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みたむら
2024-06-19 17:54:44
10243文字
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同人誌発行物まとめ
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「失恋リセット」サンプル
刀剣乱舞・長義さに本5冊目です。
1
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4
「失恋リセット」本文サンプル
プロローグ
蝉が鳴き、ムシムシと暑い夏。
現代のとある田舎に私たちはやってきた。
都会とは違って、静かで空気がおいしく、ふと子どもだった頃を思い出してくれそうな、田舎の風景そのもの。
懐かしい場所に私は踏み入れる。ゲートから出てくると『ああ私は帰ってきたんだな』と改めて思う。
私の背後から隣に歩いてくる好青年
――
山姥切長義
やまんばぎりちょうぎ
は私に声をかける。
「どう? ここが主が生まれ育った場所だと聞いたのだが」
「
……
うん、田舎くさいところが今でも残ってるなんてある意味安心した」
小さい頃を思い出しながら、私は苦笑しながらそう言った。長義は「そうか」と優しく笑む。
その微笑みを見るたび、私は何故か胸が苦しい。勿論、彼の前では何でもないように装うけれど、心の中ではソワソワしている。緊張しているといってもいい。
「ホテルは既に手配済みだ。まずはホテルに行って荷物を預けてもらおうか。
直
す
ぐに行きたい場所はあるか?」
用事があるならそのまま向かうが、と長義は私に尋ねてくる。私は首を横に振り、彼の提案に賛成する。
「では、行こうか」
「うん」
彼が手を差し伸べてくる。それに私は少し驚きつつも、手を伸ばして彼の手を握る。
私よりも大きい男の人の手にどこか緊張が走る。付き合っているわけでもない、ただの審神者と刀剣男士というだけの関係でしかないのに、胸がドキドキする。
彼にばれないように平常心を保ちつつ、手を引いていく彼の後をただ付いていく。
長義があらかじめ準備してくれたらしい、交通用カードを受け取り、電車に乗る。
田舎町であるこの場所は、通学・通勤時間帯は人が多いが、今は昼過ぎで人はまばら。常にどの時間も渋滞な東京とは違う。こんな空いた駅構内を歩いたのはいつぶりだろうか。
改札口を通り抜け、ホームでしばらく待つと電車がやってくる。
普段はゲートを潜って目的地に行くことが多いので、電車に乗るのも久しぶりだ。電車には数人だけ下りて、乗るのは私と長義だけだった。
電車内に入り、空いた席に座ると電車が動き出す。少し揺れる具合が少し眠気を誘ってくる。
少し体が揺れると、隣に座る長義の肩に触れる。
「ご、ごめん。肩当たったね」
「
……
別に構わない」
そう言った彼はどこか寂しげな表情をしたような気がした。しばらく見ていると、彼が視線に気づいて「どうかしたかな? そんなじろじろと見て」と言うので、慌てて「何でもない!」と真正面にある窓の向こう
――
広がる田んぼの景色に集中する。
私と長義は、ある理由で私の故郷に来ることになった。
事の発端は、一週間ほど前に遡る。
* * * *
私は時の政府の管理下に置かれている
審神者
さにわ
をやっている。
ある日、私は時の政府からの任務で長義を含む刀剣男士と共に、新たな合戦場へ出陣をしていた。
――
異去
いこ
。
それは熟練した審神者と刀剣男士のみが出陣が可能と言われている異空間。最近、そのような場所を見つけたのだと政府職員から話を聞いており、実力のある審神者一行を中心に調査を依頼しているらしい。
私の所は、というと実は異去に向かうほどの実力は伴ってはいないが〝
私
・
〟が
無理に出陣を要請したらしい
・・・・・・・・・・・・・
。
らしいというのは、今の私にはその記憶がないのだ。ないわけではないが断片的だ。
異去での出陣をし、一応私たちで勝利を勝ち取ったらしい。しかし異去での時間遡行軍は囮だったらしく、時間遡行軍の本隊は、私の本丸に襲撃してきたのだという。
本丸で守っていた刀剣男士たちはその時間遡行軍の群れを対峙するので精一杯で、執務室にいたらしい私のところに駆けつける時間は与えられなかったという。
