高梨 來
2024-07-07 15:00:01
5854文字
Public ときメモGS2/小説
 

キミ記念日

デイジー一年目のお誕生日(2月7日 ※作者の誕生日の一か月前、3年間プレゼントをもらえるようにとこの日にしています)にケーキを買いに行った氷上くんがアナスタシアでバイト中のはるひと遭遇するお話。こちら (https://privatter.me/page/66210914e43bd) のお話の氷上くん視点。
主人公の名前は『海野あかり』設定。

「いらっしゃいませ~!」
 ひとたびドアをくぐった途端、ふわりと鼻孔をたおやかにくすぐるかのような甘い香りと明るい呼び声に思わず足を縫い止められる。
 ガラスのショーケースの中には、色とりどりの季節のフルーツをあしらったものから定番品まで、目移りするかのような美しいケーキたちがずらりと並び、宝石のようなその輝きは口にする前から瞳を喜ばせてくれる。

「わぁ、どれも美味しそうで選べないや。どうしよう、迷っちゃうなぁ。ねえ、氷上くんはどれがいい?」
 聞こえるはずもない明るく弾んだ声を思い浮かべ、くすぐったい思いが胸の内をわずかにくすぐるのに身を委ねる。
 瞳を輝かせて嬉しそうにひとつひとつを吟味する姿、フォークを手に、満面の笑みを浮かべながらケーキを頬張るばら色の頬――みるみるうちに脳裏に浮かぶ姿に思わず笑みをこぼしてしまいそうになるのを堪えながら、ぱちんとスイッチを切り替えることに専念する。
「いらっしゃいませ、何かお探しのものなどございまし……って、あれ? いいんちょやんか!」
 カウンターから降ってくる少し独特なアクセントのよくよく聞き覚えのある声に誘われるままに視線を上げれば、くるりとまあるい輝く瞳がこちらをまじまじと捉える。
 ああそうか、ここなら学区内でもあるし、アルバイトは校則で禁止されてもいないのだからなにも問題はないのだけれど。どこか気まずい気持ちに駆られるのを感じながら、こほん、といささかわざとらしい咳払いをこぼす。
「西本くん、そのあだ名はやめてくれないかと前にも言ったと――
「ええやん別に、せやったらなにがええ? ヒカミッチ? ヒカミン? あ、会長ってのもありやなぁ!」
「いや、僕は現会長ではないわけだし……
 恐れ多いだろうと口にしかけたところで、覆いかぶせるように明るい言葉が続く。
「そんなん気にせんでええやん? 来年こそは目指すんやろ? 生徒会長。目標はどーんと持ったほうがええで? それよりきょうはどないしたん? おつかい? 誕生日……の本人はきいへんわなぁ?」
「いいけれど、君は」
 相変わらず言葉を挟む余地を一切くれないんだな。喉元までこみ上げた言葉をそっと飲み込み、カウンター越しの制服姿をまじまじと見つめる。はね学の制服とは打って変わった明るい黄色にパフスリーブのワンピースの上には純白のフリルのエプロン、頭には王侯貴族に仕えるメイドを思わせるようなレースのカチューシャ――西洋人形のような愛くるしい装いは、いつ目にしても快活な印象を与える彼女には思いの外しっくりと似合っているように見える。
「ところで西本くん――
 そういった衣装も悪くはないな、そう口にしかけて、とっさに口をつぐむ。考えなしに女性を褒めることは時に思わせぶりな態度と取られ、却って無礼にあたるから気をつけたほうがいい、というのは、敬愛する零一兄さんから散々っぱら言い聞かされていた決まり文句だったからだ。
「んん、どないしたん?」
 息をのんだこちらの態度に気づいたのか、ぱちぱち、と大きな瞳をしばたかせたまばたきが返される。
 いい加減に押されっぱなしではいけない、そろそろ本題に入らせてもらおう。ぐっと拳を握りしめ、きっぱりと決意をするような心地で僕は尋ねる。
「いまの時間の店番は君だけなのかい? 忙しいところをすまないのだけれど、予約を頼んでいたケーキを受け取らせてもらいたいんだ」
 やっと告げられた、いささか段取りが狂ってしまったけれど。ほっと胸をなで下ろすかのような心地でいれば、カウンターの中の彼女の瞳の色に、たちまちにいままでとは異なったあざやかではっきりとした明かりが灯る。
「かしこまりました、少々お待ちください」
 すぐさまカウンター脇のメモを手に取ると、真剣なまなざしがリストを確認してくれる。
「ひかみ、ひかみ……あったあった、苺と季節のフルーツのバースデーケーキ、7号のホールサイズでお間違いありませんか? うわぁ、豪勢やなぁ。いまからお誕生日のホームパーティーなん?」
「いや、まぁ……
 僕の家ではないのだけれど――まぁいいだろう、そこまで説明する必要はないはずだ。どこか気恥ずかしい気持ちになりながら、ごくりと息を飲み込む。
「ご準備出来ております、お持ちいたしますので少々お待ちください」
 いつも通りの訛はかすかに残しながらも、すこしよそ行きの返答をこぼしてくるりと背を向けると、すぐさま箱に入ったケーキがカウンターにそっと置かれる。
〝二月七日夕方、氷上さま バースデープレート付き〟箱の上に貼られたメモ書きに、なぜだか胸が高鳴る。
「こちらご用意させていただいております。念のためお間違いがないかご確認いただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、はい」
 小さくて華奢な指先が、うんと繊細な手つきで箱の封を開けて見せる――たちまちに姿を表すのはつやつやのシロップを身に纏った色とりどりの鮮やかなフルーツにフリルのような生クリームを纏った、子どもの頃から幾度と無く用意してもらった誕生日のケーキ――中央にはオーダーしたとおりに、〝Happy Birth Day Dear Akari〟と筆記体でメッセージを書いたチョコレートのプレートが飾られている。
「ええっ、ハッピーバースデーディアアカリ!? えっ、あかりってもしかして海野あかり?? だってあの子きょうが誕生日やもんなぁ? これっていいんちょからあかりにあげるん? えらい奮発するやん!」
「西本くん、その!」
 まじまじとケーキとこちら、その両方を見比べるようにしながら矢継ぎ早に掛けられる言葉を無理矢理に塞ぐようにとすこし大きな声をあげれば、まあるい瞳がまじまじとこちらを見つめ返す。
 すこし大げさに肩を落とし、きっぱりとした口ぶりで僕は答える。
「西本くん、いくら君と僕が旧知の間柄とは言え、顧客のプライバシーを詮索するような行いはナンセンスだと言わざるを得ないのだけれど」
 おそらく短時間だろうとは言え、一人きりで店を任せられているところに見知った顔が現れたのだ、おしゃべり好きの西本くんの血が騒いでしまうのも仕方ないことだとも思うけれど。
 尊敬する零一兄さんのことを気持ちばかり意識した口ぶりにはほんの少しくらいは効果もあったのだろうか、たちまちに、しゅんとしょげたようすの表情がみるみるうちに浮かぶ。
「ごめ……じゃなくて、大変失礼いたしました。いや、あの子から最近よういいんちょの話聞いとったんよ。そない仲ようなっとったんやなぁって、なんや嬉しなってもうて」
「嬉しい? 君が?」
 思わず首を傾げながらそう尋ねれば、ぱちぱちと、軽やかなまばたきをこぼしながらの鮮やかな言葉が返される。
「だってそうやん? いいんちょはちょっとお堅い変わりもんやなぁって最初は思ってたけど優しくておもろくてええ子やし、あかりかてほんまにいつ」
 弾むような口ぶりで口に仕掛けた途中で、はた、と何かに気づいたかのように口元を手で覆ってみせる。
「あかんあかん、しゃべりすぎてもうた! いいんちょかてはよ届けなあかんのになぁ? 店長にもよう言われるんよ、お客様ひとりひとりに親身に対応することはええことやけど、みなさんお忙しいんやってことを忘れたらあかんよぉって――お間違いないようならお会計させていただきます、すぐにお包みしますので少々お待ちいただけますか?」
 途端に〝店員〟の顔つきに変わる同級生の姿を、どこか感心したようすでぼうっと眺める。



