スサ
2024-06-24 20:27:27
4303文字
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【鬼水】めおと相談所

姉妹お断りの話https://privatter.me/page/66754e88efa1b
と繋がってるような繋がってないような。他の妖怪夫婦の困りごとを相談されるふうふな鬼水です。

 あんたの連れ合い、どうにかしてくれよ〜!

 ほとほと困ったといった様子で河童の男衆に囲まれて、鬼太郎は眉をひそめるしかできなかった。
 返答次第ではと奥底で尖る鬼太郎の妖気にも怯まず、一匹の河童が縋りつかんばかりに鬼太郎の手をギュッと握り、膝をつき頭を下げた。
 ここまでされたら鬼太郎もギョッとする。
「一体、何が
「あんたの連れ合いの人間?人間じゃない?どっちでもいいが、あの怖い別嬪さんだよ、あの人が女衆の相談聞くようになってから俺達立つ瀬がねぇんだよぅ」
………………は?」
 鬼太郎の困惑が深まる。
 連れ合いそう呼ばれることに胸がほかほかするのはちらとも表に出ないよう努力する。からかわれるのは癪だし、弱みを握らせるのも嫌だから。とっくに弱みとして知られているだろうけれど。
 そんなことはつゆ知らず、それがよ、と鬼太郎の困惑には気づかぬ様子で、また別の河童が話し出す。
 聞いているうち、鬼太郎の目は点になり、やがて顔を抑えて天を仰いだ。

 しぶしぶ河童達が普段集まる上流に向かって歩きながら、鬼太郎は既に疲労を感じていた。
 何がどうなったかわからないが、鬼太郎にとってのただひとりの、最初で最後のひと、そう思い定める水木は、なぜか河童の女衆に慕われ、日々のあれこれの相談を受けているらしい。
 最近、新鮮なキュウリを「もらった」と言って持って帰ることがあると思っていたら、と鬼太郎はため息をつく。
 日々のあれこれ、他愛のないこともあれば、少々口はばったいこと、秘めておくようなことも、鬼太郎は軽く頭痛を覚えて額を押さえた。
 かみさんが最近断るんだよ、アッチをさと嘆いていた河童の旦那を思い出すと頭痛が増す。
 要するにていよくあしらわれたり、夫だけとっとと手だのなんだので気持ちよくしてはくれるが相手をしてくれないとか

 いくら妖怪だからってあけすけすぎないか?