その時、臨時で近侍をしていたという
一文字則宗
いちもんじのりむね
が駆けつけた時には、私は時間遡行軍によって怪我を強いられ、異去に向かっていた本隊
――
長義が帰還した時だったという。
その時間遡行軍の防衛には成功し、負傷した私はこの通り回復している。
しかし、則宗がいうには一部だけおかしいんだそうだ。
私はどうやら、山姥切長義のとある事柄について忘れてしまっている、とのことだった。
私は山姥切長義に一目惚れし、恋をしていたと、近侍の則宗に教えられた。
(確かに、長義は見た目格好いい
……
とは思うけど)
私と同じように景色をじっと見ている彼を横目で見る。
停車した駅から電車内に乗ってきた女性達は長義の姿を見るなり、ひそひそと何やら話しているのを何回か見かけた。だから私だけではなく、どんな女性が見ても〝イケメン〟〝格好いい〟という部類に入ると思う。
記憶が飛ぶ前の私はあのヒソヒソと話をしている女性達のようにベタ惚れだったのだろう。そんな自分を見てみたい気もするし、見ない方が幸せかもしれないという複雑な心境を抱えつつ、ドアの上にある小さな電子掲示板に目をやる。
(まだ目的地まで時間あるな)
それは長義も同じように思っていたらしく、小さくため息をついているのが分かる。人がいないので、ちょっとしたため息も聞こえてしまう。
まだ時間があるので、これまでのことを振り返るのを再開する。
則宗から私が長義のことだけ記憶喪失になっていることを知らされ、それは政府側へも報告した。
政府側も予想外なことらしく、調べ上げたにも関わらず手がかり一つもない。こういったケースを体験した審神者もおらず、解決方法は分からない。
その間、私の本丸は活動を一時休止状態に陥り、内番と遠征だけの日々が続き、政府からの調査依頼は来なくなってしまった。
私は長義の記憶がないこと以外は、特に何もない。怪我も完治しているし、会話も普通にできている。食事も普通に食べられるし、いつもの雑務も申し分ない。本当に山姥切長義との記憶だけがすっぽ抜けているだけなのだ(主に私が長義へ熱愛している記憶だけ)。
生活と審神者の仕事への支障がないと分かったあたりから、政府より通達が来た。
『一ヶ月以内に記憶を取り戻さなければ、審神者を解雇する』
そんなばかな。長義が好きだったということだけを忘れているだけで解雇までいくのか。政府もとんだブラックだなと思った。
私が審神者を辞めることになると、本丸と刀剣男士たちは政府の元に還す形になる。その後どうなるかは、さすがの私も分からない。刀剣男士たちも「早く長義の記憶思い出して!」と言われてしまう始末に。
そこで、近侍の則宗が私と長義を呼び出して、ある提案を出してきた。
『これからお前さんの故郷に一ヶ月間滞在してもらおうか。これでも思い出せないのなら、俺たち刀剣男士は諦めるしかない』と。
これには長義も驚きを隠せず、則宗に反論するものの長義以外の刀剣男士諸君らはこれで満場一致らしい。
確かに、私は長義の一部を忘れているだけであり、長義以外の刀剣男士については特に何の問題もないのだ。まぁ強いて言うなら記憶が戻らないのなら審神者を辞めなきゃいけないということだけ。
(何となくだけど、審神者を辞めることだけは駄目
――
そんな気がする)
そんなこんなで本丸を則宗たちに任せることにして私と長義は一ヶ月間、私の生まれ故郷で記憶を取り戻すため休暇を与えられた。
本丸にいればいいんじゃないのかと私も反論したのだが、則宗たちは「俺たちと一緒にいると中々二人きりになれないだろ? 一回本丸や時間遡行軍、刀剣男士とか審神者とか忘れてゆっくり過ごしてくるといいよ」と言ってきたのだ。記憶を取り戻すのに休暇が必要なのかどうかは分からないが、記憶を取り戻す対象と一緒に過ごす、というのはある意味合っているのかもしれない。
* * * *
「主、主」
「
……
え?」
ふと、肩に軽く叩かれた感覚がして、意識を取り戻す。
慌てて顔を上げると、長義が立ち上がって私を見下ろしていた。
電車は終点まで来ていたらしく、電車から降りていく乗客の姿が窓から見て取れる。
「もう終点だよ。この電車はもう乗れないらしい」
始発の電車ではないので、下りるようにと駅員さんからアナウンスが流れたらしい。
(やばっ、電車の揺れで半分寝てた!)
