【獅子ライ】捉え損ねた幻想

翼獅子とライオスで就寝中の悪食王に国を護る守護神を模した悪魔がちょっかいを出した所為で元迷宮の主トリオとシアンブルーの瞳を持つ男がおっこになるお話。
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どれだけ堅牢に守護しようとも腸から食い破られるのを想定し対処する者がどれだけいようか。

灯の落ちた部屋に幅を広げていた暗がりを金色の毛皮と翼が押し退ける。
強靭でしなやかな筋肉を纏う体躯を悠々とこの国の王となった男の傍に横たえさせた。太く逞しい腕と雄々しい翼で深い眠り底にいる──、ライオスを掛布ごと覆う。
念願の野望を叶え損ねさせた、たったひとりの男に想う感情は忌々しさからくるものか、憎さ余って何とやらなのか定かではない。短い亜麻色の髪に鼻先を押し当てても起きず、額をなだらかな眉間に浅い谷が形成される程度に押し付けても唸るばかりで目を開けない。
一対の一際大きな眼を残し翼獅子の多眼が一様に細められ小さく喉を鳴らす。その振動が心地よかったようで、ライオスが瞼を閉ざした状態で身を寄せた。
「君の寿命が潰え魂そのものが消滅するその日まで、中から至極つまらない光景を眺めているつもりだったが」
突如、王の眠りを妨げるのも厭わない程の無礼な扉の悲鳴が木霊する。
だが、不思議な事に翼獅子に抱かれているライオスは眠ったままだった。
「私自身存外参加したいらしい」
嘗て欲望を喰らい続けた鋭い牙を覗かせ翼獅子が厭らしく嘲笑を浮かべる。
髪を結う欲望を喰らっていなくとも慌てて駆け付けたのが如実に分かる程にマルシルの髪と寝間着は乱れ両手で持ち構えた杖の先は翼獅子から片時も逸らされない。
シスルもまた結っていた髪を下ろしているものの、杖替わりの笛を翼獅子に向けアザミの瞳に怒りの炎を灯している。
そして、その二人の間から幽玄のように現れ部屋の中に足を踏み入れるミスルンの漆黒の隻眼は憎悪に満ち、普段羽織っているマントの代わりを翼獅子を視界から外さずにライオスの抜け殻であるローブを手に移動させた。
「これはこれは盛大な出迎えだ。お前たちは私が外に出た気配を察知してきたのかね。それとも──、違う理由か」
獣特有の手から人のような形へと変わりライオスの頬を鋭い爪で傷つけぬよう撫ぜる翼獅子にミスルンの姿が一瞬消え、再び現れた際には翼獅子との距離を詰めていた。
振り抜かれるローブは空振り、ベッドに着地したミスルンと扉前にいる二人が靡くカーテンの影に隠れ切れていない巨大な影を睨みつけた。烈しい剣幕に彩られたミスルンが空振りしたローブに刻まれた枕から舞う羽毛で見え隠れする。
「弱いもの虐めはよしとくれ。今の私はあまり力がないんだ」
夜空を背に窮屈そうに窓枠に足を掛けている翼獅子が大仰に溜息を吐き、太く力強い腕に抱いたライオスに顔を近付け慰めてと云わんばかりに困り顔を披露する。
被害者意識も甚だしい姿にマルシル、シスル、ミスルンの怒りの炎が猛り燃え上がった。その敵意と殺意に満ちた眼光に射抜かれた翼獅子は「おお怖い怖い」と飄々と言い、折り畳んでいた雄々しき翼を夜空に向かって広げ窓枠を蹴り飛び上がる。
「ここは撤退させてもらおう」
「殺すっ!!」
ライオスの寝室に伸びていた翼獅子の影が短く消え入る前にミスルンがその影を踏み、窓枠に手を掛け空へと掛けた。そのあとをシスルも追うように駆け、首を捻り後方にいるマルシルに向かい叫ぶ。
「足場を作れっ! 前に教えたやつっ!!」
だが、マルシルが魔法を発動する前にミスルンは下へ落ちてしまう。翼獅子を追撃するための攻撃がすぐに出来ないのは痛手だが、それでも前衛で戦えるミスルンを失うのだけは何としても避けたい。
笛の先端を翼獅子からミスルンの足元へ向け空中に足場を形成する魔法を発動させようとしたその時、落下すると踏んでいたミスルンの体は落下せずに翼獅子に向かって進んでいた。
何てことない。シスルに指示される前にマルシルは空中に足場を形成する魔法を発動していたのだった。
「流石ぼくの弟子っ!」
不敵な笑みを浮かべシスルはマルシルが作った見えない足場に乗り長い詠唱を唱え距離を詰めていく。
翼獅子を追うミスルンとシスル。その二人の補助に周ったマルシルは窓に近付き、次に二人が何をして欲しいのか思考を巡らせる。
刹那、足音はおろか気配を消しすぐ間近まで来ていたカブルーに肩を叩かれ悲鳴を上げそうになるも、カブルーの褐色の手がマルシルの口を咄嗟に覆い、人差し指を自身の口元に当てた。
「カブルーッ」
「出来れば俺の事は気付かなかったフリでお願いします」
普段通り柔和な喋り方をするカブルーだったが、その瞳の奥底で烈火の如き燃える炎を見たマルシルは小さく頷き、彼が夜闇に身を紛れさせるのを見送った。



