高梨 來
2024-04-18 20:50:44
4508文字
Public ときメモGS2/小説
 

生まれた日

ときメモGS2 氷上格くんルート。デイジー一年目2月ごろのお誕生日イベント。
氷上君は出てきません。出演はデイジーとデイジーママ。
主人公デフォルト名は「海野あかり」

「誕生日おめでとう――生まれてきてくれてありがとう」
 生まれてはじめて、なんの気もなしのようすで伝えられた祝福の言葉が残してくれた余韻はまたたたくまに胸の内を埋め尽くして、心をすこしも離してくれないままでいる。



「さっき来てくれてたのって、氷上くんでしょう? 風紀委員だっていう。上がっていってもらったらよかったのに、寒い中申し訳なかったわね」
「あぁ、でも……忙しいみたいで」
 これから塾に行くところだから――また明日学校で、失敬。
 すっかりお馴染みの決まり文句とともに足早に走り去っていった姿を脳裏に浮かべながら、手渡された紙袋をダイニングテーブルの上へとそろりと置く。
「これね、さっき氷上くんが届けてくれたの。きょう、私の誕生日だからって」
「へえ」
 せわしなく夕食の支度にとりかかっていたお母さんは、ぱたりと手を止めると、興味深げなようすでじいっとこちらと紙袋とを交互に眺める。
「あら、アナスタシアの袋ね。お菓子の詰め合わせ?」
「ううん、なんか……ケーキみたいだけど」
 手渡された瞬間、ずっしりと重い感触にひどく驚いたものだけれど――慎重に持ち手に手をかけ、袋から取り出した箱をそうっと開けば、たちまちに姿を表した〝それ〟に思わず感嘆の声を上げてしまう。
 優に十人近い人数で分けられそうなほどの大きくて立派な苺のたっぷり乗ったデコレーションケーキには〝Happy Birth Day Akari〟のプレート。
 幸福なことに、毎年のように家族や友人から誕生日を祝ってもらってはいたけれど、こんなにも立派なケーキを、それも〝友達〟からプレゼントされるのは生まれ初めてのことだ。
「すごい……こんなに立派なケーキ……
 きっと家族みんなでお祝いするだろうと思って選んでくれたんだろうな。いくらぐらいしたんだろう? 氷上くん、アルバイトをしてる時間なんてないと思うんだけど……。だったら大切に取っておいたお年玉やお小遣いからだよね? 倹約家だから無駄遣いは滅多にしないって言ってたけど……私のために奮発してくれたって思ってもいいの? それって? 
 たちまちに駆け巡るような想いが矢継ぎ早に溢れ出して、たやすく言葉になんて出来なくなってしまう。
 思わず胸に手を当てて感慨にふけっていれば、キッチンに立つお母さんからはいつになく軽やかに弾んだ声が届けられる。
「あら、すごいわねえ。こんなにたくさん、うちじゃ食べきれないわ。音成さんにもお裾分けさせてもらおうかしら? そうだ! お父さんにも早く連絡しないとね、間に合うかしら? これじゃあ我が家がケーキバイキング会場になっちゃうわ」


