純情電波のラブレター

ノウム・カルデアで発足した『カルデアラジオ局』でパーソナリティを任されたガネーシャ神(ジナコ)のもとに、とある恋愛相談の投書が寄せられる話。

※ご本家ラジオ様とは一切関係ありません。カルデア内の設定をかなり改変しております。
※発行当時の情報に基づいた設定となっているので、最新の状況と齟齬が出ている部分もあります。



【side:K】

「手紙の代筆を頼みたいのだが」
「どうした施しの英雄。とうとう気が触れたのか?」

 一大決心を以て投げかけた願いは、しかし盛大に鼻で笑い飛ばされてしまった。
ろくに目もくれないまま願いを叩き返されたカルナは、思わず次に用意していた言葉を詰まらせた。不遜とも取れる態度で返事をした彼に対し、しかし特に怒りの感情は沸いてこない。ただあまりにもきっぱりばっさりと切り捨てられたものだから、少々面食らってしまったというか。
 それにしても『とうとう』とはどういうことなのだろう。自分はそれほどまでに、狂気と近い存在だと思われていたのだろうか。
 困ってわずかに眉をひそめているカルナを他所に、かの童話作家――ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、妙に芝居がかった様子で大仰に肩を竦めてみせた。

「しかし心外だな。お前の目には、俺がそんなことを気ままに請け負えるほど暇をしているように見えるのか! ああ、いや、失敬。武芸にその身を捧げ、その道の行き着く先で己が身を滅ぼした男などには到底理解できまいよ。俺がこの作業を行うことで、どれほど己心身を削り、疲弊しているのかなどな!」
「オレは文をしたためることには縁のない身だが、ある程度理解はしているつもりだ。貴様が紡ぎ出した物語たちは、言うなれば貴様の分身なのだろう? そうやって魂を切り売りするのが、お前たち作家という生き物だと承知している」
……ああ、ああ、そうだとも。お前は正しい、全くもってそのとおりだ。業腹なくらいにはな。そして俺も今しがたよぉく理解したぞ。お前はそれを十全に理解していてなお、そんなしょうもないことを依頼してくるどうしようもない大馬鹿者なのだとな。しかしなるほど、それはそれで少々興味をそそられるところではある。いいだろう、お前のその愚かさに免じて、少なくとも話だけは聞いてやる。施しの英雄とまで呼ばれたお前が、何故そんな馬鹿馬鹿しいことを俺のような一介の物書きに乞うことになったのか。ここで存分に己の恥部を晒していくといい」

 目の前のパソコンを些か乱暴なくらいの勢いで猛然と叩いていた手を止めて立ち上がると、アンデルセンは部屋の奥の紙くずの山の中からコーヒーメーカーを引っ張り出してきた。紙くずの山を無理矢理蹴飛ばして隅へと追いやり、コンセントを発掘してコードをねじ込んでスイッチオン。機械は唸り声を上げ始め、香ばしい独特の匂いがあっという間に部屋の中を満たしていった。

「俺だって、自分を訪ねてきた客に飲み物を出す甲斐性くらいはあるさ。ほら、受け取るがいい。そしてこれが冷め切る前には話を終わらせてくれ」

 そうして排出された黒い液体の入ったカップは、アンデルセンの両の手に一つずつ。そのうちの片方をカルナに突き出しながら、彼はカルナにも椅子を勧めつつ話の続きをと促した。
ほこほこと白い湯気を立てるそれを受け取り、しばし思案したあと。

……努力する」

 と、曖昧に頷いた。
 カルナとしては正直このように応えることしかできない。というのも、己の中に救うこの気持ちを端的に説明できるかどうか、自分でもよくわからなかったからだ。

 彼女――このカルデアに『ガネーシャ神』の疑似サーヴァントとして現界した、一人の女。

 何とも不思議な女だった。
 初めて会ったはずなのに、何故かずっと前から知っていたかけがえのない人のように思える。自分が世話を焼かねばならないという使命感に駆られるのに、時折どうしようもなく甘えたくなるときもある。そんな奇妙な感慨を抱く女だった。
 そんな彼女に対して抱き、徐々に膨れあがって今では持て余しつつあるほど大きくなった思いは、自分でも計り知れない類いの物だった。ただ単に男女の間に芽生えた感情として「愛している」だとか「好き」だとか、そういう一言で現してしまうにはどうにも何かが物足りないような気がして。
 この胸の内にあるのは、もっと深くて、重くて、あたたかくて、けれどどこかすっぱりと切り分けておけそうな、そんな不思議な感情だった。少なくとも彼女のことを「愛おしい」と感じていることには間違いないのだろうけれど、でもやっぱりそれだけでは完璧な説明とはとうてい言い難いのである。
 彼女が笑ってくれると心が弾んで、泣いていると自分までその悲しみを背負っているかのような気持ちになって。そして恐怖にその身を震わせながら、それでも戦いの場に立たねばならぬ彼女を見るのが悔しくて。どうだ頑張ったんだぞと、傷だらけのまま強がってへたくそな笑顔を向けてくる彼女を見るのは、心臓が握りつぶされるような心地がしてどうにも苦しかった。でもこうして隣に並び背中を預け合っている状況が、どこか誇らしいような気もして。
 少なくとも、このカルデアで彼女と同じ時を過ごせていることは嬉しいと感じている。恐らく、そうなのだと思う。多分。
 負の感情をかき立てられた側から歓喜に胸を打ち振るわせるというようなことが多くて、よくわからないのだ。それでも全体的に見れば、その結論は間違っていないと思う。
 とにかく彼女が自分の前で何かをする度に、表情を一つ帰る度に、己の中ではぐるぐると様々な感情が渦巻いていた。
 胸の奥底がぽかぽかとあたたかくなって、けれど同時に甘く切なく締め付けられて。息ができないほど苦しいかと思えば、唐突にふっと持ち上げられて羽が生えたように軽くなる、そんな不思議な感覚。

 翻弄されている、と思う。

 感情の重さを計り、そして適切に管理して制御するはずの天秤が、そうした目まぐるしく相反する感情によって上下にガタガタと激しく揺れ、結局抑えきれず乗せられていたものを全部ぶちまけてしまうのだ。しかし溢れた感情で溺れている自分をすくい上げてくれるのも、また彼女なのであり。
 己の感情すら制御出来ず振り回されるのは、しかし決して不快というわけではなかった。少なくとも、進んで切り捨てたいと思うようなものではないのだ。

