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薙屋のと
2024-07-04 09:23:14
3876文字
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メリニ怪談◆チューベローズの幽霊
夢のように掴みどころのない話
此処メリニに、『白い女の幽霊』が出るらしい。
ある者は城下町で、ある者は森で、ある者は王城で。
小柄なトールマンの女性の姿をしたその幽霊は、目が合うとすっと消えてしまうそうだ。
噂によると、かつて長命種との報われない恋に敗れ自ら命を絶った娘なのだとか、いやいや病気で亡くなったものの恋人の姿を探して彷徨っている娘なのだとか。
ヤアドに聞くと千年前にも似たような噂があったらしい。長命種の男と恋に落ち、しかしその男はエルフであったので娘を置いて西へ帰ってしまった。恋に狂った娘はやがて精神を患い、夜な夜な街を徘徊するようになり果ては夜の川に落ちて亡くなってしまった。娘は自分が死んだことに気付かず今もなお恋した男を探して街を彷徨っている
――
「まあ、迷宮にそのようなゴーストはいませんでしたから、所詮はただの怪談話でしょう」
「わあ、身も蓋もない」
そう話を締めて紅茶を啜るヤアドに、カブルーは苦笑した。長命種との短命種の報われない恋、の辺りで身を乗り出していたマルシルが、なんだぁとあからさまにがっかりした声をあげて椅子に座り直した。
「そもそも、ゴーストなら迷宮にいくらでも居ただろう。何が怖いんだ
……
ああ、攻撃してくるからか?」
「そういうことじゃないと思いますよ」
アレ冷たくて寒くて嫌だよなあ、と言いながら皿に盛られたクッキーに伸ばされた手を、突っ込みと一緒にぺちりと叩き落とす。ライオスが少し悲しそうな顔をしたが、既に半分は彼の腹の中なので、ここで容赦をしてはいけない。
「でも何を探しているんだろうね」
「さあ
……
でも、よっぽど心残りなんだろうね」
ファリンとマルシルが話しているのを聞きながら、カブルーはライオスから取り上げたクッキーを齧った。
===
コツリ、と爪先に何かの当たる感触があった。蹴られたそれは光を反射しながらコロコロと転がり、壁に当たって止まった。
「なんだこれ
……
指輪?」
カブルーが拾い上げたのは、それなりに年代物らしき指輪だった。金のリングに、薄青の綺麗な宝石が一粒嵌っているシンプルながら美しい意匠。指輪の内側に刻まれた名前は擦り切れていて読めないが、きっと高価なものだろう。きょろきょろと辺りを見回したが、この辺りは人が普段立ち入るような場所でもなく、当然周りには誰も居なかった。
(落とし主はきっと探しているだろうし、後で警備の者にでも預けるか)
カブルーは拾った指輪をひとまずポケットにいれた。
その日の夜、カブルーは王城に泊まり込みで仕事を片付けていた。明日の朝一番で必要な資料が遅れたせいで、まとめるのに時間がかかった為だった。一先ずこれで明日は乗り切れるだろう、そこまでで仕事を区切ったカブルーはんんっと大きく伸びをした。肩をぐるぐると回し、凝りをほぐす。
時間は真夜中を少し過ぎた頃だろうか、今から一眠りすればそれなりの睡眠時間は確保できる。だが生憎仕事を終わらせたばかりの目と頭は冴えていて、カブルーは地下の倉庫から寝酒でも拝借しようとランプを片手に部屋を出た。食堂の料理人や給仕とは既に顔馴染みで、泊まりの際に多少倉庫を漁るくらいの許可は貰っている。日頃の行いの賜物だ。
暗い廊下に長い影が伸びて、コツコツと一人分の足音が響く。カブルー以外の全ての人間が寝静まった、しんとした夜。カブルーは別に暗闇を怖がるタイプではないけれど、余りの静けさに何となくいつもと違い胸がざわつくような、首の後ろの産毛が逆立つような、息の詰まる心地がした。昼間にあんな話しをしたからだろうか。そもそも幽霊とゴーストは何が違うのだろう、どちらも物理攻撃は効きそうにないから、遭遇すると厄介だな。それならまだ姿形のはっきりしている魔物の方が
……
いや、魔物も嫌だな。そもそも此処にはライオスがいるから魔物は出ないけれど、ということはゴーストも出ないのではないだろうか。迷宮のゴーストと魔物はまた別か?
そんな事をつらつらと考えていると、目の前を白い何かがすっと横切った。
ヒュッ、と思わず喉が鳴る。
なんだ、今のは?