「いい加減諦めてくれてもいいんじゃないか」
四方八方縦横無尽に舞い飛ぶ翼獅子が軽やかな動きでミスルンの振うローブから身を躱す。力無き今、一太刀でも浴びれば致命傷必須。何よりしつこすぎる殺意にはほとほと飽きてしまった。
さっさと逃げよう。翼の生え際に力を込め、足場形成が間に合わない速度で上昇。一気に振り切る翼獅子の算段は奇しくも阻止された。
「誰がさせるかっ」
「ふーむ。結界か。面倒なものを張ってくれたものだ」
シスルが展開する球体状の結界内に閉じ込められた翼獅子が緊張感なくぼやく。
足元から憤怒に彩られた表情で駆け上ってくるミスルンを如何迎え撃とうか。余裕とも取れる翼獅子の多眼にミスルンの姿が映り込む。躊躇なく振り抜かれるローブは何故か途中で失速し、翼獅子が訝しげに睨む前に首元に違和感を感じ振り返った。
「これは驚いた」
「ライオスを離せっ!!」
周囲の警戒を決して怠っていたわけじゃない。気配を殺気を消すのに長けているカブルーの一撃は深く翼獅子の首元に刺さり抉る。しかも、短剣に変な力を施しているのか想像以上に力の消費が激しい。
思わず抱きかかえていたライオスを落としてしまえば、ミスルンが足場を蹴って落下するライオスのもとへ共に落ちていき、空中でライオスの体を捕まえた。
「こっちは平気だ。悪魔から目を逸らすなっ!!」
ミスルンの声に目を逸らしかけたシスルのアザミの瞳が翼獅子を射抜く。下手な魔法を使えば翼獅子の背にいるカブルーにも被弾してしまう状況をシスルは一度強く息を吐き、笛をタクトのように掲げ詠唱を始めた。
狙うは翼獅子のみ。されど、手加減をして逃がすのだけは避けたい。意識を研ぎ澄ませ紡ぐ呪文は気品ある詩のようにシスルの唇を動かし奏でさせる。
「参ったな。絶体絶命とやらか」
それでも翼獅子に焦りはなく、それどころか険しい顔で首を切り落とそうとしているカブルーに囁きかける。

「君はライオスと二人きりになりたいとは思わないか」

甘美な悪魔の言葉はカブルーの鼓膜を通り過ぎ脳髄に染み渡る。
「独り占めにして他の者たちを決して近付けさせない。閉ざされた箱庭で彼と暮らしたい、そう願った事はな、」
「五月蠅い」
感情を削ぎ落したカブルー凪いた顔が熱を感じさせないどころか冷え凍える瞳が翼獅子を睥睨する。
カブルーが翼獅子の首を切り落としたのと、シスルの呪文がカブルーの身を守りつつ翼獅子の身体を爆発させたのはほぼ同時だった。
精神体に近しい悪魔の身体から発する生き物が焼ける匂いにカブルーは顔を顰め腕で鼻を抑えた。
「まあまあ楽しかった。今度もよろしく頼むよ」
「金輪際姿を現すな」
地の底から這い上がる低いカブルーの声に首だけになった翼獅子が残念がった後、その首は粒子分解されるように跡形もなく消え去った。
翼獅子の気配が完全に消え去りカブルーにシスルから疲労感がどっと溢れる。足場の上にへたり込むシスルが地表に無事着地しているライオスとミスルンの姿に安堵し、背を丸め膝に手をつき大きく息を吸っているカブルーに名状し難い嫌な予感が胸に産まれるも、ひとまず大仕事を終えたという事で城の窓から駆けてくるマルシルに労いの言葉を掛けたのだった。





「え、そんな事あったの全然知らなかった」
豪快な爆発音含め城内にいたものが慌てだす程の大音量にこれっぽちも気付かず爆睡をかまし当時の事を何も知らない暢気なライオスに彼救出に尽力した面々はちょっとイラっとしたという。