戌丸アット
2022-05-29 23:28:10
10445文字
Public 戦国basara
 

桃の約束

三家(戦国basara)

数日後に三河の国主、徳川家康君が秀吉に会いに来るんだ
今回、密かに行われるのだけれど会う場所を僕の別荘に決めてね
佐吉君には、いつも通りに働いていてもらうけれど念の為に伝えておくよ

そう中々大切な事を笑顔で半兵衛に言われたのは、佐吉が新しいお茶を出したある日の昼過ぎ頃の事だった
元々は秀吉に拾われ、秀吉の小姓になった佐吉であったが、最近はもっぱら秀吉の命により半兵衛の身の周りの手伝いをしていた
また元々、半兵衛からも可愛がられていたので、特に不都合もなく言われた事をこなしていたのだが

知らない人間が来る

その事実が佐吉を緊張させていた
徳川家康と言う名を知らない訳ではない
ただ佐吉と言う少年は、豊臣の関係者や大阪の人間以外と話した事が無かったのだ
大人から見れば些細な事だが、子供からすれば一大事である
その上、佐吉は頭も顔も良かったが人との関わり合いが大変、不器用な子供だった
理由は、潔癖かつ気性の荒いその性格にある
しかし自覚はしていたので秀吉と半兵衛に迷惑をかけない為に、初対面の人間と上手く話せるか、佐吉は心なしか緊張していた

だが佐吉の緊張とは裏腹にあっという間に数日とは経つもので、家康の謁見の日が訪れた

が、佐吉の危惧は呆気なく、無駄に終わった
そもそも客人のそれも国主に小姓が会うなど、秀吉にでも呼ばれなければ普通会わないのだ
冷静になり、落ち着いていた佐吉は恥ずかしさ半分、何処か残念さ半分で今日もなんら変わらずに半兵衛の身の周りの手伝いをする、筈であった

「佐吉君!家康君君と変わらない位の子供を見なかったかい?黒髪の短髪なのだけれど」
「?いえ、今日は他の子供とは会っておりません」
「そう分かった、ありがとう、続けてくれて良いよ」
「はい」

何処か困惑したような表情で半兵衛が中庭に現れたのだ
しかし、いつも通りに動いていた佐吉は子供と言う単語に疑問を感じたが、半兵衛に答えるのが先だと思い、素直に答えた
半兵衛も佐吉が嘘を付けない性分なのはよく知っていたので、何やらブツブツと呟きながら去って行った
何故、子供を探しているのだろうと思いながらも、佐吉は再び掃き掃除に戻ろうとした

すると今度は秀吉に声をかけられた

「佐吉、少し構わんか」
「秀吉様!はっ!なんなりと!」
「畏まらなくて良い、家康を見なかったか?お前とそう変わらない黒髪の子供だ」
「先程、半兵衛様にも同様の事柄を尋ねられましたが今の所、見てはおりません」
「そうか、分かった、忙しい所をすまなかったな」
「いえ!」

尋ね終えると、これまた難しい顔をしながらも秀吉は去って行く

何故、お二人は客人の家康を探しているのだろうか

そう1つの疑問が佐吉の頭を埋め尽くす
とりあえず二人の話から家康と言うのは、自分と然程変わらぬ歳で黒髪の短髪だと言う事しか分からない
しかもよくよく周りを観察すると、何やら慌ただしく人が通っている
中には見た事のない人間もチラホラ見るので、きっと三河の者だろうと推測する
そして佐吉は気付いたのだ
これはきっと家康が何処かへ居なくなっている

しかも密かに行われた話し合いなので秀吉、半兵衛自身も探している
ならば自分も動かねば申し訳ない、と考え着いた
思い立ったならば即、行動が佐吉の長所で短所である
箒や落ち葉を片付けて、秀吉か半兵衛のどちらかでも良いから探す許可を貰おう
と思い立った時、佐吉の後ろの整った茂みがガサリと鳴った

聞き間違いかと思い、佐吉はとりあえず茂みの方を見ると再びガサガサと少しだけだが動いた
きっと猫でも迷い込んだのだろうが念の為にと思い、茂みを調べるがやはり何も居ない
が、ヒラリと1枚だけ葉っぱが上から落ちて来た
今日はそんなに風は強くなく、木も大袈裟に揺れていない

