薙屋のと
2024-06-03 12:23:37
3084文字
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ミスルン隊長お誕生日の話

「そういえばミスルンさん、お誕生日はいつですか?」
 机の上に空き皿が目立ちはじめ、そろそろ食事の時間も終盤に差し掛かる頃。
 二杯目のエールを傾けながら、カブルーは何の気なしに訊ねた。特別興味があった訳でもなく、単に話の流れで。向かいでエビとソラマメのパスタを食べていたミスルンが、頬をふっくらとさせながら不思議そうに瞬きをした。小さな口がもぐもぐと動いて、なんだか小動物を髣髴とさせる。エルフの貴族に食べさせるには貧相で庶民的な食事だけれど、どうやら口に合っているらしい――まあ彼には食欲がそもそも存在しないので、食べるとなればパサパサの携帯食でも味の無い歩き茸でも気にせず食べるのだが。世話をするにあたって、その点だけは随分楽で助かったなと二人きりで迷宮深層を探索した時のことを思い出す。かつて冒険者として、長命種が秘匿する秘密を暴こうと迷宮に潜っていた頃。いつの間にか巻き込まれていた、まるで本の中の御伽噺のような冒険とその結末。
 懐かしむほど昔ではない、つい先日までの日々の筈なのにすでに遠い記憶になりつつあるそれらに、カブルーは目を細めた。

 ライオスが千年前に滅んだとされる王国の新国王に名乗りを上げてもうすぐひと月、その妹のファリンが目を覚まして二週間。
 少しばかり波乱万丈な人生を送ってきた二十二歳のカブルーの人生の中でも、恐らく一生忘れる事がないであろう程に濃密で目まぐるしく、多忙な日々。
 友となりこの国の王になったライオスの補佐官としてこの国で暮らすと決めて以来、やりたい事、やらなければいけない事、やりたくてもできない事が積み木のように折り重なって、無我夢中で藻搔いている間に怒涛の勢いで月日が流れていく。時間と人手がいくらあっても足りず、財源も資源も無く、あるのは海から現れた広大で不毛な土地と千年前の遺跡のような建物と、この国に賛同する多種多様な人々。
 日々諍いや問題が絶えず、解決しても湧いてくる新たな難問に頭を抱えながら、それでも新たな国の興りとそれに携わるという高揚感、此処から何かがはじまるという期待に、自分たちがこれから歴史を作り上げていく希望と充実した、やや充実し過ぎている楽しい日々を過ごしている。
 そんなこんなで、ミスルンと二人で食事をするのは迷宮以来だ。まだまだ物資も食料も万全とは言い難いが、それでも『悪食王』の名の下に食事処は今日も工夫を凝らし住民の腹を満たしてくれている。食事と睡眠と運動が、今のところ最優先で国民に課せられた義務である。
「誕生日?」
「はい。折角だからお祝いをしたいので」
 口の中のものを飲み込んだミスルンが短い問いを発したので、理由を答える。彼はメリニに常駐する事になったそうなのでこれからも会える、会えるなら知人として記念日にはお祝いをしたい。至極普通の理由だと思うのだが、ミスルンは不思議そうに首を傾げたままだった。
……もしかして、エルフには毎年誕生日を祝う習慣がないですか?」
「うん」
 なるほど。
 種族が違えば文化も違う。トールマンの数倍の寿命をもつエルフからすれば、毎年祝うというのは結構忙しない感覚なのかもしれない。カブルーの養母であるエルフは毎年カブルーの誕生日を祝ってくれていたけれど、確かにミルシリル本人は自分の誕生日の事はどうでもよさそうだった。あれは短命種の自分に合わせてくれていたのか。今更知った母の愛に、カブルーは感謝の念を抱いた。
「俺たちトールマンは、親しい人の誕生日は毎年祝うんですよ」
「そうか」
「はい。なので教えてください」
「今日だな」