 嵐のような時間だったな、まるで。
 ずっしりと持ち重りのする紙袋を片手に持ちながら、ふぅ、と小さくため息をこぼしながら頭をよぎるのはそんな感慨だった。
 いつもなら自転車であっという間に駆け抜けていく道をこうして大切な荷物を片手にじっくりと歩いてみるのも悪くはないものだ、瞬く間に駆けていく一瞬では見過ごしてしまうことに沢山気づけるから――こればっかりは、彼女に感謝するほかないな。
 不思議な喜びとふつふつとこみ上げるような愛おしさ、その両方を深々と噛みしめるようにしながら、柔らかな茜色を帯びて翳りゆく空、子どもの頃からすっかり馴染んだ商店の立ち並ぶ街並み、それぞれの思いを抱きながら家路、もしくは次の目的地を目指す人々のようすをぼうっと横目に眺める。

 それにしたって、ほとんど入れ違いの形になったとは言え、店主さんにお会いできたのは本当に喜ばしいことだった。
 すれ違いざま、言葉こそはなくとも、穏やかに掛けられた優しい笑顔には無数のあたたかな思いやりが込められていたようで、誇らしさと気恥ずかしい気持ち混じりの温かさ、その両方が心地よく胸の内を満たしてくれるのを僕は感じていた。
 洋菓子店アナスタシアは幼い子どもの頃からの行きつけで、家族の誕生日やクリスマス、そのほかの何かお祝い事がある日のケーキはいつでもここ、とお得意にしている店だった。
「零一くんは私たちの大切な家族の一員だもの」
 やや強気なそぶりのある母に押し切られるような形で、零一兄さんを交えた〝四人家族〟での誕生日を祝う時、いつでもテーブルの真ん中で花を添えてくれるのはアナスタシアのホールケーキだった。
 いつかは自分もまたここで、もしくは、新しく拠点とすることを選んだ町の洋菓子店で――大切な人との記念日を祝うためのケーキを選ぶ日が来るのだろうと、そう考えたことは幾度もあった。まさかそれが、こんなにも早く訪れることになるだなんて思ってもいなかったけれど。

