つきのせ さぶろく
2024-05-21 22:47:45
5109文字
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潮足は早く

【境目卓名所SS】佐鳥詰希(🐰|すきさば探偵)と花霰蕈二(🍥|霧雨HO2)が飲み会で初めましてする話。特定のシナリオのネタバレなし。


「せんぱーい、その子まだ未成年ですよう」
 明らかにアルコールであろうドリンクを渡されかけたところで、別の誰かが割り込んできた。そのおかげもあって、当初の目的であった烏龍茶が手渡される。
「危なかったね、隣いい?」
 ここは長机の末席あたり。花霰蕈二は大学生になって初めての大規模な宴会に参加していた。そこそこ見知った人間はいるが、だからと言ってそのグループに所属できるほどのものはなく、ぼうっとメニューや店内の装飾を眺める時間の方が長いくらいだった中、その彼は炭酸飲料の入ったグラスと烏龍茶の入ったグラスを手に現れたのである。
……あ、ありがとうございます」
 飲酒を回避するための言いくるめが必要なくなって肩の力が抜ける。整った襟のカジュアルスーツと半丸型の眼鏡が印象的な彼から烏龍茶を受け取ると、一つ隣の席へと移動する。そして空いた空間に彼が座る。
「君、槻大の子?」
「はい、一年です」
「へえ、学部は?」
「人間学部です」
 交わった視線に、蕈二は少しの気味悪さを覚えた。心の内側を一瞬覗かれたような、冷えたざわめき。下りていた肩がまた少し上がる。
「いーね、面白い分野」
 青年はグラスを少し傾けて喉を動かす。ことんとグラスを置く音がして、また視線が戻ってきた。
「てか、槻大でここ参加してんなら知ってるのかな。志場結、医学科のやつなんだけど」
 蕈二はその名前に聞き覚えがあった。聞き覚えどころか、嫌というほど記憶に刻まれている名前だ。変な因果で知り合って、頼んでもないのに先輩面で何かと世話を焼いてくるお人好しで、年齢が一つ上の、一応先輩。この場に来たのも彼の誘いがあってのことだったが、よりによって今日は病欠だ。
……志場なら来ないですけど」
「知ってる知ってる。あいつ、人誘うだけ誘って風邪引いたんだってね」
「まあ、季節的なものもあるし……運が悪かったですね。また次回があればきっと来ますよ」
 質問の数に少しの不信と警戒を覚え、蕈二はとりあえずの言葉で場を保ってみるが、やはりこの手の質問攻めに慣れることはできない。無遠慮に腹を探られるのは、内臓そのものを探られているような危機感がある。
「それはそう。で、本題はここからなんだけど」
 本題、という言葉に蕈二の喉が締まった。これは今から詮索を始めるという宣言と捉えて良いのだろうか。
「結が誘った人間当ててみようかなって」
 どうせ最初からわかっているだろうに。細められた目に苛立ちのようなものさえ湧いてきそうだ。煮える前に烏龍茶を一口飲み込んだ。
「まずはあっちの席のあの子。あの子も槻大でさ、前も誘われてた」
 目線の先にはいかにもな女子大生がいた。顔は知らないので他学部の学生だろうと蕈二はすぐ目を逸らした。
「あとは俺。まあ、なんかのはずみで仲良くなったと思ったらこういうのに誘われるようになったんだよね」
 これは蕈二にも容易に推測できることだ。それにしても志場結という男の顔の広さには舌を巻く。彼の人脈だけは敵いそうにないと思わされてしまう。
「ほんで、最後の一人は誰って話なんだけど。……君じゃない?」
……だったらなんなんですか」
 グラスの淵に添えていた手に力が入る。
「もしかして、その確認がしたくて声かけたとかなら、あまり面白い話はできませんよ」
 蕈二は薄く笑って相手の出方を待つ。常人並みでないこの好奇心は、下手をすれば深くまで掘り下げてきそうな予感がする。
「あー、いやいやそんな警戒しなくていいよ。これはほぼ癖、職業病ってやつ」
 彼は肩を開いて少しだけ蕈二の方へと身を乗り出した。
「ま、面白そうな匂いがしたってのも事実なんだけどさ」
