ナガレ
2021-06-06 21:14:28
4135文字
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水無月の誓い(ぶぜまつ)

政府機関に出向することになった豊前と、他本丸の松井江避けに首飾りを貸す松井。私の書くぶぜんごは松井に対して格好つけの傾向があります(でも9割は素)

……出向?長期遠征ではなくて?」

松井江は豊前江にしばらく本丸を離れる事になったと告げられた。松井は豊前に理由を聞いた。豊前曰く、時の政府では人手不足が著しく猫の手改め刀の手も借りたいという事で、各本丸から刀剣男士を出向させるように全本丸宛てに通達が来たそうだ。本丸の運営に必要な人員(中核業務を担当している刀剣男士)を除いた面々でくじ引きをしたところ、豊前が見事に当たりを引き当てたのだという。松井は数えるほどしかいない貴重な実務要員という位置付けにいるので、そんな通達が来ていた事もくじ引きをしていた事も知らなかった。
時の政府が提示してきた出向期間は三ヶ月。延長される事はあっても、早く帰される事はない。政府機関でどんな業務が行われているのか知らないが、おそらく豊前が苦手とする細かい事務作業が主になるだろう。体力仕事や使いっ走りなら引き受けるが、書類と格闘する事だけはしたくない。ただでさえ、細かい文字は見ているだけで頭が痛くなってくるというのに。
松井もそれをわかっているのか、豊前に務まるのだろうか大丈夫だろうかという不安がありありと浮かんでいた。自覚のある豊前は苦笑するしかなかった。

「何とかなるっちゃ。特別給金は出してもらえるから、何か土産でも買ってきてやんよ」
「うん……
「浮かない顔だな。どした?」

松井の豊前の書類仕事に対する不安とは別の憂い顔に、豊前は少し心配になった。何か他に懸念事項でもあるのだろうか。

「その、僕がここに来てから豊前がいなかったことって、そういえばなかったなと思って……

松井が顕現した時、すでに豊前はこの本丸に来ていた。同じ江の者として世話を焼かれるうちに何やかんやあって好い仲になり、今では同じ部屋で(もちろん各々に個室は与えられている。松井があれ?と思った時には、松井の部屋に豊前が居着いていた)寝起きを共にしている。四六時中とは言わないが、松井の近くには豊前がいた。こんなにも長く離れるのは初めてで、松井には豊前のいない生活が想像できなかった。

「連絡が取れなくなるわけじゃねぇし、でーじょうぶだって」

な、と豊前は松井の頭をくしゃりと撫でた。これはもう癖みたいなものだ。初めて松井が出陣で誉を取った時によくやったと無意識に撫でて以来、豊前は事あるごとに松井の頭を撫でてしまう。撫で心地が良いというのもあるが、こうすると松井は嬉しそうにしたり、安心した顔になったりするからだ。だから今も、松井を安心させるために撫で回した。
松井は髪が乱れるし子どもじゃないんだからやめてくれと言うが、それも口だけだ。その証拠に、今もおとなしく豊前にされるがまま撫で回されている。

「出立はいつ?」
「明後日の朝。明日は非番にしてもらった」
「随分と急だね……
「そんな顔すんなって。主に頼んで明日は松井も非番にしてもらったから」

準備手伝ってくれるだろと、さも当然のように言ってくる豊前。そんな豊前に松井は、仕方ないなぁと満更でもない様子で返した。

*****

翌日、夜。
布団の中で松井は焦っていた。今は真夜中で、朝になったら豊前は出立してしまう。戻ってくるのは早くて三ヶ月後だ。連絡は取れるとはいえ、今までみたいにつかず離れず一緒にいられるわけではない。豊前の周りを見張っている事ができない。松井の懸念はそこだった。
出向先には政府所属の松井江や他の本丸の松井江がいる。その中には豊前に惚れる個体もきっといる。他の豊前江はいざ知らず、この豊前は松井のものだ。松井江避けをしておかねば。色目を使うな手を出すなと紙に書いて背中に貼っておきたいが、さすがにそれはできない。
常ならば、色目を使いそうな松井江を発見次第、豊前に気づかれないようこっそりと威嚇している。しかし出向中は無理だ。よその松井江を豊前に近づけないためにはどうすればいいのだろうか。松井はちらと隣の豊前を見た。豊前は並べて敷いた隣の布団で健やかに眠っている。松井はほんのちょっとだけ腹が立った。
結局、松井は一睡もできなかった。

翌朝。松井は豊前の見送りに来ていた。眠たいし目の下には薄く隈ができている。眠たそうな松井の様子に豊前は「無理して来なくてもいいぞと」と言ったが、松井は行くと言い張った。午前中は何の予定も入っていないから、豊前を見送ってから寝直せばいい。

「じゃ、行ってくる。毎日は難しいかもしんねーけど、連絡すっから」
「行ってらっしゃい。何かわからないことがあったら聞いてくれればいいから」
「ん。何かあれば聞く」
……待って!」

