スサ
2024-06-21 18:57:28
2313文字
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【鬼水】姉妹お断り

流行りにのって(?)伴侶のふたりから得られる栄養について考えたのですが、違う気がする…。養父の「俺が男にしてやったんだ」があります。

 呵々大笑、そう言いたくなるような大きな笑い声の出元は水木だった。
 楽しいことがあって笑っているならいい。だが、鬼太郎は足早にというか、飛ぶ勢いで便宜上宴会場となっている古寺へ向かう。山の中腹にある朽ちた寺など好むのは狐狸妖怪のさがのようなもの。自分の留守に水木が半ば連れ去られるようにしてそこへ行ったと聞いて、まさに怒髪天を衝く勢いで怒っていた鬼太郎も、どこまでも賑やかな声しか聞こえないと困惑する。いや、無事ならいいのだけれども。
 幽霊族の耳は人間などとは比べ物にならないくらいによく、よって、あと少しで古寺という所までくれば鬼太郎の耳にも会話が拾えた。
「素っ裸の美女がいたらむしゃぶりつく男はそりゃあいるだろうが、美人も三日もみりゃ飽きるとも言うんだ」
 何の話をしてるんだ?!、と鬼太郎は動揺する。そもそも集まり自体が奇妙なのだ。水木を引っ張っていったのは有名所ならろくろ首や雪女、姑獲鳥、そう名の知られていない妖怪や何やらにしても全て女怪であった。確かに水木は人間世界なら男前で、そういう見目の良さは妖怪にも、何なら神霊の類にも受けは良い。良いがしかし。実父いわく、砂かけのがおるから悪いようにはせんじゃろ、家で大人しく待っておれとのことで、少なくとも危険はないらしい。だが危険はなくても妖怪の集まりに自分も父も抜きで水木が行くのは単純に嫌だった。何なら本当は父が伴うのにも嫉妬する。さすがに言ったことはないが。
「いいかい?たしかにお集まりの姐様方、皆々目が覚めるようなお美しさだ。人間の、しかも男の俺じゃ天地がひっくり返っても及ぶまいよ」
 水木より美しいものはいないが?!と瞬間湯沸かし器よろしく怒鳴り込もうとした鬼太郎だったが、水木の──伴侶の声がその足を縫い止めた。
「でもなぁ、きれいなだけでも男は勃たんものさ」
 本当に何の話を?!
 鬼太郎は混乱のあまり立ちすくんだ。これでも経験がないわけではない。ただ、猥談を軽く流す程に砕けた場に耐性がつく程慣れているわけでもない。
 一部、さざめくような黄色い声が聞こえたから、多分言った水木に目を奪われのぼせた妖怪がいくたりかいると思われる。あの人の色気はもはや凶器だ。鬼太郎は歯を食いしばり、続きを聞く。何となく、今は乗り込まない方が良い気がして。
「俺ァね」
 くつくつと喉奥を震わせるような。ずくん、と鬼太郎の下腹が疼く。今すぐ腕をひっつかみ、組み敷いてその首に歯を立てたい。人間よりうんと尖った、牙のような犬歯を。
「あいつをイチから仕込んだんだから。俺が優しく皮剥いて、そんで男にしてやったんだ」
 鬼太郎は頭を抱えた。なんてことを言うのだ。明日どころか今夜にはもうあやかしどもに知れ渡るだろう。
 いや、究極自分はいい、いや少し恥ずかしいが、いや
「若いからナァ。まともに付き合ったらこっちの足腰がすっかり馬鹿になっちまう。でも、可愛いんだよな、すごく。大丈夫か、つらくないかなんていちいちお伺い立てて、聞いてこない時でも目は口ほどにってやつでおっと、惚気になっちまった。こいつは失敬」
 確実にわざと聴かせたのだとわかるが、きゃーっとか、水木さーんだとかも聞こえてくるから、これはすっかり籠絡してしまったのではないか。なんというか姐御、的な存在として。おそらく。勘だけれども。
「俺よりあいつを良くしてやれるやつはいない、これは本当に申し訳ないんだが」
 目に見えるようだ。水木が今どんな顔をしているか。
「俺がすっからかんに絞りとっちまうから、姐様方と姉妹になって仲良くあいつを分け合うなんてのは、どうあっても無理なんだ。諦めちゃもらえないか」
 もう耐えられない。
 鬼太郎は足を踏み出した、が、
「──さて、これ以上うちの可愛いのを待ちぼうけさせちゃ可哀想なんで、ここらで失礼。おばば様、どうぞあとはよしなに」
 声の響き方で、水木が立ったのがわかった。
 心臓が痛いほどに高鳴る。
 古寺の戸が開くのを、鬼太郎はじぃっと見つめてしまった。
「お迎えありがとな」
 先程まで漏れ聞こえてきたあけすけな様子などうかがいようのない、清廉な慈しみの表情。養父、時には養母として優しくも温かく、ほんの少し厳しく育ててくれた人間の男の顔を彼はしていた。
待ちきれなくて来てしまいました」
 彼に近寄りながらそう言えば、あついわねーと後ろから聞こえる。思い知ればいいとしか思わない。炎熱地獄にさえ劣らぬこの熱情を。
「どうか叱らないでください」
 そんなことするもんか、と水木は目を細めて笑う。まるで花がほころぶような。きゅうっと鬼太郎の胸が甘くしめつけられる。そんな、かつての養い子にして今の連れ合いに何を水木が思ったかはわからないが、わずかに首をかしげ、言う。断られるとは欠片も思っていなさそうな声で。まなざしで。
「少し飲みすぎてしまった。連れて帰ってくれるか」
 どこにも酒精の感じられない白い顔から目をそらすことなく、鬼太郎は「もちろん」と頷く。
 そうして、抵抗のない体を軽々抱きあげ、そのまま身軽に飛ぶように山を降りていく

 ──後日砂かけ婆の許には水木から迷惑をかけたからと上等な羊羹とお茶が贈られた。
 水木大暴れ(やや語弊がある)の顛末は、のちに、貴重な幽霊族の種を孕むわけでもない人間が独占するのは如何なものか、共有でも構わないからどうかと持ちかけた女怪達からの訴えごと界隈に広がった。この件に関しては、大胆な男じゃの〜!と大笑いした目玉のおやじが一番大物かもしれなかった。