「わぁ、ケーキだぁ~! いいなぁ!」
 信号待ちのために、と足を止めたタイミングで、高く澄んで軽やかに弾んだ声が届く。視線を送ったその先にいるのは、母親らしき女性に手を引かれた小さな女の子だ。
「ねえケーキだよ? あの袋ってケーキでしょう? いまからお祝いなのかなぁ、いいなあ。ゆめもケーキ食べたいなぁ」
「来月おひな祭りでしょう? そのときになったらまた用意してあげるから待ちなさい」
「おひな祭りってあと何日寝たら? ゆめもお雛様になれるの?」
 しっかりとつないだ手をぶんぶんと元気いっぱいに振りながら質問攻めにしてみせる天真爛漫な姿に、思わず笑みを浮かべてしまいそうになるのを必死に堪える。かわいらしいな、ほんとうに。もしかすれば彼女にもこんな時間があったのかもしれない、だなんて思ってしまうほどだ。
 必死に平静を装いながらもちらちらと視線を送るこちらに気づいたのか、〝ゆめちゃんのお母さん〟らしき女性からは、少しばかり遠慮気味のやわらかな会釈がこぼれる。
 子供たちの健やかな成長を、大切な人が生まれてきたその日を、共にこうして一日一日を過ごしてきたことの喜びを――感謝と愛情を分かちあえるその日に、大きなケーキを囲んでお祝い出来ることは誰しもにとっても〝あたりまえ〟のことではないことを僕は知っている、だからこそ。
 とびっきりの慈しみと愛に包まれるようにして日々を過ごす彼女にとっての一年に一度きりの特別な日を彩るためのケーキを僕から贈りたかった。
 それが、自分なりに熟考した末に出した、〝初めての友人〟への誕生日プレゼントを選んだ理由だった。

 ……とは言え、いまさらだけれど重いとは思われないだろうか? というのが先ほどからの懸念だ。
 日用品にはこだわりもあるだろうし、まだ付き合いが浅いこともあって、彼女の好みがいまひとつわからなかったと、いうのも理由には含まれるのだ。
 僕の好きなもの――星の写真集や自然の音色を収録したCD、というのもやっぱりすこし違う。まるで『僕のことをもっと知ってくれ』とでも言っているようで些か自意識過剰なように感じられるし、そもそも一方的な趣味の押しつけはナンセンスだ。
 まだそこまで関係性の深くない間柄でのプレゼントには消えものが無難、というのは図書館で熟読したマナーブックにも書かれていたことだし、一般論としてはおそらく間違いではないのだろうし。
 とはいえ、そういった場で想定されているのはおそらくは焼き菓子やクッキーの詰め合わせだとか、すこしこじゃれた名店の紅茶といった類の、もっと気安い手みやげの類ではなかったのだろうか? 生菓子は持ち運びにも気をつかうものだし……
 ――いや、プレゼントというのは基本的には、相手の好みなどを鑑みた上で自身が贈りたいと心からそう思ったものを選ぶのが最善で、尚且つ、TPOを意識していればそれで問題ないものではないだろうか? 
 勉強に関係のないものを学校に持ち込むことははばかられるし、帰りの荷物を増やすのだって迷惑になりかねない。家まで届ける、というのは我ながらベストな選択だと思うのだけれど。
 ぐるぐると駆けめぐる数多の迷いを振り切るように頭を振り、きっぱりと前を向くようにしながら、ぎゅっと握りしめた紙袋の持ち手に力を込める。
 学校帰りに自転車を引きながら、休日の帰り道に、彼女の歩幅に合わせるようにとペースを落としながら肩を並べて――いつの間にかにぎやかな商店を通り抜け、すっかり馴染みになった通学路である家々の立ち並ぶ通りを僕はひとりで歩く。
 視界に飛び込んできたすっかり見慣れた一軒家を目にした途端、いつも以上に、弾むような軽やかさで胸は高鳴る。

 大丈夫、大丈夫――僕はきょうここに、彼女の〝友達〟として大切なことを伝えにきただけなのだから、そのことを忘れなければきっと。わずかに震える指先でインターフォンを押せば、スピーカー越しによくよく聞き慣れた声が届けられる。
『はぁい、どちらさまですか?』
「こんにちは、氷上です。すまないね、いきなり尋ねてきてしまって」
 震える胸の高鳴りを抑えるようにしながら、ゆっくりと深く息をのむ。

 伝えたいことはただひとつ。幼い頃から幾度と無く渡されてきた、大切なたったひとつの言葉――あたたかな確信を胸に、僕は今一度、震える指先で紙袋の持ち手をぎゅっときつく握りしめた。





あとがき作者は関西人ですがはるひ語はこれで大丈夫だろうかとすこし不安になりました。笑
はるひかわいいよはるひ。
このはるひは氷上くんとは4人デートに行ったことのある関係なんだろうな~と思います。