そろそろ行くからと荷物を手にした豊前に松井は待ったを掛けた。これを持っていってほしいと、松井は自分の首に掛けている首飾りを外した。首飾りの鎖は長めだだから、中に入れれば豊前の開襟シャツでも隠れるだろう。松井にはこれ以上のものが思い浮かばなかった。
一晩中考えに考えた。渡すかどうか、最後の最後まで悩んだ。身軽な豊前には重たい奴だと思われるかもしれない。でも、これで嫌われるならそれまでの関係だったという事だ。いつの間にか松井の部屋に置かれるようになった豊前の私物は、彼の部屋に戻しておこう。

「お前、これ……
「僕の代わりだと思って持っていってほしい」
……わかった。遠慮なく借りていく。俺も何か渡した方がいいのか?」
「ううん。何事もなく帰ってきてくれればそれだけでいい」
「相変わらず欲のない奴っちゃな……

松井から首飾りを借り受けると、豊前は辺りを見回して誰もいない事を確認した。――よし、誰もいない。豊前は松井に顔を近づけた。


*****

出向先の政府機関には様々な本丸から刀剣男士が来ており、その中には豊前江もいた。その中の何振りかは、豊前と同じように鎖らしきものがちらりと見えている。どこの松井江も考える事は同じらしい。自然と似たもの同士でつるむようになった。
主な話題はそれぞれの本丸事情の暴露、苦手な書類仕事に対する愚痴、そして松井江の事。特に松井江については、この休憩所でつるむ豊前江共通の話題だから大いに盛り上がった。

「まさかこれを渡されるとは思っとらんかった」
「あいつの大事なものだからな……
「うちのまつ、『どこかの僕が色目使ってきたらこれを見せて松井江なら間に合ってますと言え』って渡してきたぞ」
「おまえんとこの松井江、強ぇーな」

松井江の首飾り。今代の主である審神者にも理由を明かしていないこれを預けるという事がどれだけの意味を持っているのか、それが分からない豊前江達ではない。考える事は同じだった。――これに見合うだけのものを彼に返したい。

(何か身に着ける物がいい。けど、首飾りでは芸がない。他にっつーと……あれか?)

違う個体とはいえ、自分の事は自分が一番よくわかる。ここにいる奴ら全員同じ事を思いついたんだろうなと豊前は思った。


*****

「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「堅苦しいのは性に合わねーな」

審神者から豊前が今日戻ってくると聞いた松井は、門の前でそわそわと彼を待っていた。日々文字で、二日か三日に一度は音声で連絡を取っていたが、実物の豊前に早く会いたかった。さすがに審神者も時間まではわからないと言うので、松井は豊前に朝一番で「帰ってくる前に必ず連絡して」と送った。
昼が過ぎて八つ時になるかならないかの頃、豊前から「今から本丸に帰る」と文字だけの通信が来た。それを見た松井は事務作業を切り上げ、彼の帰りを今か今かと待っていたというわけだ。
帰還早々、しばらく文字も数字も見たくないと苦い顔をする豊前。松井は審神者に、しばらく彼の好きな当番が回るようにしてもらおうと進言する事を決めた。

「これ、返す。ありがとな」

豊前は袋に入れた首飾りを松井に返した。本当は午前中に解放されていた。それなのに帰還がこんな時間になったのは、少し寄り道をしていたから。――松井は気づくだろうか。気づいてくれなかったら少し悲しい。
豊前が見守る中、三ヶ月ぶりに首飾りを掛けようと松井は袋を逆さにした。滑るように首飾りと一緒に出てくる「何か」。鎖の間で光る「何か」に気づいた松井の目がまん丸に見開いた。――気づいてくれてよかった。豊前は安堵した。
首飾りと一緒に出てきたものは丸い小さな輪っか。松井の白い指が、恐る恐るそれを摘まんだ。白金色の地金に小さな金剛石が一粒嵌め込まれたそれは、どこからどう見ても指輪だった。松井は知っている。人の子の風習で、求婚する時にこういうものを渡す事があるのだと。

「っ、豊前、これ……
「土産。今度、ちゃんとしたやつ見に行こうな」

主への報告があるからと、言葉を失ったままの松井を残して豊前はその場を去った。門を通り抜けて玄関から中に入り、誰もいない廊下の曲がり角を曲がると思わずしゃがみ込んだ。緊張からの解放で立っていられなかった。こんなにも緊張したのは初めてで、初陣の時ですらもっと落ち着いていたはずだ。心臓の鼓動は早鐘を軽く通り越しており、痛かった。

(受け入れてもらえたってことでいーんだよな……?)

あの場でそれを確認する勇気は無かった。揃って非番の時に万屋街に行き、それとなく店の前で話を切り出そう。慣れない事はするもんじゃない。顔が熱くて仕方なかった。主への報告は顔の熱が冷めてからにしよう。しばらく誰も通りかかってくれるなと豊前は願った。


それから数週間後のある日。厨で水を飲んでいると、豊前は審神者に声を掛けられた。豊前に聞きたい事があるらしい。一体何だろうか。やらかした憶えは無いので、悪い話ではないと思うが……

「豊前江の間で松井江にプロポーズするのが流行ってるって本当?」

豊前は噎せた。聞いただけでも三組いるんだよ~と宣う審神者。目の前にも似たような事をした奴がいるとは言えず、曖昧に笑って誤魔化す豊前だった。


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豊前にはちょっとキザな事をしてもらいたかった。ぶぜまつお幸せに!!!!


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