「四級呪術師が一年の副担任になりました。」本文サンプル
※Web用に読みやすく若干修正しています。
※製本版は体裁サンプルにてご確認ください。
【夢主が副担任に任される話】より一部抜粋
呪術高専に向かっている車の中で、私と運転する伊地知君がラジオをバックに道路を走っていた。
「今日もお疲れ様。ごめん、本調子じゃなくて。代わりに帳を降ろしてくれて助かったよ」
「いいよ。普段から頑張っているんだからこれくらいどうってことない」
元同級生の伊地知君が少し元気を取り戻したのか、表情に余裕が出てきていたようだ。その様子に私もほっと胸をなで下ろす。
私は表向き〝四級呪術師〟。だが実態は補助監督の補助として働くフリーだった呪術師だ。というのも、これまでフリーで呪術師兼補助監督をしてきたけど、東京校の夜蛾学長の薦めで本拠地を東京校に移転。主に東京校の補助監督を補佐する形で動いている。
今日は補助監督でも代表と言っても過言ではない伊地知君の補助で、呪いを祓ってきたところだ。
数分前に祓う呪術師がいたのだが、他に寄りたいところがあると言って途中で車を下ろし、私たちは呪術高専に戻る途中だ。
伊地知君は頑張りすぎていて、ついに体を壊してしまったらしく夜蛾学長から当分呪術
――帳を降ろす仕事は別の補助監督に任せること、と命令を下った。
「私はとことん駄目ですね、男なのに貴女よりも体力がないなんて
……」
「そんなことないよ。私なんて、車の運転が出来ないもの。私の代わりに運転してもらって助かってるよ」
「そう言ってくれると救われるよ」
もうすぐトンネルの中に入る。トンネルの中に入れば、バックミュージックにかけていたラジオが、電波不調で雑音に変わる。トンネルの中に入る前に私のポケットに潜ませている携帯にブルブルと震えだした。携帯を開けば、メッセージが届いており差出人と要件を確認する。
――五条悟。呪術師最強の名が刻まれ、すぐに彼の姿を思い出す。
彼も今日は任務続きだったはずだ。珍しく伊地知君の送迎ではなく、別行動だ。普段は彼と伊地知君がペアのことが多い。結界を張るのは彼でも容易くできるからだ。それでも、伊地知君と離したのは夜蛾学長が伊地知君の安静を気遣ってでのことだろう。数時間前の打ち合わせで事情を聞いた彼は「えぇー
……伊地知がいないなんてつまんなーい」と子どものようにため息をついていたのを思い出す。
(何か問題でも起こった?)
彼には違う意味で問題を起こすが、呪いを祓う任務で問題を起こすことはないはずだ(高専時代と比べれば減った方)。そんな彼がメッセージを送ってくるのは珍しい。
『高専に戻って来たら一年の教室に来て』
思わず眉を歪める。それが直ぐに分かったのか、隣で運転する伊地知君が「大丈夫?」と前を向きつつも気遣ってくれる。
「五条先輩から。高専に戻ったら一年の教室に来いって」
「
……何かしたんですか?」
「いや、した覚えない
……と思うんだけど」
別に喧嘩をしているわけでもないし、何か頼まれてやりとりをしていた記憶もない。だから呼び出すのも珍しいのだ。普段は顔を合わせばその場で世間話して終わり。こうやってメールのやりとりをすることは緊急時以外あまりしないのだ。
「急ぎ?」
「いや、緊急とは言ってないからいつも通りの速度でいいよ」
「分かった。できるだけ早く学校に着くようにするね」
「ありがとう」
そしてトンネルを抜けて、暗闇だったのが日差しで視界が明るくなる。
しばらくして高専に無事に辿り着いた。外はもう夕方で、少し月が空に顔を出し始めていた。
校舎前に着くと、私は車から出て、助手席の扉を閉める。伊地知君が助手席の窓を開けると言う。
「では、私は車庫に車を置いてきます」
