ナガレ
2024-07-03 21:27:40
2834文字
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豊前と松井と指輪の話(ぶぜまつ)

2024/6/30のJUNE BRIDE FES 2024.「Be With Me!!」で、サークルスペースにご来訪いただいた方にお渡ししていたペーパー小話。冒頭に出てくる他本丸の松井江、実はこの話https://privatter.me/page/65818495125b9)に出てくる休憩所でつるむ豊前江達のひとりと深い仲という裏設定があったりします。 ※web横書き用に改行等調整しています。

「隣、座ってもいいかい?」
「どうぞ。……すまない。荷物が邪魔だ。すぐに退ける」

 政府主催の定期研修。松井江は他の本丸の松井江に声を掛けられた。開始時刻が迫っており、席はほとんど埋まっている。松井江という刀剣男士は集合時間よりも早めに来るタイプが多い。ぎりぎりの時間に息を切らして来るだなんて珍しい。何かあったのだろうか。

「もっと早く来るつもりだったのだけれど、出掛けるときに少しあってね」

 慌てて入ったから皆に見られて恥ずかしかったと、隣の席に座った松井江は肩を竦めた。携えてきた鞄の中から帳面と筆記具を出す松井江。松井は彼の薬指にきらりと光るものを見つけた。爪紅は嗜むけれど、装飾品はほとんど身に着けないのが松井江。思わず見つめてしまった松井の視線に気づいた松井江は、あぁこれかい?と己の薬指を飾る指輪を松井に見せた。

「人の子には求婚の時に指輪を贈る風習があると小耳に挟んだらしくて」

 松井江曰く、この指輪は彼から贈られたそうだ。浪費はいけないと言ってるんだけどねと苦言を呈しているが、その表情はまんざらでもない。これはもしかして惚気話を聞かされているのではと、すぐに気がついた。松井江の言う〝彼〟とは、おそらく豊前江。なぜなら、彼から同じ匂いを感じたから。何となくだけど。

「普段は身に着けないけど、外に出るときは着けろとうるさいんだ。出掛ける矢先にもそれで少し揉めた」
「ふふ。ごちそうさま」

 研修の開始時刻になった。続きはまた後で聞くよと松井江に視線で伝えると、松井は帳面を開いて前を向いた。
 
 半日ほどで研修は終わった。松井江の話の続きを聞いてから別れると、松井は珍しく寄り道をした。足を向けたは万屋街の一区画、装飾品を扱う店が建ち並ぶエリア。店の軒先を横目で見ながら通りを歩いていく。
 豊前と自分は、あの松井江と〝彼〟のような関係ではない。互いに想い合っているとは思う。しかしそれを確認したことはない。あの松井江と僕は同位体だけど違う。そう自分に言い聞かせながら松井は店を選ぶと、少し硬い表情で店の中に入った。

 ――というのがこの間の出来事だ。あの日買ったものは、隣の席に座った松井江が身に着けていたような銀色の指輪。……我ながら良い物を選んだと思う。でも、自分では積極的に身に着けようと思わない。松井は買った指輪を文机の上に裸で置いていた。そして目に付いた時に眺めたり、指に填めてみたりしていた。今日も、ついさっきまで填めては外してを繰り返していた。その度に思う。僕にはあまり似合わないなと。

……松井、いるかー?」
「豊前? どうした?」

 非番だけれども特に予定の無い松井が一振りぼんやりしていると、部屋の外から声を掛けられた。豊前だ。この本丸では近侍も当番制で、今週の近侍は豊前。何かあったのだろうか。

「主からの伝言。この間配られた紙、まだ出してねーだろ?」
「あ。すっかり忘れていた……

 この間配られた紙改め全振り提出必須の書類は早々に仕上げたが、提出するのを失念していた。松井は机の上にある文箱の蓋を開けると、中に入ったままになっていた書類を出して豊前に渡した。

「わざわざ取りに来てもらってすまないね」
「気にすんな。主に中身も一応見てこいって言われてっから、見させてもらうぞ」
「どうぞ」

 中身を確認してこいと言われたが、できるのは空欄の有無を見つける事くらいだ。豊前は松井から回収した書類を一瞥した。……多分、大丈夫。豊前は顔を上げた。そして松井に貰っていくと言いかけて、動きを止めた。一点に向けられている、豊前の視線。それは書類の出てきた文箱――ではなくて、その隣に注がれていた。机の上の文箱の隣、そこには豊前の見慣れない物があった。指輪だ。

……あれ、どうしたんだ?」
「指輪のこと? この間買ったんだ」

 そう答えてからしまったと思っても後の祭り。豊前の周りの空気が数度下がった気がする。矯めつ眇めつというのがまさに相応しい視線が、机上の指輪にじっと注がれている。……別に、嘘は言っていない。松井は雰囲気に飲まれて小さくなってしまいそうな己を叱咤した。そうして沈黙が続くこと数秒。豊前がおもむろに指輪をつまみ上げた。そして松井の指に填め、「ん?」と疑問符混じりの低い声を出した。
 人差し指、中指、薬指。両手のどの指に填めても微妙に緩い。身に着ける物にはこだわりのある松井が、自身の身に着ける装飾品のサイズを見誤るとは考えにくい。となるとこれは、自分用ではなくて誰かに渡そうとして買ったもの。よく見れば、デザインも松井の好みからは少し外れている気がする。回転する豊前の頭脳。その表情はどんどん険しくなっていった。

……松井には大きさ合わんちゃ」
「自分用ではないから……
「そうか。誰?」

 固い声色。凍てつく空気。こちらを見ない豊前が恐ろしい。戦場とは違う冷や汗が松井の背中を伝った。

「松井?」
……っ、君に合いそうだと思ったんだ」

 こんな事になるのなら、出しっぱなしにしておくんじゃなかった。無精をしていたわけではないけれど。いい機会だ。桐の箱に入れて、物入れの奥に隠してしまおう。ぎゅっと唇を結んだ松井は、口は割ったのだからもういいだろうと指輪を外して握り込んだ。しかしその手は豊前によってあっさりと開かれてしまった。
 松井の握り拳をこじ開け、今度は自分の指に填めてみる豊前。「お、ぴったり」と呑気に呟いている。先ほどまでの空気はどこへやら。いつもの豊前だった。とりあえず難は逃れたのかなと、松井はほっと胸をなで下ろした。だからその後の豊前の台詞をしっかりと聞いておらず、右から左に抜けているも同然だった。

「そーだ。今度の休みに松井の分も見に行くか。俺が選んでやんよ。主にこの書類渡したらまた来るから、その時いつにするか決めよーぜ。じゃ、また後でな」
「うん。また後で」

 部屋を出て行く豊前を見送る松井は、去り際の豊前の指にきらりと光るものを見つけた。

「待って! それ着けたままで行くつもり!?」

 松井は豊前を追うように部屋の外に出た。絶対に聞こえているはずなのに、早足の豊前は聞こえない振りをして颯爽と消えた。このまま追いかけるべきか。いや、下手な騒ぎになっても説明に困る。主は素通りするかもしれないし、そもそも気づかない可能性もある。こんなつもりじゃなかったのに。どうしたらいいか分からない。

「豊前のあんぽんたん……僕ん馬鹿が……

 そういえばさっきも何かすごい事を言ってた気がする。僕の分を選ぶとか、何とか。松井は豊前の言葉を聞き流していた事を後悔した。後悔先に立たず。松井は白皙を朱に染めたまま、ずるずるとその場にしゃがみ込む事しかできなかった。
 
 
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ぶぜまつ末永くお幸せに!


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