ななき
2023-11-02 15:55:00
7002文字
Public 吸死
 

ネコもマジロも金魚もくわない

(ドラロナ)ロナルド君(また)家出したらしいよからはじまる話。
ジョン頑張る編/ロナルド解答編。
p.3はあとがきでもないですが、タイトルについてのメモ書きです。お話としては読まなくていいページです。

※注意※
書いている人の解釈として、ドラルクとジョンが100%何でもは共有していません。


ロナルド解答編


 俺は家出することにした。同居吸血鬼兼コンビの相方、ドラルクと両思いなのが発覚してしまったからである。

 ふとした拍子にふたりきりになった夜の公園で、どちらからともなくキスをした。温度が離れて目を開けた時、ドラルクは曲がり角でオオアリクイに体当たりされたような顔をしていた。自分もそうだったと思う。そんなつもりではなかった、と顔に書いてあった。お互いに。

「出て、いくよ」
 ふたり無言で帰ってきた事務所前、ポツンと吸血鬼が言う。
「出ていったら、殺す」
「でも」
「ごちゃごちゃ言うと無数の小瓶に詰めてキーホルダーにすんぞ。……俺が代わりに家出する」
「キーホ……いや、はぁ!?」
「でも仕事があるから、ここに通う!」
 必死だった。そんなつもりじゃなくたって、そう、たとえこれが愛だの恋だのじゃなかったとしたって、ドラルク達のいない事務所はもうロナルド退治人事務所じゃないのだ。この吸血鬼にはジョンの時の前科がある。逃がしてたまるか。その一心での家出案だ。勝算はある。なぜなら。
「お前死ななかったじゃん!イヤじゃなかったんだろ!」
「っ! そ、ぐ、お互い様だろう! いつもの暴力はどうした妙にしおらしくしおって!」
「そうだよイヤじゃねぇもん! でも今それについて話すのはムリ! 爆発する! メリメリバーンなる! だから家出する! お互い腹括るまで!」
……いいだろう! 受けて立つ!」
 何を受けて立つというのか。妙なテンションで俺たち馬鹿ふたりはがっしり握手を交わしたのだ。

 ◇

 それで、家出である。いつかのような着の身着のままではない。仕事道具と身の回りのものを入れたスポーツバッグを持っての計画的家出だ。「 ヌンヌ なんで!?」というイデアの丸の声も「気が済んだら帰ってこい」という渋い声も「まあ犬も喰わなさそうですね」というスピーカーを通した声も「ビッ?」という不思議そうな声も、全部置いて家出した。原因になったバカは、無言だった。

 家出先は都合よく月貸しで見つけられた。古いが安い、二階建てアパートの一階の部屋。それでも事務所よりずっと高かったけど。幸い、シャワーはあるし近くにコインランドリーもある。飯はコンビニに世話になるつもりだったが、使い慣れたヴァミマで買ったのが良くなかった。店長からドラルクにタレコミが入ったらしい。せっかくスクスク育てた筋肉をダメにする気かと生産者怒りのメッセージ。家出中なのに。協議の結果、できる限りギルドで食うことで妥協となった。

 事務所に通う日々が始まった。

 家出中であるので、電話とメールで請けられる仕事は極力そっちにして、事務所滞在時間を減らす。それでも事務所には毎日居るからか、メビヤツは問題なしと判断したようだ。おとなしく帽子を受け取ってドア横を守ってくれている。癒しだ。
 残りの同居人達は居住スペースが定位置なのでなかなか会えない。ドラルクも、声をかけない限り事務所に出て来なくなった。といっても悪癖のレベルで楽しいこと大好きなやつのこと、ポンチ騒ぎに事欠かないこの街では外で顔をあわせる機会が意外とある。その時は今までどおり。本当に何も変わらなくて腹が立つので多めに殺しておく。
 でも、なんとなく、ふたりっきりになるのは避けられている、ような。
 面白くない。
 家出したけど、会わねえとかそんな約束してねぇじゃん、と駄々をこねつつ隣に乱入してやりたい。実際、乱入しかけた。ドアを開ける直前、オオアリクイの体当たりの件を思い出してしまったせいで出来なかったけれど。