 やっぱりか、と蕈二は一瞬視線を逸らしたが、またすぐに向き直る。彼は笑顔を向けたままだ、きっと回答を待っているのだろう。
……俺が誘われた、って言うとちょっと違います。元々行く気なかったんですけど、あいつが風邪で行けないって言うから」
「代打かあ、惜しかったな」
 青年はからりと笑ってグラスを傾けた。鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。
「正直、残念そうに見えないですけど」
「あはは、バレた」
 特に悪びれる様子はなく、むしろあっけらかんと笑顔になる彼は言葉を続ける。
「だってさ、結の代打で来た槻大の一年って、……例の後輩くんじゃんね!」
 楽しそうな様子に相反して、蕈二の口からは大きなため息が出た。あのお人好しの知り合いが、人並みの正常さであるはずがないのだ。だとしても、この男にこれだけ期待されるほどの何を志場結は喋ったのだろうか。少し頬が熱くなる。
「直属の後輩じゃないけどなんて言ってたけどさ、代打で飲み会くるくらい懐いてんじゃん」
 くすくすと笑う声に頬の熱が上がっていく。ざわざわ首あたりがくすぐったくなって、蕈二の指先が落ち着ける場所を探すようにグラスをさする。
「あの……人を犬みたいに言うのやめてくれませんか」
 蕈二は落ち着かない感情を飲み込んで、浅くため息をついた。ここでこの青年のペースに飲まれれば、いらないことまで聞き出されてしまう予感がしてならない。
 それならば、と蕈二は口を開いた。
「じゃあ、あなたはどこの誰なんですか。職業病とか言ってましたけど、人間観察が癖になるなんて大体候補は絞られてきますよ」
 青年は一瞬目を見開いたが、すぐに元の余裕な笑みに戻る。
「いいねえ。当ててみる?」
 蕈二はこの視線に試されているのだと、さらに脳を動かしていく。
……まず、一つ想像できるのがアーティスト。一般的な男子大学生はそこまで爪の手入れをしない。芸術系の人なら頷けるし、変人が多いでしょ」
 ちらりと蕈二はサングラスの奥の目を伺うが、その輪郭が揺らいだ様子はない。
「次にあり得るのは、……あまり大きい声では言えないけど、夜の仕事。詮索に近い会話とか、純粋なコミュ力がそれに近い。ただ、その詮索があまりにも内側すぎる。あんたと話してると、外側を剥がしていくって言うか、内側に侵入しようとしてる感じがする。目線の運び方も、単なるコミュニケーションじゃなくて、観察の意味が含まれてる」
 蕈二はゆっくりと唾を飲み込んだ。ここまで考察を突きつけても、青年は顎に手を当ててじっと蕈二を見ているだけだ。
「ここに来てるんだから大学生なんだろうけど……裏の顔があるんじゃないの」
 考察はここまで。相手が探ってくるのならこちらも探るのみと、そのペルソナが剥がせる術を言葉で探した。ただ、仮面の輪郭はうっすら見えていても、それを剥がすとっかかりはまだ見つかっていない。
「いいねえ、確かな洞察力と可愛らしい想像力。槻大なのもったいねえな」
 長らく黙っていた青年はぼそりとつぶやいた。そして、スーツの懐から無機質なケースを取り出したかと思うと、それを蕈二へと手渡した。
「正解教えてあげる」
 その手には一枚の名刺があった。『佐鳥探偵事務所 佐鳥詰希』と、明朝体で記されており、下には丁寧に住所や電話番号まで載っていた。
「いやー、着眼点も良いし想像も面白いんだけど……やや偏ってる。あ、もしかしてそういう知り合いでもいんのかな」
 佐鳥の講評は蕈二の耳に届いているのだろうか。当の蕈二はと言うと、食い入るように名刺を見つめていた。冷めかけていた頬が再び熱を帯びて、毛が逆立つ感覚が肌を包む。
「う、え、……探偵、事務所……
「なはは、かわいいね君。こんなん可愛がっちゃうよねえ」
「うっさいな、男に可愛いとか言わないでくれますか」
「はいはい。というわけで、名探偵佐鳥詰希をどうぞよろしく。大学生なのは合ってるよ、結とはタメ」
 名刺ケースを仕舞った佐鳥はニコリと微笑んだ。
「どこで出会ったかは知らないけど、そう言う強引なとこあんたら似てるよ」
「マジ? そりゃどーも」
「褒めてない……