「じゃあ先に戻って報告書を書くね」
「いやいや、報告書は私が書くよ。帳も降ろしてくれたし、私はただ送迎しただけのようなものだったし
……せめて報告書くらいの仕事はさせて」
それに五条さんが待ってるんでしょう? と言われてしまうと、私はそれ以上何も言い返せなかった。彼は待たせることは得意だが、自分が待つという行為は苦手らしく、遅ければ「おっそーい! 後でマジビンタね」なんて言われてしまうこともある。ちなみに、〝マジビンタ〟は伊地知君に対してのみしか見たことがない。
「じゃあ、報告書は伊地知君に頼むね。お疲れ様」
「ありがとう。そちらこそお疲れ様」
では、と言って彼は窓を閉めると車庫へと車を走らせる。姿が見えなくなるまで見送ると私は小さくため息をつく。
「
……何言われるんだろうな、今度は」
これから言われることをあれこれ考えつつ、校舎の中に入っていく。
夕方ということもあり、生徒の気配はない。寮に戻ってプライベートの時間を満喫しているのだろう。もしかしたら他の任務に向かっている子もいるのかもしれない。
記憶を頼りに一年の教室へ向かう。
東京校を拠点にしているとはいえ、普段は補助監督室での生活が多く、生徒達の教室に来ることはほとんどない。補助監督室か、外に出る。
廊下を歩くと、キュッと足音が響き渡る。人気の無い校舎というのはどうも不気味だ。だが、それさえも学生時代を思い出して懐かしく思う。
何とか一年の教室に辿り着くと、ドアを開けるなり中に入る
――が、誰もいない。
(来いって言ったのに、言い出しっぺがいないってどういうことなんですかね、先輩)
今にも「あっははーごっめーん」と笑っている五条悟の顔を思い出すなり、少しムッと苛ついた。これでも先輩であり、今では一年の担任だというのだから世の中狂っている。それで成立しているのだから理不尽だなと思っているとガラガラとドアを開ける音と同時に人が入ってくる。
五条悟
――呼び出した張本人が、二人分の缶を持って「やっほー」と声を掛けてくる。
「おつかれサマンサー。戻ってくるの遅かったね」
「お、つかれさまんさー(?)。急ぎとは書いてなかったから事故らないように伊地知君に安全運転優先で頼んだんですよ」
時々よく分からない言葉を出す。気に入らないのか「うーん、まぁ妥協点かな」なんて採点されてしまう。伊地知君が体調崩すのも分からなくはない。この人を毎日相手していたらいくら体あっても足りないというやつだ。
「そんな頑張ったお前にプレゼン、ト!」
そう言って軽く缶を投げてくる。それを受け取ると麦茶と書かれた缶が手の中にある。対する彼は好きなコーラを持っていた。
「いきなり投げるとか怖いですよ」
「それでも、ちゃんと受け取ってくれるでしょ。お前なら」
「
……まぁ、慣れましたけど」
「うんうん、いい後輩を持って僕、誇らしいよ」
そう言ってプルタブを上げてコーラを飲む彼。私ももらった麦茶のプルタブを挙げて一口飲む。
ここに帰ってくるまでずっと高速道路を走っていたため、休憩を挟んでいなかった。そのため少し喉が渇いていた。麦茶の味と冷たさで喉が潤っていくのが分かる。
しばらく飲み物を飲んで一息をついた頃、本題に入る。
「単刀直入に聞くんだけど
――お前、一年の副担任する気ない?」
「は
……?」
今日一番と言っていいほどの変な顔をしていたと思う。その証拠に「思った通りの表情だ、マジ受ける」と小声で呟いては笑っている。
呪術高専には基本的に担任が付くが、副担任というのはいない。最低限でも私たちが高専時代だった頃や今現在ではそんな制度は存在していない。なんせ、副担任を付けるほどの入学者は少ない。今の生徒全員合わせても十人もいない。なのに、私が副担任?