あれ、これまでのことを振り返っていたはずなのに、電車の揺れが気持ちよくて気がついたら寝てしまっていたらしい。
私は慌てて立ち上がり荷物を持とうとするが、長義が荷物を持ってくれた。
「自分の分は持つよ?」
「いや、いい。寝起きの主に持たせて倒れられるのも困るから」
「
……
ありがとう」
移動中に何居眠りなんかしてるんだ、と心の中で自分を責める。疲れてるのは私だけじゃなく、彼も同じはずだ。しかし、彼は元気そのものらしく自分の分と私の分を持っているにも関わらず、軽々と持ち上げている。
(刀剣男士ってやっぱりすごいよね)
時間遡行軍と戦っていることもそうだし、普段の生活でもこうやって役に立ってしまう。人間ってなんてちっぽけな存在なんだろうと思ってしまう。
改札を通り過ぎると、最近できたらしいショッピングモールが建っている。しかし、遠くを見れば山が見えていたりして都会とはとうてい思えない風景だった。
私の故郷は、都会でもなくド田舎でもなく割と新しい場所だ。地方郊外で、都会に行きやすいベッドタウン、というのがしっくりくる。そのため、朝や夜は多いが、学校や仕事をしている昼間は外に出ていて静かなのだ。
「ここが主の生まれ故郷?」
「うん、何もないとこでつまんなそうでしょ?」
「そんなことはないさ。俺は、こういうところ嫌いじゃない」
「そ、そう
……
?」
何となくこんな田舎で育ったのかと彼に罵られるんじゃないかと心配した。確かに私個人的にもそう思っているし、図星なのだが仲間にもそう言われるとちょっとは傷つくものだ。長義は気に入ったらしく、あちらこちらと景色を堪能しているようだ。
「毎日忙しい政府機関より何倍もマシだね。のんびりすごせそうだ」
長義は元々時の政府機関に所属していた刀剣男士だ。
私が聚楽第調査で優判定をもらったので、彼が我が本丸にやってきたのが経緯だ。そのため、初期刀たちとは違って居候刀剣男士と言ってもいいかもしれない。
(彼や則宗は、政府から異動して来たようなものだから私が呼び出した刀剣男士じゃないのよね)
政府機関でたたき込まれてきた彼らは、仕事ぶりも生活ぶりも優秀で刀剣男士と言わなければ普通の人間とそう変わりない。現代のラフな格好を着ている長義もまた、この時代の人間のように見える。
ちなみに、交通カードのチャージも軽々とやってのけた。私としては、進歩し続けている技術にギリギリ付いていくのが精一杯で、長義など元政府刀たちに頼むこともしばしばある。
「えーっと、確かこの辺にホテルが
……
ああ、あそこだな」
「え? あのホテル?」
長義が端末を操作しながら、泊まる予定のホテルの方角を指でさす。
そのホテルは最近できたらしく、綺麗な建物だった。
(いつの間にできたんだろう? こんな立派なホテル)
駅から少し歩いてホテルへと辿り着く。
「長義」
「何かな?」
「部屋を借りるんじゃなくて、ホテルに泊まるの? 一ヶ月間も?!」
「ああ。どこか賃貸で借りた方がいいと思ったんだが、一ヶ月とはいえ一ヶ月経たない内に帰ることになったらややこしいだろう?」
「
……
そういうことか」
一ヶ月間丸々滞在するのなら、借りた方がいいのだろうが、一ヶ月間いるのか、思ったより早くチェックアウトするかも分からない今は、ホテルで泊まった方が得だと思ったようだ。
長義曰く、経費は時の政府側が払うようなので、賃貸で借りようがホテルに泊まろうが関係ないようだが。
ホテルの中に入ると、受付の人たちが対応してくれる。そして、荷物を預けるとチェックインの時間までは外で過ごすことになる。
「さて、身軽になったところで主はどこか行きたいところはないか?」
