ななき
2022-12-18 20:12:05
5684文字
Public 吸死
 

うそつきのためのワイン

付き合ってないドラロナ。酔ったドラルクに激しめのスキンシップされるやつ。書いてる人比ではいかがわしいですが、年齢制限はつくようなことまではしてない。(23/2/16 修正)

 おまえらって付き合ってんの?
 そう聞かれることが増えた。答えはいつも同じ、馬鹿いってんじゃねぇよ、である。

 男二人が広くもない事務所併設のワンルームで同居して数年だ、そう見られるのもしかたない部分はあるのだろう。だけど実のところ、二人で暮らしている意識はない。なにしろまずジョンがいる。メビヤツにキンデメに死のゲーム。ヒナイチだって頻繁にいる。
 だから、せいぜい同居人筆頭。もっと柔い感情も載せていいなら、家族。そう思ってる。それだけ。
 それだけのはずなんだってば、俺は。それだけなんだから、こんなのは、よろしくない。よろしくない、のに。
 白いシャツの腕も、冷たい指も、振り払えない。


 深夜のリビング、薄暗い中でギシリとソファが不機嫌そうに軋む。悪いが、重さが偏っている不満はドラ公に言ってくれ。俺の膝を跨いで座っている上に、抱きついてくるコイツに。

「ロナルドくんはかわいいねぇ」

 かわいいかわいいと繰り返す、すこぶる上機嫌な男は、俺の髪をかき混ぜている。指先がうなじを掠める度にゾワゾワするからやめてほしい。

「かわいくて食べちゃいたいってこういうことなんだなって君と暮らしはじめてから知ったんだよ私」

 くぐもった笑い声と共に頭が抱き込まれた。俺の太腿の分、ドラルクの頭が上にあるので、顔を肩口に突っ込むことになる。頬に触れるのは肌触りの良いシャツ。鼻先をくすぐるのは、もう嗅ぎなれた防虫剤のような香りに、独特の錆臭さとアルコール ――ブラッドワインの香り。酔っぱらっているのだ、コイツは。

 ◇

 酒に強いドラ公が、いざ酔うととんでもなく面倒で、しかもきれいさっぱり記憶をなくすタイプだと知ったのはしばらく前だ。親父さんが遊びに来る度に持ってくるせいで、バーかレストランかというほど溢れたブラッドワインをまとめて空けるようになってから。

 とにかく目の前にいるやつに絡む。話しかけ続ける。ジョンが居れば嫌な顔ひとつせずそれを受け止め、主従だけの世界を作り上げるので害はないけれど……最近はなぜかジョンがいない日にばかり飲む。
 ジョンセーフティが無いと、主に被害を被るのは、キンデメと死のゲームだ。特にスリープもできず自力で移動できないキンデメは本気で参っていた。最近は、酒を飲むなら先に他へ移せとの主張が通って、事前に事務所に置かれることになった。
 そして俺。体格の関係上、後片付けと棺桶に押し込む役は俺しかできない。だから、不本意なことに最終的な絡まれ役は俺になる。


 今日も、事務所の扉を開ければ金魚の渋い声に迎えられた。メビヤツを撫でて、ため息。まぶたのない魚の視線を受けながら、遮光布をかけてやる。ジョンが出かけるって言ってたから、予想はしていたんだけれど。

 居住スペースは薄暗かった。明かりはキッチンの手元用だけ。ドラ公が一人で飲むときはいつもこうだ。吸血鬼にはむしろ見やすいのだろう。
 ダイニングテーブルからは、たぶん「おかえり」だろう不明瞭な声がする。はいはい、ただいま。酔っ払いは、マントも上着も首のヒラヒラも取っ払って、ベストのボタンは全開、シャツの一番上のボタンまで外してご機嫌な様子。
 ……ここまで酔ってるとデスリセットも効きが悪いんだよな。拳による解決を放棄。

 仕方がないので、酔っ払い吸血鬼の英語だかルーマニア語だかに適当に相槌をうちながら、飯、風呂。グラスとボトルの代わりに気休めのペットボトルの水を渡して、寝落ちを待つ。
 が、今日は特にベロベロの日だった。
 諦めて好きなようにさせた結果がこれ。膝の上でのし掛かられている。ただこれも、珍しくはない。ジョンがいないと代わりなのか、俺を構いたがるから。
 