「じょ、冗談は止めてくださいよ。自慢じゃないですけど教師の免許持ってないですよ」
「それを言うなら僕だってそうだよ。あくまで、呪術の指導しか出来ない最強教師だからね」
表向き宗教関係の勉強を専門とする学校と言われているが、勉強は必須科目以外は呪術・体術鍛錬、呪いを祓う任務が多い。ちなみに呪術以外の座学
――国語や数学といった先生はちゃんと免許を持っている普段は学校教師している窓の人や元教師をして転職してきた補助監督の人などが授業を教えている。
「新学期前ならまだ分かりますけど、なんで今頃ですか?」
「んー、最近僕も特級レベルの仕事で出張やらなんやら行かされてるでしょ? その間一年たちは自習か二年に面倒を見てもらってる状態なんだ。僕だって一年の指導をしたいと思ってるけど、こうも任務が重なると体も限界来ちゃってね。だから、僕が出張で行ってる時だけでもいいから、僕の代わりに一年の指導をお願いしたいんだよね」
「
……私よりも適任な人がいるでしょう」
「七海のこと? ああ、ダメダメ。真っ先に頼みに行ったけど、断れちゃったよ」
可愛くない後輩だよね、と口を尖らせて愚痴を零す。ちなみに、一度出張で虎杖君と任務を同行出来なくなったことがあり、その代わりに彼を紹介し一緒にこなしてもらったことがあるらしい。七海先輩はそれでさえ譲歩した方だといい、一年三人の面倒を見るなんて御免です、と断れてしまったという。
(七海先輩らしいな)
おそらく、新聞か好きな本を読みながら頼み込む五条先輩にビシッと険しい顔で断ったんだろうことは想像できた。
「とは言っても、私は戦闘向きじゃないですよ。何を指導しろというんですか?」
「うーん、僕も三人の力を見て思ったけど、守備がちょっと弱いんだよね。〝攻撃は最大の防御〟というけど、そればかり通用するわけじゃない。いざって時は自分で身を守らなきゃならない。お前はその辺の心得はあるからさ、是非防御術というか、護身術というかさ、そういうのを悠二たちに教えてあげてほしいんだ」
「
……私の術式的な意味で言ってるんですか?」
「半分正解。半分は、僕の頼れる自慢の後輩だからこそなんだよね」
このとーり! と彼は両手を合わせてお願いする。私はうーん、と考えてしまう。
私の術式は結界操術。そのため戦闘能力はほぼないと言っていい。それに世間では私の評価は最低の〝四級術師〟だ。そんでもって補助監督も兼用している。補助監督に関しては補助監督の人手が足りない、戦闘能力がないというなら補助監督の足になればいいという判断で、今は補助監督の補助を中心に働いている。そんな人間に指導なんてできると思うだろうか。いや、出来ない。
「私、結構敵多いですけど、一年生たちは大丈夫なんですか?」
「
…………ま、大丈夫っしょ。僕の教え子たちだし」
(何ですか、その長い間は)
敵というのは、同じ呪術師でも私を呪術師と認めない人もいるし、補助監督の間でも伊地知君と新田さん以外からはいい印象を持たれていない。たまに陰口を叩かれることだってある。問題なのは、一年たちが大人の汚い世界に引きずってしまわないか、というところだ。
「もしもの時は呪術師最強の五条悟先輩に任せなさい!」
「
……色々と不安だなぁ」
「ん? 僕じゃ不満なわけー?」
そう言って飲み干した空き缶をコトンと机の上に置く。何だかんだと彼に巻き込まれて面倒毎を任されたことがある。だから不満があるといえばあるし、ないと言えばない。
(実際、先輩のおかげで助かった分もあるし)
彼は名門の御三家・五条家の当主だ。だから最悪五条家として制御することもできる。実際、本来なら死刑されても可笑しくない一年の虎杖悠二は彼の一言で執行猶予ありという形で現状彼は生きている。五条悟がいなければ今頃死んでいる可能性が高かったのだ。
呪術師としても最強、立場としても最強。そして迷惑度も最強といういいのか悪いのか分からないのが彼・五条悟だ。だけど、何故か彼に対しては嫌いにはなれなかった。
たまに見せる悪戯心。子ども心を持つ彼に励まされている私がいるのも事実だからだ。この腐った呪術界で光を輝かせているのは良くも悪くも彼だろう。見ていて飽きない。だからこそ、できるだけ彼を影で支えてあげたいと思っている。
「
……仕方ないですね。一応生徒さんのことも考えての提案っていうのは分かりました」
「ってことは?」
