けたように僕の下から抜け出した。あれだけ硬く蓋を閉め諭されぬようにしていたのにこのザマ。自分の詰めの甘さを嘆こうが時間は戻らない。
折角警戒心を解きに解いたのにこれでは前の関係に戻るどころかそれ以上に後退してしまう。

「ま、待って下さい!」

泡だらけの身体のまま浴室を後にする菫子さんの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
失望と恐怖。信じていた者に裏切られた悲しみに塗れた顔。
違う、違うんです。本当はもっと心を通わせてしたかったんです。大切に育みたかったんです。
脆弱すぎる身体を引き摺ってドアを開ければ、泡を拭かずに服を急いで着た菫子さんが前を横切ろうとしていた。

「どこ行くんですか?!」
「明日の朝には帰ってくる。君は一晩私の家に泊ってていい」

機械音声染みた冷たい声色。目も合わせてくれない彼女の腰元にみっともなく濡れた身体で抱き着き行く手を阻んだ。
頭蓋奥に犇く言葉の数々。まず無礼を詫び、謝罪の言葉を紡ぎ、土下座して、それからそれから。



「い、やだぁ。独りにしないで……

こんな時に限って頭も口も回らない。結果、頑なに見せたくなかった脆い部分を晒してしまった。どれだけ情けなくても、──決して見せたくなかった子供と揶揄される部分を彼女の前で見せてしまった。
置いて行かれたくない。突き放されたくない。必要とされない恐怖に心が慟哭する。

「──そんな声を出さないでくれ」

今度は逆に僕が菫子さんを見れなくなってしまった。
和らいだ声に宿る、呆れと優しさに彩られた残酷な言葉。

「まるで迷子の子供みたいじゃないか」

嗚呼、対等に見て扱って欲しかった思いが見事に崩れ去る。
だけど、頭を撫でる手も、泡塗れで濡れた服を脱ぎ再び浴室に戻りあやすように僕の身体を洗ってくれるのも、突っ撥ねる余力も無ければ浮かびもしなかった。
本来だったらあたたかな胸の奥が今となっては鉛を埋め込まれたかの如く冷たくて重い。
花火大会の比ではない隔てるものが何もない湿り気を帯び香りだつ柔肌に誘われ顔を埋めようとも気は晴れない。緩く嫋やかな曲線を描く菫子さんの腰元に手を回し二人の隙間を物理的に無くそうとも、僕を見下ろす彼女の眼差しは慈愛に満ち心音は穏やかで背中を洗う手にぎこちなさがない。

「痒い所は御座いませんかー」

意趣返しよろしく言う彼女に僕はか細い声で「ないです」としか答えられない。それに対して彼女はわざと明るい声で「そっか」と返すだけで僕がした事を咎める素振りすら見せなかった。
それは二人揃って風呂から上がりパジャマに着替えても変わらない。
僕ひとりだけが重苦しい空気の中、おずおず菫子さんのベッドを今宵も独り占めするべく潜り込んだ途端、ベッドのスプリングが軋み沈んだ。彼女に背を向け寝ようとしていた態勢を崩さず、首だけ捻り後方を窺えば眼鏡を外した菫子さんが目で奥にもっと詰めろと促してくる。
菫子さんがベッドから落ちない程度に壁際に寄り背を丸めていると肩を掴まれ問答無用で反転させられた。布が擦れる音と共に香る風呂上がりの匂い。
腕枕に背中をぽんぽんとか完全に僕を子供扱いする相手の柔和な笑みに居たたまれなくなり目を閉じた。
途轍もなく気まずくて恥ずかしい。でも、齎される優しさと気遣いに嫌悪感が産まれるわけもなく、眠れない身体なりに意識を暗闇に放る。

