想いを淹れる

FF14の二次創作です。
時間軸は漆黒のヴィランズ(5.1)及び暁月のフィナーレ(6.0)クリア後を想定。
サブクエスト「小さな旅路」のネタバレを含みます。

 彼女の白い手が滑らかに湯を注ぐ。
 すると間もなく、深い煙のような香ばしさが鼻先をくすぐり始めた。
 ほんの少し時間を置いて、今度は湯量を調節しながら細く注ぎ足す。
 逆しまの円錐型から焦茶色をした液体が滴り落ちて、それを受け取る硝子容器の中で闇夜の海が生まれていく。
 その様子をもっと見たくて思わず前のめりになった。ふと視線を上げると、カウンター越しに彼女……フ・ラミンが、くすりと小さく微笑んでいる。
 少し子供っぽかっただろうか。急に照れくささが胸の奥から顔を覗かせてきたが、彼女が何も言わずに手元の技を見せてくれたから、彼も静かに眺め続けた。

「はい、アゼルさん」
 そう言って彼女が差し出したのは白い陶器の一揃い。花を模した青の幾何学模様が上品な彩を添えている。
 カップの中に満たされた焦茶色の海は水面から蠱惑的な香りを漂わせていた。
「ありがとう、いただきます」
 最初に味わうのは口当たりの良い滑らかな苦み。後から果実の明るい酸味が広がってくる。
 風味の変化を楽しんでいると、眼前に小さなもう一皿が差し出された。
 皿の上には豆菓子が盛られている。一粒摘んで頬張ると素朴な甘味。それが再びカップの傾きを誘う。絶妙な組合せだとアゼルは思った。
「フ・ラミンさんが淹れてくれるコーヒーって、すごく美味しいですよね」
「ありがとう、褒めてもらえて嬉しいわ」
 そう言って柔らかな笑みを見せるフ・ラミンの手にも白いカップが握られていて、後から淹れたもう一杯を自身でも味わっていた。
 二人きりのささやかなお茶会。
 時間がゆったりと流れていく。

 これは、石の家でのある日のこと。
 スラフボーンからの頼まれ事を済ませたアゼルが戻ってくると、その日は珍しく暁の血盟の全員が出払っていたのだが、ただ一人だけ、バーカウンターの中にいるフ・ラミンが静かに留守を預かっていた。
「あら」と、アゼルの帰還に気付いた彼女。
「ちょうど良かった、コーヒーでもいかが?」
 そう言って、彼をカウンターの向かいに誘った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 そうしてスツールに腰を預けたアゼルは、フ・ラミンが器具の準備をするところからドリップするまでの一部始終を見学していたのだった。

 コーヒーの香りと味を楽しみながら、しばらく二人で他愛のない会話を続けた。
 その隙間ができた頃に、フ・ラミンが佇まいを改めて言葉を紡いだ。
「アゼルさん、この間はありがとう」
 それが何を指しているのか、アゼルはすぐに思い当たった。
「いえ、むしろ立ち会わせてもらって……こちらこそありがとうございました」
 それはアゼルが護衛という名目でフ・ラミンに同行した時のことだ。
 彼女の目的は、キャンプ・ドライボーンの聖アダマ・ランダマ教会で、ミンフィリアが遺した猫目石をウォーバートン氏が眠る墓に納めることだった。意志を次代へと継いだミンフィリアが、父親と共にどうか安らかに眠れますように。切なる祈りを込めて。
 数奇な運命に導かれるようにしてフ・ラミンの手の中に戻ってきた猫目石。絆の象徴のようなそれを自ら眠りつかせると決めた彼女の心中は計り知れない。
 彼女達の関係を思えば、その大切な場を見届けさせてもらえたことに、むしろこちらが感謝する方だ。あの時に見た彼女の凪いだ後ろ姿を思い出しながら、アゼルはそう口にした。
 フ・ラミンは微笑みだけを彼に返す。それから彼女は、懐かしい記憶を愛おしむように手の中のものを見つめていた。
「あの子にも、ここでこうしてコーヒーを淹れてあげて、一緒に飲んだこともあったわ」
 囁くように彼女は続ける。
「あの子と、アシリアとここで過ごした時間は多くはなかったけれど。それでもこうしてこんな風に、一緒にこういうことをしたなと思い出すの」
……
「あの子は星に還ってしまったけれど、こうやって一緒に過ごした日々を思い出せば、いつでもずっとここにいてくれる」
 そっと胸の上に手を添えながら、フ・ラミンはアゼルのことを見つめて言った。
「だからアゼルさん、あなたも時々あの子のことを思い出してくれると嬉しいわ」
……ええ、もちろん」
 頷いて、希望の灯火を手に歩き続けた彼女の姿と、その笑った顔をアゼルは胸に思い描いた。
 それから口にしたコーヒーは、とても優しい味がした。


「アゼルさんは自分でコーヒーのドリップをしたことはある?」
 温かな沈黙。それを破るように、明るさを乗せた声色でフ・ラミンが尋ねた。
「いや、自分でやったことはないですね。できたら少し格好良いかな、なんて思ったりはしますけど」
 アゼルも冗談めかして返す。
「だったら」と、まるで良いことを思いついたとでも言うように胸の前でポンと掌を合わせる彼女。
「今ここでやってみない?」
 そんなに難しいことではないわ。横から教えてあげるから。
 そう言ってフ・ラミンはアゼルをカウンターの中へと招き入れた。
 まずはお湯を沸かして、その間に豆を挽いておくの。フィルターはこれを使って。お湯が湧いたらひと呼吸。まずは粉をじっくり蒸らすように。それから細く、少しずつ。
 フ・ラミンに教えられるままに手順を進めてアゼルは最初の一杯を淹れた。
 手ずから淹れた沸き立つ香りに、密かに胸を躍らせる彼だったのだが。
……あれ?」
 一口飲み、美味しくないわけではないのだが。
 先ほど彼女が淹れてくれたものと比べると、微妙に何かが足りない気がして首を傾げた。
「初めてにしては上出来よ」
 アゼルのコーヒーを味見していたフ・ラミンが優しく言った。
 お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しいのだが。
「なんかこう、フ・ラミンさんみたいに美味しく淹れるコツって何かあるんですか?」
 覚えた違和感の正体を知りたくなってアゼルは尋ねた。
 するとフ・ラミンは視線を上目に一瞬考える素振りをして、それから柔らかな笑みを顔に浮かべて、唄うようにこう言った。
 
 美味しいコーヒーを淹れるには、何より時間が大切よ。