夜明 奈央
2024-05-06 12:50:38
1819文字
Public 中太SS
 

記念写真

プロポーズする話なくならないものの続き 結婚するよ!
2023年1月9日初出

 太宰と結婚することになった。正確には養子縁組だ。太宰の了承を得るまでの間には長い道のりがあったがここでは割愛する。付き合うまでのあれこれからプロポーズまで、本当に長い道のりだった。だが、その攻防ももう終わりだ。
「はい、後はこれを提出するだけだね」
 書き終えた養子縁組届を目の前にして、太宰が照れ臭そうに笑う。
 了承を得るまでには紆余曲折あったが、それからはとんとん拍子だった。太宰はあれだけ逃げ回っていたくせに、いざ腹を括ればもう逃げようとはしなかった。こういうところは妙に漢らしいというかなんというか。
 太宰はせっかく書いた書類を台無しにしないよう、丁寧にしまっている。それを見ながら、ずっと言い出せずにいた事案を聞くなら、今しかないだろうと思った。
「なあ、結婚式」
「は?」
「いや、なんでもない」
 冷たい笑みを向けられて、一瞬で引き下がった。幹部時代でもなかなかお目に掛かったことがない凍りついた目をしていた。先程までにこにこと機嫌良さそうにしていたのが嘘のようだった。
 だが、ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。一生に1度の一大イベントなのだ。
「記念写真ぐらいいいだろ。俺、手前の写真1枚も持ってねぇし」
「自分がマフィア幹部だって自覚ある?」
「手前だって織田や坂口と撮った写真持ってんだろうが。知ってんだぞ」
「そうだけど」
 ふらりと視線が明後日へ飛んだ。分が悪いことは自覚しているようだ。よし、ここはもう一押し。
 隣に座った太宰の右手を両手で握りしめた。
「今のままじゃ死んでも思い返せるもののひとつもねぇじゃん」
「中原家のお墓で待ってるね」
「なんで手前が先に死ぬ前提なんだよ」
「だって君が写真欲しがるのは私が先に死んだ時でしょ」
「そうだけど、手前だって俺が先に死んだらなんかそういうのあった方がいいだろ」
「そのために『中原治』にしてくれたんでしょ」
「そうだけど」
 意外にも激しい抵抗に苦戦する。これは攻め方を変えるべきか。
 しかし、太宰はその後あっさりと手のひらを返した。
「まあ、写真ぐらいは撮ってもいいけどね」
 はにかむ横顔は可愛らしい。たぶんすんなり了承するのが気恥ずかしかっただけなのだろう。
 だが俺はそんなことよりも了承を得られたことの歓喜に震えた。思わず立ち上がってガッツポーズ。
「よっしゃ白無垢〜〜!!」
「はぁあああ!? そこまでは了承してないよ!」
 太宰は顔を真っ赤にして、応戦するように立ち上がった。こんな風に怒る太宰は貴重だ。
 だが本気で嫌がっていないことはわかる。式を持ちかけた時との反応の差は歴然だ。
「結婚の記念写真なんだからそうに決まってんだろ」
「じゃあ君はウェディングドレス着てくれるってことだね」
 すぐさまこの切り返しをするのは流石太宰と言ったところか。
「いや、それは……
「違うの?」
「すみません、調子に乗りました」
 言い淀んだ挙句、結局諦めることになった。何が悲しくて男同士で女装して写真を撮らねばならんのだ。
 2人落ち着いて座り直す。先程の名残で太宰の顔はほんのりと赤い。
「っていうか、記念写真もいいけど、普通の写真撮ろうよ」
「あ? なんでだよ」
「だって、日頃から見返すなら見慣れた君がいいに決まってるでしょ」
 太宰の声は消え入りそうだった。俯いた顔は髪に隠れて見えない。
 それに、なんと返していいのかわからなかった。「見返すつもりなのか」と揶揄うのは違う気がした。おそらく太宰は、本当に俺が先に死んでしまった時のことを考えているから。
 浮かれて馬鹿なことを言った自分が恥ずかしくなった。
 太宰がちらりとこちらを見る。俺が何も言わないのを気にしているのだろう。
「そうだな。なら両方撮ろうぜ。普通のと記念写真と」
 太宰が小さく頷くのを確認して、左手を取った。
「あと、指輪。お揃いの買いに行こうぜ」
 太宰は嬉しそうに微笑んで、俺の手に指を絡めた。

 この先何があるかわからない。本当はこいつを置いて逝きたくはないけれど、それが叶うかはわからない。それが10年、20年先のことなのか、明日のことなのかもわからない。
 だから。それまでになるべくたくさんのものを太宰に残してやりたい。ただでさえ死に急ぐこいつが、1人になってもちゃんと、生きていけるように。
『中原』姓をやるのは、その第一歩だ。


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