「ハッ、馬鹿め、知らんのか。恋などというものは、往々にしてそんなものだぞ」

 分からないながらも懸命に語ったことを、アンデルセンは下らないと一蹴した。そして子供の顔に浮かぶものとは思えない、何ともいえない苦さと皮肉と嘲り、その他いろんなものがまぜこぜになった笑顔で吐き捨てる。

「獣のような鋭い爪で心の柔らかい部分をズタズタに引き裂いてきたかと思えば、蜂蜜に砂糖をめいっぱい溶かしこんだようなどろどろの甘さで包み込んでくる。けれどその甘い蜜とて、時には己を蝕む毒になりうるのだ。本人がその強烈な味に酔っていて気付けないだけでな」
「む。死ぬのかオレは」
「馬鹿め、恋そのものによって殺されるなどという話はない。だが少なくとも、抱いた恋心からもたらされたものによって、己の命を喜んで差し出し、投げ出すような阿呆がこの世界にはうじゃうじゃいる。お前もいずれはそうなるかもしれんぞ、という話だ」

 もしいつかそうなったときは、無様に散ったお前をモデルに何か書いてみようか。
冗談なのか本気なのかいまいち分からない様子で、アンデルセンはけたけたと笑い声を上げた。

「それで、つまり何だ? お前のそんな何のひねりもないただただゲロ甘いだけの惚気を、代わりに俺に文章にしてしたためろと言いたいのか? フン、そういう依頼だったら真っ平御免だな。それからお節介として一つアドバイスをしておくと、恋文なんかはどんなに拙くても自分で書いた方がいいぞ。黒歴史は自分の手の届く範囲に収めておけ。今後のためだ」
「いや、それは違う。オレはこの胸に渦巻く思いを貴様に明確な形にして欲しいわけではないし、誰かの言葉を使って伝えるつもりも毛頭ない」
……ほう?」
「この想いはオレだけのものだ。これを預けられる者が他にいるとするならば、強いて言うなら矛先である彼女だけだろうよ」

 今の自分たちの間にあるものに『恋』という名を与えるのが正しいのかどうか、カルナはまだわからない。けれど彼女との間にあるこれは唯一無二であってほしいから、無理に型に当てはめなくてもいいのではないか、とは思う。

 ただ、彼女と自分ーーカルナと■■■の二人だけの、二人だけが知っている、大切なものであってくれれば、それでいいと。

 ーーざり、と。
 頭の中に一瞬だけ、しかしはっきりとした強いノイズが駆け抜けていった。

 手が届きそうになったものを端から覆い隠され、伸ばした手は何もない場所をかくばかりで、そもそも何を掴もうとしていたのかすら、よくわからなくなってしまう。
 何を求めていたのかは隠されて曖昧にされてしまうのに、確かにこの手が何かに遮られたとはっきり感じる。その矛盾したちぐはぐさからくる何とも言えない不快感に、カルナはひっそりと顔をしかめた。
 だからこそカルナは、わからないままでも彼女の手と繋いでいたいと願ったのだ。
だってそうやってきちんと捕まえていないと、いつか彼女そのものすら隠されて、そして隠されたことにすら気付かないままにされてしまうのだろう。確証はないがそう強く感じていた。
自分はかつて、あるいはいつか、あの女から何か大切なものをもらった気がする。だからそれを少しでも返してやりたいと思う。だからその時が来るまで、『彼女』を見失ってしまうわけにはいかないのだ。

……ははあ、なるほど。それは大変に失礼をした。つまりお前も存外、執着というものをする生き物だったということか」

 ずずっ、とコーヒーを啜りながら、アンデルセンは片方の眉を上げてこちらを見つめてきた。
 カルナとはまた違った意味で、人間の本質を見抜くことが出来る力を持つ鋭い目。形こそ幼子らしい丸みを帯びているが、覗き込めばそのまま絡めとられて落ちていきそうな、そんな深い色が宿っている目だ。

「失望させたか」
「いいや、むしろ逆だ。人間くさくて実にいい。お前の心の内にあるそれは俺という人間が最も激しく嫌悪し、しかし同時に俺という作家が最も愛しておかなねばならん類のものだからな」
……人のことをとやかくは言えんが、お前の中身もなかなかに難儀な性質をしている」
「ハッハッハッ、それこそ盛大に余計な世話だぞ、施しの英雄! そんな奇怪な精神構造を神に持たされてこの世界に産み落とされてしまったが故に、俺は物書きなぞという気狂いしかなれんものに成り果ててしまったのだからな!」
 
 アンデルセンは皮肉をたっぷりに乗せてそう吐き捨てると、カップの中に残っていた泥のように濃いコーヒーを一気に胃の底へ収めた。しかし実際は口で言うほど心底忌々しいとは思っていないのだろう。彼はそういう男だ。

「それで? 単純なラブレターでないのだとしたら、俺が代筆させられるのは一体何だというんだ?」
「ラジオ局宛の投書だ」
…………は?」
「聞こえなかったのか。ラジオ局宛の投書だ」
………………最初の問いを訂正しよう。お前は現在,間違いなく気が触れている。あの乳と尻だけはいい暴走暴力看護師の所へ行くがいい。そしてめいっぱい殴られてこい。今なら二、三発しばいて貰えば些かマシになるかもしれんぞ。無論、命の保証はせんが」

 普段であればくるくると忙しなく回るはずの唇が、一瞬完全に息をするのを止める。そのあと絞り出すように吐き出されたそれは、先程より随分とはっきり疲れの色が浮かんでいた。これは思った以上に厄介事だぞと、彼はそう感じているらしい。
 しかしカルナは至って正気だ。さっき伝えたこともそうだが、単純にこの気持ちを彼女に知ってほしい、そして受け入れてもらいたい、そしてその上でともに大切にしていきたいのだと、心の底からそう願っている。
 しかし、もはや止められないままそんな想いを日頃からぶちまけてしまっているというのに、彼女がそれを正面から受け取ってくれたことは一度もなかった。栓の壊れた水道管のように無防備に垂れ流されているカルナの気持ちは、しかし水流のようにすり抜けて、ガネーシャの中へ留まってはくれないのだ。
 親しいサーヴァントに助言を請うなどして色々試してみたものの、生来の口下手も手伝って、うまくいっているとは到底言えなかった。
 手を替え品を替え試してみたものの、今のところ残念ながら全敗である。ここまで連敗に連敗を重ねるのは、生前はともかくサーヴァントとしての第二の生を経てからもなかなかないのではないだろうか。「逆に何でそこまでして気付かれないの?」と、多数のサーヴァントたちから既に匙を投げられているのが現状である。
 カルナの気持ちを他の者は言わずとも感じ取れているにも関わらず、本人だけが理解していない。してくれない。意図的にそうすることを避けられているとすら感じるほどに。
 はて、これ以上は本当にどうしたものか。もはや自分で考えられる限りでは打つ手がない。
 日々頭を悩ませていたカルナに、しかしもはやこれが最後であろうという救いの手は差し伸べられた。何だか最近元気がなさそうだからと、我らがマスターである藤丸立香が声をかけてくれたのである。自分はそんなにも酷い顔を晒し続けていたのだろうか。
 しかし困ったことがあるのかと問うてきた藤丸に、カルナは素直に頷いてしまった。マスターである彼の手を煩わせるなどサーヴァントとして失格かもしれない。けれど必死になって手渡したそれに気付いてすらもらえていない状況が、自分で思っていた以上に堪えていたようだ。情けないことである。

