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薙屋のと
2024-07-17 16:36:28
2230文字
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タイトル未定
王子様のキスを待たずとも自分で起きるタイプの眠り姫
恋人が丸二日起きない。
カブルーは朝仕事に出る前に見た姿と寸分違いなく、全く同じ姿勢で眠るミスルンの身体を少し転がしてやった。いくら欲求に乏しいとはいえ、寝返りは身体が無意識に行うものの筈だが、快適に眠りたいという欲がないとその行為も行わないものなのだろうか。ぱさりと顔に垂れた前髪を払ってやって、その白い頬に深く刻まれたシーツの跡をそっと指で撫でた。
初めて彼が起きなかった時は大変に慌てたものだが、曰く、エルフにとっては特別珍しいことではないらしい
――
というより、彼らも通常は朝に起き夜に眠るのだが、トールマンで言うところの「うっかり寝過ぎた」の「うっかり」の時間幅が、寿命と同じくトールマンの数倍あるということらしい。つまり、小一時間昼寝をするつもりが気付いたら夕方になっていた、といったトールマンでもあるあるの事象が、彼ら長命種になると小一時間昼寝をするつもりが目覚めたら翌日の昼になっていた、となるわけだ。なんとも大胆な時間の使い方である。
そんな事情もあり、たまに二、三日起きない程度であれば問題ないと、パッタドルにも確認をとってある。特にミスルンの場合、睡眠欲求を喪って久しい為に身体の方が必要としているのだろう。ただ日常生活をおくっている間はそうでもないのだが、自然迷宮の探索から戻ってきて数日経ったある日
――
ちょうど、今のような
――
などに、ぱたりと寝入って起きなくなる。
白い寝具に埋もれてすやすやと眠るミスルンの寝顔はあどけなく、幼な子のように健やかだ。夢も見ないほど深く眠っているのか、それとも起き難くなるような、幸せな夢でも見ているのか。起きてくれないのは寂しいけれど、辛い夢を見ているわけでは無いのならまあ良いとも思う。
眠りたいという欲のないこの人が、迷宮ではほぼ寝付けなかったであろうこの人が、安心して眠れる場所が此処だと言うのならば。それはきっと、自分にとって嬉しい事なのだろう。出逢った頃より随分薄くなった、それでも沈着してとれない隈をそっと指先で撫でる。
「
……
でもやっぱり寂しいな」
そう口から溢れたのとほぼ同時に、ミスルンの両瞼がぱかりと開いた。「わ、」びっくりした。カブルーは撫でていた手を思わず引っ込めた。
「おはようございます
……
?」
「
……
私はどのくらい眠っていた?」
「丸二日ほど」
ただでさえ寝起きの声が、掠れるを通り越してカサカサだ。むくりと予備動作無しで起き上がったミスルンに、水差しからグラスに水を注いで渡してやる。
「もうすぐ二日ぶりの夕飯の時間ですよ、お腹は空いてませんか?」
カブルーの言葉に、水を飲むミスルンの腹がきゅうと鳴いて返事をした。
「腹が鳴った」
「あはは、素直なお腹ですね」
よく寝て、よく食べる。身体が生きようとしている、それはとても良いことだ。特に自らの欲求を知覚できない、この人の場合は。
綺麗に飲み干したグラスを受け取って、ベッドサイドにことりと置く。その下の引き出しから櫛を取り出した。寝癖を直すには粗めの櫛が良い、そう教えてくれたのはリンシャだった。この引き出しには彼女オススメの櫛が数本入っているけれど、カブルーも身嗜みは最低限というタイプなので全部の効能は実は覚えていない。
「随分気持ちよさそうでしたけど、良い夢は見られましたか?」
「うん」
カブルーがベッドの縁に腰掛けて手招きをすると、もぞもぞと布団から抜け出して近付いてくる。向き合って動こうとしないミスルンに苦笑して、くるりと身体の向きを変えてやった。なんとも独創的な寝癖を形成している後頭部の、毛先から少しずつゆっくりと櫛をかけてやる。
「故郷の夢を見た」
されるがままの後頭部が、律儀に夢の内容を教えてくれる。カブルーは務めて穏やかな声で、話の続きを促した。
「ご実家は内陸の、緑が豊かな場所でしたっけ」
「うん」
小さな頭が頷いて、髪が櫛が引っ張られる。絡まった髪が切れないように、カブルーは少し慌てて櫛を外した。同じ癖毛同士だというのに、ミスルンの髪はカブルーのそれと違って細くて柔らかいからか、櫛にもよく絡むのだ。
「兄がいて、死んだ筈のかつての仲間連中がいて、パッタドルやシスヒス達がいた。皆で大きな食卓を囲んで、あたたかな日差しの入る明るい部屋で、談笑して食事を摂る夢だった」
ああ、それはなんて和やかで、幸せそうな夢なんだろう。髪を少しずつときほぐしてやりながら、カブルーは想像した。豊かな緑に囲まれたエルフの屋敷、集まり談笑する人々。幸せな食卓。かつてのこの人が、悪魔に願ってまで手に入れたかった、穏やかな風景。
くん、と櫛が引っ掛かる感覚に、カブルーは慌てて櫛を離した。ミスルンが頭を動かしたからだ。
くるりと振り返った顔は、至極楽しそうに笑っていた。
あなたが楽しい夢を見ていたなら何よりです、そう言おうと思った矢先、まだ寝起きの、あたたかな身体がぽふりと腕の中に飛び込んできた。
「でも、お前が居なかったから起きた」
おはよう。
ぎゅうとしがみつきながら発された数分遅れの目覚めの挨拶は、布にくぐもってぼそぼそとしか聞こえなかった。寝癖のついたままの細い銀髪が、鼻の頭に触れて擽ったい。
ちょっと、そんなにくっついたら髪が梳けませんよ。
出した声は自分でもちょっと面白いくらいににやけた響きをしていて、全然効果がなさそうだと思った。
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