【ミスライ】寝かしつけるのも悪くない

ミスルンとライオスで悪食王と両耳が欠け落ちているエルフの寝不足なお話。カブライ要素有。
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何かが欠ければ其処を補うため別の何かが入り込む。それは生きていく上での一種の防衛本能か、進化の過程で培われた経験則によるものか定かではない。
ただし、欠けた大元とは違う他のもので補完するため往々にして巧く当てはまらないどころか悪化するのも常である。

「おかしい、ずっと小腹状態の腹が空かない……
迷宮探索に置ける生きるか死ぬかの極限状態とはまた違う種類の極限状態に陥っているライオスの顔はすわ墓から這い出た死人並みに生気を失っていた。
彼自身このメリニを種族の垣根を超えた良き国にしたい気持ちがある一方、どうにもこうにも王としてやる事が想像以上に多く、呼んでもいないのに徒党を組んでやってくるお陰で慣れない公務に四苦八苦する毎日。
……頭がすっきりしない、眩暈がする
しかも、今回は隣国との間に交わす協定事項が揉めに揉め予定より長引いた結果、ライオスの身体に不調が出るまでに至った。
あちらを立てればこちらが立たずその逆も然りな頓着状態に重くなった頭を緩く抱え、随時耳打ちして解説するカブルーの声も右から左に流れるくらい思考が纏まらない。日を跨ぎ休憩時間を設けても変に気が張り詰め昂っている所為か一睡も出来なかった。変わりに普段より食欲旺盛になるも、やっと双方納得するかたちで協定を平和的に結べた途端、今度は食欲が失せてしまった。
カブルーとヤアド達から先に休んでくださいと言われ、精神的に疲労困憊の体を引き摺りライオスは扉に凭れ掛りつつ自室の扉を開けた。
眠気の”ね”の字もない朦朧とした意識の中、威厳あるローブの裾を踏み転びそうになるのを寸前で耐え踏鞴を踏む。今回ばかりは許されるであろう、というか許して欲しい。そう胸中呟いたライオスが羽織っていたローブを皺や汚れが付くのも厭わず床に脱ぎ捨てた。
早く横になりたいと弱々しく訴え続けている体をベッドに沈めたい欲求でいっぱいなライオスの疲れ切った目が今から寝る予定の場所で優雅に寛いでいる姿を捉えた。

──デジャヴ

ふかふかなバジリスク羽毛の枕をクッションよろしく腰に当て、意匠の凝った守護獣を象り掘られたヘッドボードに背を預け凭れ掛っているミスルンの「ここは私の自室だが?」感にライオスから疲労が一瞬だけ外回りに出て行った。
アポなしで急に訪れベッドを占領するのも、勝手に本棚から魔物関連の本を取り読み耽るのも構わない。
じんわり脳内に漂う意見をライオスは述べたいが、残念な事に其処まで体力気力が回らない。口を開けるのでさえ億劫なライオスが無言で扉前で佇んでいれば、背中から聞こえる扉の蝶番が軋み閉まる音とタンッと本が閉じられる乾いた音が彼の鼓膜を震わせる。
ミスルンが読んでいた本を横に置き、組んでいた足を解き伸び伸びベッドに伸ばす光景を疲弊しきった琥珀色の瞳が無感情で眺めた。希薄な表情、漆黒を掬い取った瞳に投げ掛ける言葉は何だったか思い出せない。
束の間、外回りに出ていた疲労が手土産を持って帰還した際に浮かんだ「彼が使っているなら別の部屋に行こう」という考えに則りライオスが踵を返すのに合わせ視界が廻った。
上手く回らない思考。何んとなしに感じる背面を包み込み沈むベッドの感触と、見慣れはじめた天井を遮るかたちでミスルンがライオスを覗き込む。
自分は今、ミスルンが広げた足の間に収まるかたちで仰向けで寝ている。
そうライオスが理解できたのは、彼の細く体温の低い透き通った肌の指先が徐に耳を揉みだしたからだ。程よい力加減で耳を揉まれては掌で覆う仕草に薄っすら開いていたライオスの口から疑問の声が漏れた。
「これは一体
「耳を揉み解し血行を良くする事で睡眠の質が高まるそうだ」
「そうなんですか
「眠れそうか」
「いえ、そんな、は、や……
絶妙な手捌きで揉み耳を温めるミスルンによってライオスの張り詰めていた緊張の糸は呆気なく切れ、重たくなる瞼に抗うことなく目を閉じた。ライオスの寝息が深くなるまで、耳を解し温めていたミスルンは完全に夢の中へ落ちたと見るや耳から手を離して彼の亜麻色の短い髪を撫ぜ、頬に沿って手を添え包み込んだ。
「(他人にやるのは初めてだったがこんなものか)」
頭の中にある記憶の引き出しを引っ張り出し、当時のミスルン自身が味わった感覚と照らし合わせ実際ライオスにやってみれば効果覿面。すやすや眠るライオスを文字通り堪能する現状にミスルンの口角が少しばかりつり上がった。
手のひらから伝わる短く張りのある触り心地のよい髪質。よく食べているお陰で見た目より柔らかな頬を指の背でも撫で、枕となり分かる押し潰されない程度の丁度いい重みに浸る。
穏やかな眠りを決して妨げないミスルンの慈しみに満ちた指先がライオスを更に夢の奥へと誘う。
念のためミスルンが風邪をひかぬよう床に落ちていたローブをライオスの上へ転移したのと同時に力の無いノック音に次いで扉が弱々しく開けられた。
「すみません、ラ──」