「あ」
「な!?」

まさかと思い、見上げると綺麗で甘そうな蜂蜜色の瞳と目が合った
すると蜂蜜色の瞳の少年は、佐吉を見て少しばかり惚けたが、すぐにふわりと微笑む
そのお陰で佐吉は蜂蜜色の瞳から意識を戻す事が出来た

「はは、バレちまったかー!」
「き、貴様!何者だ!」
「なぁ、おめぇはこの屋敷の小姓か?」
「はぁ!?そうだがそれがどうした!良いから降りてこい!屋敷内の木に勝手に登るな!」
「え?あはははっ、すまんすまん!ちょっとそこから引いてくれ、今から降りるから」

その侵入者は何が楽しいのか、笑顔で佐吉が怒っていても呑気に尋ねてくる
あまりの呑気さに佐吉は呆れ返ったが、とりあえず少年を木から降ろそうと幹を叩いて急かす
佐吉の必死さに少年も従う気になったのか、佐吉が言われた通りに下がると、驚く事に枝から直接的に降りてきた

「よいしょっと!」
「なっ!?危ないだろう!!!」
「え!?何処かお前にぶつかってたか!?」
「違うわ、阿呆!高い所から一気に降りて貴様が怪我をしたら、どうする気だ!!!」
「なんだ、心配してくれるのか?大丈夫だ、忠勝の肩の高さとそう変わらん!」
「そういう問題じゃない!!!」

同世代の子供にしては大胆過ぎる行動な上に、大人でも怪我をしかねない高さからの飛び降りに、佐吉は内心ハラハラしながら少年に食って掛かった
あまり同世代の子供と話す事の少ない佐吉であったが、危険であまりする行動ではない事くらいは理解出来たからだ
しかし、少年は一向に反省をする様子は無く
やはり何処か楽しそうに笑いながら佐吉を見つめて来たかと思えば、いつの間にか間近に顔が迫っていた

「すまんって!それよりおめぇの目って近くで見るともっと綺麗だなぁ」
「わ、私の瞳など今は関係ないだろう!!!それにお前の瞳の色の方が、綺麗、だと思う」
「え、そ、そうか?ワシはあまり鏡を見ないからよく分かんねぇなぁあ!おめぇ、名前はなんて言うんだ?」

興味を引いたのか佐吉には分からなかったが、楽しそうに蜂蜜色の瞳を輝かせる少年を見て、佐吉は引き摺り込まれるような錯覚を覚えた
少年の蜂蜜色の瞳は、それ程までに佐吉を虜にしていたのだ
そのせいだろう、佐吉らしくもなく人を褒めた
すると少年も褒められる事に慣れていないらしく、頬を桃色に染めて嬉しそうに微笑みながら名前を尋ねてきた
いつもの佐吉なら突っぱねていたろうが、少年の反応が見たくて素直に答える

佐吉だ、そろそろ元服して名を改める予定だがな」
「そうなのか!それは楽しみだなぁ!」
………そういう貴様はなんと言う名前なんだ?」
「え、あぁ!ワシの名は」
「あぁ!やっと見つけたよ、家康君!」
「え?」
「あ、半兵衛殿

何処か照れたように話す佐吉に嬉しそうに頷く姿を見て佐吉にしては、またもや珍しく少年の名前が知りたくなった
佐吉に言われ、名乗っていなかった事に気付いたらしく、何処か余所余所しい

しかし少年が名乗ろうとした瞬間、半兵衛に家康と呼ばれ、少年も否定する事なく半兵衛を惚けたように呼んだ
そう、佐吉の目の前に居る少年こそが徳川家康、秀吉の客人であった
佐吉は家康の蜂蜜色の瞳ばかりに気を取られていたが全体を見れば黒髪に短髪である

つまり佐吉は、それ程までに家康の瞳に捕らわれていたのだが、驚きのあまり半兵衛の礼にもぼんやりとしか返事が出来ずにいた

「佐吉君が捕まえてくれてたんだね、ありがとう」
「え、あいえ、偶然、です」
世話をかけたな、半兵衛殿、一応はすぐに出てくるつもりだったんだが引っ込みがつかなくなってな」
「全く忠勝君なんか大慌てだ、しっかり彼や秀吉に謝るだよ!さぁ、来てくれるね?」
「あぁ勿論だ」

