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薙屋のと
2024-07-04 09:18:40
2355文字
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金の指輪は贈らない
化けて出たら物理的に追い返すぞと言われるカブミス(要約)
メリニにはゴーストが多い。
とは言っても別に恐ろしい話ではなく、その正体は千年前の黄金郷の住人達だ。
かつて大陸ごと地中に飲み込まれ、迷宮と化していたこの地には濃い魔力が残っている。魂を縛りつける呪いによって死ぬことを許されなかった彼らは、肉体が朽ちてなお亡霊として長い間迷宮を彷徨っていた。不死の呪いから解放された今、徐々に数を減らしつつあるが依然として彼らはこの地に留まっている。ヤアド曰く「僕達を死から遠ざけるように覆っていたベールは消えましたので、心残りが晴れれば彼らも順に成仏してゆくでしょう。やがて僕も灰となって消えてしまうかもしれません」との事だ。
まあ生命力の底力が凄まじいあの人は、まだ当分の間灰になることはないだろう。
「だから、俺が死んでももしかしたら、残ったりできるのかなぁ。って思ったんですよね」
ベッドの上で恋人を後ろから抱きしめながら、カブルーはぽつりとそう呟いた。足の間にくったりと収まっていたミスルンが微かに動き、不思議そうな顔をする。
「どう頑張っても俺の方があなたを置いて先に逝きますから。限界まで長生きするつもりはしてるんですけどね」
あなたが死ぬまで側に居られたら、寂しくないでしょう?
包まったシーツの隙間から覗く素肌を撫で、旋毛にキスを落とす。先程まで合わさっていたはずの肌は既にさらりとしているが、細く柔らかい銀髪に指を通すと頭皮に近い部分が未だうっすらと汗ばんでいた。
うん、と頷いたミスルンがもそもそと顔をあげ、カブルーと目を合わせた。黒い瞳の中に自分の顔が鏡のように映り込んでいる。カブルーはいつだって、それを見るのが好きだった。
「分かった。センシからシャーベットの作り方を学んでおく」
「いや何でだよ」
真面目な顔で頷く恋人に、思わずツッコミを入れる。くるりと相手の身体ごとこちらに向けて、まるでうさぎのように無の表情をしている、その両頬をむにむにと揉んだ。彼は見た目より体重があるし体幹も鍛えられているけれど、凡そ抵抗というものが欠如しているのでいとも簡単に持ち動かせてしまう。そのまま滑らかな頬の感触を楽しんでいたのだが、むにゅ、と白銀のうさぎが鳴いたので手を止めた。何か言いたいことがあるらしい。
「
……
宝虫のジャムについては、代用品を考えておこう」
「そこの配慮は別に求めてないんですよ」
むいっと白い頬を摘んでやった。余り顔の筋肉を使わない為だろうか、彼の頬は柔らかく良く伸びる。
「何ですか、ゴーストになった俺とは会いたくないですか」
「肉体という殻を失った魂は脆く弱い」
頬から離れないカブルーの手に、ミスルンの白い手がそっと重なった。細く長い指が褐色の手の甲の輪郭を確かめるように撫でていく。
「最初は正気を保っていても、長い時間を彷徨う内に自我の境界を認識できなくなり、やがて狂気に取り込まれ正気を失う
――
迷宮の主と同じように」
「
……
つまり、俺が未練のままにゴーストになったら、そうなる前にあなたの手で成仏させてくれると?」
「うん」
かつて嫉妬と劣等感と憤怒に塗れて狂って壊れた男が、そう言ってカブルーの手のひらに頬を押し付けて頭を擦り寄せてくる。遙か歳上の男の不器用な仕草に、思わず頬が緩んだ。それと同時に、年齢差は永遠に縮まらないというのにいずれ彼の見た目を追い越し置いて逝く事を申し訳ないと思う。
生きる事を諦めるなと手を差し伸べるような真似をして、愛するだけ愛して、さっさと先に逝ってしまうなんて、なんて身勝手なのだろう。長命種と短命種の埋められない溝が、幾度体を合わせて重ねて物理的距離をなくしたところで、どうしたって二人の間に横たわっている。
王の妹を生き返らせる時に、ノームの老人が言っていたが。ぽつり、ぽつりと彼が話を続ける。
「生にも死にも大した意味などない。遅かれ早かれ、大体百年も生きれば皆その事に気が付く」
その百年に、自分達トールマンが到達することは稀だ。トールマンの寿命はエルフの五分の一しかなく、大体の人間はその悟りを得られずに死んでいく。カブルーだって、自分の生に大した意味がない等と言われては納得がいかない。カブルーはここまでの人生の大半を、故郷の生き残りとして、迷宮の謎を解き明かすという使命感をよすがに生きてきたのだから。
「あなたに寂しい思いをさせたくないというのは、俺の感傷ですか」
カブルーは拗ねたような口ぶりで、ミスルンの顔の右側、ちょうど義眼の嵌った目元の辺りの皮膚に触れた。右目も、両耳も、欲求も。様々なものを失ったこの人の前から、やがて自分も消えてしまう。だって死を忌避する魔法は、無限はもうこの世界のどこにもないのだから。
カブルーの言葉に、ミスルンが目を細める。薄い唇が開いて、掠れた声が笑った。
「終わる順番が、私の方が少し後だというだけだ。
――
だから、百五十か、二百か。少し寂しいかもしれないが、ゆっくり待っているといい」
寂しい? 俺の方が?
カブルーは目を瞬かせた。白い指がカブルーの頬を撫で「お前は案外寂しがり屋だからな」と言った。否定しようとしたが、寂しくないというのも嘘なのでうまい逃げ道が見つからず黙るしかなかった。だってこの人は、無垢な子どもでも、意思のない人形でも、失意に項垂れる廃人でも、ましてや物言わぬうさぎでもない。年相応に老獪で、知恵も知識も積み重ねて生きてきた長命種の男だ。あーもう。
「あなたが美味しいものを食べて、長生きしてくれるならそれで良いですよ」
でも宝虫と一緒にシャーベットにはなりたくないんで、あの世で大人しくしてますね。
そう言うと腕の中の恋人は声をあげてくすくすと笑った。
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