 さて、そうして洗いざらい事情をぶちまけたところ、彼からもたらされたのはとあるひとつの提案。
 それはガネーシャがパーソナリティを勤めているカルデアラジオ局に、自分のその悩みを匿名という形で投稿してはどうか、というものだった。

 つまり第三者を装って、まずはカルナの気持ちをガネーシャに伝えるのに最も効果的だと彼女自身が思っている方法を遠回しに探るのである。ガネーシャの性格からして、彼女自身に対する好意を彼女が素直に受け取ってくれるのは少し難しいだろうから、と。
 立香のそんな考えを聞いたカルナは、なるほど名案だと膝を打ったものだ。
 確かに今までに取っていた方法は、自分も含め、あくまで第三者が効果的かもしれないと予想してきたものばかりだ。しかしガネーシャ自身が納得できる方法は本人しか知らない。まずはそれを知ることで、次の手を考えようという作戦である。
 仮にカルナ本人が直接ガネーシャに尋ねてみたところで、「え、何言ってんの?」と怪訝な顔をされるのが関の山であろう。悲しいかな、容易に想像がついてしまう。だからこそ、質問した相手が誰だか分からないラジオの相談コーナーを使おうというわけである。
 なるほど、さすがは数多の猛者たちを日々御してきている我らが主だ。自分ではとうてい思い至らないところまで配慮された完璧な策である。カルナは思わず感嘆の声を上げていた。

 そういうわけで早速ラジオへの投稿用に投書を用意することにしたのだが、そこでもまた問題が発生した。

 前述の通り、カルナは自分の正体を隠した文などしたためたことがない。それでも苦労しいしい一度はひととおり書き上げて、立香に見てもらったのだが。

「う〜ん、これじゃカルナが書いたってバレバレだよな……

 彼から返ってきたのはこんな答えと、何とも言えない渋い顔であった。
 ラジオの相談コーナーは匿名が徹底されており、内容から何となく察しがついてしまうことは多々あるが、察しがつくというところまでで誰も投書主を明確に探らない。定められたルールではないがそれが暗黙の了解となっている。
 そういった制度を利用しての作戦だというのに、文面で呆気なくばれてしまっては何の意味もない。特にガネーシャは文章を読んだり分析したりする力に長けているようだから、慣れないカルナがいくら頭を捻ったところで完璧に隠蔽された文章を書くのは不可能だろう。
 そこでカルナが考えたのは、文章を書くことに長けた者に代筆を頼むことだった、というわけだ。
 アンデルセンに声をかけたのは、比較的依頼を素直に受けてくれそうだと考えたからだ。「比較的」という部分をかなり強調させてもらう必要があるが。
 たとえばシェイクスピアなんぞに頼んだら、余計なことをされて作戦が全部ひっくり返るような事態に陥ることは目に見えている。悲劇が書きたくなったから、なんて気まぐれを起こされたらきっと大変なことになる。

「つまり俺は単に消去法で選ばれたというわけか。それはまた随分な扱いだ。古の英雄からすれば取るに足らぬ存在かもしれんが、作家がいなければ物語は残らないのだがな」
「愛や恋についての文章は、貴様のほうがうまく噛み砕いて書いてくれると踏んだまでだ」
「それは皮肉か? ……まあいい。とにかく、今の時点で俺から返せる答えは『ノー』一択だ。俺は自分の執筆で忙しい。他を当たれ。俺とてうっかり筆が滑らんとは言い切れない類いの生き物だしな。ひねくれた結末にされたくなければやめておけ。それが賢い選択だ。……人魚姫のようにはなりたくないし、させたくないだろう?」

 皮肉屋の童話作家はそう言って、空になっていたカルナのカップを強引にかっさらうと、再びパソコンへと向き直ってしまった。お前に与えた時間は終わり、もうこれ以上は何も聞かないし何も言わないと、その小さな背中が雄弁に語っている。
 カルナはしばしその背中を見ていたが、やがて小さくため息を残して彼の部屋を退出することにした。これ以上粘ったところで彼からの答えは変わらないだろうし、そもそも「嫌だ」とはっきり言われているのに食い下がることはできない。これは自分の我が儘なのだから。
 しかしこうなってしまったら、代筆をしてくれそうな者を他に探すしかあるまい。どうしたものか。選択肢から早々に外したシェイクスピアだが、この際背に腹は代えられぬし、一度声をかけてみるべきかもしれない。あと作家系のサーヴァントで文の代筆を頼めそうな者と言えば、例えば紫式部とか、清少納言とか、いやしかし女性にこの類いの話を頼むのも、何だか気が引けるというかーー。

「ああ、ああ! わかったわかった。少し待て、施しの英雄よ」

 しかしカルナがまさに立ち去ろうと踵を返したとき、まるで背中に目でも付いているのかというタイミングでアンデルセンが再び口を開いたのだ。

「確かに俺自身は書かないと言ったが、それでも当てくらいは紹介してやろう。そのまま放り出して、あちらこちらでその胸焼けしそうな惚気を捲き散らかされるのも、それはそれでまずいというか」
「貴様が断ったことを吹聴する気はないが」
「そうじゃない。そうじゃないが……ええい、こんなことをいちいち説明してやるのもまだるっこしい。そもそも何故、俺がそんなことまで逐一語って聞かせねばならんのだ。そのくらい自分で理解しろ。とにかくだ。その気持ちをあの女にのみ渡したいなどと歯の浮いたことをほざくのであれば、いちいち説明する人間に洗いざらい話して聞かせるのはやめろということだけ忠告しておいてやろう」