昼間聞いた『白い女の幽霊』の話が頭を過ぎる。いやまさか、そんな。しかし白い何かが向かった先は突き当たりで、それこそ幽霊でもないと通過はできない。ドクドクと早鐘を打つ心臓が耳のすぐ側にあるようだ。
――
もしくは、侵入者の可能性もある。
スッと頭が冷え、カブルーは腰の隠しナイフに手を伸ばした。目の前を横切ったのが賊であるならば容赦してはならない。なるほど、幽霊話を隠れ蓑にした盗賊の類の可能性は充分ある。
カブルーは手に持ったランプの灯りをふっと吹き消すと、足音を忍ばせて廊下を駆け抜けた。左に曲がり、突き当たりで佇む白い影に向かい刃を抜く
――
直前で、その手をぴたりと止めた。
振り返った黒い隻眼と、目が合う。
「
――
……
ミスルン、さん?」
「うん」
そこに立っていたのは、白い肌に銀の髪の
――
よく知った顔のエルフだった。
カブルーが短い呪文を唱えると、魔力の灯りが周囲を照らした。壁を背に立っているミスルンには影も足もあって、どう見ても幽霊には見えない。
どっと力が抜けて、カブルーは深い息を吐いた。ミスルンの黒い瞳がカブルーの腰の辺りをじっと見つめているので、慌ててナイフから手を離した。
「どうしてこんなところに?」
また迷子になったんですか、と聞けば「探し物だ」と端的に返ってきた。お前の方は何故こんなところにいるんだ? と黒い目が問いかけていたので苦笑しながら答える。
「俺は泊まり込みで仕事をしていたので、夜食を漁りに食糧庫にいくところです」
「そうか」
聞いたのは自分の癖に、余りにも興味なさそうな返事に笑ってしまった。どこからどう見てもいつもの彼だ。
「最近流行りの『白い幽霊』はミスルンさんだったんですね」
「『白い幽霊』?」
こてり、と首を傾げた彼に昼間聞いた話を教えてやる。
「ここ最近、出ると噂だったんですよ。今日以外も、夜に出掛けたりしてました?」
「していた」
なるほど、この耳の欠けたエルフであれば、知らない人が遠目に見れば小柄なトールマンの女性だと間違えるかもしれない。『すっと消える』についても、この人であれば転移術で容易に説明がつく。なるほど、なるほど。幽霊の正体見たりなんとやらだ。
「それで、何を探していたんですか?」
「指輪だ」
大切なもので、ずっと探している。
そう告げたミスルンに、あっとカブルーはポケットの中をまさぐった。警備の者に渡そうと思ってすっかり忘れていた。
「もしかして、指輪ってこれじゃないですか?」
取り出した指輪をミスルンの前に差し出すと、彼は驚いたように左目を見開いた。どうやら正解らしい。
「どこでこれを?」
「たまたま、落ちていたのを今日拾ったんです」
ミスルンはエルフの中でも名家の出身だ。年代物の高価な指輪を持っていても何ら不思議ではない。持ち主が見つかって良かったです、とミスルンの白い手のひらの上に置いてやる。ほっとした顔で指輪を握りしめる彼に、ちらりと違和感が過ぎる。
「よっぽど大切なものだったんですね」
「うん」
手のひらの中の宝物をそっと眺め、目を細めて微笑むミスルンに心の中がざわりとした。今にも涙が溢れそうな顔で笑いながらカブルーを見上げる顔は、いつか見た光景に似ている気がした。
「ありがとう」
どういたしまして、と返した声が彼に届いたかは分からない。瞬きの間に彼は目の前から消えてしまった。きっと転移術で戻ったのだろう。
辺りには夜に咲く花の甘い香りが残っていた。
次の日の朝、パッタドルと連れ立って現れたミスルンにカブルーは声を掛けた。
「おはようございますミスルンさん。昨日はちゃんと戻れましたか?」
「昨日?」
何の話だ。
首を傾げるミスルンに、「昨日の夜城で会ったでしょう?」と声を掛ける。ミスルンは不思議そうな顔をしたままだ。
「昨日は登城していない」
「え、だって夜中に探し物をしにきていたでしょう?廊下で会ったじゃないですか」
「他国の城に夜中に侵入するわけがないだろう」
ミスルンの言葉に、カブルーはぽかんと口を開けた。
そうだ、彼は西方の大使であり、この国の所属ではない。そんな人間が許可もなく真夜中に城にいては外交問題だ。つまり彼があの時間あんな場所に居ることは有り得ない。何故そのことに気付かなかった?
「え、でもだって指輪を探して、」
「指輪?」
「大切なものだって、ずっと探してたって言ってたじゃないですか」
言いながら、首の後ろの産毛がぞわぞわと逆立つ。背中を嫌な汗が伝った。あれ、そういえばあの指輪は何処で拾ったんだった? 屋内だったか、屋外だったか、指輪が転がった床の色も、それがぶつかった壁の色も、ひとつも思い出せない。
「今の私に、そこまで執着する『大切なもの』があると思うのか?」
ミスルンの言葉に、カブルーは側頭部を思いっきり硬いもので殴られたかのような衝撃を受けた。
感じていた違和感の正体。
じゃああれは、昨日の夜のミスルンは一体『誰』だったというのか。
カブルーは酷い渇きをおぼえて、口の中の苦い唾を何度も飲み込む。向かいに立つミスルンからは、いつもと変わりなく、何の匂いもしなかった。
その日以降、『白い女の幽霊』の話はぱったりと聞かなくなった。
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