ぎん
2024-06-13 14:32:01
4422文字
Public ザクギン
 

孤児と旅の青年

ザクギン過去話



ーーー雨が降る。水を飲む。雨が止む。

雨は自分の喉を潤してくれる。皆は恵みの雨だと言う。ありとあらゆる汚れを流してくれるのだから。

ーーー太陽が出る。喉が渇く。寒い夜が来る。

太陽が出れば、ザナラーン一帯は乾いた空気とカンカン照りの日が自身を焦がす。夜がくれば空気は一転し、ひんやりとした風と太陽がない分気温が下がり、体が冷える。

俺は、16までその環境で死ぬ思いをしながら暮らしてきた。理解できるやつはきっと居ない。そう思っている。
人は飢えに飢えると攻撃的になる。配給なんて配れば子供から奪っていく奴も多い。本当に地獄みたいな世界だ。

ザナラーンの貧困街を横目に、ギンは思う。あそこで寝ていた日々を。誰にも助けられずに、のたれ死にそうになってた日々を。

そして、恵まれた今を噛み締めるのだ。

ーーーーー

ウルダハ。砂の都と呼ばれるここは周り一帯が砂漠で囲まれている。乾いた空気と灼熱の暑さ、夜がくれば空気は一気に冷え月の冷たさが身に沁みる。
ここは、ウルダハの外にある、貧民街と呼ばれる場所。主にアラミゴ難民や家がない貧乏人が身を寄り添って暮らしている。
そして、この物語の主人公である紫色の髪をしたミコッテ族の少年。
親もおらず、頼れる人もいない。ただ孤独に暮らしており、誰の力も借りずに生きている。

「このガキまた果物を盗みやがったな!!!!」
ッッ!!!!」

自分より一回りも二回りも大きい大人に殴られ、蹴られる。配給なんて配れば自分の分まで掻っ攫って行く癖に、自身のものが盗まれれば八つ当たりに子供に当たるやつもいる。
毎日毎日生きていくために何かをしなければならない。死ねないから、ただひたすらに犯罪と暴力、飢えに耐えて生きるしか方法はなかった。

ある日、いつものように目を盗んで食べ物を盗もうとしたら、ガタイのいい男達に捕まった。普段なら気が付かれないで盗めるのに、今日は運が悪いみたいだ。

「おい!今このガキ、俺達の飯を盗んでいきやがったぞ!」
「嗚呼!?お仕置きが必要だよなぁ?」
「ヒッ……

首根っこを掴まれ、足をジタバタしても逃げられそうにない。両手にはカビたパンを抱えていて、これだけは離さないぞと握りしめる。男達は怒りとニヤニヤを抑えきれていない。ああ、これから痛いことをされる。嫌なことが起きる。そう思って目を瞑ると誰かの声が聞こえた気がした。

……だよ」

ギュッと目を瞑っていたため、何を話していたのかあまり覚えていない、身体が放り出されたかと思えば、目の前には庇うように知らない青年が立っていた。
青年は、少年を捕まえていた男達より身長が高く、小綺麗な格好をしており、旅人といった風貌で貧困街では見た事のない顔だった。

「なんだお前!?」
「どけェッ!!」

飛びかかって来る2人の男に、目の前の青年は素手なのに一瞬で倒してしまった。何をして居るのかも理解できず、まるで魔法でも使ったのかと思うくらいだった。そんなことを考えているうちに少年に暴力を振るおうとした男達は慌ててどこかに行ってしまった。

「大丈夫か?」

庇ってくれた青年は屈んで、少年の顔を見ながら心配してくれている。怪我はないか?と言わんばかりに。言葉に迷い、何か言おうとする前に同じぐらい大きくて黒い人に呼ばれて、立ち去ってしまった。
名前くらい聞いても良かったかな思うけど、助けてくれただけで嬉しかったから何も言わなかった。

カビたパンを抱え、嬉しそうに走る姿を視界の端に捕らえて、少年を助けた青年はどこか悲しい表情を浮かべて、その場を後にした。

ーーーーー

それから数日たった日のことだった。太陽は真上をさしていて、日差しが少年を襲う。頬をつたう汗を土で汚れた腕で拭い、いつものようにパールレーンで物乞いをしていた。
少年の横にある木のボウルには数枚のコインが入っており、気の毒だと善意で入れるバカな奴らの慈悲だ。
ここに座ってお金を恵んでもらえれば、このお金と交換で僕はご飯にありつける。大抵はそういう悪い大人との取引で出来て居るとも気が付かずに。

日中の暑さに耐えながら大事そうに本を抱き抱え、膝を抱えて座る。
俯いてお腹が空いているのも我慢して、今日の稼ぎでどうにか飯にありつけるように祈る。

「あ、こないだの。」

聞いた事のある声に顔をあげれば、この前助けてくれた青年がこちらを見ていた。
金色の瞳が、こちらを覗いている。

「あ……

あの時のお礼を言おうと思って声を出すも、こんな場所で話しかけたら相手の迷惑になるだろうと思って、口を閉じる。お金にならない事はしない方がいい、そう思い少年は俯く。

青年は頬を少し掻き、少年を見るなりしゃがんでそしてこう言った

「パン、食う?」

少年の前に差し出されたのは美味しそうなパン。普段食べているあのカピカピのカビたパンではなく、ふわっとした食感のあたたかいパン。

目の前の食べ物に、手を伸ばし喉が詰まる勢いで貪る。美味しい。味がある。こんなに美味しいのは今まで食べたことがない。
そう思うと目から涙が止まらなかった。青年の優しさが、暖かさが、美味しいご飯が、有り難く、羨ましく、妬ましく思えるぐらいに。自分は惨めなのだと実感させるのだ。