 ◇

 それで、この状況になるわけだ。
 ドラルクはまだ俺の頭に頬ずりしながら、かわいいかわいいロナ臭いと繰り返している。おい、臭いってなんださすがに傷つくぞ。

「ジョンじゃないんだ、俺はかわいくはねぇだろ。……なあ、そろそろ降りろって」
「イヤだね。せっかくロナルドくんがおとなしくしてるのに。レアなんだぞ、ゴリラがじっとしてなでさせてくれるのは」

 ちゅ、と柔らかいものが耳に触れて、カッと身体の芯が熱くなる。酔っているとこういうスキンシップも増えるから困る。普段ならジョンにしかしないような触れ方はくすぐったい。

「世界一はジョンだから、世界二にしてあげよう。きれいでかわいくておもしろいわたしのロナルドくん」

 これも酔っ払ったコイツがいつも言うこと。お前のになった覚えはねぇ。
 柔らかい感触が今度は額に。同時に耳をくすぐられて震える。首を緩く振って振り払うと、今度は首筋をなぞりだす。ゾワゾワするからやめろって。抵抗が面白いのか、しつこく耳を触り首に指を這わせてくる。お前、退治人相手に首にちょっかいかけるとか場所によったら即、退治対象だからな?
 そんな攻防を繰り返していると、ふっと光が遮られて陰に入った時のような気配がした。

「かぁわいい」

 声が一段下がっている。
 いつもの、そして一番タチの悪い絡み方が始まる合図。


 俺の頬を手の甲で撫でながら、ドラ公の雰囲気が変わっていく。フニャフニャした笑いが引っ込んで、人の悪い笑みに。細めた目。つり上がった薄い唇の端からは牙が覗く。捕食者の証。貫いて、喰らう者の。

「あーもうお前寝ろって……

 さっきまでの日常と離れていく気配に、速くなる鼓動を宥めながら一応足掻く。お決まりのやりとりに戻るなら今日はそれで終わり。しかし。

「まだそんなこと言う?」

 逃がしてくれない日らしい。ドラルクの左手が俺の顎を捕らえ、間近で目を覗き込まれた。薄暗い中で、炯々とする濡れた赤。

「うそつき」

 真紅が俺を断罪する。

「嘘つき。口では嫌そうにしてるけど、それだけじゃないか。いつもの暴力はどうした? 本気で面倒なら、塵にして棺桶に流しこんでおくのが一番早いってわかってるくせに」

 赤い瞳で俺を縛ったまま、首筋で遊んでいた右手がゆるゆると降りはじめる。鎖骨、心臓。早い鼓動をからかうように指が円を描いてから、腹へ降りていく。腰まできた手はジャージと肌の境目をなぞりだす。
 その全部が、もどかしいほどゆっくりなのは俺に意識させて遊ぶため。わかっているのにまんまと意識させられて呼吸が浅くなる。悟られたくなくて顔を背ければ、顎を捕らえていた手はあっさり外れた。

「殺さないの? ……殺せないよなぁ、こうされるの期待してたんだから」

 両の手がTシャツの裾から入りこんでくる。俺のそれより冷たくて、熱を持ち始めた身体に気持ちいい。
 腹の上を這い回る指は、腹筋をなぞってみたり脇腹を探ったり好き勝手だ。触れるか触れないか、かすめるような触り方をするから、掠れた細い声が出てしまう。恥ずかしい。何度されても慣れられない。

「帰ってきてからずうっと、ボトルの減り方チラチラ気にしてさ。私が正体なくすの待ってた?」

 そんなことはない、つもりだけれど、目は見られない。

「かわいいことしてくれるじゃないか。あんな顔されたら叶えてあげるしかないだろう。……こら、そっぽ向くな。聞こえないふりか?」

 聞こえないふりなんかしてない。背中とソファの間にまで潜りこんできた手が背骨の付け根を引っかくから。差し出すような形になってしまった耳を、濡れた感触が這った。身体が勝手に跳ねる。与えられる刺激から少しでも距離をとろうと身を捩っても、背もたれに邪魔される。
 そんな俺の反応に満足したような吐息が落ちてきた。

「わざわざ腰に腕まで回してくれてるしね。落ちないように? それだけ?」

 さっきから何かあたってるんだよねぇ独りで何シてるの、と吸血鬼が腰を揺すれば、ギシッとソファがまた軋む。甘くてもどかしい圧がかかって、俺はたまらず首を反らした。何って、だって。お前が悪い。変な触り方するし、腕にかけた力に抵抗もしないし、押し付けられるままになってるお前が。

