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薙屋のと
2024-07-14 20:57:01
3371文字
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甘いものを食べるカブミス小話
くるみ割り人形の金平糖の精が現地だとドラジェの精らしいと言うことをこの話を書きながら知りましたが、作中には一切関係がありません。
手のひらサイズの硝子瓶に、色とりどりの小さな星が詰まっている。
「金平糖、という砂糖でできたお菓子だそうです」
トシローがワ島の交易船に乗せて贈ってきてくれたそうです。綺麗ですよね。ファリン宛だったものを、少し分けて貰ったんです。
「
……
コンフェイトに似ているな」
「中央のお菓子ですか?名前もなんだか似ていますね」
「南中央の飴のような菓子だ。このように透き通ってはいなかったと思う」
「へえ、違う地域の食べ物なのに似ているなんて面白いですね」
蕎麦もこの辺りにはないのに東方群島にはあると聞きますから、大昔に交易のあった名残とかかもしれないですね。
カブルーの言葉を聞いているのか居ないのか、ミスルンの視線は偶々机の上に置きっぱなしになっていた小瓶にじっと注がれている。最近の彼は子どものように好奇心旺盛で、何にでも手を出してみたりする。欲求を失い、迷宮と悪魔しか見ていなかった彼の視野が開かれていくのは良い事だと思う。カブルーは小瓶を手に取るとミスルンの前に笑顔で差し出した。
「気になるなら食べてみますか?」
「うん」
返事をしたミスルンがとことことカブルーの傍に寄ってきて、椅子に座っているカブルーの前でちょこんと屈むと口を開けた。小さな口の中に、白く小さな歯が行儀よく並んでいる。カブルーが驚いて目を丸くしていると、口を開けている本人は不思議そうに首を傾げた。
……
瓶ごと渡そうとしたんだけどな。
あまりに無防備な様子に、心の中で苦笑する。迷宮では、食事を摂らせるのは結構大変だった。あーんと促しても素直に口を開ける事はなく、宥めたり説得したりしてようやくフォークをその手に持たせたものだった。それが今ではこんな一言で素直に口を開けて、まるで雛鳥みたいに。
カブルーはくすくすと笑いながら瓶のコルクを外し、中から星を一つ取り出すとミスルンの口の中に放り込んでやった。かろり、と薄い歯に砂糖菓子の当たる小気味の良い音がした。口の中でころころと飴玉のように金平糖を転がすミスルンに「あ」と声を掛ける。
「ミスルンさん、これは飴みたいに舐めるんじゃなくて、口に入れたらすぐ嚙んで食べるお菓子らしいです」
カブルーの言葉に首を傾げたミスルンが、口の中の星をぱきりと嚙み砕いた。その瞬間に口の中に広がる甘さに驚いたのだろう、左目をまん丸に見開いている。先に食べ方を聞いて実践していたカブルーはうんうんと頷く。この美しい見た目をした小さな星は、その味わいも素晴らしい。嚙んだ瞬間に弾けた星の欠片たちが口の中を甘く満たして、すっと解けて消えていく。こくりと口の中の星の残骸を飲み込んだミスルンに、カブルーは悪戯が成功した子供のような気持ちで声を掛けた。
「お味はどうでしたか?」
「甘い」
端的すぎる感想に、思わず笑ってしまう。それでも柔らかな髪の隙間から、ぴるぴるとご機嫌そうに上を向く耳が見えた。
「もう一つ食べますか?」
「うん」
ぱかりと素直に開けられた口に、もう一粒を放り込んでやる。しゃりしゃりと噛み砕く音を聞きながら、カブルーも一つ口にした。トシローがファリンに贈ってきたのも頷ける。甘くて綺麗で、彼女はきっと飽きもせず、最後の一粒まで宝石のように大事に大事に眺めて食べるだろう。彼が恋に落ちたその横顔で。彼がその顔を見られないのは少し可哀想だなと思う。
はい、もう一つ。星を摘まんで差し出した指先に、薄い唇が微かに触れた。素直な雛鳥は目を細めて甘みを味わっているようだ。この人、結構甘いものが好きみたいなんだよな。多分まだ、本人は自覚していないようなのだけれど。
「北中央には、似たようなお菓子ってないんですか?」
「
…………
ドラジェだろうか」
「ドラジェ?」