「うーん、今回は実家に帰られないしなぁ」
故郷なので、実家はある。しかし、今回はこんな事態になっているし、家族は長義のことを知らないし会ったらどうなるか想像つかない。追い出されるかもしれないので、会わない方向で考えていた。
(お父さんとお母さん、元気にしてたらいいけど)
近くにいるのに会いに行けないもどかしさ。今回は仕方ないけど、今度はいつも通り審神者として実家に帰られるように長義の記憶を取り戻さなくては。
(長義に色々と迷惑かけてるし、彼から見れば主から忘れられているっていい気分じゃないもんね)
何故こうなったのか原因を見つけて、記憶を取り戻して、審神者を続けられるようにならなければいけない。
とはいえ、まずはどうすればいいのかさえ分からないのだけど。
こうして、私と長義は片田舎で一ヶ月間の休暇が始まったのだった
* * * 中 略 * * *
そして、呼吸が落ち着いてくるのを見ると、長義は何やら鞄から取り出した。
綺麗な箱だ。まるで宝石か何かを高級なものが入っているような、そんな立派な箱。
「これを」
「私に?」
開けてみてと目で訴えるように、箱に目線を向けている。私は、一つ頷くと箱を開ける。
そこには、紺色のネックレスが入っていた。
「これは」
「ずっと見ていただろう? あの時断ってたけど、店を去る時も実は見ていたよね?」
「えっ! 見てたの?!」
ウインドーショッピングをしているところ、私たちはジュエリーのお店にも寄っていた。だってあまりにも綺麗なアクセサリーがたくさんあったから。
* * * *
ふと目に留まったのが紺色の石を使ったネックレスだ。
思わず、後ろで別の棚を見ている長義をちらりと見る。
(まるで長義みたいなネックレス)
彼の戦装飾もイメージカラーで言えば紺色だ。今は現代にいるのでラフな格好をしているが、ネックレスを見ていると、戦っているときの姿を思い出せる。
気になったのはいいものの、値段を見て現実に戻される。
(たっか! こんなの買えないよ)
さすが都会。物価が違いすぎる! 貧乏人には頭が高いとな。よく見たら高級ジュエリー店だった。客層もどちらかというと少し年配くらいの人たち、若くても夫婦になっているような大人が多い。
(まぁ、見るだけでもいいよね。本丸に帰ったらこんなことも出来ないわけだし)
万屋も一応こういう店はあるけど、現代のようなウインドーショッピングが出来そうな建物は少ない。私も、宝石とか高級な物にはさほど興味はわかない方でもあり、滅多に出歩かない。
「主、それが欲しいのか?」
「ひぁ!」
気がついたら隣に長義がいて、顔の横から覗き込んでそう尋ねてきた。驚いて変な声を出してしまった。
「びっ、びっくりしたぁ! 驚かさないでよ」
「はは。すまない、そんなつもりじゃなかったんだが」
イケメンの顔が近くにあったら落ち着かない。心臓が止まりそうだ。
「そのネックレスを夢中で見ていたからね、驚くほど集中していたんだろう」
「うっ、綺麗だったからつい
……
別に、欲しかったわけじゃないからね」
「にしては、真剣に見ていたけど?」
「忘れないように目に焼き付けていたの!」
貧乏人は貧乏人らしく、見てるだけに留まっているんだからこれくらい許してくれてもいいじゃないか。
私は、次のアクセサリーに目をやる。
「もういいのか?」
「うん、私には贅沢すぎるし高くて買えないよ」
「買ってあげようか?」
「いいよ。それに私たちは審神者と刀剣男士だし、戦わなきゃいけないんだし、そんな綺麗なものを身につける時間もないよ。もっと相応しい人につけてもららわなきゃ」