「(嗚呼、いやだ。この暗がりに引っ張られ落ちていく感覚はどうにも慣れない。自分という存在が解け消え溶けていくのが怖くてたまらない)」

それでも僕が意識を落とせたのは偏に──。

「大丈夫。目を覚ましても私は変わらず君の傍に居るよ」
「はい……

微かに震えた身体を安心させてくれる菫子さんに僕は僅かばかり意識を黒に染めた。



感覚的に意識を飛ばしていたのは数十分くらいか。背中を擦っていた感触も無くなって、ふと目を開けるや否や全く眠気が宿っていない目と目が合った。
単純に眠れないのか、はたまた一睡もせず見守るつもりだったのか定かではない。
もしも、自惚れてもいいなら僕のために起きてくれていたんだって勘違いをしたい。優しい手付きで目元にかかる前髪を掻き分け撫でる手を、殊更大切な者を見詰める眼差しを、すぐ間近にあり離れない温もりを、一身に受けた僕は溢れる衝動のままふっくらと瑞々しい彼女の唇に己が唇を重ねた。
あの花火大会の夜、朦朧と頬に感じた感触を唇で味わう。想像以上に繊細で柔い唇から離れたくなくて触れ合うキスから食むものへと変わる。
胸に募る愛おしさが指先に伝染り、菫子さんの頬を包み込む。暫くして脳髄が甘く痺れるキスに別れを告げ、口を塞いでいた相手の様子を窺うと逃げるでも照れるでもなく何故か微笑んでいた。

「これで私は君のセカンドキスの相手かい?」
「どういう意味ですか」
「ファーストキスは乙ちゃんだろう。ほら、家族愛的なものでさ」

ふにゃり表情筋を緩める菫子さんに恰好悪い姿を晒してしまい不貞腐れ拗ねていた挙句、僕一人で勝手に盛り上がり高揚していた気分が一瞬で凪ぎ──、時間差で八つ当たりに塗れた怒りが沸いてきた。

「何言ってんですかこの短太眉。そもそも身内はノーカンでしょうが。あと、僕は乙に対して愛情表現でのキスはこの方した事がありません。正真正銘、僕のファーストキスの相手は菫子さんあなたですよ」

全くもって遺憾の意も甚だしい。この恵体は、此処まで来てこのキスを家族愛的なものだと思っていやがる。
我ながら眉間に形成された渓谷の深さ、そして溜息の深さを自覚している矢先、目の前にいる菫子さんの身体が強張っていく。

「や、やっぱり今日はひとりで寝てくれっ」

灯りが消えた暗い部屋でもはっきり分かるほど顔を朱く染め、涙を蓄えている菫子さんが毛布を捲りベッドから抜け出そうとしたので僕は再び彼女の腰にしがみ付いた。

「僕の傍に居るって言った約束を反故にする気ですか!!」
「そ、それとこれでは話が変わってくるっ」
「何のです!!?」
「うぅ~っ」

必死に腰に巻き付いている僕の腕を解こうとする菫子さんだったが最終的に彼女の方が折れ、同じ向きを見るかたちでベッドに横になった。菫子さんを後ろから抱き寄せ、顔をぐりぐり背中に埋めれば面白いくらいに彼女の肩が跳ね上がる。

「あなたが僕をどの様に思っているのか知りません。ですが、裏切るような真似をしてしまったのには謝ります。言い訳になってしまいますが、本当はもっと順序立ててしたかったんです……
………
「僕が菫子さんに向ける感情の種類、迷惑ですか」
「分からない、ただ私自身困惑して頭の中が一向に纏まらないのは事実だ」

肯定でも否定でもない、かと言って無関心とも言い難い物言い。耳を澄ませ薄い布一枚に隔たれた背中から伝わるメトロノームは規則正しく控えめな速さを刻んでいる。
聴き入れば聴き入るほど気分が落ち着き、その純真無垢な音を褒めるつもりがまだ僕の頭は正常運転に戻らないらしい。

「──生娘ですものね」

溜めに溜めた僕の一声に菫子さんの緊張が一気に消え、じわじわベッド端にズレ始めた身体を僕は腕と足を絡ませることで阻止した。