 この不意に通過するオオアリクイの体当たりが、家出唯一の誤算だった。
 時間と距離を取れたら、自分の気持ちにもあの時の理由にも向き合えると楽観視しすぎていた。時間がたったらなおさら、わーっ! ってなるなんて予想していなかったのだ。柔らかさだとか低い熱だとか俺の腕を掴む手の感触だとかを鮮明に記憶してしまっていることにもわーっ!だし、何度も思い出しては堪らない気持ちになっている自分にもわーっ! ってなる。窓パリーンしてダイブする感じのわーっ! だ。今だって何にもない部屋で原稿を書きながら、あるわけもない気配を探している。マントの衣擦れ、防虫剤の匂い、公園の明かりを反射する濡れた目……わーっ!!

 ◇
 
 そんなこんなで家出してから、ひとつ季節が変わった。
 仕事は、なんとかなってしまっている。退治人業も、執筆も。寝起きする場所がどこでも、あいつらの隣でなくたって、退治人ロナルドは存在できてしまう。そのことが辛いと知ってしまったことが、一番の問題かも知れない。
 いっそ、ひとりではダメになってしまったのだと泣きつけたなら良かったのに。これでは、ひとりでだってやっていけるけれどお前たちの側がいいと言わなくてはならない。それって泣きつくより気恥ずかしくないか? もっと、こう、あの馬鹿を頭に乗らせない言い回しが欲しい。

 事務所では少し前から、ジョンがものすごく構ってくれるようになった。『ヌンは事務所の経理なんだからね』と毎日のように事務所に顔を出してくれる。昼でも遊びに出ていることがあるとはいえ、基本的にドラ公に合わせている活動時間を考えると、かなりの早起きなんじゃないだろうか。おやつをわけてくれたり、『昨日は何してたの』なんて聞いてくれる。これが家出が寂しくなりはじめた俺には覿面に効く。
 そのうえ、ジョンは遊びに誘うのが抜群にうまい。『帰る前にゲーム付き合って欲しいヌ』『ヴァリカーはみんなでやるほうが楽しいでしょ』。それに乗せられて、いつのまにか夜食を食べるようになっていたし、いつのまにかドラ公と二人で話す時間も増えていた。
 ジョンに誘導されている気配は感じるけれど、それは俺の望む方向でもあって。結果、俺はぐずぐずと事務所に居残る時間を延ばし始めた。……まだ、家出中なのに。

 ◇

「ジョン寝ちゃったのか」
「最近早起きしてるし、眠いんだろう」
 ヴァリカー途中で籠に入ってしまった優しい曲線の背中。それに掛布団代わりのふわふわのタオルをのせてから、ドラルクがソファへ戻ってきた。
 テレビでは次のコースを選べと賑やかに急かしている。
「あー、じゃあ、俺も帰……
「なあ」
 俺の言葉は隣の男に遮られた。
「まだ? 待つのも、そろそろ限界なんだが」
 コントローラーを片手に、視線はテレビに。
 それは俺のための逃げ道か? それともお前の臆病の形か。
 コントローラーを握りしめるドラルクの手とは反対に、俺の手はコントローラーを解放した。それをしっかり吸血鬼の視線が捉えたのを確かめる。
……待ってたのかよ」
「待ってたんだよ、私は、最初から」
 そうなのか。そうだったかも。いや違わねぇ? でも間違ってはないか?
 そろりと窺えば、隣の男はいつの間にかこちらを見ていた。きゅっと閉じられた口元。珍しく真剣な表情。耳の先が崩れたり戻ったりを繰り返していて、ほんのりと、そう、同居でもしていなければわからないくらい少しだけ、血色がいい。

 その手が、コントローラーを離れてそろそろと伸びてくる。
 俺は避けなかった。避けたくないなと、思ったから。
 爪の短い、少し乾いていて少し温かい指先が俺の頬に触れる。そのほんの小さな衝撃が、俺のいろんな感情をすとんと腹まで落としてくれた。
 観念する。しよう。大丈夫、メリメリバーンはもうしない。わーっ!とはなるけれど、これはあってもいいだろう。窓を割らない範囲なら。

 ドラルクが、好きだ。

 きっと、目を開けても俺たちの間にオオアリクイはいない。
 二回目のキスは、ただ、優しかった。