我ながら可愛くないなと思う。でも実際そうだと思ったから。
私たちは時間遡行軍と戦っている。それも、いつ死ぬかも分からない戦いだ。今は特別に休暇を取っているけど、それが終わればおそらくもう、こういう休暇はないのだろう。私も中堅になったし、そろそろ後輩審神者を支えてやる時期にもなってきた。ますます忙しくなっていくだろう。
ネックレスを買ったところで、使い道がない。こういうアクセサリーは身につけられて役に立つものだ。勝手満足するような人間が持つ物じゃないと思う。
そう言って私たちはジュエリー店を出て行ったのだった。
* * * *
その紺色のネックレスが目の前にある。長義が居なくなったのは、これを買いに行ったからのようだ。
「これをもらってくれるかな」
「どうして? 今日は何も特別な日じゃないと思うけど」
私の誕生日でも、長義の誕生日でも(というか長義の誕生日なんて知らないんだけど
……
そもそも誕生日ってあるのかな?)ないのに、こんな高価な物を買ってきたのだ。
「主にとって〝今日は特別じゃない〟と? 俺は特別だと思っているんだが」
そう言って、手のひらにある箱からネックレスを取り出して、私の首に付けてくれる。
(長義にとって、特別?)
「今日は、記念すべきデートの日、だろう?」
「で、デデデ、デート?!」
途端に顔が熱くなってくるのが分かる。その証拠に長義が小さく吹いたのを見えた。一応顔を反らしているけど、笑ってるのばれてるんだから。
「今の主は覚えているか分からないけど、主はいつも俺とデートをしたがっていたからね。一応、デートというものをしてみたのだが、これはデートではないのかな?」
デートと言われれば、そうかもしれない。
もちろん、異性の友達と遊びに来た、という表現もある。でもこの場合は、デートとして私を誘ったという。
今までにない経験で、私はどう反応したらいいのか分からない。でも、分かるのは私の心が嬉しいと喜んでいることだ。
「これは、そのお礼だ。受け取ってほしい」
というか返されても困る、と長義はそっぽ向いて言う。
それもそうか、男物なら最悪自分が愛用すればいいけど女物だったら使いようがない。何せ本丸に帰ったところで女子は私しかいない
……
まぁ、他の審神者さんとか政府の女性職員さんとかだったらあるかもしれないけど、この様子をみれば長義にはそういう気になる人はいないと思う。
「
……
後で返してとか、お金請求とかされても返さないし払わないからね」
あんな高いお金、どこに持ってたんだと思いながら告げると、長義は今度こそ笑い出してしまった。
「主って本当、面白いことをいうね」
「だって、お金ないもん。それにこのネックレス、長義みたいだなって思ってたから」
「俺?」
「そう、普段の服がそういう色じゃない? だから気になって見てただけで、欲しかったわけじゃない。でも、くれるのなら大事にする」
そう言うと、長義は突然固まってしまった。何か不味いことを言ってしまったのかと不安になるが、それも無駄な心配だと分かる。
「
……
普段の主もこうだったらいいのに」
「? どうかした?」
「いや、何でもないよ。とにかく、それはもう主の物だ」
「そう。ありがとう、長義
……
でも、一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「どうして私にここまでしてくれるの?」
それは記憶を戻った時にした方がいいのでは? 多分、聞いている限りでは今の私とは真逆の人のようだし、どうして〝本来の私〟にそれをしないのだろう。
「もう、愛されていた人に忘れられたくないから」
長義はそうはっきりと告げた。