 洋菓子屋さんのアナスタシアは市内でも指折りの有名店で、何かお祝いことがある時にはここで、と長年に渡って地元の人たちから親しまれているのだと、入学してまもなくアルバイトを始めたはるひから聞いたことがある。
「小学校の時からずうっとお誕生日のケーキを頼んでくれてはってるっていう常連さんがおるんやけどね、こないだ結婚式のケーキをオーダーできへんかって相談があったんよ。なんかすごいじーんときてもうて……うちらはただ美味しいお菓子を売ってるってだけやなくて、お客さんひとりひとりの人生に寄り添わせてもろてるんやなぁ、みたいなさぁ。ごめんごめん、急になんかクサいこと言い出したなぁ思たやろ? 堪忍な?」
 うんと照れくさそうに、それでいてどこか誇らしげな笑顔を浮かべながら告げられた言葉が、みるみるうちに脳裏に浮かぶ。
「氷上くんって最近よく一緒に遊びに行ってる子よね、こないだも家まで送ってきてくれた、あの――
「あぁ、うん」
「家族みんなでお祝いするだろうからって選んでくれたのね、きっと。ちょっとはりきりすぎちゃったのかしら? あかりが甘いものに目がないって知ってくれてるのね」
「うん、まぁ……
 生まれつき胃が弱く食が細いのが悩みだと言う氷上くんの前でフルーツたっぷりの大きなパフェをぺろりと平らげたのを憶えてくれていたのだろうか……どうしよう、急にものすごくはずかしくなってきた。しまった、今度は密ちゃんといっしょに行こう。それならはずかしくないし……いやいやそんな話じゃなくて、いまは。
 ぐるぐると駆け巡るような後悔に思わず言葉を詰まらせるこちらを前に、感慨深げに 言葉が続く。
「あかりには本当に素敵なボーイフレンドがいるのね。今度うちまで来てくれた時にはあらためてちゃんとご挨拶しなくっちゃ。そうだ、よかったらこんど氷上くんに晩ごはんでも食べに来てもらいなさいよ」
「いいよそんなの、氷上くん忙しいんだよ? きょうだってこれから塾だって言ってたし!」
「あらそうなの? それでわざわざ?」
「そう……
 そう、氷上くんは他の子たちよりもずうっと忙しい。塾には週四で通っているらしいし、放課後には風紀委員と生徒会の活動もある。休日にも予習復習は欠かせない上に、趣味の天文学の講習会に参加することだって度々あるのだと教えてくれた。
「へえ、それなのに週末ごとによく一緒に出かけてくれるし、学校からの帰り道も家まで送ってくれたりするわけね」
 ニヤニヤといやに嬉しそうな口ぶりで告げられる言葉に、思わずかあっと顔が熱くなるのを抑えきれなくなる。
「それはその……うちが氷上くんのマンションまでの通り道にあるからって……
「重たい自転車を引いて、カゴに荷物まで乗せてくれてねえ?」
 氷上くんの好意に甘えすぎているのは自覚済みだ。そもそも、校門前で初めて出会った時にはカゴのついていなかったはずの氷上くんが自転車にカゴを取り付けたのだってつい最近のことで――荷物が増えた時に便利だからだよ、だなんて氷上くんは言ってたけれど、でも。
「随分仲がいいのね、あなたたちってば。ねえ、よかったらお父さんが帰ってくるまでにもっと聞かせてよ、氷上くんのこと」
 からかうような口ぶりでかけられる言葉に、みるみるうちに耳まで火照って熱くなるのを抑えきれなくなる。
「いいでしょそんなの、お母さんには関係ないんだし……それよりほら、お父さんに電話は? ケーキ、そんなにたくさん食べたらにきびが出来ちゃうもん。それに晩ごはんの支度だってまだ途中でしょ? 私、手伝うから! ひとまずこれ、しまっちゃおうよ」
「あらあら、きょうは随分いい子なのね氷上くんのおかげかしらね」
 答えられないまま、じいっとただ俯いて見せることしかいまは出来ない。
 どうしよう――こんな気持ちで迎える誕生日は、きっと生まれて初めてだ。