 アンデルセンは、彼曰くの「当て」とやらと書いたメモをカルナに向かって突き出しながら、舌打ちまじりにそう吐き捨てたのだった。


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 こうしてアンデルセンから紹介された人物の部屋を尋ねたカルナは、その内部の混沌とした様に強烈な既視感を覚えて眉をひそめた。
 積み上げられ山となった漫画の単行本、ゲームのソフトが入っているらしいパッケージ。棚に所狭しと並べられたフィギュアたち。その他カルナには理解できないコンテンツ諸々。床には菓子類の空き袋や缶や箱が散らばっている。
 それらによって敷かれた陣の真ん中に、部屋の主は炬燵に潜り込んでのんべんだらりと怠惰を貪っていた。

「いや~原稿作業もとりあえず一段落したし、今日はお外に出る用事もないし! たまには姫も何もしない休日を謳歌すべきだよね~。引きこもりたーのしー……って、ギョワアァッ!?」

 気配を感じ取ったのか、ふとこちらを振り返った部屋の主――刑部姫は、カルナの姿を目にするなり大仰に悲鳴を上げ、その場で文字通り飛び上がった。そして目にもとまらぬ早さで炬燵の中へと全身を滑り込ませる。
 なるほど、アサシンクラスで現界しているだけあって、隠密行動はお手の物というわけか。
勝手に一人感心しているカルナに、刑部姫は分厚い炬燵布団の向こうから、きゃんきゃんと高い声で叫んだ。

「きょ、今日はわたし一日オフだもん! マーちゃんだってそう言ってたんだもん! 言質取ってるもん! い、いくらガッちゃんとわたしが引きこもり仲間だからって、引っ張り出し要員として誰に対しても有効とは限らないんだから! わたしは絶対ここから出ませ~んっ!」
「待て、オレはお前を引きずり出しに来たわけではない」
「炬燵をひっぺがそうとしながら言わないでよ! 説得力皆無! うわーんビジュアル系イケメンが顔が良いのを盾にしていたいけなわたしのこといじめるよぉ~助けてぇ~!」

 ぴえん、と奇妙な鳴き声を上げながら、カルナが引きはがそうとしている炬燵布団を握りしめ、頑として籠城の姿勢を続ける刑部姫。
 とはいえ、一先ず話をするだけならばこのままでも問題ないだろう。仕方なく彼女を引っ張り出すのは諦めることにしたカルナは、炬燵を掴んでいた手を離し、そのすぐそばに腰を下ろす。

「遠き異国の地の城化物よ、此度は貴様に頼みがあってきた。ラジオ局への匿名の投書をしたためたことはあるか」
…………へぁ?」

 問いかけに対して返ってきたのは、しばしの沈黙、それから間の抜けた驚きの声。
刑部姫はおずおずと炬燵から顔だけを出し、カルナの顔を不思議そうに見上げてきた。

「えーと。ラジオって、今ガッちゃんがパーソナリティやってる、あれ? そこには出したことないケド、現世にいたころにラジオ局に読んで欲しい~って手紙書いたことはあるよ。推しのイケヴォ声優にわたしが考えた最強の萌え台詞を読んでもらいた……いや、何でもないです! と、とにかく、ないことはないけど。それがどうかした?」
「オレはそこに投書をしたいのだが、己の手で書くと匿名性に欠けると指摘された。故に代筆をしてくれる者を探している。ここへ来たのは、とある者に貴様を紹介されたからだ」
……よくわかんないんだけど、それ、わたしが何か体の良い厄介払いの受け皿にされてない?」
「そうだな」
「はっきり言わないでよーっ!」

 ぶつぶつ文句を垂れながら、入ったときとは反対にのろのろと蛞蝓のような動きで這い出てくる刑部姫。何となくガネーシャを彷彿とさせるが、彼女を見ていて抱く気持ちを目の前の刑部姫には一切抱かない。やはり自分にとってはあの女こそが特別なのだな、とぼんやりそんなことを思った。

「でもでも、どうして急にそんな話になったわけ? 何か理由があるんでしょ?」
「ああ、実はーー」

 一から十まで全てを話して聞かせることはないと言ったアンデルセンの先の助言に従い、事情を出来るだけ簡潔に説明することにした。
 カルナがガネーシャに伝えたい気持ちがあること。立香から提案された作戦の内容と、そのためには匿名性が保てるような投書を書いてくれる人に代筆を頼む必要があること。その他、必要と思われる事実だけをなるべく端的に伝えていく。
 話しながら思ったのだが、確かに今回の件には刑部姫がアンデルセン以上に適任かもしれなかった。
 刑部姫はガネーシャとは普段から仲良くしているようだし、彼女がどういう思考でカルナに辿り着いてしまう可能性があるかは他の者よりは予想がつきやすいだろう。それに彼女はサバフェスで何度も本を出版しているようだし、書くことに対して、かの文豪たちほどではないとはいえ精通しているはずだから。
 ひととおりの説明を聞いたあと、彼女は、ケッ、と荒んだ顔でなにやら謎の呪詛のような言葉を吐き捨てた。

……リア充爆発しろォ~」
「何か言ったか?」
「ううん、何でもなぁ~い」

 しかしカルナがその言葉について深く問おうとすると、気味が悪いくらいの笑顔を向けてそれを牽制してきた。これ以上は聞いてくれるなと、笑っているのに笑っていない奇妙な目が、どこか必死な様子に訴えてきている。
 とはいえ本題に対してはそこまで重要な事項ではなさそうなので、とりあえずは彼女の訴えてくることに従っておくことにした。口をつぐみ、答えを待つ。

「でもまあ、今はちょうど原稿の作業も一段落してるし、それにわたしにとっても友達のことだしね。他人事じゃないっていうか? とにかく、いいよ~。ばっちり承っちゃう」
「! すまん、恩に着る。返礼には何を差し出せばいい?」
「いやいやいや、そんな大袈裟なことはしなくていいって! う~ん、でもそうだなあ。じゃあ今度原稿やってる最中に、ポーズとか構図のチェックしたいときがあったら、ちょっぴり手伝ってくれると嬉しいかな~みたいな……
「? ふむ、承知した」

 頼まれた内容はよくわからなかったのだが、カルナにでも出来そうなことを提案してくれたのだろうということだけは何となく察することが出来たので、即座に了承の意を示した。
 本当に大丈夫かと刑部姫は怪訝な顔をしているが、彼女の何かを手伝うくらいは当然させてほしいので特に問題はない。何でも任せてくれと告げたときの彼女の顔は、何やら獲物を狙う獣のようなものだったような気がするが、恐らく大丈夫だろう。多分。