 
今だ惚け気味な佐吉を咎める事もせず、半兵衛は居なくなっていた家康を叱る
だが半兵衛の言葉に頷きながらも家康は佐吉を盗み見ていた
自分が三河の主である徳川家康と知り、戸惑っている佐吉が気になっているのだ
まだ幼い家康は佐吉に態度を変えて欲しくなかった
しかし結局、何も言わぬ佐吉を見て半兵衛と共にその場を去ろうとした

だが、半兵衛が角を曲がろうとした所で何を思ったのか家康は、何やら半兵衛に話しかけたかと思うと、急ぎ足で佐吉の方へと駆け寄って来た

「佐吉!」
「っ!なんだ早く、戻れ半兵衛様を待たせるな」
「うん……あの、これ!おめぇにやる!」
桃?」
「ワシが貰って食べようと思ってたんだけどおめぇにやるよ、世話をかけた詫びだ」
………いらん」

気まずそうだが態度は変えなかった佐吉に家康は少し顔を綻ばせる
危惧していた佐吉の態度は変わらなかった事は、家康の緊張を解かせるには充分であった

ただ何処か拗ねたような態度で桃を断った佐吉に家康は、最初キョトンとしたがすぐに微笑むと佐吉の着物を掴むと懐へ桃を無理矢理、入れ込む
その家康の着物が気崩れるのも気にせぬ行動に流石の佐吉も慌てたが、先に動いた家康の方が一枚上手であった

良いから良いから!」
「あ、おい!!!何をする!!!」

結局、桃を潰すわけにもいかないなどと佐吉が考えていると、桃は佐吉の手に収まっていた
慌てて荒らげる声とは対照的に、桃を掴む手は存外優しい
それを見た家康は返される前に、と言わんばかりに踵を返しながら、器用に佐吉に手を振りながら待っている半兵衛の元へと戻って行く
 
「じゃあ、またな!佐吉!」
………ふん、またな」

手を振りながら家康は、いつ会えるとも知らぬ立場でありながら、また会おうと言った
深い意味は無いのかもしれないが、佐吉はこのまま終わりたくないと思った
またあの蜂蜜色の瞳を見たいと思ったのだ
だからだろう、聞こえていない等とは考える暇も無く、零すように呟いていた

これから家康に待っている試練の事など知る由もなく

………待たせてしまったか?半兵衛殿」
「ま、これ位は許してあげるよ………佐吉君、いい子だろ?」
「っ!あぁ!いい奴だ!また、会いたいなぁ」
それも全て豊臣への答え次第さ」
………あぁ、分かってる」

半兵衛の元へと戻って来て、佐吉の事を話してみると、半兵衛は家康が初めて見た柔らかい表情をしていた
その表情には驚いた家康だが佐吉は半兵衛、もしかしたら秀吉からも、大切に育てられているのだろうと察する事が出来た
だが半兵衛は、すぐにいつもの軍師の表情へと戻すと鋭く研ぎ澄まされた眼差しで家康を見ていた
その眼差しに含まれている意味を家康は理解できた
ここで迫られている家康の返事で三河や徳川家、そして家臣たちの命運に関わる事だ

もはや選択は無いに等しい


その数日後、噂が真となり徳川家康は豊臣傘下へと属したと言う一報は日ノ本中に広まった
だが家康は国主であった為に佐吉が元服し、名を変えて石田三成と名乗るようになって数年経とうと再会する事は無かった
しかし家康が三成、もとい佐吉を忘れる事は無かった

そもそもあの日、家康は秀吉に会い傘下へ組み入る為の話をしに大阪へと訪れていた
だが佐吉に出会ったあの日は、本当は何故か誰とも会いたくなくなっていた
今、思うと三河を守れるかと言う不安や、秀吉と対面すると言う緊張から情緒不安定になっていたと思える

だが本当に逃げ出す訳にも行かず、目に入った一番生い茂る木に登り、屋敷に行く前に三河の民から貰った桃を眺めていたのだ
暫くして気配を感じて下を見ると、チラリと見かけた小姓と目が合った
それが佐吉だったのだ
しかも驚いた
子供にして美しい見た目、特に綺麗な翡翠色の目を見て家康は佐吉の事が一瞬、物の怪に
化かされた、とすら思えた程だ