ぷくっと浮かぶ泡の中、イソギンチャクが光を灯せば、水に満たされた廊下は明るく照らされる。それと共に、深海からごぉんと響き渡れば、各々の部屋から魚人たちが大急ぎで飛び出しては、朝食のために食堂へと向かっていった。そんな流れを遡って泳ぐ女がひとり。
女の名をキャリーと云う。ここは女の両親が経営する銀河運送MCCの社員寮であり、女は社員や側近たちよりも早々に朝食を終えては、今日の研修会場へ向かうところであった。流水エレベーターを下り、アンコウの提灯を受け取って外に出る。その背中を、がっちりと鍛え上げた体の魚人が2,3匹追いかける。
会社の規定で定期的に受けなくてはならない救命講習。いくつかの種類がある中でひとつ受ければよいとのことで、女は何かと関わる機会の多い人間種の救命講習を選んだ。当然、こんな水に満たされた場所では、人間種なんてほとんどいない。いるとしても、ここらの生態系を調査したい変わり者が、専用のスーツでブクブクと泡を吹き出しながら、必死にバタバタしてるぐらいなもの。
社員寮の扉をくぐれば、太陽から差し込む光は水に揺らめき、珊瑚礁のビル街を照らす。駅はもっともっと上。女はそこらの水流で上へ向かう群れの背びれを間借りして、水面を目指した。
列車に乗って辿り着いたのは、空中に敷設されたこの惑星のハブステーション。水中呼吸ができない種族でも問題なく利用できるよう、宇宙連合の基準に沿う、最も多くの種族に適応した空気に満たされたその施設の、テレポーターをいくつか乗り継いでようやくたどり着いた人間種の救命講習会場は、飾り気がなく、机と椅子とモニター、あとは人間種を模した等身大人形が床に転がっていた。水蛇型のエイリアンが講師を務め、集まったのは……自分とあとひとり。まあ、惑星の外に出ないとなかなか人間種と付き合う機会もないか、と女がひとりで納得していると、講師が開始の音頭を取った。軽い挨拶を済ませ、初めは座学から。
人間種は鰓呼吸が出来ない生物です。肺呼吸のみで、水かきも浮き袋も持っていません。当然ながら、水中での生活に適した体ではなく、簡単に溺れてしまう。あぁ、溺れてしまうというのは、口や鼻、肺など呼吸器官に水が入って窒息することです。3分から5分程度で脳障害を引き起こしたり、後遺症が出る可能性があるほど致命的な状況で、そのまま放っておけばすぐに死んでしまいます。溺れている人を見つけたら、背中を叩いて水を吐き出させたり、息が止まっていたら人工呼吸によって酸素を補給し、蘇生を試みます。この際、気を付けなければならないのは、しっかりと水上に出てから試みること。我々は水の中で生きておりますから、咄嗟の判断の際に忘れがちなことを、何度でも言います。人間は水中では呼吸できません。数年前にも人間種の救命の際、うっかり水中で蘇生を試みて失敗した、痛ましい事例もあり、この裁判では救命者の過失と判断、有罪判決になっています。そしてもうひとつ、人間種は非常に打たれ弱いということもよく覚えてください。これから救命法を教えますが、その際、人間種の口に我々が息を吹き込まなくてはならないので、私のように牙や口に毒があるような者では、溺れた人間種を助けることはできません。何故なら、人間種に毒を盛ってしまうから。自分の粘液が人間種に害を及ぼさないか、救命を指示するのならば誰が試みれば問題ないのか、それを知っておく必要があります。女は講師の話を真剣に聞きながら、タブレットに板書する。
次に、講師が受講者それぞれの口の粘液をスポイトで採取し、毒性の分析を始める。ほどなくしてモニターには成分が表示され、その中で人間種に害を及ぼす物がないかを確認。講師の毒は、確かに呼気に含まれているだけでも人間種を即死させるようなものだった。一方で、女の唾液にはそういった毒はないようで、女はほっと胸をなでおろす。もうひとりの受講者は、短期的にはかゆみが出る程度の毒で、窒息の救命活動には問題がないが、救急が到着した際は必ず伝え、解毒薬を投与する必要がある、と。そうした教材と共に、また学びを深めていく。
それでは、実践に移りましょう。講師は床に転がっている、人間種の人形の前に座り、受講者それぞれにもまた、それぞれの人形を割り当てる。各惑星の状況にもよりますが、宇宙連合の基準を満たし、認定を受けた施設であれば、人間種の蘇生のための道具が揃えられています。これは施設の管理者が位置を把握することが義務付けられておりますので、必要な時はまず、施設の従業員に取ってくるように伝えましょう。ただし、それはあくまで認定を受けている施設限定。殆どの惑星の、殆どの施設にはそのようなものはありません。用心深い人間種であれば、自前で準備していることもあるでしょうが、それはひとまず置いておいて。認定施設に常備されている人間種用の救命キットを使用した、より確実な救命法、もうひとつは、完全に道具がない場合での救命法を、順番にお教えいたします。
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