      +   +   +


 そんなこんなで書き上げられたカルナの思いを存分に込め、しかしなるべくカルナからのものであることがバレないようにと書かれた投書は、無事にラジオ局のお便り受付係へと届けられることとなった。
 カルナの足りない言葉をうまく補足しつつ、しかし決してわからぬようにと包み隠す文面を作るのは、きっとかなり大変だったことだろう。結局その後丸々一日付き合ってくれた刑部姫は、もう何というか燃え尽きたような様子で炬燵に突っ伏していた。
 一応此度の返礼については後日と約束したが、それだけでは到底足りるまい。そう考えたカルナは、何か必要なものがあれば持ってくると彼女に提案したのだが、何故か「イイエモウオナカイッパイデス」と死んだ魚のような目で断られてしまった。一刻も早くひとりにしてくれ、なんて言われてしまえば従うしかない。カルナが部屋を辞した直後、彼女が何やら叫びながら誰かと話している声が聞こえたような気がするが、あれは何だったのだろうか。
 そしてガネーシャの元へと届けられた投書は、次のラジオの放送日に彼女によって読み上げられた。カルナからのものであることは恐らく一切暴かれないまま。
 カルナは自室でそれに耳を傾けていたのだが、自分の想いを綴ったものがその想いを捧げたい当の本人によって読み上げられるのは、何だか妙に気恥ずかしい思いだった。放送中は意味もなくそわそわと部屋の中を徘徊してしまっていたほどである。
 聞きながら飲もうと予め煎れてあった茶は、落ち着いて座っていられなかったせいで一切手が付けられず、結局すっかりぬるくなったその存在を就寝直前に辛うじて思い出し、慌てて胃に収めたのだった。

 そうしてガネーシャが話してくれた『恋する相手に気持ちが効率的に伝わる方法』を、カルナは次の日から早速実践してみることにした。

 最初は単純にいつも以上に距離を詰めてみたものの、それは残念ながら失敗。そんなにくっついてくるな、暑い、と邪険な態度で突き放されてしまった。これではいつもと何も変わらない。
 しかし一方、やっぱりダメなのかと落ち込んでいたカルナの頭を、彼女は何を思ったか優しく撫で始めたのである。
 ひどく、驚いた。それと同時にどうしようもないほど歓喜に胸が打ち震えて、やっぱり彼女が愛おしくてたまらなくて。諦めることなどまるで考えられないと、改めて強くそう思った。こうして互いに互いの手が届くうちは、諦めたくないと、
だから、やれやれしょうがないと言いたげな様子で背中を向けた彼女の手を、無我夢中で取ったのだ。
 彼女は確か、自分の声が好きだと言っていた。ならばそれを最大限活用させてもらうとしよう。
 ぐいと引き寄せて、半ば腕の中に閉じ込めるようにして。そっと耳朶の上を撫でていくように、甘えた声で囁いた。

「ーー■■■よ」

 意識的にそうしたとはいえ、自分の口からこんな甘くて柔らかい声が出るとは思わなかった。ひゅ、と息をガネーシャが静かに呑んだ気配が、確かに伝わってくる。
 予想以上の反応に内心ほくそ笑みながら、カルナは繋いだままにしていた手をゆるりと擦った。指を絡ませ、己の体温をその柔らかな皮膚の中へと染みこませるように。
 カルナとてそういう経験が全くないわけではない。内なる欲に火を付ける触れ方も一応知ってはいる。しかしまさか英霊となり、サーヴァントとして召喚された後にもこんな知識が役に立つとは思わなかったけれど。
 そして今カルナがしようとしていることは、サーヴァントとマスターが魔力供給のために行う触れ合いではない。つまり必要に迫られての義務的な行為ではなく、カルナがカルナとして自ら望んで手を伸ばした結果、行われていることなのだ。そう思うとどうにも口元が緩んだ。自分の意志で、確かに『彼女』に触れているのだと。

「え、な、何?」

 ひっくり返った声が上がる。恐怖と、困惑と、隠しきれない『色』の乗せられた声だった。
カルナの体温を触れあった手からすり込んでいく度に、彼女のぬくもりもまた同じように伝わってきて、指先からじわりと溶けて入りこんでくるような気がする。

 溶けて、混ざって、重なって。
 ああ、なんて心地よいのだろうか。

 しかし腕の中に閉じ込めていた柔らかい体が微かに身を震わせているのに気がついて、カルナは慌ててガネーシャを解放してやった。そうして恐る恐るといった様子でこちらを見上げた彼女の顔を見て、カルナは作戦の成功を確信したのだ。
 その栗色の瞳にちらついているのが恐怖のみだったら、ああこれはまた駄目だったとがっくり落ち込むところである。しかし今ここにあるのは、そういう類いの顔ではない。
 僅かに潤んだ瞳、上気して赤く染まる頬、震える唇。
 確かにこちらを見上げる目は困惑に揺れてはいるけれど、同時に己内から湧き出る欲に翻弄されている『女』の顔だったのだ。

「ガネーシャ神よ」

 本人が望む方法を取ったというだけでこれほど劇的な変化が現れるものなのかと、カルナはいっそ感動すらしていた。この作戦を立案してくれた立香や、手紙をわざわざ代筆してくれた刑部姫には改めて礼を言わねばなるまい。二人の協力がなければ、カルナは今もどうしたらいいのかわからず途方に暮れたまま、こんな満たされた気持ちを味わうこともなかっただろうから。

「お前の言葉はやはりオレに足りぬところを的確に言い当ててくれるようだ。オレはお前に与えられた言葉を胸に、今後も精進するとしよう」

 決してこれで終わりではないぞと、そう宣言して部屋を後にする。正直名残惜しくはあったが、これで満足していては駄目なのだ。
 カルナの最終目的は、あくまでもこの気持ちを正しく彼女に受け取ってもらうこと。よって今回のこの行為はそのための布石に過ぎない。カルナ自身が大いに満足しており、ここ最近で類を見ないほど機嫌が上向いているのが自分でもわかるほどになっているのは、まったく別の話なのである。
 こうしてカルナはガネーシャ本人から与えられたアドバイスを、それから毎日実行し続けた。意図的に距離を詰め、その肌に触れる機会を増やし。そして触れるときは、なるべくそういう風に取られるように意識した。
 ガネーシャはそうするたびにころころと面白いくらいに表情を変え、赤くなったり青くなったりしながらカルナの行動の真意を吐かせそうと躍起になっていた。自分の言動に右往左往する彼女は本当に可愛らしくて、愛おしくて、胸の内がくすぐったくて、もっとそういう顔が見たくなって。
 だから彼女がおそらくは照れ隠しで、部屋の壁をぶち破る勢いで突き飛ばしてきたのなんか何でもなかったのである。自分をそういう対象として意識してくれている証左に他ならないのだから、もっとやってくれとさえ思ったほどだ。壁に埋もれたカルナを引っ張り出しにきたアシュヴァッターマンにそう零したら、何とも言えない微妙な眼差しを向けられてしまったが。
本当はそのままうっかり全ての思いを口にしてしまいたかった。けれど今はまだ駄目なのだろうとも思った。ここで言ってしまったら、きっとすべてが振り出しに戻ってしまう。何となくそんな確信があったのである。
 とはいえ、いつまでもこの方法のみを取っていては進展が見込めないのも事実である。今はまだガネーシャが翻弄されてくれているから良いが、ずっとやり続けていたらそのうち慣れてしまうだろう。もしそうなってしまったら、それはそれでまた最初に逆戻りである。