ぐずっと鼻を目の前で啜れば、困った顔をしてまた一つパンをくれる。水筒に入っていた水も分けてくれた。

「なあ、そのずっと大切に握りしめてる本さ、なんてやつ」

ひとしきり泣き終わるまで、側で見守っていてくれた青年は、少年が持っている本を指差して尋ねた。

……わかんない」

少年は本を握りしめ、首を横に振る。

「わかんないの?」
……うん」
「みせてくれない?」

本を貸して欲しいと手を伸ばす青年の顔を見て、その発言に違和感を覚えた少年は薄汚れた服の中に本を盗られまいと隠す。

「盗らないから。」
「ほんと?お姉ちゃんの本なんだ」
「そうなんだ」
「うん」

短い会話。姉の本だと言う少年の顔を見れば、少し嬉しそうにしている。本当に大事なものなのだろう。本を大事そうに渡す少年に胸が締め付けられる。
慣れた手つきでパラパラと本を捲ると、何年も読み直したせいなのか、あちこち紙がボロボロで雨風に濡れて傷んだり雨水が染みた部分もあって読みにくいが、少年がずっと大事に抱えて眠って居るのが目に見えた。

「よみにくい?」
「そうだね、この本読めてるの?」
「字は読めない、お姉ちゃんに何回も読んでもらったから覚えてる」
「そっか」

んーとね、と無邪気に内容を話す少年。どこの誰かもわからない冒険の話。本の内容を話せば先ほどの曇っていた眼は何処へやら、金と水色の瞳は生き生きと輝いて、本当に好きなのだと感じさせてくれる。
青年にとってはこの話は夢物語を詰めた冒険譚だ。誰かがイタズラに書いただけなのかもしれない。でも少年の目はキラキラと輝いて居る。
少年は青年が耳を傾けて頷いてくれるのが嬉しくて嬉しくて、尻尾と耳を思う存分に動かし、飽きもせず話す。そして何かを思い出したかのように本の表紙を指差した。

「あのね、お姉ちゃんでも読めない字があったんだ」
「どこ?」
「ここ」

タイトルの横の文字。少年が今まで読めなかった作者の名前。

「ん?あークガネ文字か
「くがねもじ?」
「おう、えーっとぎ、ん掠れててそれぐらいしかわかんねぇな
「ぎん?」
「おう、ギンって書いてある」

ギン!と言う名前を嬉しそうに尻尾と耳を動かしながら、何度も復唱する。書いた人はギンなんだ。嬉しそうに何度も。

「お兄ちゃんに出会わなければ、ずっとわからなかった!ありがと。文字も読んでくれて、助けてくれてありがと!」

そう言って少年は屈託のない笑顔を向ける。 
青年は、おう!と嬉しそうに笑って、そして何かを言おうとした時だった。

「あんまり話してるとお兄ちゃんが悪い人に絡まれちゃうから、もう行ったほうがいいよ。ここは悪い人の溜まり場だから」

そういって屈んでくれていた青年を立たせて、寂しそうに手を振る。名残惜しそうにこちらをみる青年を少年はとん、と背中を押した。
青年もこの間の大きくて黒い人に探されていたのか,呼ばれたのか声で振り返って僕を見て、呼ばれた方を見る。

「俺は

ぐい、ぐいっと小さな手で背中を押される。ここから離れるべきだと言わんばかりに。
歯を食いしばり「次会う時は」と言うと少年は首を横に振る。

「もう僕を見ても話しかけちゃダメだよ」

周りの人の青年に向けられた目が、少年にとっては悪いものだと理解していたから。次話しかけられたら、悪い方向に使われるかもしれないから。
そう言って、青年の背中を見送る。どこか悔しそうな、納得しきれていない顔をしてその場を去る青年を、少しだけ寂しそうに見送った。

ここは貧困街。子供でも大人でも、関わってはいけない人ばかり。そう、此処は日陰が住む場所。
少年は日陰で暮らす人。青年は日向の世界の人。

(悪い人に連れて行かれる前にお兄ちゃんバイバイして、優しくされたことは忘れずに生きていこう……)

そう思って、少年は場所を変える。心はぽかぽかと暖かくて、次はお兄ちゃんに会わないことを願いながら、大事な本を胸に抱えて握りしめた。

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パールレーンを歩けば、昔のギンと似たような子供が地べたに座り、物乞いをしている。
馬鹿らしいと鼻で笑い、スタスタと通り過ぎる。

ふと、あの時に食べたふかふかのパンの味を思い出して、ギンは大通りに向かい、パンを数個買う。あの時に食べたふかふかで美味しいパンとは違うが、先ほど通り過ぎる時にみた物乞いの少年に一つのパンを渡し、去る。

先ほど買ったパンを頬張り、ギンはまた、今自分が置かれて居る幸せを噛み締めるのだった。

「おーい、ギン!そんな所で何してるんだ?」

聞き慣れた声に、耳をぴこぴこと動かし尻尾はゆっくりと揺れる。その声の主は、恋人のアイザック。大通りで手を振っているのでパールレーンを抜けてアイザックの元へ向かう。

「ザック!今さっき買ったパン食ってたとこ!食べる?」
「んー?パン?珍しいな」
「うん、なんとなくこれが食べたくて」
「ふーん」
「食べるだろ?」
「おーー」

そんな会話をして、2人は人混みに消えていく。生きている幸せを噛み締めて、過去にさよならを告げて。