「私でよければいいですよ。ただ、あくまで五条先輩が指導できない時だけですからね。サボったりとかは一切なしでお願いします」
「助かる! さっすが自慢の後輩だわ」
これで一年ももっと強くなれるな、と小さく呟いて彼は口に弧を描いている。普段はふざけて何考えているか分からないけど、意外と頭がいい。そして、長年教師をやってることもあって、生徒を思いやる気持ちはさすがに育んでいるようだ。
(教師になったばっかりの頃は生徒に遊ばされてたもんね)
彼が高専時代は本当、悪ガキという言葉が合うほどの問題児だった。実際既に特級呪術師だった。だからちょっとした悪戯も大人たちは何とか我慢していただろう。当時の夜蛾先生はいつも怒っていたけれど。
「じゃ、用事はそれだけ。学長にも言っておくよ、じゃーねー」
そう言って空き缶を持ったまま、教室を後にする。残された私はすばしっこく去って行った彼の姿を見届ける。私はまだ飲み終えていない麦茶の缶を見て呟く。
「
……彼が生きていたなら、この役割は貴方だったはずなのに」
それはかつて彼と隣で立っていた先輩を思い出す。今はもうこの世にはいない。
――夏油傑。彼は例の任務をきっかけに人が変わってしまった。そして五条先輩も変わってしまった。先輩がこうやって私に関わるようになったのも、彼がいなくなってからだ。彼がいた頃はほぼ面識なかった。なんせ私は入学した時から補助監督の仕事をしていて、五条先輩たちや七海先輩たちと顔を合わすことはほとんどなかった。
『悟を、頼んだよ』
彼が高専を立ち去る際に告げた彼の言葉。何を思ってそう言ったのか分からない。ただ、私にプレッシャーのようなものや責任というものがのしかかった、ような気がする。
「
……本当、仕方のない先輩たちですね」
特に男の先輩たちは勝手すぎる。少しイラッとして手に持っていた缶が少しへこんだ。
* * * 中 略 * * *
【野薔薇とスイーツ店に行く話】より一部抜粋
釘崎さんが何回目かのスイーツを取りに行き、私は一息ついて休憩をしていた時。出入り口前がやけに騒がしかった。
何だ何だとひょっこりと顔を出して見ると、入り口には見覚えのある人物が二人。
(虎杖君と伏黒君?!)
それに存在に気づいたのか、スイーツを取りに行っていた釘崎さんが「ああー!」と声を上げて彼らに駆け寄る。おそらく彼女が呼んだのではなく、偶然男子二人がやってきたのだろう。
「
……本当、仲いいよねあの三人」
同学年が三人しかいないんだからそうならざるを得ないわけだが、見ていて微笑ましかった。
二人は確か、五条先輩とは別の任務で出かけていた気がする。任務は無事に終わって休憩で来たのだろうか。二人を呼んで四人で食べようかと席を立とうとした時、人の気配を感じた。
振り返って見ると、ラフな格好でいかにも俳優かモデルかのような長身の男性がサングラスをかけてスイーツを手に持って私を見ていた。
「ご、五条先輩」
「やっほー。あれ、珍しいね。こういう所行かないだろうに」
「え、ええ。釘崎さんに誘われてね」
「ああ、それで入り口が騒がしいわけね」
ああもう、と五条先輩は呆れつつも「相席していい?」と尋ねてくる。三人の様子を見て当分戻って来なさそうなので、頷くと「ありがと」と言って私の向かい側に座る。
「先輩、任務は?」
「そりゃすぐにちゃちゃっと片付けてきたに決まってんじゃん。一仕事の後のスイーツは格別だよね」
語尾にハートマークが振りまいてそうに甘い声を上げる彼。そして取ってきたスイーツの量に私は驚きを隠せない。
「これ、全部食べるんですか?」
「そだよ。なに、食べたいものでもある?」
「いや、べつ
――」
に、と言おうとしたところで言い淀んだ。視界には私が取りに行っていた時になかったタルトが目に入ったからだ。
いつの間にタルトがあったんだろう。焼き上げたばかりだろうか。
私はもう一度取りに行こうと立ち上がろうとしたところ、手を握られた。
「どこ行くの?」
「え? 欲しいスイーツを取りに行こうと」
「ああ、これ? お前本当タルト好きだもんね」
ずーっと見てたでしょ、とスイーツを目の前に差し出される。それに生唾を飲み込んで見惚れる。
「さっき焼き上げたばかりなんだってさ」
「なら取りに行ってき
――」
「いやだから最後まで聞いてよ。それ、お前のために取ってきてあげた奴だから」