「ナッツを蜂蜜や砂糖で包んだ糖衣菓子だ。祝いの席で配られる事もある。伝統的なものはアーモンドを使うが、最近は他のナッツ類やドライフルーツをチョコレートで包んでから糖衣を掛けているものも見る」
「へえ、おいしそうですね」
養母の好物もケーキじゃなくてそっちなら良かったのにな。心の声は何とか飲み込んだ。
「以前はよく、食べていた」
「好きだったんですか?」
「どうだろう
……
そうだったかも、しれない」
部屋の机の引き出しにドラジェの缶を忍ばせて、一人の時にこっそりと食べていた。カナリアの船は客船と違って窓が無いから、波の音を聴きながら、故郷の景色を思い出しながら。当時の缶に刻まれたレリーフの横顔が、想い人に似ていた気がする。当時人気だった歌劇にでてくる、妖精の図案。
「
……
全て、過去の話だ」
ぽつりと溢したミスルンの手を取って、その白い手のひらに金平糖の小瓶を握らせた。俺がパッタドルに怒られますから、虫歯には気を付けてくださいね。カブルーの言葉にミスルンがうん、と頷く。
「今度機会があったら、そのお菓子、俺にも食べさせてくださいよ」
「わかった」
あなたが好きだったかもしれないお菓子に、興味があります。そうにこやかに告げると白い頭がもう一度、こくりと素直に頷いた。
数日後、ミスルンに呼び出されて部屋のドアを開けると、テーブルの上が色とりどり、数多の菓子の缶で埋め尽くされていた。一緒に呼ばれたらしいパッタドルが困惑した顔で菓子と上司を交互に見ている。
「うわあ。どうされたんですか?これ」
「兄が送ってきた」
昔食べていた菓子を送ってほしいといったら、この有様だ。そう言うミスルンは完全に無の表情だが、これはもしかして呆れているのだろうか。過保護な養母を持つ身の上としてミスルンの気持ちも分からないでもないのだが、カブルーはどちらかというと彼の見知らぬ兄の方に同情心を抱いてしまう。だって長らく迷宮に縛られていた弟が、珍しく昔の話をして、あまつさえ自分に何か欲しいと言ってきたら。嬉しくて全力で叶えてやりたくて、きっと自分もこうなると思う。された方はもう少し加減して欲しいに違いないのだが。
「高級品には違いないから、王や宮廷魔術師の娘にも持って行ってやると良い」
「高級どころか、北中央でも屈指の、老舗の有名店のものですよ!」
女王陛下もお気に入りと名高い名店です。とパッタドルが補足する。そんな店の高級菓子をこんな大量に。さすがは名家の子息だなと変なところで感動した。
ここで遠慮は無用だろう。有難くいただいていきます、と積み上げられた菓子を受け取る。遠い国の珍しい菓子となれば、きっと彼らも喜ぶだろう。
「お前も持って帰るといい」
「わあ、よろしいんですか? ありがとうございます」
可愛らしい缶を渡されたパッタドルが、嬉しそうに胸に抱いた。耳がひょこりと上向きに揺れているから本当に喜んでいるのだろう。乙女はいつだって甘いお菓子と可愛い容れ物が好きな生き物だ。
「カブルー」
名前を呼ばれて、缶を抱えたままそちらの方に向き直る。ミスルンは手のひらほどの缶をぱかりと開けた。中にはまろやかで可愛らしい色の楕円形の菓子がいくつも入っている。
「これがドラジェだ」
「わあ。綺麗なお菓子ですね」
滑らかな糖衣に包まれたカラフルな菓子。楕円形なのは彼が言っていたように中にアーモンドが入っているからだろうか。自分たちトールマンには一口サイズだが、彼らエルフには少し大きいのではないだろうか。可愛らしくて、なんだかカラフルな玩具のようだ。
白い指がそれを摘まみ上げる様を、思わず目で追う。そのまま彼の小さく薄い唇に吸い込まれると思っていたそれが何故かこちらに向かっているのを、カブルーは不思議な面持ちでただ眺めていた。
あーん。
低く耳になじむ声と共に、まあるい糖衣菓子が唇に押し付けられる。どういうことかと目で問いかけると、黒い瞳がぱちりと瞬きをした。
「お前もしていただろう」
それはあなたが素直に口を開けたからじゃないですか。そう返してやりたかったのはやまやまだが、そう習慣付けたのは他でもない自分である。
親鳥のように振る舞う小鳥に、カブルーは意を決して口を開く。
甘い塊がころりと口の中を転がる感覚。視界の隅で、パッタドルが缶を取り落としそうになっているのが見えた。
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