 そこで再び、カルナはラジオ局へ投書を出すことにした。
 ここからさらに先に進むにはどうしたらいいのか、それをまた彼女の口から直接聞きたいと思って。

 この提案に、刑部姫はあまりいい顔をしなかった。
 散々意識させてから再びそんな投書を送ったら、流石にガネーシャにもカルナからの投稿であることがばれてしまうのではないかと危惧していたようである。匿名が前提の作戦だったのに、自らそれが暴かれる危険のある方法を取るのはまずいのではないか、と。
 しかしこれはある意味今後のカルナの行動に対する指針になるのではないかと、そう言って賛成してくれたのは立香だった。
 現段階でガネーシャが全てを悟ってくれたなら、それは彼女自身がカルナのことをそういう存在だとして十分に意識してくれているということ。つまりカルナの思いを、己へ対する正当なものとして素直に受け取ってくれる状態になっている可能性が高いということだ。逆に何も気付かないままであれば、まだ彼女の心はそういう方向に開ききってはいないわけで。

「だから、ここでもう一押しのアドバイスをくれませんか、って聞いてみるのはアリなんじゃないかな。そこでのガネーシャさんの反応を見て、さらにカルナからの次のアクションを決めるのがいいんじゃないかって」
……マーちゃんってさ、自分のことに関してはめためたに鈍感奥手の天然初心ちゃんなのに、どうして人の事になるとそう『わかる』に溢れる回答ができちゃうわけ?」
「ちょ、ちょっと待っておっきー。俺ってそういう印象なの? そんなに根性なしの男に見える?」
「さぁて、ドウデショウネ~」

 へっ、といつか見たような荒んだ笑顔を見せる刑部姫。よくわからないが、彼女も立香に対しては色々と思うところがあるようだ。立香はマスターとして、様々なサーヴァントから多種多様な感情を抱かれているようだし、中にはかなり強い好意を持っている者もいる。過激とまではいかなくとも、彼女もそのうちの一人なのだろう。

……マスターよ。お前も何人が想う者がいるのならば、オレは存分に協力する所存だ。此度の礼にはならぬかもしれんが、オレでよければ好きに使ってくれて構わない。オレ如きに出来ることがあれば思うままに命じるがいい」
「え、あ、うん。ありがとう?」
「う~ん、マーちゃんと恋バナに花を咲かせるカルナさん……見たいような、でも見るのがなんか怖いような。ま、そういう展開になった時はわたしにも教えてね、ネタとしてはウマウマなので。思いっきり砂吐きそうだけど」

 少々困った顔をする立香と、パソコンのチャットで何やらどこかの誰かにメッセージを飛ばす刑部姫であった。しかし砂を吐くとは一体どういうことなのだろう。何かそういう技があるのだろうか。

 そんなやり取りを経て書き上げられたカルナの二つ目の投書も、無事カルデアラジオ局で読み上げられることとなった。

 寄せられる多数の投書は抽選式で選出されると聞いていたので、そもそもカルナのものが読まれるかどうかという若干不安があったのだが、どうやら立香が予めラジオ局に協力を取り付けてくれていたらしい。事情を説明したところ、スタッフが総出でこの作戦に乗ると言ってくれたのだそうだ。若人の恋路を応援したいと、ラジオ局に直接関わっているスタッフ以外からもいつでも声をかけて欲しいと言われている。
 本当に、自分は良い縁に恵まれていると思った。もったいないほどだと感じてしまうくらいには。
 しかし肝心のガネーシャからの回答は、ちょっととんでもないものだった。

 相手は現在あなたの行動によってぐらぐらと揺れており、陥落寸前であるはず。
 故に今こそ全ての思いをぶつけ、その強固な壁を一気に打ち破り、突き崩し、その相手を手に入れるべきだ。

 そんな些か急展開ではないかという答えを、彼女はいきなりカルナに投げつけてきたのである。
 しかし立香が言っていたとおりであれば、おそらく彼女の回答は今現在の彼女自身の現状を反映したものなのだろう。となるとガネーシャは今、崩壊しかけた壁の向こうで白旗を振っているような状態かもしれないということだ。
 そういうことならばもはや止まっている理由はない。後一押しで突破できると明示されている壁が目の前にあるのなら、自分はそれを己の力で押し切るまでだ。今までだってずっとそうして生きてきた。むしろ突破できるという見込みが多少でもあるだけ良いほうだと思う。

 とは思ったものの、具体的にはどうしていくべきなのだろうか。

 刑部姫のマイルームで炬燵にもぐりこみ、彼女から勧められた蜜柑を剥きながら、立香は首をひねった。作戦会議中とは思えない気の抜け具合である。しかし決して適当というわけではないから不思議だ。

「告白って、女の子からするとどういうシチュエーションでされるのが嬉しいというか、心に響くのかな?」
……何、マーちゃん、それをわたしに対して聞くの? まあ、別にいいけどさ。マーちゃんはそういう人だってわたしは十分わかってるし、もうそこに関しては諦めてるというか」
「ねえ、俺はこないだからすごいディスられてない? 気のせい? 気のせいだよね?」
「うーん、そうだなあ。やっぱり特別な場所で言われたいよね~。私のためにここまでしてくれたの!? ってちょっと感動するくらいが理想かなぁ」
「おっきー待ってお願い俺のこと無視しないで」

