つきのせ さぶろく
2024-07-25 12:47:42
1009文字
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風はまだ生きている

【境目卓SS】六畳半の夏HO2(🎐|稲妻 昊)の後日談【ネタバレあり】


 蝉の声が遠くなった。それが秋の訪れを告げている。
 都会の喧騒に戻ってからも、言葉は炭酸水の泡のように上がっては消えていく。その中からひときわ美しい粒を集めるのがやめられなかった。もうこのノートも寿命が来る。いったい何代目だろうか、その最期の言葉を綴ろうと、裏表紙をめくった。
 そして眼を見張る。自分のものではない、誰かの筆跡と言葉。そのページは開いたままで、稲妻昊は天を仰ぐ。その呼吸が空へ登った。
「なんだよあんた、なんでもない顔してたくせに」
 あの時は何を考えていたのだろう。大人ひとりが落ちてきた時の水飛沫のひとつひとつが目にチラつく。隣を歩いた時の、毛先の揺れと細かい輝き。記憶喪失という不安定の中にあっても溢れていた笑み。月明かりに照らされた決意の表情。近くて遠いようなあの距離感。孤独になる予定だったあの夏を、完成することのないはずだった八月の思い出というパズルを、この筆跡の主が埋めていった。だから今、昊の頭の中には鮮明な思い出が残っているのだ。今となっては、生きている方が自分らしさであると思えるのも、きっとその人のせいだろう。諦めのことを忘れてはいないが、それが消滅していることは確かだった。

 ”次めくり書き足すそこに残る蝉”

 立秋は過ぎてもまだ太陽は暑い。それでも、煩かった蝉の声は弱くなっていて、日本特有の季節の変わり目がうかがえる。新学期が始まってしまい、教科書の次の章まで授業は進んでいる。小テストは少しだけ点が良くなった。将来の夢はまだない。
 子供の人生は非常に贅沢だ。それに気がつくのには早過ぎただろうか。だとしても、寿命という存在がいやでも教えてくれた。死なんてずっと遠いものだと思えることこそがまず極上の贅沢で、そこからいくつもの道が広がっているのがさらなる贅沢。歩いた道に残るものよりも、道の先に待っているものに想いを馳せる十数年。生きるというのはほんとうに贅沢な行為だ。
 きっと今後、己が道の終わりを察したときに、またあの諦めが顔を出すのだろう。ただ、その時が来たとして、振り返って見える景色はきっとあの八月よりも多いはずだ。誰かが残した言葉と、誰かとの思い出が、きっと広がっているから。
 1人部屋の窓から西日が差している。そこには、稲妻昊だけが居る。