【あしゅやよ】隠れても攫いに行く

扉一枚隔たれた彼方側にいるのはだぁれ?あしゅやよ🖍️💀編。


別パターン



部屋の隅に追い込まれ逃げ道を失い、それでも一矢報いる隙を窺っている夜宵の凛とした眼差しに黒阿修羅の十分な栄養が取れずやせ細っている手をぎゅっと握り締めた。
上半身に刻まれた夥しい擦傷痕以上の痛みが無垢で幼い心に突き刺さる。黒い血が痛みを伴いドクドク心から流れ続け止まらない。
一歩踏み込めば触れ合える距離で立ち止まった黒阿修羅が自分よりも背の低く小柄な夜宵の特徴的な瞳を正視する。黒目と白目が反転した目を切なく揺らめかせ、熟れ腐った果実とも血腥い匂いとも云える吐息交じりの声で希う。

「名前、呼んで。僕の名前、お姉ちゃんが付けてくれた名前を呼んで……

黒阿修羅の懇願に夜宵の目が大きく瞠られ胸に抱いている獅子の形代を抱きしめる力が強まる。
今形代に戻れば夜宵の腕の温もりや抱きしめてくれる強さをその身で受け止められるだろう。しかし、それでは駄目なのだ。受動的ではない能動的に夜宵に触れ抱き寄せたい。二人の間にある距離を無くし、好きな匂いを胸いっぱいに吸い込んで、生者のぬくもりを生きている証を確かめたい。固く握りしめた手がはやくはやく約束してくれた彼女を手籠めにしたいと急かしたてる。
自制心の手綱を強く引いているのを緩ませたい衝動を夜宵が自分を呼んだ瞬間得られる免罪符が手に入るまで我慢してと宥め賺す。

……お姉ちゃん」

真一文字に切られた喉元から赤黒く染まった血の泡が吹き水に溺れ放つ声に似た濁り濡れた黒阿修羅の声音。
泣くのを必死に我慢している幼気な姿に俯いた夜宵の瞼が半分近くまで閉じ、やおら顔を上げたときには一切逸らさず黒阿修羅を見詰めつぐんでいた小さな口を開いた。

「月蝕尽絶黒阿修羅、……来て」

躊躇いがちに紡いだ夜宵の言葉が黒阿修羅の心から流れ続けていた黒い血と痛みを止める。握りしめていた手を解き、怯え震える事のない小柄で柔い身体を抱き寄せた。歓喜に彩られた黒阿修羅の口から微かな呻き声が漏れ、骨と皮だけの細い腕で必死に夜宵を抱きしめ首元に顔を埋めた。

「お姉ちゃん、いい匂い、好きな、匂い……お姉ちゃんの匂いあったかい、ずっと、ずっとずっとギュってしたかった……

顔を摺り寄せ夜宵を血塗れの胸に閉じ込めるのを止めない黒阿修羅。鼻先を艶やかな髪に埋めかき混ぜ匂いを嗅ぐたび譫言のように「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呟き、いつしか健康的な血色をしている丸みを帯びた頬、分厚いフードと厚着している服によって厳重にガードされている首筋の匂いを舌で味わいだした。
舌全体で満遍なく堪能するのに比例して夜宵のきめ細かな肌が唾液に濡れ黒阿修羅の息遣いを繊細に感じ取る。

……おいしい」
「黒阿修羅」
「なぁに?」

恍惚な表情で舐めていた黒阿修羅が夜宵の声に誘われ、彼女の顔が見える位置まで顔を離せば穢れを知らぬ少女の唇が血の匂い漂う少年の唇に重ねられた。やにわの出来事に黒阿修羅の目が瞬き、繊細で甘く心地よい感触が遠のくのにつれ底知れぬ飢えを訴える。

「足りない」

無辜の強請りに夜宵は何も答えない。ただただ無言で黒阿修羅に身を預け委ね、顔が彼の痛々しい返り血で汚れるのも厭わず顔を埋めるばかり。
言葉ではなく態度で示していると言えばそれまで。なめらかで指通りの良い髪を手櫛で梳き撫で、薄い唇を髪に頭に押し付け黒阿修羅が想いを舌に乗せる。

「──うん。これからいっぱい出来るね。僕とお姉ちゃんのふたりきり、だもん」

重力に引っ張られズリ落ちる少女の身体を愛おしげに抱きかかえた少年の霊はそれはもう嬉しそうに笑い暗闇に少女を連れ溶け込み消えて行ったのだった。