ライオスの部屋に訪れたカブルーがベッドの上にいる二人の姿を時間差で把握した瞬間、地の底から這い上がる様な低く濁った一音を上げ睨みつけた。
「本当にあなたという人は時と場所すら弁えないので、」
残念な事に最後まで言わせてもらえなかったカブルーの体が突如浮遊感に包まれた。
そして、浮遊感が無くなり落ち着くのに合わせ此方も疲れからあまり働かない頭でライオスの腹部に顔を埋め寝そべった体勢で転移させられたのに漸く気が付いた。
勢いよくベッドに両手をつき上半身を起こしたカブルーにミスルンが自身の口元に人差し指を当て抑えた声量で話しかけた。
「あまり声が大きいと起きる」
声を落とせ。淡々と言うミスルンに青筋を立て瞼と口端を引き攣らせるカブルー。血走ったシアンブルーの瞳、一向に解く気配のない臨戦態勢。それでもミスルンは臆さない臆する事なぞ毛頭なく口元に添えていた人差し指でライオスの食べ過ぎ気味なお腹をちょいっと指さした。
ミスルンの意図が分からず苛立ちが募るカブルーが顔を顰めた。
「体を倒せ」
……?」
未だに意味が分からない。されど、疑問を抱いているもののカブルーは、ミスルンに促され素直に従い起こしていた体を倒した。
「顔もだ、埋めろ」
何を考えているのかてんで分からないミスルンの思考を読み取るべく、表情や態度、機微を見逃さぬよう微かに浮かせていた顔すら沈めろと指示を出す相手に疑いはしれど、結局従ってしまう程にカブルーも中々疲れが溜まっていた。
上目遣いで見ていた視界からミスルンが消え、規則正しく上下するライオスの最近またふくよかになった腹の温かさと柔らかさがカブルーのピリピリしていた気が緩やかになっていく。薄れていく意識で「極上の枕……」と呟いたのを最後にカブルーは全面的に睡魔に対して白旗を上げた。
「(存外寝つきがいい)」
すっかり見えなくなったシアンブルーの瞳を褐色の瞼越しに見遣り、カブルーが腹を枕にしているお陰で寝返りが打てずやや唸っているライオスを宥めるようにミスルンの手が彼の頭を撫でた。
ミスルンが形のよい頭に沿って数回撫で続ければ、微かに皺が寄っていたライオスの眉間が和らいだ。一仕事したと云わんばかりに鼻で息を吐き、二人が夢の世界から帰還するまでミスルンは二人の寝顔を眺めては飽きる事無くライオスを撫で続けたのだった。