河童の皿箱
2024-05-31 21:57:39
4216文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

救命

キャリーが救命講習を受けるだけ。



 星々を股にかけ、猛スピードで駆けていく機体たち。さあ追い越せ、追い抜け。繰り広げられるデッドヒートに、観客たちの熱狂もまた勢いをつけていく。先頭を走る黄金の馬と、それに跨るカウボーイ風の男と。背後から迫る数多の機体は、砲弾と銃弾を、火薬と爆発で歓迎しながらも、馬は嘶きを唸らせてはまた加速する。更に距離を離した途端、馬を狙っていた者たちは、更に後ろの巨大な廃材の塊に襲われ、それもまた廃材と化していく。バガッと廃材が弾け飛んで出てきた小さな球体と、それに玉乗りする小さな体は、黄金の馬と並走する。
 その後ろから、また虎視眈々と先頭を狙う集団の、ひときわ大きな桃色の機体。鍛え上げた魚人達を従えるは、女海賊。横へと逸れる勢いにイソギンチャクの髪が揺れれば、背後の炎を間一髪で逃れる。先頭集団はあの球体で一気に壊滅した。順位を上げるなら今。けれど、この車群を抜けられるほど器用な機体ではない。勝負を仕掛けるなら、今か? 女は周囲の状況に目を光らせ、機を窺う。ふと、視線を上げれば、遠くのコース上に何かが接近している。それはまさしく水蛇のような形の、細長くけれど巨大な体には星々が透けて見え、まるで水に差し込む光のよう。まさか、あれは。
 女はすぐに指示を出す。速度を落とせ! 魚人たちは、応! と、手に持つオールをコースに擦りつけ、順位を落としていく。なおもコース上の異変は続いた。流星群を引き連れた星の魚群が、グランプリのコース上に降り注いだのだ。魚たちが泳ぐアステロイドベルトは化学反応で水を纏い、創造されていく海と、避け切れず波に飲まれていく機体たち。水に適応していないそれらは、呑まれては止まり、選手たちは水から逃れるのに必死であった。前が開いた。この好機を逃すまいと、女はまた指示を出す。今だ! と。魚人たちはまた、応! と、オールを漕いで、星の海へと駆り出しては、順位をグングンとあげていく。
 水を突っ切り、岩を避け、生存を賭けて争う魚の角や牙を出し抜き。チラチラと発光する巨躯の星にも目をくれず、黄金の馬と球体の背に迫る。だが、通過する魚群と流星群は降り注ぎ、更なる海を生み出しては、何たることか、ツートップは飲み込まれてしまった。
 球体に乗る小さな影は、そのサイキックパワーでコースに引き寄せられていくが、問題なのはコースアウトしていく呑まれた黄金の馬と、その主。女は咄嗟に水流へと舵を切り、急速に下がっていく順位にも目をくれず、沈んでいくそれを追いかけていく。お嬢、何やってんすか! 魚人が声をあげるが、女は叫んだ。黙っていろ! エンジンの唸りが水流のうねりよりも高まり、加速し、流されていくその人との距離を詰める。
 女は機体を水流へと沈め、とうとうその手を取り、体を抱え上げる。浮上しろ! 女が叫べば、魚人たちは、応! とオールを漕ぎ、機体は水面へと躍り出る。女は腕の中の男の口元に手を当てる。息をしていない。腕をとる。脈拍はあるが、弱い。体はずぶぬれで、いつもよりずっと冷たい。女は息を大きく吸い込んでは、男の顎に手を添えて僅かに持ち上げ、迷いなく、口をつけた。魚人は悲鳴を上げる。お嬢! と。ふーと吹きこまれる息に、男の胸が大きく膨らむ。だが、息は戻らない。決して広くはない車内に横たわらせ、女は男の胸を両手で押す。その間に、女は叫んだ。運転を交代する。このまま水流に乗って。速度は鈍くてもいい、妨害は全て確実に避けろ! 魚人たちは戸惑いながらも応え、機体は水流を下っていく。襲来した魚群はコースに並走している。水流を生み出している星々も、ゴールの方向へ向かっている。その間にも女は男の胸を押し込み、何度か息を吹き込めば、男は突如、水を吐き出した。すぐに男の顔を横に向け、口に指を突っ込み、強引に開ける。背をバンバン叩いては、男の背が跳ねるたびに、多量の水が吐き出される。男の体温で暖められた水は、女にとっては熱いものであったが、それでも女は指を離さず処置をし続けた。水を吐き出させ、止まればまた息が戻っているかを確認し、更に息を吹き込んでは、胸を押す。ひときわ大量の水を吐き出した男に、ひゅうひゅうと細い息が戻り、女は肩を揺する。おい、しっかりしろ! しかし、男は目を開けない。意識は戻っていないようだが、ひとまず息は戻った。こうなったら、蘇生処置はやめる。女は教わった知識を辿り、ではあとは何をするべきか。保温……は、どこにも濡れていないものが無いからできない。気休めに上着を脱いで被せ、女は部下に声をかけて運転を交代、部下の1人に男を任せ、再びハンドルを握り、水流をごうごうと下り続ける。
 モニターに表示されている順位は、スタートからの時間を鑑みればかなり上に見える。だが、魚群の襲来でどれだけ脱落しただろうか、前に居る機体もどれだけ消耗しているだろうか。コースに寄り始めた水流から見下ろせば、いくつかの機体がまだまだ走り続けている。
 女は決して、勝負を捨てたわけではない。こんなハプニングを乗り越えられなければ、選手なんて名乗れない。勝負はこれからとばかりにブザーを鳴らせば、桃色の機体はその形を海賊船へと変えた。