「あのね、お母さん」
「なあに?」
 ピーラーで野菜の皮剥きをしながら、隣に立つお母さんへとおもむろに私は尋ねる。
「あのね……お母さんとお父さんは、私が生まれた時ってどんな気持ちだったの?」
 いまさらこうしてあらためて聞くのもおかしな話のような気はするけれど……どこか緊張を隠せないままのこちらへと、得意げな笑みに包まれた言葉が届けられる。
「あら、どうしたの急に。学校の宿題でも出たとか?」
「そんなんじゃないけど……
 どこかばつの悪さを隠せないままに遠慮がちにつぶやく言葉へと、覆い被せるように優しい答えが返される。
「そりゃあ嬉しかったわよ、すごく。あなたがおなかの中にいた頃からずうっと『早く会いたいなぁ、いろんなことをいっしょに見てたくさんのことを経験しましょうね、これまで以上にたくさん愛してあげるからね』って、お父さんもお母さんもずうっと話しかけてたんだから。やっと会えて元気な姿を見せてくれた時はうれしくってたまらなかったわよ。私たちのところに生まれてきてくれてありがとう、あなたが本当に大好きよって、何度言っても足りないくらいに思ったもの。いまでもそう思ってるって言ったら、信じてくれる?」
「そんなこと……
「だめねえ、大切なことは恥ずかしがらないでちゃんと伝えないと。ほら、あなただってもう随分大きくなったでしょう? だからね、なんだか恥ずかしくなっちゃって……もういい加減、子離れしてよって言われそうじゃない?」
 リズミカルに食材を刻み、調味料を測り、下拵えを進めていく――その間を縫うように軽やかに紡がれていく言葉に、さぁっと心の奥が泡立つような心地を味わう、
「お母さん、私……そんな」
 とくとくと脈打つリズムが早くなって、心があたたかな想いで満たされていく――氷上くんと過ごす時間に感じるものとすこしだけ似ているけれど、やっぱり違う。
 確かなのはきっと、この気持ちはきっと、氷上くんがあんなにも何気なく私にくれた言葉をきっかけにもたらしてもらえたものに違いがない、だなんてことだけだ。
「あのね……お母さん、私」
 魔法みたいにするする綺麗な仕上がりのお母さんが剥いてくれたそれとはまるで違う――不恰好で痩せ細ったにんじんを水洗いしながら、ぽつりとぎこちなく私は答える。
「お母さんとお父さんの子供に生まれてこれてすごく幸せだと思う――産んでくれて、大事に育ててくれて本当にありがとう」
「あかり……
 感慨深げに洩らされる言葉には、計り知れようのないほどの温もりが満ちている。
「やだもうそんな、いきなり困るじゃない……どうしたのよ。お父さんが帰ってきたらちゃんと話してあげてね。そうだ、せっかくだから久しぶりに記念写真も撮りましょうよ。氷上くんにも見せてあげてね? おかげさまでこんなに素敵な誕生日になったからって――こんなのじゃあ、ちっとも足りないけど」
 堰を切って溢れ出すような言葉は、いつのまにか涙色を僅かに帯びている。
「あかりは本当に素敵なお友達に出会えたのね」
「うん、」
 じわり、とまぶたの奥が熱くなるのを感じながら、そっと唇を噛み締める。


 ――ありがとう、氷上くん。ねえ、次のあなあたの誕生日には私からもおなじ言葉を贈ってもいい?
 いまにも溢れ出しそうな想いにおぼれながら、一年に一度きりのその日はこうして、生まれて初めて知ることのできた喜びで満たされながら過ぎていく。



あとがき氷上くんは体育祭のパン食い競争や下校時の喫茶店、普段のデートなどで甘いものを笑顔で頬張るデイジーを見てこの子は甘いものに目がないのだと思ったのと(たっぷり入ったマシュマロをくれるあたりもそんな感じがしますよね)、日常のやり取りで家族との仲の良さを感じて「誕生日には大きなケーキを囲んで家族みんなでお祝いをしてほしい」と思ったんじゃないかなと思います。でもたぶんケーキはお父さんが買ってくることになってるんじゃない? と思ったのでそんな感じに。
氷上くんのまっすぐな優しさと愛情が感じられるお誕生日イベントが大好きです。

その後のプレゼントが万年筆→腕時計、と日常的に使うもの→身に着けるもの、と距離が近づいていくあたり、「君の側で共に過ごしたい」という思いが強まっていくのを感じられてすごく素敵だと思います。