 海流のような、一定の流れはあれど水圧によって流るるものを絡め取って離さない変幻自在の佐鳥のペースは、一度飲まれてしまえば逃れるのは困難だろう。それに気づいた今でさえ、時すでに遅し。蕈二は顔に手を当ててため息をついた。
「じゃあ、俺のペースってことで。気になったこと訊いていい?」
 今度はなんだと蕈二は顔を上げた。
「あんたの裏の顔……ってか、内々にあるものの話」
 佐鳥の目の奥が光ったような気がした。今すぐにでもこの場の主導権を取り返したい衝動が一瞬だけ過るが、蕈二はその手管を持ち合わせていない。何より、まだ冷静な脳が、下手に取り返す方がかえって不利になると判断したのだ。
「さっきの話から考えて、明らかに夜の仕事……これはかなり広い意味だと思ってね、そういうやつに関係する人と関わりあるんでしょ」
 喉仏が動いて、緩やかにベタついた唾液が蕈二の喉を通り過ぎていく。
「しかもそれは親兄弟じゃない。知り合いか友達か、そのあたり」
 じろりと佐鳥の視線がまとわりつく感覚がする。これは詮索ではないと彼は言うかもしれないが、少なくとも蕈二にとって不快に感ぜられるものであることは確かだ。
……さあ、どうかな」
 後ろ頭の方で記憶が呼び起こされて流れていく。目をくれてやる時間はないが、それらが掘り起こされたところで怯む必要もない。蕈二は頬杖をついてにこりと口角を上げた。
「あんたが俺の立場でも同じでしょ。ついさっき出会ったばっかの人間に身の上話すわけないじゃん。俺はそこまでちょろくないですよ」
 佐鳥が眉を上げたのがわかった。しかしそれはすぐに終わって、彼はガクンと項垂れたかと思うと笑い出す。そうかそうかと言いながら、堪えきれなかったらしい笑いを必死に収めようとしているが、そう簡単にはいかないらしい。笑い続ける彼を前に、蕈二はだんだんと現れてきた落ち着きのなさを押し留めようと咳払いをした。
「ごめんごめん。かわいいねって思ったらさ」
「はぁ?」
「ごめんって。ま、これはほぼ俺の勝手な想像だから気にすんなよ」
「ああそう……
 どうにも乗りづらいペースに辟易して、それを紛らわせようと蕈二は烏龍茶を口に含んだ。
「あのさあ、色々勝手に言われんのもなんか癪だから、ちゃんと自己紹介しとく」
 グラスを置く音と、蕈二の呼吸の音が重なった。
「俺、花霰蕈二」
「はな、あられ。……あ、スタバでバイトしてたりする?」
 先ほどまで液体だけを流していた蕈二の喉が詰まりかけた。正確には息が詰まったような感覚だ、心臓が大きく動いた衝撃で空気が押し出されたような、そんな感覚。
「し、てる。けど、何」
「あっはは! へえ、だからなんか見たことあったんだな」
 くつくつと佐鳥がまた笑っている。今まで重たかった海流が、すうっとやわらかい浅瀬の波になったような気がした。なんともつかみどころのない男だと、蕈二は目をそらす。
……大学生だしバイトくらいしてるよ」
「そうだけどさあ。俺、人の顔は結構覚える方なんだぜ。名探偵だし」
「名探偵だしって……。バイト先であんたみたいなの会ったことないんだけど」
「俺はあるよ」
「は?」
「あんたにとっちゃ今の俺は初めましてかもしんないけど」
「なに、変装でもしてるってこと?」
「んー、似たようなもん」
 ため息のように疑問の声が出る。納得もいかないし腑にも落ちない彼の言葉に蕈二は首を傾げる。一体いつどのタイミングでこの超絶マイペースな男に顔を覚えられてしまったのだろうか。蕈二の様子が面白くて仕方ないのか、佐鳥はその様子をドリンク片手に眺めてはにこにこ笑っているだけだ。
 しばらくすると、少し離れた席で佐鳥を呼ぶ声がした。それに反応した佐鳥は、徐に立ち上がる。
「じゃあね、蕈二くん」
 軽く掲げられた盃に添えられた指先。そこには、印象的な緑色のネイルが丁寧に塗られていた。蕈二は、瞬きの奥に記憶の断片を見た。バイト先のドリンク用のプラカップ。それを受け取る指先の色だ。あの時は、たしかこの男じゃなくて────
 気づいてすぐ、無意識に声が出た。その時にはもう、佐鳥の背が見えていた。