……えっ今日!?」
 あっさりと告げられた日付に、思わず素っ頓狂な声がでた。何なら椅子もガタリと揺れた。ちょっと、もっと早く言ってくださいよ! と思ったが、祝う習慣がない人間にそれを言っても仕方がない。告げた本人はこちらの様子など気にせずリングイネをくるくるとフォークに巻きつけている。
「うわー、もっと早く聞きたかったですね」
「そうか」
 こちらが敢えて出したショックそうな声にも、全く気にする様子がない。欲がない状態の彼には当然祝われたい欲もないのだろうか。それでも、事前に知っていれば何かプレゼントの一つくらい用意できたかもしれないのに。カブルーは大げさにため息を吐いた。
「誕生日だって知ってたらもう少し豪華な夕食を選んだし、ケーキも用意したのに」
「おや、お客さん誕生日なのかい?」
 空いた食器を下げにきた女性給仕が、カブルーの言葉を拾う。てきぱきと皿を積み上げていく彼女に「ええ。こっちの人が誕生日らしいんです」と笑った。
「大したものは作れないけど、確か林檎があったはずだからタルトタタン風のケーキならぱぱっと作れるよ。どうだい」
「わあ、いいですね! じゃあそれをお願いできますか」
 カブルーの言葉に「あいよ!」と景気の良い返事とウインクを一つ残して、女性給仕が厨房に戻っていく。ミスルンはそれを見ながら不思議そうな顔をしていた。
「あ。今更ですけど甘いものは平気でしたか」
「普通だ」
「良かった」
 エールを傾けながら、のんびりとケーキが出てくるのを待つ。一人の職人が四百年の歳月をかけて作り上げた黄金郷のエールはなかなかの味で、人種に拘わらず評判が良い。いずれはこの国の名物にするのもよさそうだな、ツマミになる名物料理……は、できれば魔物食以外を希望したいが難しいだろうか。
「エルフはお祝いにケーキを食べたりしないんですか?」
「ケーキは日常食べるものじゃないのか」
「ああ、そうだった」
 養母の用意してくれた、あたたかな子ども部屋といつでも食べられたケーキを思い出す。ぼそぼそとしていて甘くないそれが苦手だったな、と苦笑する。
「トールマンのケーキは果物だったり生クリームだったり、チョコレートだったり、甘くていろんな種類があるんですよ」
 そう言っている間に、先ほどの女性給仕が「お待たせ!」と皿を二つ持ってきて二人の前に並べた。カラメルの絡んだ焼き林檎の平べったく茶色いケーキに、アイスクリームが添えてある。「アイスはうちからのサービスだよ、おめでとうさん」と気前の良く笑う女性に礼を言う。
「わあ、おいしそうですね。いただきましょうか」
「うん」
 誕生日のケーキには地味かもしれないが、焼き立てのそれに少し溶けたアイスがほろ苦いカラメルと絡んで絶品だ。思っていたよりも素晴らしい出来栄えに、普通にカフェでもやっていけるんじゃないだろうかと思った。後で会計の時に提案してみようかな。「お味はどうですか?」と聞いてみれば、しばらく考えた後に「エルフのケーキよりおいしいと思う」と帰ってきて笑ってしまった。もしかしたら彼もエルフのケーキは好きじゃないのかもしれない。
「あ。言い忘れてました。誕生日おめでとうございます。来年はもっとちゃんとお祝いさせてくださいね」
「うん」
 ぱくぱくとケーキを食べている彼の顔を見ながら、来年には彼の好みをもっと知れていると良いなと思った。これからこの国で新たな欲求を探す彼が、年を重ねるごとに好きなものが増えていると良い。「そういえば」彼が顔を上げてこちらを見たので「どうしましたか」と返した。
「お前の誕生日は」
「俺ですか? 五月二十八日です」
 同じ月の生まれですね、と言うと彼はふむと一つ頷いた。
「わかった。何のケーキが良い?」
 カブルーは青い目を瞬かせた後、エルフのケーキ以外が良いですと笑った。