その言葉が何故か心に響いたのだ。密かに聞きたかった言葉だったのかもしれない。
また胸がぎゅっとなる。次第にこの人を愛おしいと思うようになる。
(本来の私が愛した人、なんだな)
とても優しくて不器用で、でも真面目な人。そんでもってかっこよくて綺麗な人。惚れない人はいないと思う。
何となく、〝私が〟この人を愛した理由が分かった気がした。そしてそれは、記憶がどんどん取り戻しつつあることを示していた。
ショッピングセンターを出て、私たちは夜の中を電車でホテルまで帰っていく。
窓は暗くて、心地よい揺れが眠気を誘う。
私の首には長義からもらったネックレスがある。何となく、彼が守ってくれているような気がして嬉しかった。
必死に目を開けていたのが分かったのか、隣に座っている長義が、私に肩を乗せる。
「最寄り駅に着いたら起こしてあげるから、寝ていいよ」
「でも
……
」
長義も疲れてるんじゃ、と目で訴えるが「俺は仮眠になれているからね。主はそうでもないだろう?」と言って肩を抱きしめてくれる。
彼に抱かれた手と、近くで香る彼の匂い。揺れる電車で、私はうとうとし始めて、気がついたら寝入っていた。
「主? 主?」
記憶は曖昧の中、長義が声をかける。私は起きるのが怠くて返事もできない。ただ、眠気に身を委ねる。
「
……
仕方ないな」
何かを呟くと、途端に私の体はふわりと揺れた。そして、少しだけ勢いよく体が浮いた。
何だと思って目を開けると、駅の床が見えていた。
「え?!」
「ああ、目が覚めた? 主が中々目を覚まさないからおんぶしてホテルまで運んでる最中だ」
その通りで、私は長義におんぶをされていた。私は慌てて下りようとするも、長義は止めた。
「いいさ、そのまま大人しくしていて」
「でも、重たいでしょ? すぐに下りるから」
「いや、俺がこうしていたい。だからもう少し寝てていい」
長義にそう言われると、何も出来ない。
「そうだ、言い忘れていた。そのネックレス、よく似合っている。ずっとそれを身につけてほしいくらいに」
「
……
え?」
薄暗い電灯が頼りで、夜道を歩く私たち。少しだけ風が私たちに触れる。
「俺は主に厳しくしすぎていた。だから、今はそのまま甘えてほしい」
「
……
長義、そういうのは私が本来の私に戻ったときにしてあげてよ」
「
……
主?」
長義が少しだけ私を振り返る。顔を見られないように、ぎゅっと長義の首に手を回す。
「今の私を優しくしたって、いつかは長義にゾッコンな主に戻っちゃうんだよ? 今の私の記憶なんかないかもしれないんだよ?」
ずっと疑問に思っていた。こんなに優しくしてくれるのは嬉しい。でも、それは今だけだ。私は記憶を全て取り戻したら、今の私と長義の記憶は多分ないだろう。だって、今の私になった時に、本来の私の記憶がなかったのだから。
「
……
大丈夫だ。元の主に戻っても、優しくする」
最後が少し声が小さかったのは引っかかるが、努力すると言うことだろう。
「うん、元の私に戻っても、そのままの長義でいてね」
私は今度こそ、長義の首に頭を預けた。
(何だ、愛されてるじゃん)
だから、何も不安がることはないよ。元の私。
長義に愛されないなら死んでもいい
――
ふとそんな言葉がよぎった。これもまた記憶の断片なんだろう。でも今の私なら言い返せる。
――
〝貴女〟は充分愛されてる。だから自信持っていいよ。
私は心の中で、私の中にいるもう一人の私にそう言ってまた意識を手放した。
*製本版を購入の上、お楽しみください。*
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