 俺の息は、もう誤魔化しようがなく荒い。気づいた男が膝の上で嗤う。うっそりと細められた目、いびつに弧を描く口元。なんだよそれ、たまんない。
 俺の髪に差し込まれてきた片手が、髪を根元から掴んだ。軽すぎて痛みともいえない痛みは、勝手に快感に変換されるだけだ。反対側の耳もとには唇が寄せられて、吐息が。

……わるいこだ」

 ゾクッとした。
 直接鼓膜に吹きかけられた囁きが、強烈な疼きになって腹の奥まで一直線に落ちる。落ちて溜まってまだゾワゾワ蠢くそれは、臍の下を擽る骨ばった指に熱に変えられて、どんどん膨らんでいく。ひゃんひゃんと情けない声が出そうで必死で口を閉じる。

「いーい反応。おめめウルウルでかぁわいい」

 お前だって、今ので興奮してるくせに。こんな体勢でバレないとでも思ってるのかよ。口は閉じたまま、心の中でだけ反論してみる。せめてと精一杯睨んでも見るが意地悪な笑みが返ってくるだけ。
 腹の上の指は際どいところまで滑っては、またいたずらに肌をなぞりはじめる。その明らかに焦らそうとする動きが思考を炙る。渇いてしかたないのにジクジクと何かが染み出して来る。

「ねぇおしゃべりは? もうムリ?」

 知ってて聞きやがる。
 声なんて出せる訳がない。今、口を開いてしまったら出てくるのは拒絶でも罵倒でもなく喘ぎ声だ。そんなの、聞かれたくない。

「ああほら、唇噛むな」

 腹を弄っていた指が、俺の唇をなぞる。解放された腹がさみしくて、さみしいと思ったことが悔しい。

「うん? ああ、お腹気持ち良かった? 君ほんっと分かり易いね」

 吸血鬼がクツクツと笑う。俺の同居人なら、しない笑い方。だから、これは別の男だということになりはしないだろうか。それなら、同居人に言えないようなことを言っても、許されないだろうか。酔いが覚めたら、居なくなる男になら。……いつもの言い訳に後押しされて喉からこぼれてきたのは、自分のものとは思えない甘ったるい声。

「どら、こー」
「うん」

 さっきから意地悪なことばかりされている。
 でも本当は、応えてくれる声も目も、触れる手も優しいから。もっと深くまでしたい。してほしい。

「もっと、さわって」

 赤い瞳が欲情で溶ける瞬間、俺は、きっと同居人にはみせられない顔をしている。
 


 それから。それからはまあ、うん。ドラ公の電池が切れてぱったり眠るまで、好き勝手される。暴かれる、ってきっとあんな感じ。
 でも、過激なスキンシップ、男友達の悪ふざけの範疇は超えていないはずだ。たぶん。おそらく。希望としては。
 男同士はいろいろ大変だから、酔った勢いだけではそれ以上が難しいのだ(ヌーヌル調べだからたぶんだ)。
 ……それでもだいたい俺は訳わからなくされるのだけど。

 酔っ払い吸血鬼が寝落ちたあとはいつも同じ。寝入った吸血鬼を棺桶に。自分のことを色々 ――男子的な諸々も一人で―― 片付けて、俺も眠る。
 ドラルクが起きてくるのは次の夕方だ。二日酔い知らずらしい吸血鬼は悪びれもしない。このボトル開けたのか!?と記憶のない間の自分の所業に悲鳴を上げたりはする。
 俺も、また迷惑かけやがってと悪態をついて、何ならそのままいつもの煽り合いに突入して、それで終わり。

 二人とも無くなった記憶の中身については追求しない。


 でも俺は。
 俺は、錆の香りを待っている。
 居候、同居人、友人、コンビ、家族。重ねた積み木はグラグラしながらバランスを取っている。もうひとつ重ねたら全部崩れてしまうかもしれない。それが何より怖いから。だから、ワインの香りを待っている。

 ◇

 おまえらって付き合ってんの?
 馬鹿いってんじゃねぇよ。

 それができてたら、こんなことになってねぇんだよ。
 酔ってるなんて見え見えの嘘をついて、それに騙されてるフリもして、はっきりどうにかなる覚悟もできてないくせにお互いの体温に溺れて手放せないなんて、馬鹿みたいなことには。


 ◇