小竜景光が主を見つけるまでの100日間

あと100日
とある本丸に顕現した小竜景光と、存在感の希薄な男審神者の話。




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「さ、小竜景光くん。こっちだよ」
 ジャージ姿の燭台切光忠に促されて、顕現されたばかりの太刀、小竜景光は鍛刀部屋を出た。
 四部屋程木戸の扉が続いた先は、庭先に続く縁側廊下となっていた。その先に、別棟へと続く渡し廊下がある。
「俺が顕現した部屋がある館は、本殿ではないんだね?」
 渡り廊下に差し掛かったとき、背後を振り返りながら小竜景光が問いかけた。先を歩いていた光忠も、同様に振り返りながら答える。
「ああ。あの棟は鍛刀や手入れ部屋のある屋形さ。あと、主の仮の執務室もある」
「仮?」
「手入れや鍛刀の記録や報告とかの事務作業をする部屋だよ。本来、主の執務室は本殿の奥にあるからね。ここのは仮と僕らは呼んでる」
「へえ」
 そんなやり取りをしていると、自分たちが歩いていた廊下を三日月宗近がしずしずと歩いてくる。こちらへは近づくことなく、彼は廊下の角を曲がって屋形の奥の方へ進んでいった。
 近侍と名乗っていたから、主が仮の執務室とやらにいるのだろうか。
 顕現したら、まず新しい主と会えるものだとばかり思っていたのに、その姿は見えない。他の刀剣男士はそのうち会えると言っていたが、本当に会えるのだろうか。
 そもそも、新しい主というのは存在しているのだろうか。
 らしくない不安が、小竜景光の胸の裡に過る。それをふっと一笑して消し飛ばした。
 ──どうやら、まだ刀だった頃の記憶が、強いかな。
 そう思った瞬間、小竜景光の耳元に微かな声が届いた。
『がんばってね』
 男性とも女性とも判断しづらい声音だったが、柔らかく耳あたりの良い声が確かに聞こえた。
 あたりをきょろきょろ見回すが、案内役の燭台切光忠以外は誰もいない。先程見かけた三日月宗近の姿も、もう見当たらない。
「どうかしたのかい?」
 小竜の様子に気づいて、光忠が声をかける。
「さっき、声が……
「さっき?」
「ああ、いや……いい庭だね」
 ごまかすように小竜はそう言ったのだが、確かに改めて見れば、手入れは行き届いていて、庭木の趣味も配置もいい。
 小竜のセリフに、光忠は微笑んだ。
「増えてきた仲間と一緒に、造りあげてきたんだ……
「そうかい」
 渡り廊下の先も、先ほどまでいた屋形と大して変わらない規模の大きさだった。庭先から奥を見渡すと、似たような屋形がいくつか連なった奥に、大きな屋形らしき屋根が見える。
 ──あれが、本殿だろうか。
 そう考えていると、光忠が穏やかな口調で案内する。
「この屋形と隣が僕らの個室がある棟さ」
「なるほどね」
「個室とはいっても、昔のよしみで何人かで相部屋になっている場合も多いよ。僕は、伽羅くんや貞ちゃん──太鼓鐘貞宗っていうんだけどね、彼らと三人部屋さ」
「さっき、一緒だった鶴丸国永……彼は一緒の部屋じゃないのか?」
「鶴さん? 彼とも馴染みだけど、彼は僕らよりも先に顕現していたし、その頃から彼は自分の個室があったから」
 じゃあ、新しく顕現した自分は誰かと相部屋になるのだろうかと、小竜の考えを読んでいたかのように、光忠が続けた。
「基本的には、刀剣男士一人ひとりに個室は分け与えられるんだ。さっきも言ったけど、昔のよしみとか、兄弟刀で部屋を一緒にしたいというこちらの要望に、主が応えてくれているんだ」
「なあ、その主だけど……
「さぁ、次は厨を案内しよう。キミも当番が回ってくるだろうからね、何人か仲間がいるだろうから、紹介するよ。あ、さっき言ってた伽羅ちゃんも紹介するよ」
 この本丸の刀剣男士たちは、主のことを訊ねようとすると、それをはぐらかすような言動がちらほら見えるのは、気の所為だろうか。
『がんばってね』
 先程聞こえたあの声は、誰だったのだろうか。
 首を傾げることも多いが、ここが新しい居場所なのだ。慣れるしかないのだろうな、と半ば諦めにも似た心持ちで、小竜景光は光忠の説明を聞いていた。

 小竜景光が主の存在に気づくまで、あと百日。
〈了〉