 ともかく、ガネーシャに思いを告白するならば『いつもどおりの場所』では絶対に成功しないと、刑部姫はそう強く主張するのである。カキョウインの魂を賭けてもいいと。よくわからない単語が唐突に飛び出してきて困惑したが、とにかく何者かの魂を賭けても差し支えないほど強く断言できるというのであれば、きっと信憑性は高いのだろうと思う。
 要するに、いつもどおりの場所と状況で伝えたところで、恐らく彼女もいつもどおり受け取るだけに留まってしまうということだった。いつもの「え、何言ってんの?」の一言とともに一蹴され、告げた言葉は好意を受け取ることに素直になれない彼女の中で変質し、その頑なな心の壁を打ち破ることは不可能であろうと。そうなればカルナの一週間の努力は完全に水泡に帰し、彼女の認識が振り出しに戻ってしまう可能性だってありうるのだ。

「俺が知ってるドラマとかだと、何か夜景の見える高級ホテルのレストランで食事をしたあとに『愛してるよ結婚してくれ!』とかって言って指輪を渡して、そのまま上の階にあるホテルに行くとかあった気がするけど。そういう特別な感じがいいのかな」
「マーちゃん、それ一体何年前のドラマの話? もはや化石だよその概念。でもそれだと、ガッちゃんが喜びそうな場所ではない気がするなあ。特別な場所っていうのに関してはわたしもはげど~って感じなんだけど」
「おっきーそれもう古いよ」
「お黙り。とにかく、もうちょっとこう、ガッちゃんに似合うような場所がいいと思う」
「オレもそれには同意する。彼女にそういったものが必要だとは思えん」

 彼女がいるべき場所はそういう夜の気配に包まれた大人たちの空間ではないと、カルナは何となくそう強く感じていた。
 それに――

「うまくは、言えないのだが……彼女が彼女で在れる場所で、彼女にだけに届くように伝えたい、というか」
「うん?」

 明らかに言いよどむカルナの姿が珍しかったのか、立香は少しばかりきょとんとした顔をする。カルナはぽつりぽつりと、雨粒が空から落ちるように少しずつ己の希望を口にしていったのだった。

 こうしてカルナの曖昧でしかなかった要望を聞いた二人が再び奮闘してくれたことにより、次弾となる『カルナのドキドキ☆プロポーズ大作戦』(命名:刑部姫)が実行されることとなったのだ。

 協力者はここにいる一人と一騎ーーだけではない。シミュレーター調整を行っているスタッフたちと、カルデアベース内の設備の管理と運用を行っているシオン、ダヴィンチ、それからネモたちも加わることになったのである。
 というのも、カルナが告白の場にと望んだシチュエーションが、現在の地球上に存在しないからだった。
 世界は現在漂白され、カルデアベースの外に出れば真っ白な大地が延々と続くのみである。レイシフトも以前ほど気軽に行えるわけではない。
 そこで提案されたのが、シミュレーターの構成データを書き換えてカルナの望む情景を作り出し、そこに二人で入るという方法だった。しかもカルナが何となくしか想像できていないそれを補完すべく、ダヴィンチが全面的に協力してくれるのだという。
 彼(彼女?)曰く、

「人間の脳内にしか存在しないものに形と意味を持たせ、この世界に具現化させるのは、芸術家と呼ばれる生き物に必要とされる最低限の能力さ。それをこの万能の天才が自ら請け負おうと言うのだからね、大船に乗ったつもりでいてくれていいとも!」

 とのこと。
 なお、その顔にはっきりと「こんな面白そうなことを外野で黙って見ているだけなんて、勿体なくてできるものか」とはっきり書いてあったのだが、それでも頼もしいことには間違いないだろう。カルナは安心して彼(彼女?)に託すことにした。
 それから一週間かけて、カルナたちはシミュレーターの仮想空間の構築作業に邁進した。
 ああでもないこうでもないと、様々な人と頭を付き合わせ、試行錯誤しながらあれこれ進めていくのは存外楽しいものだったと思う。今まではなかなか得られなかった体験だ。
 そしてこれが完成したときの彼女の反応を想像すると、カルナは心を踊らせずにはいられなかった。これを見たとき、キミはいったいどんな顔をするのだろう。どんな声を上げてくれるのだろう。
 シミュレーターの調整と同時並行で、カルナは告白の練習もしておくことにした。言語化がどうにも難しいこの大きすぎる感情を、それでもカルナの言葉できちんと伝えるために。
 練習には立香と刑部姫が繰り返し付き合ってくれた。二人には本当に世話になりっぱなしである。夢中になって時間を費やすあまり、ガネーシャに会いにいく時間を確保できなかったのは少しだけ残念だったが。
 とはいえカルナはあまり嘘が得意な部類の人間ではないし、彼女にあれこれ詰め寄られたらうっかりこの作戦のことを零してしまいそうだったので、これはこれでよかったのかもしれない。「プロポーズはサプライズで行うべき」という周囲の助言に従ったのだが、せっかくやるならとびきり驚いて、そして喜んでほしいとカルナも思っている。
 故にカルデア内でガネーシャと顔を合わせても、なるべく接触がないうちにその場を立ち去ることにしていた。顔を合わせていたらもっとずっと側にいたくなってしまうし、そうなると隠し事がばれてしまう可能性がぐんと上がることは間違いないだろう。
 彼女の目から逃れるためにさっと踵を返す度、どうにもできない寂寥感が身を貫き、鈍い痛みをもたらしてくる。それもあと少しで全て報われると思えば、耐えきれないほどの苦ではなかった。




 彼女がここに入った時点で、空間の構築にかかる最低限の数値チェック以外の監視は切ってもらっている。映像も音声も、カルナとガネーシャのバイタルの状態すらも、外の者たちには一切伝わっていない。これはカルナがそうしてくれと頼み込んだことだった。
 危ないことは絶対にしない。危ない目にも遭わせない。ほんの少しの時間だけで構わないから、どうか自分たち二人だけの空間にさせてくれないか、と。
 最後まで首を縦に振ってくれなかったシミュレーター調整担当のスタッフは、この空間の正しい意味での完成をその目で直接見届けたかったらしい。けれどカルナの熱心な説得に、最後の最後でようやく折れてくれた。
 二人だけにしてほしいと言ったのは、もちろんこの思いを打ち明ける相手が彼女だけであってほしいという思いもあるが、それだけではない。限りなく本来の世界から隔離されたこの場所であれば、自分は正しく『彼女』を認識できると踏んだからだった。この思いを伝えたいのは『ガネーシャ神の疑似サーヴァント』ではなく、その被り物をしている『彼女』なのだから。
 もしこれだけの助けを得てもなお壁をうち破れず、『彼女』を正しく呼ぶことができなかったら、今回は思いを告げること自体をやめようとさえ思っていた。自分の思いの強さはまだそこまで完成しきっていないということに他ならないのだから。そんな中途半端な状態で伝えるのは彼女に対しても失礼だろう。もう一度この心を固め、深め、鍛錬を積み、それからまた再度挑もうと。