 と、人間に育てられた鬼太郎などは思ってしまうが、まあ河童達というか旦那達にとっても死活問題だったのだろう。
 で、曰く、そういうことがどこの河童夫妻にも起こるようになってきて、それはどうやら水木に何やら相談するようになってからなのだ、とわかったそうで。そうなれば、伴侶のことは夫に泣きつくしか、と。
 水木に食ってかかって口先三寸で追い返された可能性もあるな、とふと鬼太郎は思った。そこまでは聞かなかったが、ありえないことではない。あるいはもっと単純に、下世話に、お前だってわかるだろうということか。
 といって、自分に言われても困る、というのが鬼太郎の本音だった。そも、水木の行動を鬼太郎は悪いとは思わないし。
 受け入れる側の大変さは想像がつく。いや、それは、水木が教えて育ててくれたところもあるのだけれど。不意に初めて共寝した夜の記憶が蘇り、鬼太郎はわずかに赤面した。
 俺も初めてだから、無様をさらすかもしれないが、と目尻を染めて囁いた彼は、優しく鬼太郎の顔を包み込み、よく見せておくれと微笑んだ。それから……、いや、今はそれどころではなくて。初めてって本当だったんだろうかとかも今考えることではなくて。
 鬼太郎は回想から現実に戻り、淵になっているあたりで足を止める。どうやら、誰もいないようだが
 気持ちの良い風が抜けていく。
 適当な岩に腰掛け、鬼太郎は思案げに水面を見た。どうにかしてくれと泣きつかれたが、正直どうにかできる気がしない。そもそも、どうにかって何をすればいいんだ?とも思う。それに、他所の色恋沙汰に首を突っ込んだってろくなことがないのは、人間も妖怪も同じだ。
 はあと鬼太郎がため息をついた時だった。
 ちゃぷ、と微かな水音がして、つられて視線を流す。そして、目を皿のように見開く。
 ──水木がいた。水浴びをしていたなら気づいたはず。ということは水の底にいたのか。河童に招かれでもしていた?
 澄んだ水から顔を上げた水木に、鬼太郎は慌てて駆け寄る。ひと蹴りで、宙を滑るように。
「水木さん」
 水辺に膝をつくようにして手を差し伸べた少年に、水木の青みを帯びた目がみはられる。水面の反射が飛び込む瞳は万華鏡のように煌めいていた。
「きたろ、どうした?」
 小首をかしげた拍子、記憶を取り戻した時に一緒に色を戻した、つややかな濡羽色の髪から雫が落ちる。その段には、水木がどんな格好で水の中から出てきたのかもわかってしまった。
 襦袢のような薄い着物1枚で、水木は胸のあたりまで水面の上に姿を現したのだ。
「わっ」
 上がってくるのを待てず、鬼太郎は彼の伴侶の体をざばりと地上へ引っ張り上げる。
「おまえが濡れる、」
「かまいやしません」
 ぼたぼたと垂れる水が鬼太郎の服の色を濃くしていくが、濡れてぴたりと体に張り付いた薄い着物姿の水木をどうにかする方が先だった。そこに迷いなどはまったくなく。
 よくよく見れば、淵の辺の大きめの岩の上にきちんと畳まれた衣類と手ぬぐいが置かれていた。
 着替えだと水木が言うより、鬼太郎がそこへ向かう方が早かった。そして有無を言わせず帯をとり袷を開く。水木が抗う間どころか声をかける暇もなかった。
「風邪をひく」
 さすがに眉を吊り上げた─ただし同時に眦も朱に染まっていた─水木が口を開きかけたところで、鬼太郎は短く、無表情に言った。濡れた着物を剥ぎ取り、一糸まとわぬ体になった水木の体、腰のあたりにさっさと脱いだちゃんちゃんこをかけ、手ぬぐいでその身を丁寧に拭き始める。
 慌てたのは水木だ。
「おい、大事なちゃんちゃんこが汚れる」
 返そうとするのを遮り、鬼太郎は目であつく訴えるので、結局根負けしたのは水木だ。
 幸い、陽気は麗らかで、何なら少し暑いくらいだったから、風邪などひきそうもない。
……何してたんですか?」
「ん?河童の奥さん方にな、お茶に呼ばれて」
 水木は首をかしげ、きょとんとした顔で答える。
「いいキュウリもらったんだ。浅漬けにしよう」
「それはよかった。ではなくて」
 鬼太郎は目つきをいささか剣呑なものにして、水木に着替えのシャツを着せかけながら声を低くする。
何かあったらどうするんだ。水の底なんて、河童からはとても逃げられない場所だ」
「逃げる?」
 ぽかんとした顔にほんの少し苛立ちを覚えながら、鬼太郎は続ける。
「招きってなんです、僕にあんまり心配させないで
 水木は目をまん丸にしてまじまじと鬼太郎を見つめた。じわじわ恥ずかしくなってきて、鬼太郎は目をそらして水木の着替えに集中する。
 さわさわと木々が、葉が鳴る。心地よい風が吹いてくる。
「何もないさ」
………
 水木の手がゆっくり鬼太郎の手を包む。それは固く、厚く、そしてあたたかい。昔から変わらない。
「相談されちまって」
…………
 水木はいたずらっぽく笑い、義息、今は夫でもある男の手を握るのとは反対の手、その人差し指でもってコツンと己のこめかみを叩く。
「こいつもまだまだ役に立つ」
 ついでに流れるようにウィンクされ、鬼太郎は瞬間、息を止めた。連れ添って何年経とうとかなう気がしない。ずっとこうやってドキドキさせられ続ける気がする。
「俺は男だが、まあ奥さん方の気持ちもわかる立場だろ?」
 静かに動揺する鬼太郎に聞かせる水木は、おかしそうにくすりと笑う。前髪から水滴が落ちる。誘われているような気持ちになる
「だから、まあ、な」
「──旦那衆に泣きつかれました」
 鬼太郎は包み隠さず口にした。水木は二回くらい瞬きして、そうか、と頷く。そんなに驚いているようではなかった。ある程度見当をつけていたのかもしれない。鬼太郎がなぜここに来たかについて。
「それで?おまえはどうする?」
 面白がる色が水木の目にはあった。瞳の海の中には好奇心という魚が美しい鰭を翻しながら泳いでいるが、これを捕まえるのは容易なことではない。
 光の映り込みで青銀色に煌めく瞳をのぞきこむようにして、鬼太郎は長い命の連れ合いとなってくれたひとを見つめる。
「わかりません。僕はあなたに愛されているから」
 予想外の答えだったのか、目を丸くした後水木は笑い出した。
……そんなにおかしいですか?」
 いくらか拗ねた調子で尋ねれば、いや、と一応水木は否定する。
「その、あまり他所のことに口出しするものではないと思うし、僕はあなたしか知らないし」
 うん、と目を細めて頷いた水木の顔はとろけそうに優しい。無意識に軽く頬を染めつつ、鬼太郎は続ける。
「僕なら、あなたがだめだと言ったら待ちます」
 水木の指が、そ、と鬼太郎の頬に触れる。促されるように顔を上げ、鬼太郎は微笑んだ。
「あなたがいいと言ってくれるまで、待ちます」
 水木も顔を赤くして、なんだか少年のような顔で笑って、ちょん、と鬼太郎の唇をかすめとった後照れくさそうな顔をして自分の胸に栗色の頭を閉じ込める。
……そういうとこに惚れちまったのかもしれない」
 いい男に育っちまって、と少しだけからかうような口調で聞こえる。けれど顔を見せようとしないから、鬼太郎は小さく息を吐いて、甘んじて抱きしめられる。
 とく、とく、とこれは昔よりゆっくりになった鼓動が直接伝わってくる。
それを教えてやれば?」
「え
 思わず顔を上げる。水木はやっと腕を緩めて、視線を合わせてくれる。
「旦那って立場にあぐらかいてるようなのはたま〜にキュッとつねってやった方がいい」
……肝に銘じる」
「おまえのことじゃないぞ」
「わかってます」
 おや、と目をみはる水木に、でも、と鬼太郎は続けた。
「あなたに愛想を尽かされたくないので」
 水木が何か言うより早く、今度は鬼太郎から背伸びをして可愛らしく唇をさらった。
 さすがに呆気にとられた水木に、鬼太郎は目を細め、たしなめるように言った。
「まだ濡れてる。早く帰ろう」
………………
 穴があくんじゃないかというくらい熱心に見つめた後、水木は視線を鬼太郎からそらした。
 ほんのわずか、拗ねたような、悔しそうな。でも、幸せそうでもあるような。
「いい男だよ、本当におまえは」
「育てた人が良かったんだろう」
 澄ました調子で返し、鬼太郎はごく当たり前の顔で、着替え終えた水木を軽々抱き上げる。
「おい
 よせ、という制止に、しかし鬼太郎はにっこり笑うばかりだった。