そう言って彼は少し顔が赤くしてそっぽ向いていた。それはいつだったか、学生時代、一度二人だけでスイーツを食べに言ったことがあった。その時にタルトをご馳走してくれたのだ。
(そういえばタルトが好きになったのって、五条先輩が勧めてくれたのがきっかけだったな)
たまたまタルトが絶品だと評判の高い店だった。タルトというお菓子がどういうものかその時初めて口にして、それからタルトがスイーツの中で好きになったのだ。
「野薔薇とあんなに仲良くしてて、僕嫉妬してるんだよねー。機嫌を治すために、僕と話し相手になってくれない?」
そのタルトあげるからさ、と言って交渉し始めた。彼女たちが戻ってくる様子もないし、私は彼の誘いに乗ることにした。
「タルトを食べ終わるまで、ですよ?」
「本当、タルトを前にすると何でも頷くよね」
「
……タルトをご馳走してくれた先輩のせいです」
いただきますと言って念願のタルトを口に運ぶ。やっぱりスイーツはタルトだ。これぞスイーツだ
……自然と頬も緩んでしまう。それを見ていた先輩が小さく笑う。
そんな私たちの間に、三人がやってきた。
「ああー! 五条先生まで?!」
「やっほー、野薔薇。悠二たちも足止めご苦労様」
「いや、俺たちは休憩でここに来ただけだからな! おいこら釘崎?!」
「落ち着けって!」
「五月蠅い! アンタ達男連中って本当女心分かってない!」
そう言って男三人を釘崎さんは殴る。三人とも痛くはないだろうが、大人しく殴られる。それもまた彼らの優しさなのだろう。
「せっかく先生と女子会やってたのに!」
「まぁまぁ野薔薇
……ちょっとこっち耳貸して」
「はぁ?!
……それ、本当でしょうね?」
「僕、約束破ったことあったっけ?」
五条先輩と釘崎さんが何やらコソコソと内緒話をしている。何かの交渉だろうか。
話は決まったのか、釘崎さんは置いてあった鞄を取って私に言う。
「
……先生、今度また女子会やってくれる?」
「ええ、それは勿論」
「じゃ、私は仕方ないから虎杖たちとスイーツ食べるわ」
「え?」
どうぞ楽しんでください、と言わんばかりに大股で虎杖君達の方へ歩いて、店員に言って別の席へ案内されている。
私と五条先輩はその様子を見守る形になる。
「何だったんだろ」
「さぁ。僕たちに気を遣ってくれたんでしょ」
「ん
……でも時間が」
時計を見るとあと一時間は切っていた。そろそろ出ないと仕事に間に合わない。
すると、五条先輩がスマホで電話をし始めて、何やら会話をした。
「
……よし、これで延長決定」
「何したんですか?」
「ん、僕たち
デート中だから、少ぉーしお前の勤務時間を遅らせてもらったのさ」
「ええ?!」
それはいけない。何てことを先輩は勝手に決めてしまったのか。鞄を持って席を立とうとするけどまた止められる。
「大丈夫大丈夫。その間、伊地知にやらせてるし許可取ってるから」
「いや、余計に駄目ですよ!」
貴重な伊地知君を召し使いのように使っては駄目だ。人手不足なんだから。
「
……ここまでやってて僕の気持ちちょっとは汲み取ってほしいんだけど」
「え?」
「このまま帰られちゃ、生徒たちの前にも伊地知たちの前にも立てられなくなるんだけど。ちょっとは先輩を立てると思って、デートしてよ」
「デートって言われても
……」
ただスイーツ食べてるだけなんですけど。彼にとってそれは男女のデートらしい。いや、これが友達で遊びに行く感覚という私の感覚がおかしいのだろうか。
熱い視線を感じて振り返ると、少し離れたテーブル席からぎろりと生徒三人が見守っていた。三人とも私たちの様子を見て何故か彼らが緊張している表情でいた。
まるで、とある恋愛映画のシーンを見ているかのように。
「
……分かりました。五条先輩に付き合いますよ」
「そうこなくっちゃ」
生徒達にあそこまで見られ、気がついたら周囲の女性客も私たちを見ていた。よく考えたらいつもの服装じゃないのだから、目立つのも仕方ない。ここで立ち去れば、私が悪者扱いのように見られるのは想像に容易い。
「ほらほら、タルト食べちゃいなよ」
「
……はい」
そう言ってパクリとタルトを食べる。
(ま、こういう休日も悪くないかも)
私はそう思いつつ、つかの間のお出かけを堪能した。
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