 カルナは戦士だ。戦うための生き物だ。だから自分ができることといえば、目の前の敵を打ち破るために戦うことだけだから。

 彼女の到着を待つ間、じりじりと焦燥感が胸の内を焦がした。どうやら存外緊張しているらしい。じっとしていることができず、向日葵畑の中を少しばかりうろうろと彷徨ってしまった。

 歩きながら、この場にいる彼女の姿を想像する。この美しい花たちと陽光が輝く中で、カルナに向かって微笑む■■■の姿を。
 きっとその眩さに自分は思わず目を細めるのだろう。心の底から愛おしいと感じるのだろう。

 ふと、土を踏みしめる音が近付いてきているのが聞こえた。間違いない、彼女だ。■■■がこちらへ向かってきている。のろのろと緩慢な動きではあるが、己の意志で確かに前へと進んでいた。それがカルナはどうにも嬉しいのだ。

 振り返る。ああ、とため息が零れた。

 仮想とはいえ、偉大なる父の恩恵が惜しみなく振り注ぐ中、ふらふらしながらも真っすぐ自分のもとへ向かってきてくれる彼女。こちらを見つめる彼女の顔は強張っていて、どうやら己と同じく緊張している様子が伺えた。

 カルナが望んだ顔こそまだそこにはないが、それでもこの場所は彼女にふさわしいと思った。
 暗く狭い部屋で電子の光に照らされて青白く光る生気のない顔よりも、ちょっと疲れた様子でもこうしてあたたかな光に包まれている姿のほうがずっといい。彼女は確かに今ここで生きている人間なのだと、自分が尊ぶべき存在なのだと、そう思える。

「ーー来たか」

 さて、どうやってこの思いを伝えよう。
 うまくは言えないかもしれない。話しているうちにぐるぐると違う方へころがっていって、何を言っているのか自分でもわからないような状態になってしまうかもしれない。
 それでも彼女はきっと、最後まで我慢強く自分の話を聞いてくれるのだろう。しょうがないなあと笑って応えてくれるのだろう。
 甘えているという自覚はあるけれど、それがどうにも心地良いと感じてしまうから。そういう心地良さを抱き締め続けていたいから。だからこそ、カルナは今彼女とともにここにいるのだ。

「はいはい、ご指名に預かったので渋々やってきてあげた慈悲深い神、ガネーシャさんッスよ~。で、何の用?」
……ここまで来て聞くのか、それを」
「聞くよ。だって自分でそう言ったじゃないッスか」
「それは、そうだが」

 喉の奥がきゅっと引き絞られているような感じがして、うまく言葉が出てこない。己が相当に緊張しているらしいことを今更自覚した。
 深呼吸をして、目を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、かつて、或いはいつかの空の向こうで出会った胸をつくほどに幼くて、優しくて、澄んだ涙。
 そして無限の時間から這い出た先で確かに見つけた、ふてぶてしくも愛おしい春の微笑み。己が尊び、守り、慈しむべきものだと心から思える、そんな大輪。

「ーー■■■」

 名前を、呼んだ。

 相変わらずひどいノイズが走ったが、それでも確かに『彼女』を呼べたという確信はあった。目の前の『彼女』が目を見開き、そして湖面のように揺れたそこからぽろりと雫が零れ落ちていったから。そうして彼女は自ら手を伸ばし、カルナに触れてくれたから。

「キミの笑顔が、よく似合う場所を想像していた」

 うまく伝わるだろうか。どうか伝わって欲しいと、祈る。

「とはいえ、オレの力だけでもここまでしっかりと形にすることはできなかった。曖昧な要望をここまで再現してくれた面々には頭が下がるばかりだ。こうしてここに立つキミを見ると、やはり素晴らしい出来だと改めて感心する」
……そ、ッスか」
「そうだ。だから……だからどうか、泣かないでくれ」

 オレは此所で咲くキミの笑顔が見たかったんだ、と。
 カルナはそう言って触れあう手にほんの少しだけ力を込めた。もっと気の利いたうまい言葉が出てくればよかったのだけれど、結局自分にはこれくらいが精いっぱいだ。
 せめてと思いながら、繋いでいないほうの手で丸く柔らかな頬を伝い落ちるそれを拭ってやる。けれどそれはぽろぽろと後から後から溢れて止まらない。

「にひひ、カルナさんってばほんと物好きッスよね~」

 それでも彼女は、へたくそな笑顔をカルナに向けてくれた。そして、本当にこんなのでいいのかと戸惑いながら問うてきた声に、カルナは一にも二にもなく頷いて見せる。

「ああ、これがいい。オレは、これがいいんだ」

 これでないと、自分はきっと駄目なのだ。
 いつか必ず避けられない別れがくることはわかっているし、それを受け入れることに躊躇いや迷いない。自分たちはきっとどこまでもそういう存在だ。だからこそこうして出会い、共に時間を過ごせている。だからいつか必ずやってくる別れを否定し拒絶することは、かつての別れの先にある今の二人の関係を否定することに等しいのだ。
 それに彼女のすべてを手に入れて、時を止めて閉じ込めてしまいたいとは決して思わなかった。カルナが望んでいるのはそんなことではない。見ていていっそ苦しくなるほどに愛しいと思える小さな儚い花を、不器用ながらも必死に根を張り、思うがまま葉を伸ばして精一杯生きているそれを、カルナが自ら手折ることなどできるはずがなかった。
 けれどそんな泡沫の夢だとしても、終わりがくるその瞬間までは傍にいさせてほしい。ここにいる間その花弁が散ることがないように、守らせてほしい。そう願ったから、カルナは今ここにいるのだ。

「そっか。……じゃあ、しょうがないね」

 そう言って不器用に笑う■■■が、本当に、泣きたくなるくらい愛していると思った。
 思わず深く吐き出した息が微かに震えてしまったのを誤魔化したくて、繋いでいた手を引き、腕の中に閉じ込める。あたたかい。おずおずと回された腕の感触に、胸が打ち震えた。

「改めて、口にしよう。キミに聞いて欲しいことがあるんだーー」

 さて、まずは何から伝えようか。
 立香や刑部姫と一緒に必死に練習していた言葉は、残念ながら全部吹き飛んでしまったけれど。でも、きっとこのほうが自分らしい。

 そうしてカルナは大きく息を吸い込んで、最初の一言を彼女の耳元へと吹き込んだのだった。